混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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狩りとおでかけ その6

 急がなくて良いと言ったのに、結局リルの勢いは対して収まらないまま、食事を終えた。

 

 食後の余韻や、お茶を楽しむ間もなく外へ飛び出そうとし、私はその背を慌てて止める。

 

「リル、着の身着のまま行こうとするんじゃありません。その前に歯を磨いて来なさい」

 

「んぅっ! はぁ〜い!」

 

 言われた事には、基本素直なリルだ。

 歯磨きしている間に、こちらはこちらで準備を進める。

 

 近々来ると思っていた今日の為に、用意しておいたリルの靴を玄関に用意した。

 そして、今日の商いの為に準備しておいた鞄を手に取り、玄関近くへと運ぶ。

 

 そうすれば、後はリルを待つだけだ。

 

 そうして、歯磨きを終えたリルは、ドタドタと足音を立てながら私の元へ駆けてくる。

 

「お母さん、おわった!」

 

「うん、それじゃあ着替えようか」

 

 ソファーにまで誘導すると、用意しておいた服を着させる。

 リルの方は私と違ってスカートで、良家のお嬢様風だ。

 

 ただし、何かと活発なリルだから、汚しても汚れが目立たない様に、白は使っていない。

 

 一見地味に見えるものの、その素材や丹精な仕立て具合から、見る人が見れば一品物の高級品だと分かるだろう。

 

 これら全て、私が手ずから仕立てたものだ。

 

 布地を作る時点から魔力を込めて練り上げているので、その防御性能は高く、下手な鎧よりも頑丈だ。

 

 また、布地であることは変わりないので、伸縮性もあり重くもない。

 見る人が見れば、何故こんなことを、と目を疑う一品でもある。

 

 そうして膝まで掛かる長い靴下を履かせ、最後にポンチョを着せれば完成だ。

 フード付きの物で、耳を圧迫しないよう、犬耳が抜ける仕組みになっている。

 

「さ、完成だ。……うん、可愛い。どこかのお姫様みたいだ」

 

「ほんと? かわいい?」

 

「あぁ、可愛いとも! 拐われてしまわないか、今から心配なぐらいだ」

 

 私はリルを抱きしめて頬ずりし、満足してから身体を離す。

 そうして改めて全身を見つめ、うんうん、と頷いた。

 

「今だけフードを外していても良いけど、街に行ったら必ず被りなさい。色々と、警戒は必要だから」

 

「うんっ! ありがとう、お母さん!」

 

「はい、どういたしまして」

 

 リルはさっそくフードを被ってみて、耳抜き穴が見つからず、まごまごとしていた。

 

 私は手を誘導してやり、耳を出してやると、これまたリルは満足そうな笑顔を浮かべた。

 

「どう? いいかんじ?」

 

「うん、こっちも可愛い。リルは何をしても可愛いな!」

 

 やはり抱き締めて頬ずりすると、リルは擽ったそうに笑う。

 ひとしきりギュウギュウと抱き締め終わると、リルは身体を離してフードも外した。

 

「今はこっちにしとく!」

 

「うん、好きになさい。あぁ、横の髪が跳ねてるよ。ほら……」

 

 フードを外した時に、髪も乱雑に引っ張られてしまったらしい。

 それを直してやると、リルは我慢し切れない様子で、腕を引っ張って玄関を目指す。

 

「ほら、いこ! 早くいこ!」

 

「はいはい……」

 

 自分の帽子を掴み取り、引っ張られるままに進む。

 そして、そこに見慣れぬ靴がある事に気付き、リルは首を傾けた。

 

「これ、リルの?」

 

「そう、その服に似合うのを作っておいた。初めて履く靴は、固かったりで靴擦れしてしまう事もある程だけど……。それについては大丈夫。大丈夫な様に作ってあるからね」

 

 光沢があって艷やかな皮のロングブーツは、リルの格好にも良く合っている。

 紐で結ぶタイプは、活発なリルには怪我の元、と思って履かせて来なかった。

 

 だから、どうすれば良いか困っていて、私が屈み込んで口を履かせてやる。

 膝丈半分まで履くブーツは、リルにとって未知の体験だ。

 

 きつくなり過ぎないよう紐を結び終えてから、私は顔を上げて尋ねる。

 

「どうだ? キツくないか?」

 

「ううん、へいき!」

 

「痛くなったら、無理せず言いなさい」

 

「うん!」

 

 返事をしながら、その場で数歩歩いてみたり、飛び跳ねてみたりして、履き心地を確かめる。

 

 そして、どうやら大変満足したらしく、嬉しそうに笑った。

 その笑みに微笑み返すと、私も鞄を手に取り、帽子を被る。

 

 そうして背後を振り返り、お行儀よくお座りしているアロガに顔を向けた。

 

「それじゃ、私達は行くが、お前は留守番よろしくな」

 

「いい子にしててね、アロガ」

 

「ウォン!」

 

 アロガは尻尾をゆるく振りながら返事すると、そのままリビングの奥――自分の定位置へと戻って行った。

 

