混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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学び舎騒動 その6

 帰り道を歩く中、ひとり誰とも手を繋いでいないモンティが、両手を後頭部で組み合わせながら、呟くように言った。

 

「今さらになって思うんだけどさぁ……」

 

「なぁに?」

 

 声に反応したのはミーナだ。

 私とリルは、返事こそしないものの、顔と視線だけをモンティに向ける。

 

「リルがケレイをブッ飛ばしたのは、すげぇ~せいせいしたぜ。……でも、仕返しされたりとかさ、あるんじゃねぇかな」

 

「うっ……、じつはあたし、ちょっと思ったの。だってほら、ケレイってば、すごくこわいかおしてたんだもの」

 

「ん、んぅ……」

 

 二人から脅される様な言葉を聞き、リルはしゅんと項垂れた。

 他人から明確な敵意を向けるられるなど、リルの人生にはなかったことだ。

 

 そして、私もケレイの眼差しは確認している。

 一撃で仕留められたことを不甲斐なく思うのではなく、その瞳には憎しみが浮かんでいた。

 

 やられた事そのものを、理不尽とでも思っているかの様だった。

 そういう手合いは実際いるし、もし私が同じ立場ならば、反抗する気が失せるよう、徹底的に痛め付けたろう。

 

 だが、リルに同じ事をさせるのは余りに酷だ。

 それに何より、リルはそうした気質ではない。

 

 また、下手をすると泥沼化する可能性もあった。

 人と人の間に生まれた悪感情は、決闘一つで綺麗さっぱり解消されるほど、簡単なものではないのだ。

 

 何か嫌がらせをされるかもしれないし、今度はあちらから決闘をけしかけて来る可能性もある。

 

「ケレイの家ってさ、たしか大っきな商家だろ?」

 

「おきぞくさまみたいに、おかねもちって、ママが言ってた」

 

「ケレイの方もそうだけどさ。むしろ親の方が、だまってねぇ感じだよなぁ……」

 

 それをリルは困った様に目を伏せて、耳をペタンと萎れさせた。

 いつもは元気よく上向いて巻かれる尻尾も、今は力なく垂れている。

 

 私はその耳を撫で付け、努めて明るい声音で元気付ける言葉を投げた。

 

「大丈夫だよ、リル」

 

「……ホント?」

 

「誰に手を出したのか、理解してないだけなんだ。そして耳に入れば、自分がやった事を必ず後悔するだろう」

 

「……そうなの? リルちゃんのママって、じつはすごいえらい?」

 

 ミーナの握ってくる手が、ほんの少し強張った。

 

 以前、実は貴族じゃないか、と疑いにも似た気持ちを抱えていたし、私の発言がそれを更に強めた様にも見えただろう。

 

 だが、当然そうではない。

 野次馬の中には、私たちの動向を見守るエルトークス商会の者がいたのだ。

 

 騒ぎが集束した辺りで、抜け出して駆け去る姿も目に入った。

 恐らくは、今この時点でその報告がされている事だろう。

 

 ケレイの親――チトウッド家が、寄付できる程に商売上の成功を収めているとはいえ、エルトークスを敵に回す愚は理解できる筈だ。

 

 エルトークス商会とは、表では手堅い商売をしているが、それが見せ掛けでしかないのは誰もが知っている。

 自治組織を有しているだけではなく、裏社会では顔役として存分に存在感を発揮している商会だ。

 

 後ろ暗い噂の一つや二つは聞いた事があり、そしてそれは事実でもある。

 

 更に表側――商業ギルドと言った正規の手段で、確かな影響力を持つベントリーとも強い繋がりを持つのだと、少し調べれば分かる事だろう。

 

 私自身は木っ端のように見えるだろうが、それを取り囲む勢力が尋常ではない。

 その程度のことは、少しでも情報収集能力があれば、誰にも分かる事だ。

 

 あるいはそれらを知るより先に、エルトークス商会から脅しが入るかもしれない。

 

「……どうなるか、正確には分からないけどね。でも、穏便に済ますつもりなら、今後かかわらない様にして来るだろう」

 

「……ホント? また、なんか……イヤなこといったりしてこない?」

 

 リルの不安げな視線に、自信をもって応える。

 

「大丈夫、安心なさい。リルの事が見えないように接してくるか、それともあちらの方が姿を消すか、だな……」

 

「リルちゃんのママって、ホントにすごいんだ。ねぇねぇ、ホントにおきぞくさまじゃないの?」

 

 手を揺らして訊いてくるミーナに、私は笑って答えた。

 

「違うよ、本当に貴族じゃない。家に畑を持つだけの、些細な農婦なのさ」

 

 そうは言っても、ミーナの視線は疑わしげで、全く納得していない。

 はぐらかされた、と思ったからかもしれないが、しかしそれこそが今の肩書だった。

 

「リルも心配しなくて良いよ。また来週の学校を、楽しみにしていなさい」

 

 そうして、私は二人を家の近くまで送り、そのまま別れる事になった。

 学校は週に一度だけで、あまり多い頻度とは言えない。

 

 だから意欲ある家では、親が教師の代わりをする事も珍しくないし、親戚などに伝手があれば頼む事もあった。

 

 祖父や祖母が、親族一同の教師代わりという家は、そう珍しいことでもない。

 

 ともかくも、そうして再び――。

 翌週、リルの登校日がやって来た。

 

