混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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学び舎騒動 その2

「な、何で……! 何でオレが、そんな事しなくちゃいけないんだよ……!」

 

 ケレイは頑なだった。

 涙目で怯え切っているのに、その気丈さだけは大したものだ。

 

 まだ十歳程度の子供らしく、善悪の区別が曖昧なのは仕方ない。

 

 だが、愚かしい発言をしたと指摘されたら、反省する柔軟性も持ち合わせて良い年齢だ。

 それが出来ないと言うのなら、親の教育に問題があったのだろう。

 

「お前の発言に芯があるとは思えないが、仮にあるのだとしたら分からせる必要がある。言葉で分かり合えない相手には、どうするかなど昔から決まっている事だ」

 

「や、やんのかよ……! 大人が子ども相手に!」

 

「私は相手が間違っているなら、子供でも容赦しないが……話を聞いてなかったか? やるのは、リルだ。侮辱した相手と、された相手。決着を付けるのは当然、この二者の間でしか有り得ない」

 

 私が不機嫌さを隠そうともせずに言うと、ケレイの表情に若干の余裕が戻った。

 自分より三歳も年下の相手、それならば勝てる、とでも思った顔が滲み出ている。

 

「へ、へへ……っ。それじゃ……」

 

 互いの間で合意が取れそうになった時、またも教師が割って入った。

 

 その顔には大量の脂汗が浮いていて、必死にこの事態を納めようとしているのが伝わって来る。

 

「お待ちを……、お待ち下さい! 決闘……決闘ですって!? 何も突然、そんな暴力的な手段に出る必要がありましょうか! まずは口で説明し、説得し、反省を促すので十分ではありませんか……!」

 

「その発言は大いに正しい」

 

 私は大きく頷いて同意した。

 それを見て、教師も強張った表情を和らげたが、別に私は賛同した訳ではない。

 

「勘違いしないで欲しいな。その段階は既に過ぎた。そもそも教師たる者が最初の段階で、目の前の発言を戒め、改めさせ、反省させられていれば終わっていた話だ」

 

「それは……、ですが……!」

 

 だが、それを教師の弱さだとは思わない。

 

 彼なりに職務を真っ当しようとしていたのは分かるし、教師としての良心とのせめぎ合いがあったのだとは想像がつく。

 

 彼は薄給であろうとも、子どもに学びの機会を与えたいと思う、志の高い誠実な人間だ。

 

 だから、その場凌ぎや、ケレイの親に忖度しての発言でないのは信じても良かった。

 

 しかし、忖度しないというのなら、私の方こそ誰にも忖度する理由がなかった。

 悪い事は悪い、侮辱に対して怒りを顕にするのは当然の権利だ。

 

「でも……、そうだな。先生の誠実さに免じて、こちらが折れてやっても良い」

 

「それでは……!」

 

「うん、誠意ある謝罪を。それで手打ちにしよう」

 

「あぁ……!」

 

 譲歩を引き出せたと見て、教師の顔が明るくなる。

 だが私は、そう上手く行かないだろう、とケレイの顔を見ながら思っていた。

 

「では、謝罪をして貰おうか。自分の過ちを認めて、今後二度と、侮辱しない旨を誓うんだ」

 

「やだよ、何でオレが……! ケットーしてやる! 強い方が正しいんだろ! やりたいって言うんなら、やってやるよ!」

 

「ケレイ君、いけません。暴力で解決するのは、愚かしい行為です。それに……悪いことをしたら、しっかり謝罪できる人間こそ、強い人間なんですよ」

 

「あっちが、先にケンカ売ってきたんだろ!」

 

「何を勘違いしてるんだ。先に売ったのはケレイ、お前だ」

 

 先程まで見せていた、怯えた様子は何処へやら……。

 口から言葉を出す度、勢い付いてしまったらしい。

 

 大きく息巻いて、今では興奮の只中にある。

 

 到底、事態を冷静に見極めているとは言えないが、子どもなればこそ、勢いに任せて突っ走ってしまっているのかもしれない。

 

 教師もよく説得しようとしているが、強く出られていない。

 

 ケレイは大人を舐めている……というより、教師を尊敬すべき人物と見ていないのが原因だろう。

 

「うるさいな! やるって言ってるだろ! お父様に言い付けるぞ!」

 

「ケレイ君のお父様は関係ありません。よくお聞きなさい、人としての……道理としての話です。獣人に対し、侮り、蔑む発言は、人として言うべきものではありません。それは恥ずべき事です。お父様も、その発言はきっとお許しになりませんよ」

 

「言うもんか! お父様はエライんだ! オレの言うことの方が、正しいってお認めになるさ!」

 

 それが本当だとしたら、限りなく愚かだ。

 かつて、人種間の対立と摩擦があったのは確かで、一時は混迷を極めた。

 

 しかし、今では法の下に平等と明記されている。

 

 余人に聞かれない場所で愚痴めいた発言を言うのはともかく、大々的に発言することは、文句無しの失言という扱いだ。

 

 地位の高い人間ほど、そうした迂闊な発言はしないものだし、もし本当に言ったら吊し上げに遭う。

 