 それを見送れば、いよいよ出発だ。

 私はリルの手を握り、扉の取ってを奥に開いた。

 

 

  ※※※

 

 

 我が家はプレシヨウン火山を背後に持ち、ボーダナン大森林の奥地にある。

 だから普通に歩いても、森を抜けるだけで三日掛かる。

 

 無論、そこは多くの獣が跋扈する危険地帯でもあるので、それらを警戒しながら歩けば、更に時間が掛かるだろう。

 

 子供を連れて歩くとなれば、更に歩行速度は落ちて、五日あろうと森を脱出できるものではない。

 

 だから、家の領域の至る所に『転移陣』が用意されていた。

 私の魔力を流し込む事で、マーキングした地点へ一瞬で運んでくれる。

 

 うっかりリルなどが入り込んでしまわないよう、ある種の安全装置が組み込まれており、ただ乗ったくらいでは発動しない。

 

 私は目的地を脳裏に思い描きながら、陣へ魔力を流し、そうして隣のリルを見る。

 

「行くよ、目を閉じてなさい」

 

「うんっ!」

 

 目を必要以上にぎゅっ、と閉じながら、期待に胸を踊らせているのが分かる。

 それを微笑ましく見つめながら、私は転移を発動させた。

 

 一瞬の浮遊感の後、目的地へと到着する。

 それは森の外縁部だった。

 

 ただし、ボーダナン大森林とは違う森だ。

 

 そこから出入りしている何者かがいる、と知られると面倒な話になるし、かといって誰が見ているとも知れない平原に姿を見せる訳にはいかなかった。

 

 だから、街からも程近い、雑木林にも近い森をマーキングポイントとしていた。

 

 街に直接飛ばないのは、通行した姿をしっかり見せておく為だ。

 

 足税を取られるので、商売をしている以上、そこをしっかり払わないと厄介の種になる。

 

 全うな商売をするのなら、面倒でも正面から全うに入る方が、よほど面倒がないのだ。

 

「リル、もう目を開けても良いよ」

 

「……わぁっ!」

 

 森の出口、そこから広がる大きな平原。

 目の前には一本道が通っており、朝早い為か、人通りは殆どない。

 

 しかし、道の先には石壁に囲まれた、大きな建築物が見える。

 何もかも初めて見る光景に、リルは瞳を輝かせていた。

 

「すごいね……!」

 

「リル、手を離して勝手に走り出したりしないように。……約束できるか?」

 

「できますっ!」

 

 元気を良く手を挙げたのは良いものの、早速手を離したのに気付き、慌てて両手で私の手を握る。

 

 縋る様に見上げてくるリルに、私は笑い掛けて頭を撫でた。

 

「今のは大丈夫。でも、街に行ったら、決して離してはいけない。いいね?」

 

「はいっ!」

 

 その返事に満足し、いよいよ街に向かって歩き出す。

 

 リルは言い付け通り、手を離したりしないものの、離さない範囲であちこち動こうと忙しい。

 

 森の中では見られない虫と花、遠くで放牧している牛や羊、それを遮る柵など、目に入るもの全てに反応せずには入られないようだ。

 

 そうして、それらで目を楽しませながら、とうとう街の入口へと辿り着く。

 門が開いたばかりの時間は少し混雑する。

 

 だからそれなりに待たされたのだが、その時間さえリルには楽しいようだ。

 

 長蛇の列とまで言わないまでも、そこに並ぶ多種多様の人々を見ては、口を開けて感心した素振りを見せてい。

 

 この大陸には、人間種以外にも獣人が多数を占める。

 

 割合として人間は四割で、そこに獣人が三割、残り三割にドワーフやエルフといった亜人が入る。

 

 多民族国家であるものの、人間主義意識は根強く、差別もあるのが現状だ。

 勿論、良識ある人間も多い。

 

 そうした人間は、差別を忌避すらしているものだが、良識持つ人間というは案外少ないものだ。

 

 直接的でないにしろ、順番を後回しにされるとか、()()()()忘れていたといった悪意を受ける事もあるだろう。

 

 私としては、そうしたものから、なるべくリルを守ってやりたかった。

 

 街は楽しいばかりでないのだと、口酸っぱくして教えて来たつもりだが、こういう悪意は実際に遭遇しないと理解できないものだ。

 

 まだ早い、と思いつつ……しかし、いつならば良い、と言えるものでもない。

 私はリルに隠れて、こっそりと息を吐いた。

 

「思い切って連れてきたが、果たして良かったかどうか……」

 

「ん……? なに、お母さん?」

 

「何でもないよ。あまり、はしゃぎ過ぎないように」

 

「うんっ! すごいねぇ、人いっぱいだねぇ!」

 

「ここに見える分だと少ない方さ。街に入ると、もっと人が沢山いるよ」

 

 リルは嬉しそうにその場で何度も足踏みして、からだ全体で喜びを表現する。

 私のその頭を撫でてからフードを被せてやり、順番が来るのをただ待った。

 

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