混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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憐憫と救済 その6

「お前が熱心に勧めて来る理由、何となく分かるぞ。私の持つコネを、自分の物にしたいんだろう?」

 

「いえいえ、とんでもない。商人として、それはやってはならないタブーですよ。ですが、自ら放棄する分には、そのタブーにも抵触しない訳でして」

 

「それはもう、奪おうと白状したも同然じゃないか」

 

 私は呆れた声を出したものの、表情では笑みを隠し切れなかった。

 ベントリーもまた、悪びれる事なく、にこやかに笑っている。

 

 この程度の遣り取りや、足の掬い合いは、商人としては健全な部類で、当然とすら言える。

 善い商人とは、単に人が善い事を意味しない。

 

 常に利益を拡大させ、事業を成長させられるのが善き商人だ。

 だから、隙を見せれば、販路の奪い合いは当然生まれる。

 

 とはいえ、私にそんな販路は存在しないのだが……。

 

「それより、大分話が逸れてしまった事だし、そろそろ戻そうか」

 

「然様ですな」

 

 ベントリーも笑みを顔に残したまま同意し、腹を揺らす。

 

「しかし、今更ながら実感して参りましたよ。以前、試験紙の導入が始まれば、これは革命だと申しましたが……同時に現実にはならない、と思いこんでおりました」

 

「何しろ、前途多難だ。私はそもそもギルドの下地を持たないから、どこまで難しいのか皮算用しか出来ないが……。それでも、目も眩む有り様なのは予想できる」

 

「全く、然様で……。巻き込む規模を考えると、商業ギルドでの立ち回りは想像を絶するでしょうな」

 

 それは暗に、殆どを丸投げした事に対する、非難の様に感じた。

 実際、非難されて然るべき程、多くの面倒事を処理する必要があるだろう。

 

 単に新たな事業を起こすだけでも、そこには多大な労力と苦労がある。

 

 私はそこに自らの利益を渡す、という条件で免除されたようなものだから、余計にそう思われそうなものだった。

 

「まぁ、すまないとは思ってるよ」

 

「いえいえ、謝られる必要はございません。むしろ、私は感謝している程で……」

 

「そうなのか?」

 

 えぇ、と深く頷いて、ベントリーは笑みを深める。

 

 そこには商人にありがちな、笑みで表情を隠すというものではなく、本心の笑みが表れていた。

 

「それはまた、どうして?」

 

「これ程やりがいのある仕事は、久方振りだからです。――いえ、(わたくし)もこれまで色々と、事業を拡大していたつもりですがね。全くの最初から、その全てを立ち上げるというのは、中々ないものでした」

 

 そう言って、視線を上に向け、何処か遠くを見る目つきになり、忍び笑いを漏らした。

 

「ふふふ……。私はね、ワクワクしておるのですよ。年甲斐もなく。まるで若い頃、馬車を手に入れ、商いを始めようと思い立った頃の様だ……。あの頃は、殆ど命懸けでした。購入した品が売れなかったらどうするか、赤字になったらどうするか、とね……」

 

「確かに、身一つで始める商人にとっては、毎回ギャンブルみたいなものか」

 

「元金に余裕のある、裕福な家庭の生まれなら、そうでもないのですが。馬の飼葉や水といった輸送量だけでも、それなりにするもので……。自分の食費を削って、馬に当てるなど、むしろ昔は当然でした」

 

 ベントリーは懐かしそうに笑って、それにつられて揺れた腹を叩いた。

 

「今ではこんなナリですが、当時は大変スマートでしてね。いや、食べる物がなかったから、痩せざるを得なかっただけですが」

 

「肥満は裕福の証だな、確かに。そして賭けに勝ち続け、今では立派な商会を築く程になったか」

 

「裕福になり、資産を持てば、失うのが惜しくなります。自分なりに時として、勇気ある取引をして来たつもりでしたが……。安全以上の、今の生活を失わない程度の賭けしかやって来なかった。……それを今、実感しているところです」

 

 それが悪いとは思わない。

 裕福である程、失うのを恐れるのは当然の事だろう。

 

 事業の拡大、収入の増加、利益と利潤を考えるほど、失わない為の計画を考えがちだ。

 

 しかし、彼は賭けに乗り、それに勝ち続けて来た商人だった。

 そうした商人は、むしろ賭け人(ギャンブラー)としての気質を持つ。

 

 それこそが性根だった筈なのに、その考えをいつの間にか捨てていた事を、今になって気付いたのだろう。

 

 彼の顔には幾らかの悔しさが垣間見えたが、それ以上に、これからの展望の期待が浮かんでいる。

 

「ですので、若い頃の気持ちを思い出させてくれて、感謝しておるという訳です。――いやはや、忙しくなりますな!」

 

「そう言って貰えると、こちらとしても気が楽になる。苦労は多いだろうが、頼むぞ」

 

