混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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夏の入学日 その4

 それからは穏やか日々を取り戻し、リルの勉強や剣術とマナの鍛練に付き合う回数が元に戻った。

 

 時には水薬の材料の採取目的で、あるいは侵入者を撃退する為、森に入ったりもしたが、概ね元の生活に戻ったと考えて良い。

 

 これまで、リルから離れる時があるとすれば、主にその二つだったのだが、今では水薬の作成についても以前とは大きく変わった。

 

 作成する水薬を、濃縮水薬に切り替えた為だ。

 

 これまでとは違い、とにかく煮詰めて撹拌する作業が大半になり、そしてこれは私自身が細かく見ていなければならない、という物でもなかった。

 

 妖精に任せるのは怖いが、たっぷりのマナを支払った小精霊ならば、その辺りはしっかり見てくれる。

 

 そういう訳で、七日の間、煮込んでは継ぎ足し、撹拌しては煮込み、そしてまた継ぎ足し……という事を行った。

 

 合間、合間に様子は見るものの、どの段階でも問題はなく……だから、リルとの時間を元に戻す事が出来た。

 

 試験紙の作成についても順調で、エルトークスが場所を抑え、ベントリーが器具の調達など細かな調達を済ませており、人員も揃って既に稼働している最中だ。

 

 初動には数が必要なので、今はとにかく増産している最中だが、中々良い進捗だとは聞いている。

 

 夏頃から本格的に導入し、一気に広めて水薬の常識を変えるつもりの様だ。

 

 そして、その時には目玉となる濃縮水薬をお披露目する時でもあり、私もその為に毎日、錬金小屋を稼働させているのだった。

 

 

  ※※※

 

 更に時が少し流れ――。

 夏も間近に迫って来た頃、我が家では衣替えがようやく完了していた。

 

 子どもの成長は早いから、去年の服はそのまま使えない。

 

 だから新たに作り直すか、継ぎ足して再利用するかの二択になるのだが、継ぎ足しばかりだと見栄えも悪くなる。

 

 二年連続して継ぎ足しする事はなく、だから今年は新調する事にした。

 だが、冬服と違って楽な部分もあり、春の間の僅かな時間で十分作れた。

 

「布面積が少なくて良いのが、夏服の利点だな」

 

 特にリルは活発に動くから、運動を阻害する関節部は空いている方が良い。

 

 リルは服を着ること自体を面倒臭がる場合があって、特に走り回る時はそのきらいが強い。

 だが、女の子なのだから少しは気を使って欲しい……、というのが親心だ。

 

 今日はナナとお揃いのワンピースで、肩口からすっぱりと袖ない。

 夏に良く似合う白と水色のコントラストで、裾部分にはひまわりの刺繍がしてあった。

 

 走り回り、飛び回っても大丈夫な様に、下にはドロワーズを穿かせているから、その動きも大胆なものだ。

 

 今もリルは畑の間を走り回っていて、妖精達とナナ、そしてアロガと一緒に遊んでいる。

 

 今日は一日、休みの日なので、余計に元気だ。

 笑い声が、水薬を瓶詰めしている私の所にまで聞こえてくる。

 

 リルは私とも遊びたいと言ったが、瓶詰め作業が終わったら、と伝えていたので、こちらには来ていなかった。

 

「お前達も、ありがとう。助かった」

 

 作業の手伝いをしてくれた小精霊にお礼を言って、更にマナを分け与える。

 

 特別マナの濃い中に居るから、彼らも困っていないとはいえ、与えられれば嬉しいものだ。

 

 精霊にとって自然的に発生するマナは、人にとって水にも等しいものだが、人に与えられるマナは甘味にも似ている。

 

 特別必要ではないが美味しいし、幾らかのエネルギーにもなるから、貰えて喜ばない小精霊はいない。

 

 妖精にしてもこれは同様で、何か仕事を与えてからマナを分け与える、という事を繰り返していると、まず頼み事を断らなくなるのだ。

 

 とはいえこれは、自身の魔力に自信があればこそ、出来る芸当だ。

 木っ端魔術士が同じ事をしたら、逆に機嫌を損ねるだろう。

 

「さて……」

 

 使い終わった器具を洗って清掃を済ませ、それから小屋を出る。

 すると、私に目敏く気付いたリルが、こちらに向かって猛突進して来た。

 

 いつだったかの様に、精霊の力を借りた、矢よりも速い突進だ。

 

「ど〜んっ!」

 

 掛け声と共に飛び込んで来て、やはり前回同様、上手く力を分散して逃し、上方へと飛び上がらせる。

 

「きゃっふ〜っ!」

 

 一つ間違えれば大事故、大怪我に繋がり兼ねないというのに、リルは実に暢気なものだった。

 

 両手両足を空中で広げて、楽しさ全開で喜んでいる。

 

 上方へと射出されたリルだが、重力に引かれて次第に勢いを失くし、そうして落ちて来た。

 

