混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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学び舎騒動 その7

 滑り出しからケチの付いたリルの学校生活だったが、そうしたトラブルは最初だけで、次からは快適に過ごせる様になった。

 

 というのも、結局ケレイは謝罪の日を最後に、学校を辞めたからだ。

 

 自宅に教師を呼ぶ事にしたのか、それとも違う学舎に移ったのか、そこまでは分からない。

 

 ただ、リルは自分のせいかもしれないと、責任を感じていた。

 学校終わりに迎えた所でそう報告されて、私は両肩に手を置いて諭す。

 

「もう、何度も言った事だろう? リルが悪い事をしたんじゃないんだ」

 

「でも……。もっとなんか……、うまくやれば、なかよくできたんじゃないかな……」

 

「リルがわるく思うひつよう、あるもんか!」

 

 リルと一緒に学舎から出た、モンティが語気も強く主張する。

 

「さいしょにケンカうって来たの、アイツからじゃんか。もしさ、もしリルが学校きてなくて、そんでイジメのあいてがミーナだったら……。そしたら、もっとずっと長く、ヒドイこと続いてたぜ」

 

「そうかもね……」

 

 モンティとミーナは大体セットで一緒にいる。

 だから今日も、モンティの憤りを横で聞いては悲しげに翼を畳んだ。

 

 飛翼族のミーナには背中に、白鳥を思わせる小さな翼が生えていて、感情と共に動きを見せる。

 

 獣人は感情の機微がそうした部分に現れやすく、だから震える様な動きを見せていた。

 

「あたしなら、きっとずっと言われっぱなしだったとおもう。がっこう行くの、きっとキライになったんじゃないかな……」

 

「ケレイは人間だからさ、獣人で、しかも女が勉強するの、ナマイキって思うヤツだったんだ。リルが悪く思うひつようなんかないぜ!」

 

「どうして、じゅーじんで、おんなだったら、ナマイキなの?」

 

 リルの素朴な疑問に、悪意は全くない。

 単に無知から来るものだったが、二人は気不味そうにするだけで、返答しなかった。

 

 不思議そうに首を傾げ、それから私へと顔を向けてくる。

 その視線に応えて、私は当たり障りのない内容で説明した。

 

「まずね、人間は……自分達が偉いものだと思ってる。そして、男性は女性より偉いともね。偉いが二つ重なって、だから何を言っても良い、と勘違いしてしまうんだな」

 

「でも、どうして? どうして偉いの?」

 

「最初に訂正しておくと、実際に偉いということはない。勘違いだ。国によってその扱いが違うから、絶対的な見方じゃないけど、でも間違いなく、この国では平等だよ」

 

「でも……、じゃあ、どうして?」

 

「考え方が古いのさ。実際に十数年前までは、平等とは言えなかったからね」

 

 不平等が蔓延し、差別が横行していた歴史的事実がある。

 共和国と名を変えても、実際の所はそんなものだ。

 

 獣人はその多くの権利を認められず、政治に参与する事さえ出来なかった。

 それが変わったのは、偏に政治形態の変革があったからだ。

 

「リルにはまだ分からないだろうけど、共和国というのはね、王様が居ない国の事を言うんだ。でもね、この街から北上して何日も行くと、そこには王都がある。“王”の都だ。……おかしいだろう?」

 

「そういや、そうだな。何でだろ?」

 

 リルは疑問を疑問と感じていなかったが、モンティにはそうした常識があるようで、不思議そうに立てた親指を顎に押し付けていた。

 

「今の政治は議会制だ。つまり、市民の代表を選出して、それらが合議して国の方針を決める。その議員の半分は、獣人から選ばれると今では決められているんだな」

 

「へぇ〜……、しらんかった。そうなんだ」

 

「つまり、獣人を敵に回すとね、政治が回らない事を意味する。何より、そうした議員制に変革されたのは、獣人の不満から暴動が起こったからだ」

 

「なんか……父ちゃんがそんなこと言ってたような……」

 

「ママもかんしゃしなさい、って言ってた。今がよくなったのも、みんながガンバったからだって」

 

 私は大いに頷いて、説明を続ける。

 

「そう、自分達の権利を勝ち取る為に、とても頑張ったんだよ。ミーナやモンティのお父さん達世代が実際に、声を上げて運動を起こしたんだ。当時の王宮に詰め掛けた獣人市民は五千人を超えていたし、王都を闊歩する人数は三万人を超えたとされる」

 

「へぇ~っ! すごい数ってのは分かるけど、ゼンゼンそうぞう付かないや!」

 

 モンティの感想に、リルとミーナも、うんうんと頷く。

 この街もそこそこに裕福で、そこそこに広いが、その人口は六千人から七千人程度だ。

 

 スラムの住人は含まれないし、人頭税を取るお陰で家族の誤魔化しもあるだろう。

 だから正確なことは言えないが、想像させるにはこう説明するだけで十分だ。

 

