季節が春から夏へと移ろおうとしている中、私にしては珍しく、森と街の間を頻繁に行き来していた。
当初はベントリーとエルトークスの間で、その全てを任せるつもりだったのだが、何のかんのと相談を持ち掛けられ、結局ノータッチとは行かなくなった。
やはり炊き出しを指示した事と、そこに金を出してまで支援したのが拙かったらしい。
あれが完全に自分から関わる意思表明と取られ、それで経営内容であったり、人員や設備の必要数など、様々な事を相談される事となった。
街に行く回数が増えるとリルは喜んだものの、家でお留守番を申し付けると、大層不満そうに唇を尖らせた。
「なんでぇ……。リルもだって、まちにいきたいっ!」
「遊びに行く訳じゃないからなぁ。リルには悪いが、分かっておくれ」
諭す様に説得しても、リルはすぐに納得しなかった。
可哀想だとは思うが、本当に一緒に連れて行こうものなら、リルの勉強が疎かになってしまう。
また、マナの訓練に対しても同様だ。
休みの日は定期的にあるので、その日に連れ出すのは良いとして、それ以外まで連れ出す訳にはいかなかった。
だから、朝の内に私と一緒に剣の訓練をして、後の勉強とマナ訓練をナナに任せ、そして夕方前に帰って来る……というのが、私の考えた流れだった。
そして実際、その様にさせるつもりだ。
全くそういうつもりはなかったが、ナナが教師役となってくれて、今となっては非常に助かっている。
もしもナナが居なかったらと思うと、立ち往生すらしていたかもしれない。
そういう意味でも、ナナは今や、無くてはならない存在となっていた。
ナナと二人きり……とは言っても、家の中にはシルケやアロガもいるし、時には妖精も顔を出す。
騒がしい位だから寂しくはないだろうが、私が居ないというのは話が別の様だ。
森に帰ると、いの一番にやって来るし、家の中でも子犬の様に後を追い掛けて来る事が多くなった。
常に傍に居たくて仕方ないらしく、足の周りをちょろちょろと付いて来る。
そんなリルも愛らしいが、やはり寂しい思いをさせているのだと感じた瞬間でもあった。
だから、休みの日は絶対に街へ連れて行く事にしているのだが……。
「でも、街に行けば、必ず遊べる訳でもないんだぞ……?」
「いーの、それでも! いっしょに、いくの!」
街の子ども達とも遊びたいが、遊べないなら仕方ない、とリルにしては達観めいた考えを持っている。
もしかしたら、ナナから入れ知恵でもあったのかもしれない。
そして、そう考えると納得も出来るのだ。
躾には拘ってきたつもりだが、リルにはどうしても甘くなってしまいがちで、だからリルには少し奔放な所がある。
子供らしく我儘を言うし、理不尽に怒ったりもするが――。
それでも街へ行くついでに遊べもしないのに、不満を言わない理由があるとすれば、そこにナナの影を感じずにはいられないのだ。
良い子にしていれば、私が言う事を聞いてくれる……などの、何かしら耳打ちされたのではないだろうか。
良い子にしている分には、全く不満がないので良いのだが、後で何を要求するつもりなのかを考えると、少し怖くもなって来る。
ある日、リルを商会の談合に連れて行った時も、リルはとてもお行儀良くしていた。
大人がする難しい話の場だから、大変窮屈に感じるだろうに、退屈そうな仕草は見せたものの、話の邪魔をしようとはしなかった。
それなりに同行する回数が増えれば、ベントリーがエルトークスも便宜を図るもので、話し相手や玩具などを用意し、少しでも暇潰しに貢献してくれた。
リルにとっては、大抵の事は新しい刺激なので、周りの助けもあり、暴れ出したりする事もなかったようだ。
それに、リルには常に、ナナという味方も付いている。
実際に触れ合う事は出来ずとも、常に話し相手には困らない様なものなので、大人が話相手でも、そつなくこなす事が出来ていた。
そういう意味でも、ナナの存在は実にありがたかった。
今更になって思う。
ナナとの契約は予想以上の成果を挙げていた。
迂闊に話していけない内容も、ナナならば察して止めてくれる。
その場に適した挨拶や応対なども、リルが拙いながら出来て、それに感心する場面は多々あった。
