混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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楽しい海水浴 その2

 改めてリルを着替え直し、私自身も身軽な格好へと着替えた。

 ごく短い短パンと、上には袖のない木綿製のシャツだ。

 

 その上にゆったりと、薄手のガウンを羽織っている。

 衆目がある所へ行く訳ではないが、やはり肩の露出は少々はしたない。

 

 少々暑くとも、これぐらいは我慢だ。

 

 リルもまた、私と似た様な格好をしていて、着替え終えた私を見ては物珍しそうに口を開けていた。

 

「……ン? どうした、リル?」

 

「お母さんが、あしをだすふくみるの、はじめて」

 

「あぁ、そうかもしれないな」

 

 基本的に丈の長いスカートを穿く事もあって、生足を見せる事は殆どない。

 踝が見える程度の長さにしているし、そうでなければ完全に覆うパンツスタイルだ。

 

 肌の露出は最低限に、という古い考えそのままに生きているので、どうしても自分の格好はそうした物が主流になる。

 

 ただし、最近の流行に疎い訳ではないので、そうした部分はリルに回していた。

 

「まぁ、ともかく……時間を無駄にしてはいけない。早速、泳ぎに行こうじゃないか」

 

「うん、しゅっぱ〜つ!」

 

 リルが走り出して、入口から出る直前でピタリと止まった。

 後を付いてこようとする、アロガとナナへ交互に視線を動かす。

 

「いっしょでいいの?」

 

「いいよ。今日はアロガもナナも、どちらも一緒に連れて行こう」

 

「やった!」

 

 満面の笑みを咲かせて、リルは走り出す。

 私はシルケが用意してくれたバスケットと、自家製の水筒を持って礼を言った。

 

「準備をありがとう。急なことなのに、済まなかった」

 

 シルケは何でもないと言うように首を振り、それから主の出立を見守り礼をする。

 私はそれに頷いて、改めて外に出よう――とした所で、ナナから声が掛けられた。

 

「嬉しいけど、良いの? 何だかとっても、大盤振る舞いじゃない?」

 

「まぁ……、人の居る場所に行く訳じゃないから。危険度から言うと、うちの森よりずっと低いけど、安全でない場所なのは確かだし……」

 

「誰に見られる訳でもないから、ってこと? 大丈夫なの、そこ……」

 

「私がリルの安全を確保出来ない場所に、連れ出す訳ないだろう」

 

「それもそうね」

 

 あっさりと頷いて、ナナは外から聞こえる、リルの呼び声に誘われるまま飛び立つ。

 空中を滑らかに、泳ぐ様に近付くと、そのままアロガの背に乗った。

 

 アロガは嫌がるが、質量を消して風になるなど、風精霊にとっては呼吸するのと同様、簡単な事だ。

 

 尻尾を振り回し、身体を左右に振って暴れても筈れないので、しばらくしてから諦めた。

 

「お母さぁぁん、はやくはやく〜!」

 

 リルが大きく手を振って見せる呼び掛けに、私も手を振って応え歩いた。

 両手に握っていた物は、既に異空間に仕舞っているから、私の格好も身軽なものだ。

 

 リルに追い付き手を取ると、そのまま森の外縁まで行き、目的の魔法陣に乗った。

 転移先の陣は幾つもあり、目的の用途によって使い分けている。

 

 本日赴く先は、大陸南部の海岸だ。

 潮の流れや、大陸湾岸部の形から漁業にも適さないので、近くに町などもない。

 

 もう少し東部へ行くと、逆に潮の流れが良くなっている為、非常に大きな湾口都市が出来上がる程になっている。

 

 この場所は得られる特産物もなく、人の往来すら殆どない。

 だが、ある種の貝には価値があって、肉厚で大変美味だ。

 

 ただ、同時に肉食の魔魚もいて、それが狙いで来るので危険な地帯として、恐れられている場所でもあった。

 

「……さ、着いたよ」

 

 眼前に広がる海を見て、リルは口を大きく開けて固まる。

 それからゆっくりと首を左右に向け、かと思えば、凄い勢いで振り返ってきた。

 

「すごい! ひろい!」

 

「そうだな、海は広くて、大きいんだ」

 

「うみぃぃぃ〜っ!」

 

 リルは海へ向き直って叫んだかと思えば、またすぐに振り返る。

 

「これが、うみなんだぁ……! おそらからは、みたことあるけど、ほんとうに……おっきぃねぇ〜!」

 

「怖くないか?」

 

「ちょっとだけ」

 

 何か大きなもの、雄大なもの、そして広すぎるものを見た時、そこには畏れが生まれる。

 

 時に敬いともなり、それが精霊信仰の礎となり、そして実際の精霊と結び付け、大いなる存在として受け入れられたりもした。

 

 今はかつてより敬わなくなったが、それでも見て感じる雄大さは、時に人の心を鷲掴むのだ。

 

「昔、ここに人魚が出る、という噂が出回ったりした。お母さんもね、それを目当てに来た事があって……。それで陣を登録しておいたんだ」

 

