エルトークス商会前に辿り着くと、そこでは男が十人、列を成して待ち構えていた。
先頭には若頭がおり、その隣にはボレホもいる。
私は頭痛を堪える様に手を額に当て、そっと息を吐いた。
以前の出来事は、彼らにとってトラウマとなっているのは、その対応からも分かる。
些細な不満すら感じさせないように、という配慮なのだろうが、その配慮が私を不満にさせるとは思っていない様だ。
「ようこそ、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
若頭が代表して挨拶して来て、頭を下げるとその他一斉に倣う。
路行く人や馬車の往来が多い道の前なので、何事かと顔を向けてくる人も多い。
「あぁ、出迎えどうも……」
私は簡単に挨拶だけ済ませ、逃げる様に入口へと向かう。
そして、入口脇に控えていた二人が、両開きの扉を開いて出迎えた。
その一々大仰な仕草に頭が痛い思いをしつつ、とにかく衆目から逃げたくて中へと入る。
だが、室内へ逃げても歓迎の作法は変わらなく、壁の前で一列に並んだ男女が一斉に頭を下げた。
「――いらっしゃいませ!」
「あぁ、うん……」
彼らは一糸乱れぬ、とまでは行かぬまでも、整然と歓迎の意を示した。
リルはそんな彼らをぽかんと見つめて、握った手を抱くようにしがみついて来る。
見慣れない異様な光景に、リルが怖がってしまうのは、ある意味で当然だ。
私はリルを励ますように撫でてから、一人進み出て来た男を見やる。
燕尾服にも似た、清潔な衣装を纏った壮年の男性は、白髪が増えて灰色になった髪を後ろに撫で付け、一礼する。
「それでは、ご案内させていただきます」
家令の様な役割を持つのだと、その格好と仕草からも分かる。
私は返事の代わりに頷き、引率する後ろを素直に付いて行った。
以前通った道は、今ではすっかり修復されて、なぎ倒された美術品なども元に戻っている。
実際は別の物に置き換わったりしているのだろうが、上品な外見はそのままに、最奥へ続く道を威厳ある姿に装飾されていた。
金の縁取りがされて、見事な文様が描かれた陶磁性の壺や、何やら荘厳に見える絵画、時には生けた花なども飾ってあって、その財力を見せ付けている様でもあった。
まるで貴族のやり方だ。
美術品を愛する趣向と、それを許す財力を示し、威厳と品位を表現している。
謂わばハッタリとも、虚勢とも取れるものだが、その虚飾こそ彼らにとっては武器になる。
物珍しそうにキョロキョロと見渡すリルは、不安の中でも何処か楽しそうだ。
放っておけば、勝手に走り出しそうでもあり、だから握る手をそっと強めた。
そうした辿り着いた大扉が開かれると、そこにはエルトークスの会頭、ワイスが緊張した顔付きで待ち構えていた。
大きな執務机から立ち上がり、広い部屋の一角――応接用のソファーへ、歓迎の意を示しながら手を差し伸べる。
「……ようこそ。急な来訪に驚いたが……、何かあっただろうか」
私は促されるままソファーに近寄り、リルを抱き上げて座らせてから、自らも座る。
そうすると、ワイスもテーブルを挟んだ対面へ、どっかりと腰を下ろした。
そのタイミングで茶器が運ばれて来て、それぞれの前に湯気の上がった茶が置かれる。
丁寧な礼をして下がったのを見計らい、すぐに下がるよう命じると、ワイスが緊張しながら口を開いた。
「……また、ウチの若いモンが何かしたのか?」
「いや、今回はそういう話じゃない」
私がそう言って手を振ると、あからさまに安堵した息を吐いて、胸を撫で下ろす。
「けど……」
「けど……!?」
「出迎えが大仰するのは、どうにかして欲しかったな」
「あぁ……」
前のめりに顔を突き出していたのを、私の返答を聞くなり、ソファーへと背中を預けた。
前回の事もあり――いや、あるからこそ、私の一挙手一投足に気配を配らないといけないらしい。
私は先代の会頭とも知己の中で、多大な恩を売っている。
街から街へ、国から国へ移動を続ける私だが、タイミングさえあれば、権力者に恩を売ることを忘れない。
そうする事で、面倒事であったり、『西』からの干渉を防げると思っての事だが、幾つかの年代を経て、エルトークスには関わりを持ち続けてきた。