「しかし、リル様は非常に良く、大人しくしておいでだ。リル様よりずっと年上の者でも、こうもお行儀よく出来る人は多くありますまい」
その様に、ベントリーは褒めたものだ。
商会の者からも、よく教育されていると絶賛され、私の鼻も高々だった。
褒められたリルも嬉しそうで、ふにゃりと相好を崩した顔で、尻尾をぶんぶんと振っていた。
※※※
談合ばかりの日々が過ぎ去り、私の出番も少なくなった頃、いつものように帰宅すると、違和感に首を傾げた。
私が森との境目にある転移陣から姿を現したら、殆ど間を置かず、家からリルが飛び出して来るのが常だった。
家の中におらず、畑で妖精達と遊んでいてもそれは同様で、全てを切り上げ、一目散に駆けて来る。
……だというのに、今日に限ってそれがない。
試しに畑へ寄って、妖精達に尋ねてみても、誰も知らないと言う。
「見てないよぉ〜!」
「知らない、知らない!」
妖精達の受け答えはどこかぎこちなく、視線をこちらに向けなかった。
その時点で、違和感が更に募る。
「……何か隠してないか?」
「してないよ!」
「知らないよ!」
口々にそう言うと、妖精達は逃げる様に去って行ってしまった。
「怪しい……」
何か企み事でもあるのだろうか。
だが、本当に危険な事ならナナが止めるだろうし、仮に拉致されたとか言う話ならば、冗談ではなく大騒ぎになっている筈だ。
それを思えば、もっと気楽な事態と考えて良さそうだった。
「何か悪戯でも考え付いたかな……」
それが一番、有り得そうな線に思える。
リルに危害を及ぼすとは考えられない以上、楽に構えて良さそうだ。
母屋の中に入ると、既に夕食の準備中だった。
シルケは忙しそうに調理していて、こちらに背を向けたままだ。
それ自体は珍しい事でもないので、気にする事でもないと思ったのだが、どこかよそよそしい感じもする。
何と言うか、わざとらしいのだ。
敢えて背を向けたまま、料理に集中している節があり、話し掛けないで、と背中で語っている様でもある。
リビング内を見渡すと、暖炉の前でアロガが寛いでいた。
暖かくなって来た頃合いだから、火の小精霊がそこに居ても、暖が取れるほど火を出してはいない。
だから特別暖かくもないのだが、アロガにとっては定位置みたいなものだ。
両手を顎の下に置いて、片目だけ開けてこちらを窺っている。
「なぁ、アロガ。リルが何処に居るか、知らないか?」
アロガはこれに応えない。
しかし、常にリルと一緒に居るアロガだ。
そのアロガが暖炉前で寛いでいるというなら、家の中に居るのは間違いなさそうだった。
「さて……、じゃあ何処に居るのかな」
一階には居なさそうだ。
では二階だろうか、と意識を向けてみると、そこには微かに人の気配がする。
「リル〜?」
呼んでみても、応答はない。
仕方なく二階に上がり、気配を頼りに向かうと、そこは衣装部屋だった。
化粧台や椅子以外にも、クローゼットや押し入れなどがあり、季節に合う服はタンスに、それ以外は防虫剤と共にしまっていたりと、色々手狭な部屋になっている。
森に入る際の皮革装備なども置いてあるから、余計に雑多な雰囲気があった。
その中に、息を押し殺した気配がする。
どうやらリルは、この中に隠れて待っていた様だ。
最近、構ってやれてなかったから、意趣返しのつもりなのか……。
はたまた、構って欲しいアピールなのか。
――いずれにせよ。
こうも可愛いアピールをされたら、これに応じない選択肢など、私にはなかった。
「リルぅ〜……? 居る〜……?」
わざとらしく部屋を引き返し、寝室へと向かう。
更にわざとらしく音を立て、ベッドの下を覗き込んでみたりした。
「居ないなぁ……」
うぅん、と聞こえやすい唸り声をあげ、寝室から出る。
そうして、再び衣装部屋へと入り、ゴツゴツ、と足音を立てて部屋の中へ入り、足を止めた。
リルはまだ、正しい気配の消し方を知らない。
必死に息を押し殺し、身動きしまいと身体を固めてはいるが、分かる者には分かってしまうのだ。
そして、一層強く息を殺し、一層強く気配を出してしまっているリルは、どうやらクローゼットの中に隠れていると分かった。
私は尚も継続してわざとらしく、部屋の中を睥睨した。