「にんぎょ!? ごほんでよんだ! ここにいるの?」

 

「さぁて……、お母さんは見つけられなかったなぁ。リルは見つけられるかな?」

 

「みつける! リルがお母さんのかわりに、ゼッタイみつけるよ!」

 

 リルがはしゃいで、ピョンピョンと飛び跳ねた。

 それを真似してアロガもまで飛び跳ねる。

 

 早速駆け出そうとしたリルだが、私は手を伸ばして止めると、その身体を宙に浮かして固定した。

 

 空中でシャカシャカと走るリルは、不満そうに顔だけ向ける。

 

「なんでジャマするの!」

 

「海に入る前は、しっかり身体を解してからにしなさい。それに、靴も脱いでからじゃないとね」

 

「えぇ……? だいじょうぶだよぉ……!」

 

「大丈夫じゃないから言ってるの。ほら、お母さんも一緒にやるから」

 

「お母さんもいっしょなら……んぅ、やる!」

 

 素直に頷いた所で、リルを地面に下ろしてやる。

 

 今は海岸より離れた、草の生えた地面の上に立っていて、海面より隆起した場所にいた。

 

 だから一望するのにも問題はなく、砂浜も綺麗に見える。

 

 しかし、隆起した土地から少しでも先に進むと、そこは草の一本も生えない完全な砂の地帯だ。

 

 そのまま歩けば靴の中に砂も入るし、掃除も手間になる。

 私は自分の靴を脱ぎながら、リルその場に座って脱ぐ靴を手伝ってやる。

 

 そうして、いざ裸足になった所で、身体を伸ばす運動を始めた。

 ただ伸ばすだけではなく、筋肉の伸縮を小刻みに行う、実戦に近いやり方だ。

 

 リルも剣術鍛練の前に良くやるものなので、既に手慣れたものだった。

 二人して約五分の運動を終え、靴も異空間に仕舞うと、私は海へと指を向けた。

 

「さぁ、リル! もう好きにしていいぞ!」

 

「やったー……っ!」

 

 リルは喜び勇んで砂浜へ駆け下りる。

 アロガもその背に付いていって、いざ砂に足を踏み入れた瞬間――。

 

「あぁっつぅぅーっ!」

 

 リルは飛び跳ねて、ぎこちない足取りで帰って来た。

 アロガも似た様な反応で、悲鳴を上げてリルの後を追う。

 

「お母さん、あつい! あれ、あのすな……! あれ、あつい!」

 

「……うん、夏の海はね。あの砂が熱いんだ」

 

「なんで、いってくれないの!」

 

 その方が面白そうだったから、とは言えない。

 期待通りのリアクションが見られて、大変満足した私は、リルを担いで海へと走った。

 

「あちっ、あち、あちち……!」

 

 私自身、砂浜の洗礼を受けつつ辿り着く。

 海に入る手前、濡れた海岸まで辿り着けば、こっちのものだ。

 

 リルを下ろしてやると、足裏をくすぐる、不思議な感触に気付いただろう。

 アロガも少し遅れてやって来て、濡れた砂浜を不思議そうに嗅いでいる。

 

「わぁ……! あしが、しずむ! へんなの! でも、たのしい!」

 

「そうだろう?」

 

 その時、打ち寄せる波がやって来て、足元を攫う。

 地面に鼻先を向けていたアロガは、その顔をいきなり濡らされて、小さく悲鳴を上げた。

 

「ギャウン!」

 

「アロガ、だいじょぶ?」

 

 だが、リルの関心はすぐに足元へと戻った。

 踝辺りまで水が覆い、そしてすぐに戻っていく。

 

 波が攫うのは海水ばかりではなく、足裏の土も一緒だ。

 足裏から抜けていく砂の感触は、得も言われぬもので、リルにとっても初めての体験だった。

 

「なにこれ! へん! くすぐったい!」

 

「ちょっとクセになる感覚だけど、もうちょっとアロガを気にしてあげなさい。海水を被ってしまって、痛い目に遭っているよ」

 

「……そうなの?」

 

「海水には塩が入っているからね。鼻の中に入ったりすると、これがもう……痛い痛い。リルも気を付けなさい」

 

 アロガは未だに、鼻をブシブシとさせて悶えている。

 流石に見かねてリルが駆け寄り、その首筋を撫でた。

 

「だいじょぶ、アロガ?」

 

「ものの数分で、すぐ良くなるとは思うけどね。だから、リルも間違って飲んだりしないように」

 

「はぁ~い」

 

 そもそも、海の深くまで連れて行くつもりもない。

 今も波打ち際でアロガの横に座り込み、波飛沫を受けてきゃっきゃと笑っている。

 

 アロガはすっかり波を嫌いになって、吠えて威嚇したりしているが、当然波はそんなものに怯えたりしない。

 

 猛然と飛び掛かられて、それに逃げて尻尾を濡らすアロガを、リル自身、波でずぶ濡れにりながら笑っていた。

 

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