混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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夏の入学日 その7

「最近、身辺はどうなんだ……?」

 

「身辺……? 身辺って言われても……別に、どうって事ねぇけど?」

 

 私の言わんとしている事が理解出来ず、ラーシュは不思議そうに首を捻った。

 

 もっと詳しく訊かねば駄目かと、思うのと同時に、自分の訊き方も悪かった、と自省する。

 

 私は改めて、具体的な質問をぶつけてみた。

 

「……ほら、何か身元調査とかされてただろ」

 

「いやいや、身元じゃない。それじゃあ何か、犯罪でもやったみたいじゃねぇか! 内部監査な、内部監査。昇給するに当たって、不正なんかしてなかったか、その調査が入ったんだよ……!」

 

「あぁ、まぁ……似たようなものだろう」

 

「違う、ゼンゼン違う!」

 

 私も分かっていて言っているのだが、予想以上の反応に可笑しくなる。

 妙に焦った仕草が、余計怪しく見えたのが原因かもしれない。

 

「それで? 無事、昇給できた訳か?」

 

「あぁ、お陰さんでな。でも……」

 

「でも?」

 

「怪しんでた筈なのに、ある日いきなり、スッと消えてな。それまで割と執拗だったから、変に思ったんだが……。お前、何かしたか?」

 

「いいや、何も」

 

 私は素知らぬ顔をしてマグを傾ける。

 一口含んで甘味を楽しんでから嚥下し、口内に残った酸味を追い出す様に唇を舐めた。

 

「じゃあ、新たに監査員が来た、とかもないんだな?」

 

「そりゃあ、ないだろう。どんだけ疑り深いんだ、って話だ」

 

「そうだな……」

 

 あの男に返した催眠は、ならば見破れなかった、という事だろう。

 向こうも魔術については研鑽しているだろうから、生半な事では見破ってくる。

 

 そして、痕跡を発見出来たなら、第二の矢を放とうと考えるだろう。

 

 それは内部監査とは別のやり口かもしれないが、私に接触してくる何者かは、未だ見えていない。

 

 ここ数ヶ月、頻繁に街へとやって来ていたので、接触するなり、隠密裏に調査するの機会は多かった筈だ。

 

 しかし、エルトークスから報告は上がっていないし、私もそうした何者かを察知していない。

 

 どうやら本当に、新たな調査員を派遣していない、と考えて良さそうだ。

 私は努めて興味ない振りをしながら、次に冒険者達へと話題を変える。

 

「少し前から、にわかに活気付いて来た、って言ってたろう? そっちはどうなんだ? 『塔』からやって来る者も多いとか……」

 

「あぁ、それなぁ……」

 

 ラーシュは頭の後ろを掻きながら、難しそうに眉根を潜めた。

 

「来ちゃあいる……が、数が減ったなぁ。実力は申し分ないし、ギルドランクは最低でもAランクの奴らなんだが……」

 

「なんだが……?」

 

 私が少し興味ある素振りを見せると、表情を苦笑いに変えて続ける。

 

「リタイア率が多いな。誰もが意気込んでやって来る……、そこは変わらない。だが、一番被害が多いって感じだ。やる気が空回ってるんかねぇ……? 装備も大抵、大したモンなんだが……」

 

「所詮、温室育ちなんだよ。良く学び、よく鍛えて来たんだろうが、叩き上げとも違う。……つまり、覚悟が足りないんだろうさ」

 

「まぁ、確かに……自信満々というより、余裕が過ぎるという感じだったな……。エリートの驕りというかさ」

 

「現実を知って、目が覚めたんだろう。だから、リタイアが多いんじゃないのか?」

 

「そうさなぁ……。そう考える方がしっくり来るな。ウチの若い奴らは、別にリタイアしてないしな」

 

 ここ最近、森に侵入する冒険者が増え、その対処も増えて来た訳だが、その対処について大きく変えた。

 

 痛みを与え、精神に攻撃し、トラウマを植え付けるのは『塔』からやって来る者のみだ。

 

 厄介度から言っても、対処に多く時間を掛けねばならないのは、『塔』の出身者だった。

 

 それに彼らは、間違いなく単なる森の攻略で来ている訳ではない。

 森の中の情報を持ち帰るのも、一つの任務となっている筈だ。

 

 少しずつ、確実に……後続の者が一歩ずつ森を切り拓けるように。

 そうして、最終的に最深部に到着する事を、目的としているのだと予想していた。

 

 無論上層部のエルフからすれば、その間に魔女を討伐できるなら、それに越したことはない。

 

 しかし、そうならない事は何度かの失敗で理解している筈で、ならばと考え、数を犠牲に浸出する事を考えたのだろう。

 

 だが当然ながら、そう簡単に攻略させてやらない。

 

 最初は来る者全てを対象としていた私だが、水薬で得られる利益も、今の私には必要だった。

 

 最低でも、切り崩した貯蓄を元に戻すまでは、冒険者に来て欲しい。

 

 だから、街に所属する冒険者には精神攻撃せず、不審がられない程度に傷つけて、追い返す方向に舵切りした。

 

 その上で、少量ならば森の財産を持ち帰る事も許した。

 

 水薬の材料となる薬草やキノコ類、あるいは高価に取引される樹液など、彼らの旨味となるものを持ち帰らせている。

 

 時に遠くまで遊びに出掛けてしまった妖精や、精霊などが目撃され、それを目当てにやってくる事もあるが、それらの捕縛は絶対に許さなかった。

 

 しかし、水薬の材料だけでも十分な稼ぎになり、今となっては何も持ち帰れない『塔』出身者と、それより遥かに弱い冒険者が採取を成功させる、という図式が出来上がっていた。

 