 良家であればある程、そこはしっかり教育しておくべき所なのだが……。

 もしかすると、チトウッド家は反獣人主義なのかもしれない。

 

「まぁ、少し距離があるくらいは、別に珍しくないが……。あそこまで強い拒絶を示すのは、時代に乗れてない証拠だな」

 

「じだいに……のる? のるって……どう、のるの? アロガのせなかみたいに?」

 

「そういうのとは、ちょっと違うな」

 

 リルの純粋な疑問に、毒気が抜ける思いがする。

 私は困った様に笑いながら、見上げて来る視線に合わせて答えた。

 

「昔は一定数、人間の方が強いし賢いって、思われてたって事さ。今はね、みんな仲良しの方が良いし、楽しいよねって考えになってる。……そっちの方が良いだろう?」

 

「うん、リルもなかよくしたいな……」

 

「……でも、たまぁに、あぁいう勘違いしたのがいる」

 

 私は視線をずらして、ケレイを睨み付けた。

 今も教師と生徒という間柄を考慮せず、見下す様な発言で反論している。

 

 相当、甘やかされて育てられたと見え、全てが自分中心に動いている、とでも思っていそうだ。

 

 それはきっと、リルも似た様なものだろうが、教育の違いだろう。

 リルはしっかりと、周囲と和を保ち、協調する意志が見える。

 

 暴言を吐いた相手を思いやる気持ちさえあり、その優しさに私も嬉しくなった。

 全ての人間や獣人が、リルの様であれば、きっと争いなど起こらないだろう。

 

 だが、実際は融和している筈のこの国でさえ、差別意識はまだ根強く残っている。

 

「集団生活には、諍いも付き物だが……。リルにはもっと互いに手を取り合う協調性や、助け合いを学んで欲しかった。……いや、諍いを知るにしても、せめて隣人の大切さを感じてからでも……」

 

 街へ行く度、辛い現実を知る羽目になる事が多い様に思う。

 リルが人間嫌いにならないかどうか、それだけが心配だ。

 

 ずっと私の腕の中で、放さず包んで大切に育てる事が出来たら……。

 そうも思うが、それは健全とは思えない。

 

 子はいずれ、親の庇護から外れ、巣立つものだ。

 いざという時は、必ずやって来る。

 

 だから私のやるべき事は、そのいざの時に備えて、出来る限り教え導くことだった。

 

 だというのに――。

 

 森から出て暮らす際、リルが戸惑わないよう、そして余計なトラブルに見舞わないよう……。

 

 そうと思って用意したお膳立てが、全て空回って言えるように思えてならない。

 

「……リル、人間が嫌いになったか?」

 

「ううん」

 

 リルは首を横に振って、それから目を伏せた。

 

「でも、なんかよくわかんない。どうしてリルに、ヤなこというのかな……」

 

「何でかな……。自分と少し違う見た目だから……、だから気に食わないのかもしれないな」

 

「どうして? リルは、べつにイヤっておもったことない」

 

「そう、リルの方が正しい。でもね、中にはどうしても、受け入れられない人もいるんだ。あるいは、特に理由なく嫌う人もいる」

 

「ヘン……。それって、ヘン。うまくいえないけど……でも、なんかおかしい」

 

 そうだね、と言いながら、リルの頭に手を置いて優しく撫でる。

 撫でる度に耳が掌に当たり、柔らかく温かな感触を返って来た。

 

「ただ嫌うだけなら文句は言えない。人間誰しも、全員が全員を好きでいろ、とは言えないからね」

 

「……そうなの?」

 

「本当に誰もが好き合えるなら、それは素晴らしいことだけど、相容れない関係……というのはあるものだ。お母さんにだって、嫌いな人はいる」

 

「なかよくなれない?」

 

「なれないな。それだけは無理だ」

 

 リルはしょんぼりと耳を垂れた。

 それまで撫でる度にピョコン、と跳ね上がっていた耳が、反発を返さなくなって寂しく思う。

 

「あの子ども……ケレイは、まだ()()()()で嫌っているだけだろうけど……。でもね、侮辱には毅然としなくてはらないよ。どうしても仲良くなれないのは仕方ない。馬が合わない、虫が好かない……そういう事もある。でも、侮辱は駄目だ。許されない」

 

 私が語気を強めると、私がどれだけ大事なことを言っているか、よく理解したようだ。

 

 再び耳がピンと張り、背筋も伸びている。

 

 前方ではいい加減、教師とケレイの言い合いは終わっていて、こちらを睨み返した所だった。

 

「許されない事には、毅然と立ち向かうことが必要なんだ。リルも、それはよく覚えておきなさい」

 

「……はいっ」

 

 教師はケレイの背中へと、小さく何かを囁いていた。

 その表情からして、説得は出来なかったようだ。

 

 しかし、形の上だけでも謝罪させようという、そうした雰囲気は伝わって来た。

 

 私がその言葉を待っていると、ケレイは大きく息を吸って、叩きつけるように声を出した。

 

「――イヤだねッ! 誰があやまるか、バーカ!」

 

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