 その顔には緊張が見られるが、嫌がってはいない。

 

 リルにとって、学び舎は『イヤなところ』に認定されつつあったが、ミーナやモンティに会いたいという一心で通っている。

 

 そうして、学舎へと足を運んでいる最中、一組の親子が緊張した面持ちで、誰かを待つ姿が見えて来た。

 

 落ち着きなく交互に足を踏み変えているのは父親で、その傍らに子ども――ケレイの姿がある。

 

 ケレイと言えば、以前の粗暴さは鳴りを潜め、すっかり意気消沈して顔を伏せていた。

 

 親の方が近付く私達に気付くと、ケレイの手を引いて、こちらにやって来る。

 

 ズカズカと足音を立てて近付いて来るものだから、リルは怯えて私の陰に隠れてしまった。

 

 半身だけ顔を出して、私の腰の横から窺う様に見ている。

 親子は私の手前五歩の距離で立ち止まると、すぐさま頭を下げた。

 

「この度はどうも、愚息がご迷惑お掛けしまして、大変申し訳ございませんでした!」

 

 突然の謝罪と大声に、リルは尻尾をピンと張って固まる。

 

 私がリルの肩に手を出して、前に出るよう勧めるのと同じくして、ケレイも前に引っ張られ、強制的に頭を下げさせられた。

 

「この通り、愚息も十分、反省しております! どうか穏便にお許し下さいますよう、よろしくお願いしたい次第でございます!」

 

「……フン。どうする、リル?」

 

「……えっ!?」

 

 突然、水を向けられ、リルはぴくりと肩を揺らす。

 私は周囲に気を配りながら、優しく声を掛けた。

 

「リル、思い悩む必要はないよ。感じたままの事を言えばいい」

 

「えっと……。リル、べつにおこってないよ。なかよしなのが、イチバンだもん」

 

「あぁ、何とお優しいお嬢様! ――ほら、お前もちゃんと、感謝を述べんか!」

 

 乱暴に頭を小突く父親は、媚びようとする姿勢を隠そうともしない。

 周囲には見物客などいないが、幾つか注意深く向けられる視線はある。

 

 エルトークスの手勢だろう。

 どうやら彼らは、しっかりと釘を刺す事に成功した様だ。

 

 ケレイはと言えば、歯向かう気力など最初からないのか、力なく頭を下げて、事前に用意したと思われる謝罪文を口にするだけだった。

 

 服の上からでは見えないが、もしかしたら折檻などもあったかもしれない。

 それほど、以前見た彼と雰囲気が異なっている。

 

 もしかしたら報復もあるかも、と思えるほど苛烈な視線は、今や見る影もない。

 リルが驚いたのは、一週間ぶりに見た、その変貌にもあったかもしれない。

 

「もしご不快でしたら、学舎を移すことも検討してますが……」

 

「いいや、こちらは何とも思わない。そちらの好きな様にしてくれ。……それで良いよな、リル?」

 

「うん、なかよくしてくれたら、……んと、うれしい」

 

 父親には、とにかくこの場を切り抜けようという、ある種の凄みが見える。

 

 だからこそ、普段は溢れる程あるリルの闊達さも鳴りを潜めていて、早く済ませたい気持ちが浮き出ていた。

 

 言葉少なに言うだけ言って、また私の陰に隠れようとするのが、その良い証拠だ。

 

 だがどうであれ、謝罪する場は設けられ、そしてこちらは許した。

 それでこの場は終わりだ。

 

 私がそれを態度で表していると、父親はペコペコと頭を下げて、学舎の方へと引き返していった。

 

「これに懲りたら、大人しく勉強だけしておれ! 余計な波風立てるな!」

 

 そう言い付けると、投げ捨てる様にしてケレイを放り出し、その場を去る。

 

 ケレイは転びこそしなかったものの、つんのめって壁に手を当て、意気消沈して中に入っていった。

 

「お母さん、なんか……かわいそう」

 

「そうだね。でも、意味もなく怒られたんじゃないからね。程度については思う事はあるけど、あれだけ怒る理由が、父親にもあったんだ」

 

 子どもがする、少しのやんちゃは、親としては微笑ましいものだ。

 

 少し粗暴な所も、困ったものだと眉を潜めることだろう。

 本格的な躾はこれから、と思っていたかもしれない。

 

 何もかも、頭を抑えて叱りつける事が、良い教育とは言えない。

 子どもに合った接し方というものがあるし、……それに、何しろまだ幼い。

 

 これから色々と教育していけば……と思っていた矢先の事かもしれなかった。

 だが、今回の相手は、決して怒らせてはならないと知ってしまった。

 

 親にとっても災難だったろう。

 だから、あぁも大袈裟なポーズを取って、それ以上の拡大を防いだ。

 

 どちらにとっても、良い結果とはならなかったが、しかし衝突した結果としてはありふれたものだ。

 

 何もかも、上手く鞘に収まる事は、――実に少ない。

 

「リルが仲良くしたいと思ったなら、ちゃんと気にかけてやりなさい。せめて、教室内だけでもね」

 

「うん……」

 

 あの様な場面を見せられては、気分が良い筈もない。

 

 私はリルを抱き締めて、愛情をたっぷり注いでから、少しでも気分が上向くように笑顔で手を振って送り出した。

 

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