混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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楽しい海水浴 その1

 夏も本格的に暑さが増し、日差しがより一層強まったこの頃……。

 リルは家の中で、両手両足を伸ばし、アロガの横で大の字になって寝転んでいた。

 

 普段、勉強も鍛練もない時間は、外を駆け回る事が多いリルだが、こうも日差しが強いとその気も失せるらしい。

 

「妖精たちは、この暑気でも頑張って働いているというのに……」

 

「よーせーはいいの! リルとはちがうから!」

 

「まぁ、その意見も分かるけどね」

 

 妖精だって、暑いものは嫌いだし、寒いのはもっと嫌いだ。

 だが、夏の時期は農作物をどれだけ手入れしたかで、その実りが違う。

 

 決して手は抜けないし、手を抜いた結果、精霊界に持ち帰れる食料が減るので、だから真面目に取り組んでいるだけだった。

 

 彼らにとって、あれは嗜好品には違いないが、冬の間それら無しの生活は、もう考えられなくなっている。

 

 だから暑い日でも変わらず畑の面倒を見るのは、ある意味当然の事ではあった。

 

 私も今日は畑の手伝いをしていて、それなりに汗を掻いた。

 帰って来たら、リルが大の字で寝そべる姿を見せられたら、少しは何か言いたくもなる。

 

「家の中は涼しいから、そうしていたい気持ちは分かるけどね……」

 

「そと、いきたくな〜い。がっこうも、ヤっ! あそこ、あついもん!」

 

 この前、リルの事で面談した時、入った時には既に暑かった。

 

 風の通りが悪い事も一つの原因だろうが、そもそも断熱する構造をしていないのも、大きな理由だろう。

 

 我が家は小精霊が住み着いているから、水と風の精霊で気化熱を利用した冷房を可能としている。

 

 彼らを適切な場所に配置するだけで、私が特別な何かをすることなく効果を発揮してくれるから、余計な負担がないのも良い所だ。

 

 常に冷えていつつ、冷た過ぎない風が通り抜けて行くので、家の中は清涼そのものだった。

 

 だから、リルが家から出ず、寝転がっていたい気持ちは良く分かるのだ。

 それに、今日は勉強と鍛練のない、身体を休める日だ。

 

 寝て過ごす事さえ許される、完全に自由の日だが、子どもが日がな一日、家の中でゴロゴロするというのも……。

 

 親としては、何と言うか……思う所がある。

 

 アロガはリルの傍にいても、くっつけなくて不満そうにしているし、遊びたそうにもしている。

 

 アロガは基本、リルが何かしている時は見ているしかないので、リルに予定がなければずっと遊んでいたいのだ。

 

 普段なら毛繕いでもしようとしてか、リルの頭や耳の辺りを舐めるのを見るが、今日は近付く事すら嫌がるのでそれもない。

 

 それならば、と思い立ち、私はリルのすぐ傍に立って上から覗き込んだ。

 

「リル、水遊びしたくないか?」

 

「みずあそび……? ――したいっ!」

 

 一瞬、呆気に取られてから、ガバリと起き上がる。

 私が手を伸ばすと両手で掴み持ち上げると、ひょいと立った。

 

「どこどこ? どこいくの?」

 

 リルが突然元気になった事で、アロガも起き上がって周りをぐるぐると歩き出す。

 私はそれを視界の外に収めながら、顎先に手を添えて言った。

 

「森の中にも水場はあるけど、水浴び目的で行くと怒りそうなのがいるから……。行くとしたら外だ」

 

「おそと! いこいこ! すぐにいこ!」

 

「いやいや、行くならきちんと準備してからじゃないと……」

 

 水着などという洒落た物はないが、動きを阻害しづらい物に着替える必要はあるだろう。

 

 それに今は午前九時頃、まだまだ遊ぶ時間はたっぷりとある。

 結構な長時間、森を留守にしてしまうので、念の為として、侵入者用の迎撃罠の起動も必要だ。

 