「成功すれば、苦労以上の見返りが得られると、決まっている様なものですからな。その苦労を成功させる事こそ、商人としての生き方なのです」

 

 生きる為に命を張っているのは、何も危険なばかりの冒険者だけではない。

 それを今、ベントリーがまざまざと体現しているかの様だった。

 

「では、早速動き出しましょう。市場開拓と混乱を引き起こさない為にも、まずはギルドに話を通しておかなければ。それと同時に、人員の確保も急がせますか」

 

「エルトークスの方には、私からも話を通しておこう。なぁに……。儲け話に一つ乗っかれるとなれば、あいつらも悪い顔はしないだろうさ」

 

 実のところ、余り間に噛ませたくない相手だが、スラムの人員に手を出せば、余計な横槍が入るのは目に見えている。

 

 私の名前を出そうとも、スラムを仕切っているのは彼らなのだ。

 

 スラム救済を謳おうとも、その全ての人員を雇うのは不可能だから、そこで溢れた人が嫉妬で腹いせする可能性もある。

 

 それらは外から言っても、制止するのは難しい。

 だが、エルトークスならば事前に言い含められるし、余計な被害を出さずに済ませられる。

 

 ――というより、それが出来ないのなら、引き込む理由がない。

 話す事もそろそろ尽きて来たので、私はリルを伴ってソファーから立つ。

 

「では、お暇させて貰うよ。有意義な話し合いが出来て、嬉しかった」

 

「こちらこそ。やり甲斐のある仕事をいただいて、感謝しておりますよ」

 

 互いに握手して頷き合うと、私は一足先に店を出た。

 その後ろでは、従業員を呼ぶ生気に満ちた声が、長らく遠くまで聞こえていた。

 

 

  ※※※

 

 

 商会から出て幾らも歩かない内に足を止め、肩の高さまで手を挙げると、ちょいちょいと手を振る。

 

 誰かを呼ぶ様な仕草にも見え、リルはそれを不思議そうに見上げていた。

 だが、数秒待つと路地から人影が現れる。

 

 視線をそちらに向けると、ボレホが後ろ頭を掻きながら、すまなそうに出て来た。

 

「あのぅ〜……。何か俺、やっちゃいましたかね?」

 

「わっ、なんかきたっ!」

 

 リルが大仰に驚き、それから私の手を握って揺さぶる。

 

「どうして、わかったの? リル、ゼンゼンきづかなかった!」

 

「さぁて、何故だろうね?」

 

 悪戯心を込めて尋ねると、リルは頬を膨らます。

 

「もぉ〜っ、すぐごまかすっ」

 

「ごめん、ごめん」

 

 笑って頭を撫でていると、ボレホ以外にも、取り巻きの数人が申し訳なさそうに出て来た。

 

 まるで教師に叱責される生徒の如しだが、彼らはそんな可愛げのある見た目をしていない。

 

「……というか、何でそう、やっちゃいました感、出してるんだ? もっと普通にしろ」

 

「いや、だって……。こうして呼ばれるのなんて、初めての事ですし……」

 

 そうだろう、とでも言いたげに取り巻き達へ目を向けると、その通りだと言わんばかりに何度も頷かれた。

 

 大変心外だが、彼らが私に恐怖心を抱いている理由も知っている。

 だから、この場はとりあえず頷き、呼んだ理由を述べた。

 

「これから、お前たちの所に行く。エルトークス商会に。だから、先触れをしておけ」

 

「え、今から……今すぐ、これからですかい?」

 

 大袈裟に驚く仕草を見せたので、私は少し首を傾ける。

 

「拙いか? お前の所のボスは、いま不在とか?」

 

「あー……いや、そういう事はないと思いますけど……」

 

 一瞬、考える様に視線を上に向け、それから改めて、取り巻きの一人に顔を向けた。

 

「――おい、今日は別に予定とか無かったよな? 何も聞いてないよな?」

 

「多分……ですけど。でも、予定があって留守にするとしても、俺達には言いませんよ」

 

「だぁら、そういう話は聞いてないか、って話をしてんだろ」

 

「聞いてませんけど、どっちみちそれじゃあ、居ない可能性だって……」

 

 そこまで話して、私からの視線に気付いた彼らは、寄せ合っていた顔を戻して背筋を伸ばした。

 

「すみません! 居るかどうか、やっぱり分からないって事になりました」

 

「じゃあ、先触れついでに確認して来い。私達はゆっくり向かって歩きながら返事を待つ。大丈夫そうなら、商会の前で待ってろ」

 

「そうします!」

 

 ボレホが代表して応えると、取り巻きの一人が一目散に駆け出した。

 全員で行かないのは、私の見張り役という任を遵守しているからか……。

 

 あるいは、全員で逃げる様に行ったら、それで叱責が下ると理解しているからなのかもしれない。

 

 ともかくも、走る男の背中を追って、私はリルの手を引いて歩き始めた。

 

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