「この街の人、全員を引き連れて、それでようやく王宮に集った人数と同じくらいさ。それだけの住人が、この国中からやって来たんだ」

 

「すげぇ……!」

 

 実際に想像付かなくとも、そのスケール大きさだけは分かる。

 モンティは感動を顕にしていたが、他二人はぽかんと口を開けるだけだ。

 

「時の王は獣人達の声を聞き、その思いに強く打たれ、自ら王室を廃すると決め、王位を退いた。今の議会制度を作り、自らは離宮さえ手放して、郊外の屋敷に移ったという……。市民は王の度量を褒め称え、親しみを込めて『かつて王の住まう都』……“王都”と、今もそう呼んでいる」

 

「すげえなぁ……。なんかカンドーしちゃったよ、オレ。学校のべんきょうも、こんぐらい面白かったら、もっとマジメに聞くんだけどなぁ」

 

「モンティはどうせ、そうじゃなくてもフマジメでしょ!」

 

 ミーナに指摘され、モンティは照れた様に笑った。

 リルも指差して笑い、私も微笑んでその光景を見守る。

 

 ――実際に、王が獣人の声を聞く度量があったなど、嘘だ。

 引きずり降ろされた、という方が正しい。

 

 だが、事は既に大きく膨れ上がり、制御できる段階を越えていた。

 獣人の怒りは凄まじく、迫害と差別で、飢餓と貧困の極地にあった。

 

 生まれたばかりの赤子に、母親は栄養失調から母乳が出せず、かといってミルクを買うお金すらない。

 

 ただ衰弱し、死んでいく子を見ているしかなかった悲しみはどれ程だろうか。

 獣人を受け入れる、人と平等と謳いながら、重税を課せていたのが現実だ。

 

 その怒りが爆発した結果が、今の形に変更させた。

 この暴動を鎮圧に動けば、ことはもっと大きくなっていただろう。

 

 だが、良いのか悪いのか、王は臆病だった。

 実際に獣人は、人より力が強い種も多い。

 

 強硬手段を取って、反撃されたらどうなるか……。

 

 王宮警護は千人程しかおらず、警備隊は王都中で非難の声を上げる獣人達の対応で忙しかった。

 

 圧倒的に手が足りず、何かの弾みで抗議運動から暴動に変われば、一体どうなるか分からない。

 

 既に都市機能は麻痺し、一日でも速い解決が望まれた。

 その結果が、責任を取り、退位を表明することだった。

 

 王政権力の一極集中が消えたこと、獣人が権利を勝ち取り政治に参画できるようになったこと。

 

 これで国内は一気に平定へと傾く動きが活発になり、そして今がある。

 とはいえ、たった十数年前の出来事、と言ってしまえばそれまでだ。

 

 意識の変革が起こったばかりであり、人間上位主義を掲げていた者が、すぐにその旗を下ろせる訳でもない。

 

 それでも、声高に口にすべきでない、という常識は既に十分、出来上がっていた。

 私がリルにケレイと決闘するよう言った時、『この街の人間の為にも』と言ったのは、この為だ。

 

 人間の思い上がった増長は、第二の暴動を引き起こす切っ掛けになるかもしれなかった。

 それを獣人のリルが仕置した、という形で収まれば、他に飛び火する事もなくなる。

 

「この国は、大陸においても珍しい人獣平等主義を掲げた。それは素晴らしいことだし、結果として国が豊かになりつつある。ケレイが口にしたのは、国の在り方そのものにケチを付けたも同然だ。リルが気に病む以上に、実は酷い事を言っていたんだよ」

 

「なんかなぁ〜……。もっとさいしょから、仲良くできんかったのかなぁ〜」

 

「いまは、なかよしなのにね。なんか、ヘンなかんじ……」

 

 モンティとミーナから、残念そうな息が漏れる。

 元よりこの東大陸は、かつてはエルフが支配する土地だった。

 

 獣人だけではなく、人間までもが支配され、隷属する立場だった。

 しかしエルフは、その中にあって、明らかに獣人を差別した。

 

 その影響が未だ色濃く残されていて、獣人を同じ大陸に住む人種として、同列に見做さない国は多い。

 

 隣の公国は、特にその傾向が顕著だ。

 

 かつては人間も隷属する立場だったのを消し去り、支配者になることで書き換えようとでも思っているのだろうか。

 

 ――どうであれ、下らないことだ。

 長々となってしまった話を切り上げ、私は帰宅を促す。

 

「長話をして悪かったね。お腹が減ったろう? 早く帰るといい」

 

「リルちゃんとママは?」

 

「さて、どうしたものかな……?」

 

 リルに悪戯っぽく目を向けると、それまでの暗い気持ちを吹き飛ばす様に顔を上げた。

 

「おうちまでガマンできない! なんか、たべよっ!」

 

「……仕方ないか。じゃあ、そうしよう」

 

 私がリルの手を取ると、嬉しそうに抱き着く。

 そうしていざ、歩き出そうとした時、学舎から一人の影が近付いてきた。

 

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