 最近は森に来る冒険者の数が増えているので、万が一を考えなくてはならない。

 

 信用の置ける水薬が大量に出回り始めた事で、多少の手傷を恐れる事なく進む様になってきた。

 

 まだまだ、彼らの侵入ゾーンは浅い部分に留まっているが、それでも用心に越した事はない。

 

「とりあえずリルは、身体にぴっちり合った服に着替えておいで。その間に、こちらも準備を進めておくよ」

 

「わかった! アロガ、どれがいいとおもう? いっしょにきめよ!」

 

 アロガに訊いても適切な答えはないと思うが、それはそれだ。

 リルはアロガを引き連れて、足音も軽やかに二階へ昇っていく。

 

 ちゃんと適切な服を選べるか今から不安だが、駄目なら私が見立てよう。

 それはそれとして、今度はシルケの方に声を掛ける。

 

「お昼の準備を頼む。今日はそっちでリルと食べるよ。アロガにはいつも通り、干し肉辺りを与えれば良いだろう」

 

 こくり、と頷くだけの返答があって、サラリと絹が擦れる音を残して準備に掛かる。

 

 簡単に摘めるサンドイッチ類を中心に、弁当を作って貰う。

 その間に私は、妖精たちに出掛ける周知をしつつ、罠の起動を行った。

 

 そうして森の近くで魔力を操作している時、一人の妖精が近付いてきて、訳知り顔で言ってくる。

 

「何だい、リルはあんだけ外に出るの嫌がってたのに、水遊びならするのかい?」

 

「聞いていたのか。……まぁ、子どもっていうのは、そういうものさ」

 

 涼しくなれて、かつ楽しいのならば、拒む方が難しい。

 

 去年は浴場に水を張って、そこで遊ばせたものだが、リルも大きくなって少しずつ常識を覚えて来た事だし、連れ出すのも良いだろう。

 

「……ま、リルが楽しいって言うなら、それでいいさ。最近は難しく考える事も多かったじゃないか。誰かさんの影響で、頭でっかちにならないかと心配していた所さ」

 

「それって、私の事か?」

 

「そうとも、他にいるかい? いっつも難しそうに、むっつり考え込んじゃってさ。眉間に谷が出来るんじゃないかと、いつも思ってるよ」

 

 罠の展開が終わるなり、私は自分の眉間を指で揉んで、皺がないか確認した。

 

 妖精は笑いながら私の周りを一周して、ソファーにでも腰掛ける様にして足を組んだ。

 

「リルの前じゃ、上手く誤魔化しているみたいだけどさ、一人の時のアンタはそりゃあもう酷いもんさ。気付いてなかったのかい?」

 

「まぁ……案外、自分の事ってのは分からないものだしな」

 

「尤もらしいこと言ってないで、普段からもう少し愛想良くしてりゃ良いのに」

 

「それは難しい相談だ。“西”の奴らが、いよいよ本腰になっている。瀬戸際で潰し続けていれば諦めるかと思ったが、やっぱりそうじゃないらしい」

 

「自分で金儲けが原因で、呼び込んでたら世話ないさ」

 

「いや、あれらは別に今のままでいいんだ。どうせ奥まで来やしないし、来られるその実力もない」

 

 東大陸育ちの冒険者は、そのレベルが決して高くない。

 たとえSランクであっても、武具の質からして相対的に脅威にはならないのだ。

 

 問題は、西からやって来る冒険者だ。

 

 カーライルに逆催眠を掛けて、無難な報告をさせたから、少しずつこちらに渡ってくる数は減る予定だった。

 

 それは先月までは予測通りであったものの、ここ最近、またその数を増やしている。

 欺瞞が見破られたのか、それとはまた別の理由か――。

 

 森へ侵入する数が元に戻ったのは、相当の理由があると見るべきだ。

 ここから更に増えるのか、それとも撃退することで減っていくのか……。

 

