混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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憐憫と救済 その7

 エルトークス商会前に辿り着くと、そこでは男が十人、列を成して待ち構えていた。

 

 先頭には若頭がおり、その隣にはボレホもいる。

 私は頭痛を堪える様に手を額に当て、そっと息を吐いた。

 

 以前の出来事は、彼らにとってトラウマとなっているのは、その対応からも分かる。

 

 些細な不満すら感じさせないように、という配慮なのだろうが、その配慮が私を不満にさせるとは思っていない様だ。

 

「ようこそ、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 

 若頭が代表して挨拶して来て、頭を下げるとその他一斉に倣う。

 路行く人や馬車の往来が多い道の前なので、何事かと顔を向けてくる人も多い。

 

「あぁ、出迎えどうも……」

 

 私は簡単に挨拶だけ済ませ、逃げる様に入口へと向かう。

 そして、入口脇に控えていた二人が、両開きの扉を開いて出迎えた。

 

 その一々大仰な仕草に頭が痛い思いをしつつ、とにかく衆目から逃げたくて中へと入る。

 

 だが、室内へ逃げても歓迎の作法は変わらなく、壁の前で一列に並んだ男女が一斉に頭を下げた。

 

「――いらっしゃいませ!」

 

「あぁ、うん……」

 

 彼らは一糸乱れぬ、とまでは行かぬまでも、整然と歓迎の意を示した。

 リルはそんな彼らをぽかんと見つめて、握った手を抱くようにしがみついて来る。

 

 見慣れない異様な光景に、リルが怖がってしまうのは、ある意味で当然だ。

 私はリルを励ますように撫でてから、一人進み出て来た男を見やる。

 

 燕尾服にも似た、清潔な衣装を纏った壮年の男性は、白髪が増えて灰色になった髪を後ろに撫で付け、一礼する。

 

「それでは、ご案内させていただきます」

 

 家令の様な役割を持つのだと、その格好と仕草からも分かる。

 私は返事の代わりに頷き、引率する後ろを素直に付いて行った。

 

 以前通った道は、今ではすっかり修復されて、なぎ倒された美術品なども元に戻っている。

 

 実際は別の物に置き換わったりしているのだろうが、上品な外見はそのままに、最奥へ続く道を威厳ある姿に装飾されていた。

 

 金の縁取りがされて、見事な文様が描かれた陶磁性の壺や、何やら荘厳に見える絵画、時には生けた花なども飾ってあって、その財力を見せ付けている様でもあった。

 

 まるで貴族のやり方だ。

 美術品を愛する趣向と、それを許す財力を示し、威厳と品位を表現している。

 

 謂わばハッタリとも、虚勢とも取れるものだが、その虚飾こそ彼らにとっては武器になる。

 

 物珍しそうにキョロキョロと見渡すリルは、不安の中でも何処か楽しそうだ。

 放っておけば、勝手に走り出しそうでもあり、だから握る手をそっと強めた。

 

 そうした辿り着いた大扉が開かれると、そこにはエルトークスの会頭、ワイスが緊張した顔付きで待ち構えていた。

 

 大きな執務机から立ち上がり、広い部屋の一角――応接用のソファーへ、歓迎の意を示しながら手を差し伸べる。

 

「……ようこそ。急な来訪に驚いたが……、何かあっただろうか」

 

 私は促されるままソファーに近寄り、リルを抱き上げて座らせてから、自らも座る。

 

 そうすると、ワイスもテーブルを挟んだ対面へ、どっかりと腰を下ろした。

 そのタイミングで茶器が運ばれて来て、それぞれの前に湯気の上がった茶が置かれる。

 

 丁寧な礼をして下がったのを見計らい、すぐに下がるよう命じると、ワイスが緊張しながら口を開いた。

 

「……また、ウチの若いモンが何かしたのか?」

 

「いや、今回はそういう話じゃない」 

 

 私がそう言って手を振ると、あからさまに安堵した息を吐いて、胸を撫で下ろす。

 

「けど……」

 

「けど……!?」

 

「出迎えが大仰するのは、どうにかして欲しかったな」

 

「あぁ……」

 

 前のめりに顔を突き出していたのを、私の返答を聞くなり、ソファーへと背中を預けた。

 

 前回の事もあり――いや、あるからこそ、私の一挙手一投足に気配を配らないといけないらしい。

 

 私は先代の会頭とも知己の中で、多大な恩を売っている。

 

 街から街へ、国から国へ移動を続ける私だが、タイミングさえあれば、権力者に恩を売ることを忘れない。

 

 そうする事で、面倒事であったり、『西』からの干渉を防げると思っての事だが、幾つかの年代を経て、エルトークスには関わりを持ち続けてきた。

 