エルトークスは創設の頃から知っているので、東大陸各地の中でも、その関わりが深い組織と言える。
「それで……」
ワイスは幾らか緊張を削ぎつつ、それでも額に汗を乗せながら、慎重に訊いてきた。
「ウチのモンがやらかしたんでなければ……、一体どういう要件で?」
「仕事を持って来た。細かい事はベントリーに任せるし、その調整も頼む予定だから、話し合いはそっちでして貰うが」
「仕事……? アンタが、俺に……? 何故?」
「スラムの人間を使うからだ。お前の管轄だから、その許可を得るついでに、いっそ組み込んでしまおう……という話でな」
「いやいや、待ってくれ。勝手に組み込まれても困る。大体、どういう仕事なんだ?」
話を急ぎ過ぎて、肝心な部分を忘れていた。
私の中では既に決定事項だったが、断る可能性があることは、当然考えられた。
「新たに事業を起こす。錬金術で作られる水薬の効果を可視化できる、専用の試験紙だ。それの制作だな」
「スラムの人間に出来る事ではないだろう。まぁ、ろくな腕もなくて、だから買い手もいない……そんな錬金術士は一人か二人、住んでるかもしれんが……」
「それも使い所がありそうだから確保して欲しいが、むしろ欲しいの貧困に喘ぐ者達だ。つまり、雇用の創設も一つの目的なんだよ」
ワイスは難しそうに眉根を寄せ、腕を組んで黙り込んでしまった。
仕事の斡旋は、エルトークスの仕事の一つでもある。
食いっぱぐれたら、間違いを起こす前に、エルトークスを頼れ――。
それが一種の標語みたいになっている。
腕力だけが自慢で、まともに就職できない奴などの面倒を見るなどが、その典型だ。
そういうのは裏社会の自警団として働けるし、女性ならば水商売への斡旋などもある。
子どもの場合でも仕事はあるが、その実態は悲惨なものだ。
大人のやれる仕事を、子どもがやって同じ効率を出せる訳がない。
だから、子ども出来る仕事を斡旋されるのだが、どれも過酷なものだった。
例えば野鳥避け、というものがある。
野鳥と言っても小鳥だけではなく、それなりに大きな鳥も対象だ。
春になれば種を蒔くのだが、その種を狙って鳥がやって来る。
食べられたら収穫量が減るので、これに石を投げて追い払うのだ。
手に幾つかの石を握り、畑の中を練り歩き、機会があれば投げる。
それだけなら楽そうに思えるが、朝日が昇ってから沈むまで、畑を見守ってなければならない。
大雨の日以外は立ちっ放し、歩きっ放し、暑くても風が強くても見張り続けなければならない。
そういう、簡単だが酷な仕事が割り当てられるのだ。
だから、その過酷さに逃げ出す子どもは後を絶たない。
そうした行き先は、物乞いをするか盗みを働くかの、大体二択だった。
これは斡旋するエルトークスが悪いという話ではなく、これは児童労働の中ではまだマシな方、というのが問題だった。
「今日、この子の財布が盗まれた。スラムの子だ」
「よし、分かった。そいつを締め上げれば良いんだな?」
「――違う、早とちりするな」
怒りと暴力から、自分達を遠ざけようと、ワイスも必死だ。
だから物騒な発想になるのだろうが、私は苦笑しながら手を払った。
「そうしなければ生きられなかった、って話だ。この子がそれを哀れに思い、助けて欲しいと言ってきた」
リルは行儀よく座っていて、茶器にも手を出そうとしていない。
緊張しているからか、視線は手元に集中していた。
「この子の思いを汲んでやりたい。その実現の為に、お前達も手を貸して欲しい」
「協力って事は……分け前も当然、出るんだよな?」
「事業としての話だ。当然、そうなる」
私が確信を持って首肯すると、ワイスは難しい顔を崩さぬまま頷く。
「そうであれば、前向きに考える用意がある。どれ程の仕事を頼まれるか、その内容は……そして、得られる収入次第だが」
「そこはビジネスだ。納得行くように話し合えば良いさ。吹っ掛け過ぎると後が怖い、と今の内から教えておいてやるが」
「ベントリーが遣り手なのは知ってるさ。藁の一本から今の地位まで登り詰めた、ってのが、大袈裟な吹聴なのかまでは知らんが」
そう言って、ようやくワイスは表情を和らげた。
しかし、話を詰める前に、言っておかねばならない事がある。
私は弛緩した空気を再び締め上げ、ワイスへと告げた。