 それは経緯を見守っていなければ分からない事だろう。

 

「まぁ、僕らもさ、お気に入りの場所が奪われるのは嫌だから、可能な限り協力するつもりだよ。精霊達だって味方なんだ。そっちと力を合わせれば、そう怖い事にはならないと思うけどね」

 

「だから、もう少し力を抜けって?」

 

「分かってるなら、そうしなよ。何でも程々、そこそこに力を入れるのが、楽しく生きるコツってやつだろう? そこまで長生きしてて、そんなことも知らないのかい?」

 

 散々な言われようだが、確かにそれは真理を衝いている気がした。

 

「まぁ、そうだな……。何事も、程々ぐらいが丁度良い。とはいえ――」

 

 私は睨みを利かせて、妖精の頭を指で撫でる。

 

「リルの安全は、すべてに優先される。その事で頭を悩ませるのは、母である私の役目だ」

 

「本当の親でもないんだろう? それなのに?」

 

「それでもだ。あの子を(いたわ)ってやれるのは、私しかいないんだ。託された私しか……」

 

 ニコレーナは我が子の成長を見守りたかった、と言っていた。

 死を前にした、母の嘆きだ。

 

 私は――。

 それを聞いた私が、彼女の分まで叶えてやらねばならない。

 

「おれはさ、それが不安だよ。いつかあんたが、その責任を全うする為に死ぬんじゃないか、と気が気じゃない。妖精の皆はリルが好きだし、おれも嫌いじゃないけど、でもどっちが大事と言われたら、おれはあんたの方だ」

 

「それはまた、珍しいタイプだな」

 

「だって、リルは可愛いだけだ。赤子の頃から知ってるから、そりゃあ可愛いくて仕方ない。でもさ、リルに森は守れないんだよな」

 

 私は一瞬、言葉に詰まり……そして、頷いた。

 それは事実だ。

 

 今日から頼むと言っても無理だし、そしてそれは十年先――成長した後でも、やはり難しいだろう。

 

「おれにとって大事なのは、このマナ溜まりと最高の環境だ。これは魔女なしで成り立たない。だからさ、リルの為に自分を犠牲にして、それこそ身を盾に死なれるのはイヤだなって……、そういう話だ」

 

「心に留めておくよ」

 

 罠の起動は終わった。

 私は妖精を背にして母屋へ戻る。

 

 精霊王がリルに破格の契約を申し出たのも、私への礼みたいなものだった。

 リルを護る事が、私を喜ばせると知っていたからだ。

 

 リルそのものが大事な訳ではない。

 ナナはまた別で、少し特殊な立場だろうが、そうした考えの方が異端なのだ。

 

 改めて妖精から釘を差されて、大きく息を吐いた。

 

 眉間に指を当てて揉み解し、間違ってもしかめっ面を母屋に持ち込まないよう気を付ける。

 

 しかし、誰に何と言われようが、私にとって大事なのはリルだ。

 

 ――リルを護る。

 ――リルが一人でも行きられる、立派な大人に育てる。

 

 それが私の、今となっては生き甲斐となっていた。

 

 母屋に入るのと同時に、私は無理にでも笑顔を作り、それからリルの格好を見て眉根を潜めた。

 リルが決めたコーディネートは、相当酷い事になっている。

 

「こぉら、リル! 動き易い格好って、言ったろう」

 

「うごきやすいも〜ん!」

 

 決してそうは見えない格好は、ゴテゴテとして戦場に向かうかの様だ。

 

「脱ぎなさい」

 

「ヤっ!」

 

「いいから、脱ぎなさい」

 

 最初は言葉の攻防が繰り返されたが、結局逃げたリルを私が追う。

 

 そうしていると、作り笑顔は必要ない。

 心から笑って、私はリルを捕まえると腕の中に抱きしめた。

 

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