 その頃にはすぐ傍にナナが居て、その安全を確保してくれているが、私の方からも魔術を使ってやんわりとリルを受け止める。

 

 腕の中に収まったリルは、手足を振り回して上機嫌に笑った。

 

「ねっ、お母さん! もっかい! もっかい、やろっ!」

 

「リル……、あれは危ないから、余りやっちゃいけないって教えただろう?」

 

「あぶなくないよっ! ぜんぜん、へいきだったもん!」

 

「それはお母さんが居たからだよ。大体……」

 

 つらり、とナナヘと視線を移して咎めた。

 

「何で力を貸してるんだ。危ない遊びを勧めるんじゃない」

 

「いや、大変言い辛いことなんだけど……」

 

 そう前置きしつつ、ナナは私の視線から逃げて目を逸らした。

 

「特別、協力した訳じゃないのよね……。勝手に力を引き出されたと言うか……。リルが自力でやったのよ」

 

「対等契約の弊害か。……にしても、器用なことを……」

 

 驚きつつも、感嘆する思いでリルを見つめる。

 対するリルは、余りにも無邪気な視線で見つめ返すだけだ。

 

 まだマナを操る技術は拙い筈なのに、自らの魔力と、そしてナナからの供給を引き出して、あの現象を実現した。

 

 最初はナナからの協力なしに使えなかったものが、今では曲りなりにも自分のものにしている、という事実は、驚かせるには十分な出来事だった。

 

「お母さん、どうしたの?」

 

「驚いただけさ。リルはそれだけ、凄いことをしたんだ」

 

「すごい? リル、すごい?」

 

「凄いけど、お母さんびっくりしちゃうから、あまりして欲しくないな」

 

 汗で張り付いた前髪を、そっと横に退ける。

 

 元より、この森で過ごすからには、相当なハンデを背負っているようなものだが、逆にそれがバネとなっている部分がある。

 

 より強く押さえ付けられているからこそ、そのバネを利用した時の反発力が凄まじいのだ。

 

 そして、それをリルは体得しつつある。

 ――とはいえ、未だ未熟で、危うさがあるのは否めない。

 

 リルの事を思えば、もっと本格的な訓練を課すべきなのかもしれなかった。

 

 年齢的に、まだ教えるには早い技術だが、リルの恐るべき成長速度を思えば、決して間違ったことでもない。

 

 これほど強力なマナ溜まりで、赤子の頃から生きて来た例などないから、何処まで考えて良いか分からないが――。

 

 それでも、凄まじい才能があるのは間違いなく、ならばそれを開花させるのが私の役目だ。

 

 ――うちの子、天才かもしれん!

 

「ねっ、お母さん! まちいこっ、まち!」

 

「街……? それなら明日、行く予定だよ。だから今日は我慢しような」

 

「あした、まちいくんだ!」

 

 リルはきゃいきゃいと喜んだが、そのうえで尚もねだって来た。

 

「でも、きょうもいきたいっ!」

 

「我慢しなさい。それに、明日は大変だぞ? いつもみたいに、遊びに行くだけじゃないんだから」

 

「……そうなの?」

 

 不思議そうに見上げるリルに、私は苦笑しながら頷く。

 

「この前の夕食の時にも言ったよ。学校に行くんだ。明日からリルは、皆と一緒に勉強するんだよ」

 

「そっかぁ……! リル、がっこういくんだ!」

 

 すっかり忘れていたリルは、興奮しながら私の腕から飛び降りた。

 周囲を走り回って、その後を妖精とアロガが追い掛けていく。

 

 風の力を纏っていないリルは、速いと言っても限度があり、すぐにアロガに追い付かれる。

 

 リルの興奮が伝染ったのか、アロガまで嬉しそうに興奮し、抱き着いて顔や頭を舐め回した。

 

「そうよ、アロガ。リル、がっこうにいくの! おともだちが、たくさんできるんだって!」

 

「ウォウ!」

 

「アロガはおるすばんね。リルがおべんきょしてるとき、しっかりおうちをまもるの! ね!」

 

 わしゃわしゃと首筋辺りを両手で撫でて、リルはアロガに言い聞かせる。

 それを真似して、妖精達もアロガの上で、わしゃわしゃと毛皮を掻き回した。

 

 その光景を見つめながら、隣で待機したままのナナを見やる。

 リルを森から離すのは、少し恐ろしい気がしていた。

 

 しかし、ナナがいれば最悪の結果にはならない。

 何より、リルには防護のアクセサリーや付呪品を、沢山持たせるつもりだった。

 

 その上で、私はそれを起点として、いつでも傍へ転移することが出来る。

 数秒の時間稼ぎすら出来れば、危険があっても対応できる算段だ。

 

「ナナ、しっかりリルを見てやってくれ。頼むぞ」

 

「大丈夫。守護精霊として、その意義をしっかり果たしてみせるわ」

 

 その言葉には自信と威厳に満ちている。

 私はその態度を信頼し、再び走り始めたリルを、その目で追った。

 

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