混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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狩りとおでかけ その5

 帰り道は行く時より楽で、大変スムーズだった。

 何しろ、獲物を求めて、警戒しながら進む必要がない。

 

 帰り道に何か獲物を見つけられたら良い、と楽観的に構えていたくらいで、見つければラッキー程度に思っていたのもある。

 

 保存食作りは大事だが、一度に処理できる数も限られるし、未だ切羽詰まってもいない。

 

 なるべく自給自足しようというのも、私なりの拘りなのであって、無理なら無理で購入すれば良い話だった。

 

 完全に無理であっても、背に腹は代えられない。

 何より、それに傾倒する余り、リルを飢えさせてしまっては意味もなかった。

 

 そうして――。

 やはりそれ以降、これという獲物に出会う事なく、我が家近くの沢まで到着した。

 

 背中に追随して浮遊させていた獲物を、その沢近くで解体し始める。

 

「さて、それじゃあ……」

 

 大事なのは内臓の処理だ。

 下手に傷を付けると溢れてしまい、肉に臭みがこびり付く。

 

 丁寧に内臓を切除しながら解体し、内臓はアロガに食わせてやる。

 普段は大抵、干し肉ばかりだが、本来ならばこちらを好むはずなのだ。

 

「ほら、アロガ。お前の頑張りに対する報酬だ。好きなだけ食え」

 

 許可してやれば、葉の上に退かせて置いた内臓の山に、アロガが食らい付く。

 

 とはいえ全ての部位を与えた訳ではなく、今日の内に食べるなら新鮮で美味しい内臓は、こちらに取ってある。

 

 例えば心臓(ハツ)肝臓(レバー)などは、私達の分だ。

 

 アロガも腹を空かせていただろうし、狩猟の成功を美味しい物と認識させる為、本来は食べたいホルモンやモツも与えた。

 

 最初は森の外に出るのを嫌がっていたアロガも、これを機に態度を改めるかもしれない。

 

 それに期待しての投資ならば、そう悪い話でもないだろう。

 

「あとは、こいつを水に晒して……」

 

 死んだばかりの獲物は、実は結構長い間、熱を持つ。

 

 解体作業を急ぎたいのもそれが理由で、そして内臓を取り出したら、速やかに水に晒して冷やしてやらねばならない。

 

 これらの作業も魔術で代用できる事ではあるが、自然を利用できるならその方が良いものだ。

 

 何より、一日かけて長い間、冷やし続ける必要がある。

 自分でやるより楽で手間がないから、こうして利用するのが常だった。

 

 全ての作業が終わった頃には、日が傾き始めようという時間だった。

 空は茜色に近付き始め、秋の夕方を物寂しく雲が彩っている。

 

「……さて、アロガ。そろそろ帰ろう」

 

「ウォン!」

 

 満腹になって機嫌の良いアロガは、嬉しそうに返事した。

 その頭を揉むように撫でてから、我が家の領域へと足を踏み入れる。

 

 そうして実際に我が家が見えて来ると、扉を蹴飛ばす勢いで、リルが入口から飛び出して来た。

 

「おかえりなさい!」

 

「ただいま、リル。いい子にしてたか?」

 

「うん、いい子にしてた!」

 

 抱き着いて来たリルを受け止め、そのままくるりと一回転して肩の高さまで持ち上げる。

 

 そうして、腕の中で抱き留めると、リルのおでこにキスをした。

 

「ねぇ、お母さん! アロガはちゃんとできた?」

 

「あぁ、出来たとも。一切問題なし……、でもなかったが。でも、一体は仕留められたから」

 

「すごいね!」

 

「頑張ったぞ。ちゃんと褒めてあげなさい」

 

「うん!」

 

 元気よく返事すると、リルは私の腕の中から精一杯腕を伸ばして、アロガの頭を撫でようとする。

 

 降りてアロガを撫でる、という発想はないらしい。

 

 それで私が背中を曲げてやると、アロガの方も頭を上げて、リルに顔を近付けようとした。

 

「いい子ね、アロガ! えらい、えらい!」

 

「ウォウ!」

 

 リルとアロガは、互いに尻尾をはち切れんばかりに振っている。

 

 純粋にアロガの成果を褒めている様にも見えるが、実際は明日の街行きが確定した事からの喜びだろう。

 

 リルが本気で喜んでいるのは事実なので、それを感じ取ったアロガも、実にご満悦だ。

 

「さ、それじゃあ、今日の所は風呂に入って、ご飯にしようか」

 

「ねぇ、お母さん。きょうのおはなし、いっぱいきかせて」

 

「あぁ、良いとも。お母さんにも、リルが今日、家で何をしてたのか教えて欲しいな」

 

「じゃあ、おしえあいっこね!」

 

 リルが嬉しそうに笑えば、私もその笑顔につられて微笑む。

 強く抱きしめ、リルのおでこに頬を当てた。

 

「お母さん、ほっぺ、つめたいね」

 