 エルトークスは創設の頃から知っているので、東大陸各地の中でも、その関わりが深い組織と言える。

 

「それで……」

 

 ワイスは幾らか緊張を削ぎつつ、それでも額に汗を乗せながら、慎重に訊いてきた。

 

「ウチのモンがやらかしたんでなければ……、一体どういう要件で?」

 

「仕事を持って来た。細かい事はベントリーに任せるし、その調整も頼む予定だから、話し合いはそっちでして貰うが」

 

「仕事……? アンタが、俺に……? 何故?」

 

「スラムの人間を使うからだ。お前の管轄だから、その許可を得るついでに、いっそ組み込んでしまおう……という話でな」

 

「いやいや、待ってくれ。勝手に組み込まれても困る。大体、どういう仕事なんだ?」

 

 話を急ぎ過ぎて、肝心な部分を忘れていた。

 私の中では既に決定事項だったが、断る可能性があることは、当然考えられた。

 

「新たに事業を起こす。錬金術で作られる水薬の効果を可視化できる、専用の試験紙だ。それの制作だな」

 

「スラムの人間に出来る事ではないだろう。まぁ、ろくな腕もなくて、だから買い手もいない……そんな錬金術士は一人か二人、住んでるかもしれんが……」

 

「それも使い所がありそうだから確保して欲しいが、むしろ欲しいの貧困に喘ぐ者達だ。つまり、雇用の創設も一つの目的なんだよ」

 

 ワイスは難しそうに眉根を寄せ、腕を組んで黙り込んでしまった。

 仕事の斡旋は、エルトークスの仕事の一つでもある。

 

 食いっぱぐれたら、間違いを起こす前に、エルトークスを頼れ――。

 それが一種の標語みたいになっている。

 

 腕力だけが自慢で、まともに就職できない奴などの面倒を見るなどが、その典型だ。

 そういうのは裏社会の自警団として働けるし、女性ならば水商売への斡旋などもある。

 

 子どもの場合でも仕事はあるが、その実態は悲惨なものだ。

 大人のやれる仕事を、子どもがやって同じ効率を出せる訳がない。

 

 だから、子ども出来る仕事を斡旋されるのだが、どれも過酷なものだった。

 例えば野鳥避け、というものがある。

 

 野鳥と言っても小鳥だけではなく、それなりに大きな鳥も対象だ。

 春になれば種を蒔くのだが、その種を狙って鳥がやって来る。

 

 食べられたら収穫量が減るので、これに石を投げて追い払うのだ。

 手に幾つかの石を握り、畑の中を練り歩き、機会があれば投げる。

 

 それだけなら楽そうに思えるが、朝日が昇ってから沈むまで、畑を見守ってなければならない。

 

 大雨の日以外は立ちっ放し、歩きっ放し、暑くても風が強くても見張り続けなければならない。

 

 そういう、簡単だが酷な仕事が割り当てられるのだ。

 だから、その過酷さに逃げ出す子どもは後を絶たない。

 

 そうした行き先は、物乞いをするか盗みを働くかの、大体二択だった。

 

 これは斡旋するエルトークスが悪いという話ではなく、これは児童労働の中ではまだマシな方、というのが問題だった。

 

「今日、この子の財布が盗まれた。スラムの子だ」

 

「よし、分かった。そいつを締め上げれば良いんだな?」

 

「――違う、早とちりするな」

 

 怒りと暴力から、自分達を遠ざけようと、ワイスも必死だ。

 だから物騒な発想になるのだろうが、私は苦笑しながら手を払った。

 

「そうしなければ生きられなかった、って話だ。この子がそれを哀れに思い、助けて欲しいと言ってきた」

 

 リルは行儀よく座っていて、茶器にも手を出そうとしていない。

 緊張しているからか、視線は手元に集中していた。

 

「この子の思いを汲んでやりたい。その実現の為に、お前達も手を貸して欲しい」

 

「協力って事は……分け前も当然、出るんだよな?」

 

「事業としての話だ。当然、そうなる」

 

 私が確信を持って首肯すると、ワイスは難しい顔を崩さぬまま頷く。

 

「そうであれば、前向きに考える用意がある。どれ程の仕事を頼まれるか、その内容は……そして、得られる収入次第だが」

 

「そこはビジネスだ。納得行くように話し合えば良いさ。吹っ掛け過ぎると後が怖い、と今の内から教えておいてやるが」

 

「ベントリーが遣り手なのは知ってるさ。藁の一本から今の地位まで登り詰めた、ってのが、大袈裟な吹聴なのかまでは知らんが」

 

 そう言って、ようやくワイスは表情を和らげた。

 しかし、話を詰める前に、言っておかねばならない事がある。

 

 私は弛緩した空気を再び締め上げ、ワイスへと告げた。

 

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