 ある程度、旨味が確約されないと、危険な森に飛び入ろうとはしない。

 撒き餌のつもりでやった事だが、今ではちょっとしたブームになっているようだ。

 

 ラーシュも小首を傾げ、腕を組みながら言葉を吐く。

 

「実力者がリタイアして、明らかにそれより下の奴らが、成果を持ち帰るってのはおかしな話だと思うよ、俺も。けど、何て言うのかね……。事実は事実な訳で……」

 

「そうだな、事実は何より雄弁だろう。格上と思っていた奴らより、活躍できている事で、街の冒険者も誇らしく思いそうだ。やる気も一層、出てるんじゃないのか?」

 

「まぁ、そういう部分もあるな」

 

 ラーシュは苦笑としか言いようのない表情で頷く。

 

「怪我も大量にこさえて来るけど、死んだ者はまだいない。それが勇気にもなっている感じだった。……いや、勇気なのかね? 欲に背中を押されてる感じかな……」

 

「ほほぅ……。お前も曲りなりに、Aランクまで昇り詰めただけはあるな。中々、的確そうな事を言うじゃないか」

 

「曲りなりには余計だっつーの。今じゃこんなだけどよ……、昔は野心に燃えてたし、野望を叶える為、躍起になってた頃もあったもんさ」

 

 Aランクと聞けば、どうしても最高位ランクに届かなかった者、というイメージが付き纏うが、そのランクに届くだけでも大したものなのだ。

 

 ラーシュの言う野望を私は知らないが、冒険者ならば名誉を求めるものだから、きっとその類いだろう。

 

 実力に裏打ちされた名誉と、名誉に見合うだけの財産。

 冒険者が臨み、挑む先にあるのは、大抵はそうしたものだ。

 

 そして、多くの冒険者がそうである様に、ラーシュもその望みを叶えられず、最終的には一線を退く様になった訳だ。

 

 腐している様に見えるのは、昔野心に向けて走り抜けた反動だろうか。

 

 そう思えば、適度な形で適度に稼ぐ……、そうした緩い今の生き方にも納得できる気がした。

 

「……ま、そんな俺から言わせて貰うと、今の森の状況は、ちょっとどころじゃない不可解さを感じるな。……妙なお膳立てを感じる」

 

「……ふぅん?」

 

 ラーシュが言う事は完全に正しい。

 私が識別し、『塔』の連中を積極的に狙い……恣意的な選別を行っている。

 

 昔から禁足地としてある、ボーダナン大森林。

 入る者は跡を絶たず、しかし同時に、逃げ帰ってくるまでがセットだった。

 

 誰彼構わず、全員が同じ目に遭っているならともかく、実力差とは裏腹の結果ばかりとなれば目立つ。

 

 不思議に思って当然だった。

 私は試す様な視線を向け、マグを口元に持っていった。

 

「奇妙だと言うなら、いっそ全面的に禁止するのは? あそこって、昔から近付くなって、地元の人間が口を揃えて言う所だろう?」

 

「そうしたいのは山々だがよ……」

 

 ラーシュは腕組みを解いて、ガシガシと頭を掻いた。

 

「持ち帰ってくる薬草類の事だけ考えても、そう簡単に諦める訳にゃいかんのよ。あれのお陰で、水薬の質は向上してるし、よく売れるんだ。大怪我を負って帰って来る『塔』の連中に買わせる事で、結構な経済効果になってるんだぜ?」

 

「潤うのは良い事だ」

 

「森の探索でも、どの辺までなら大丈夫か、っていう目安が出来つつあるんだ。『塔』の連中はズンズン先に行くがよ、そのお陰もあって、明らかに越えたら駄目な一線っていうのが見えてきた」

 

「へぇ……?」

 

 興味なそうな声を出して、内心で大いに頷く。

 

 私が敢えて見逃すラインを、彼らはその身に負う傷でもって、体感するようになった訳だ。

 

 勿論、それもまた誘導に過ぎないのだが、彼らはそれに気付く事なく一つの戦果として喜んでいる。

 

「地図の作成も順調で、目印を作ろうって話にもなってるんだ。ここまでなら大丈夫、ここからは進むなっていう、分かり易い目印を。その範囲内での採取なら、割と安全だと思うんだよな。定期的な収入を得られりゃ、それに越したことはないしよ」

 

「しかし……、取り尽くしてしまったら? 無いと分かれば、奥に進みそうなものだ」

 

「そこはあれだな……。ギルドで買い取る形を取るから依頼制にして、過剰な採取を抑制する事で解決……かな。今の所は大丈夫だが、調子に乗ってやり過ぎると、すぐに枯渇するのは目に見えてる。広い森だが、他所からやって来る事を考えたら、安心してもいられねぇし……」

 

「そこはギルドの手腕に期待だな。……まぁ、上手くやってくれ」

 

 やれないのなら、また以前の様に締め出すだけだ。

 今がちょっとしたボーナスタイムだと、教えてやるつもりもなかった。

 

「……ま、無理する必要はねぇ。命あっての物種だ。それ以上に価値あるものなんざないんだ」

 

 目は遠くを見つつ、ラーシュは自分の右膝を撫でた。

 

 歩行に問題があるようには、これまで一度も見た事がなかったが、もしかしたらそれが原因で冒険者を止めたのかもしれない。

 

 ちょっとした気付きを得つつ、私は果実水の最後の一口を飲み干し、立ち上がる。

 中々な有益な情報が聞けた。今の方針を持続させるのは問題なさそうだ。

 

 話し込んでいる間に、時間も良い感じになっていて、リルを迎えに行くのに丁度良い。

 

 私は果実しぼりの店主にマグを返すと、引き留めようとするラーシュの声を無視して、学校へと足を向けた。

 

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