「あぁ、ごめんごめん。朝夕は、もう風も冷たくなってきたからな……」

 

「ううん、きもちいい!」

 

 リルは何が楽しいのか、きゃらきゃらと笑う。

 

 腕の中で手足を振り回るリルを宥めすかしながら、お風呂のある東屋へと歩いて行った。

 

 

  ※※※

 

 

 その日の夜は、リルが中々寝付かないので大変だった。

 リルは物心ついた時から、この森以外の世界を知らない。

 

 しかも、その森にさえろくに入った事がないので、本当に家とその周辺の畑までが、リルの世界だった。

 

 だから私がたまに外へ出かけると、そこで何があったのか、どういう物があったのか話をせがむ。

 

 私はそういう時、映像を映し出して見せてやるものだから、外の世界に相応の憧れを抱くようになった。

 

 映像は静止画で、動いたりしないものだが、だとしてもそこから汲み取れる情報は多い。

 

 ここでは見られない商店の連なる光景や、多くの人が行き交う大通り……。

 

 この森に居ては、決してお目に掛かれない多くの物を、今度は実際に自分の目で視られるとあって、その興奮は大変なものだった。

 

「ほら、リル……。明日は早いんだから……」

 

「うんっ! お母さん、でも、もっとまちのことききたい!」

 

「それじゃあ、いつまで経っても寝られないよ。……ほら、良い子だから」

 

「んぅ……っ!」

 

 ベッドの上で右へ左へと転がるリルを、布団の中へと仕舞い込む。

 しかし、興奮しているリルは、そう簡単に眠ろうとしてくれなかった。

 

 私は胸の辺りを布団の上から、ぽんぽんと叩きながら、諭す様に言う。

 

「明日の朝、起きれなくなったら困るのはリルだぞ。起きれなかったら、置いてっちゃうからな」

 

「……んヤ!」

 

「じゃあ、今日はもう寝ような。ほらもう、目を瞑って……」

 

「でもね、お母さん」

 

「でも、じゃありません」

 

 目を瞑れと言っているのに、こちらに顔を向け、目を爛々と輝かせながら言ってくる。

 

 そして、いつもなら、とうに眠っている時間だ。

 

 それどころか大幅に過ぎている筈なのに、リルは期待に満ちた目で、ひたすら私の顔を見つめて来ていた。

 

「明日になれば、ちゃんと連れて行くから……。だから、ちゃんと眠りなさい」

 

「はやく、あしたにならないかなぁ……!」

 

「なるよ、なる。眠ったらすぐだ」

 

 ぽんぽんと変わらぬリズムで叩き続けていると、次第にリルの瞼もとろん、と落ちて来る。

 

 それを暫く続けていると、規則正しい寝息が聞こえ始めた。

 ようやく眠った我が子の頭にキスをすると、私も叩く手を止めて眠りに落ちた。

 

 

  ※※※

 

 

 翌日のこと――。

 リルは案の定、盛大に寝坊した。

 

 アロガを引き連れて、けたたましく階段を降りて来ては、泣きそうな顔をさせて言ってくる。

 

「お母さん、ねぼうした!」

 

「大丈夫、まだ時間はあるから」

 

 私はと言うと、既に朝食を済ませ、食後のお茶を楽しんでいた頃だった。

 

「それよりまず、顔を洗って来なさい」

 

 薄っすらと笑い掛けて言ってやれば、リルは弾かれる様に去って行った。

 

 アロガは常には見せない、慌てた様子のリルが心配なようで、その後についていく。

 

 その間にリルの分の朝食を準備させ、私は着る物の準備を始めた。

 本日は商談が主な目的なので、少しスマートに商家風だ。

 

 基本的に庶民は麻布を使うのに対し、私は自家製の木綿から作った布地を纏う。

 そこへ縁を飾った毛織の長袖を羽織り、丈夫な布地のズボンを穿いた。

 

 女性となれば何処でも大抵スカートが主流だ。

 

 例外なのは冒険者や兵士など、荒事に従事する者達で、例えば商人ならばスカートでなければ非常に奇異に映る。

 

 ただし、私にとって街は危険という認識なので、動き易いズボンを好んで穿くと決めていた。

 

 そうして、最後に長手袋と鍔の広い帽子、そしてマントを羽織れば完成だ。

 

 後は今日の為に用意していた、リルの服を持って階段を降りれば、こちらの準備は万端だった。

 

 一階に降りると、リルは流し込むような勢いで朝食を食べている姿が見える。

 

 これには私も苦笑いして、近くのソファーに自分の帽子とリルの服を置くと、テーブルの向かい側に座った。

 

「ほら、リル……。慌てなくて良いから、ゆっくり食べなさい」

 

「でも、ねぼうしちゃった……!」

 

「大丈夫、街は逃げたりしないよ」

 

 ほっぺたを丸く膨らませて、朝食を掻き込むリルに笑いかける。

 そうして、口の端に付いたパン屑を指先で攫い、自分の口へと運んだ。

 

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