街の中は、常と変わらぬ活気に満ちていた。
正門から伸びる道の両端には多くの店が建ち並び、食料品や生活雑貨など、多種多様の品揃えを見せる。
当然、そこを行き交う多くの人が道の端を往来しており、その中央では馬車や乗騎した人が走っていた。
リルはあちこちに顔を向けては嬉しそうに笑い、一々指を差しては嬉しそうに報告する。
「みてみて、お母さん! あれ、まえにみたやつ!」
リルの指す方向には、街の様子を教える為に投影した店があった。
画角的にも丁度同じで、だから本物が見られて感動している。
「あぁ、布を取り扱う店だね。ここから見る分にも、鮮やかで綺麗だ」
軒先だけでも、ロール状に巻いた布が多く陳列されていた。
店には余り人が寄り付かないらしく、店主が暇そうにしている所まで映像と同じだった。
「お母さん、あれ! おっきいトリさん親子がいる!」
「あぁ……、飛翼族だな」
背中から白い翼を生やした女性は、ともすれば殆ど人間と変わらない。
そして、その女性と手を繋ぐ子供にも、同様の翼が生えていた。
二人は仲良く買い物中らしく、リルの声など全く聞こえておらず、軒先に視線を集中させている。
彼らは獣人に違いないが、この獣人というのは多種に溢れる。
二足歩行の獣にしか見えないタイプもいれば、リルを始めとした人に近いタイプもいた。
大抵の場合、人間に近くなるのは混血の結果だ。
そして大抵の場合、混血というのは疎まれる傾向にある。
だから、人にとっても獣にとっても、人に近い混血は差別対象とされて来た。
今の時代、その意識も大分、薄れては来た、
しかしそれは、あくまで昔に比べたらの話でしかなく、リルが鳥と呼んで指差したのも、非常に不躾なものだ。
私はやんわりと窘めながら、そうした事を今度詳しく説明しよう、と心の奥底に刻んだ。
「それより、ほら……。あそこに見えるのが、この街で一番大きい建物だ」
私が指差した方向には、小高い丘の上に作られた屋敷があった。
ただし、屋敷というには大き過ぎ、城と呼ぶには小さすぎる。
この街の領主が住まう家で、かつては戦時に備えて建てられた事から、あぁして防衛面を考慮した丘の上に作られていた。
「すごいねぇ……! すごい、おっきい……!」
その
行き交う馬車一つ、大店の外観一つ取っても、リルにとっては未知との遭遇だ。
幾ら静止画を見せていたといっても、そこから理解し、想像できるものには限界がある。
そして、人々が行き交い生まれる喧騒すら、リルにとっては楽しい事だった。
森の中は静謐で満ちている。
時折、魔獣の遠吠えが聞こえたり、森の中に住まう鳥の鳴き声などは聞こえるが、それ以上の大きな音というは、あまり聞けないものだ。
それがリルにとっては、新鮮で面白い。
今にも手を離して走り出しそうなほど興奮していて、だからその小さな手を改めて握り直した。
暫く歩くと、立ち並ぶ店の様子も様変わりしてくる。
道に出店が並ぶようになり、食材などではなく、料理を提供する店が増えてきた。
多種多様な料理の香りが溢れ、中には甘い匂いも漂ってくる。
「ねぇ、お母さん、あれ……!」
リルが指差したのは出店の一つで、串焼きを売っている様だ。
タレで焼いたもの、塩で焼いたものと、幾つか種類がある。
その甘辛い匂いに惹かれたのだと、その顔を見れば一発で分かった。
「朝ごはん、食べたばかりだろう?」
「んぅ……、でも良い匂い……」
「そうだな。でも、奥に行けば、もっと良いモノが見つかるかもしれないぞ? 一通り見てから、決めても良いじゃないか」
「すきなの、えらんでいいの?」
「リルが良い子にしていたらね」
私が握った手で、親指の腹で撫でると、途端に目を輝かす。
そうして、今度は真剣な目をさせて、屋台や店を探し始めた。
真剣と言っても子供ながらの微笑ましいもので、私の眉尻も思わず垂れ下がる。
とはいえ、真剣に選んでいるリルには申し訳ないが、先に今日の予定を消化しておきたい。
通りの奥までゆったりと歩くと、次第に人の流れも
商店通りを過ぎれば、屋敷の丘を正面に丁字路へと道が別れる。
右方は職人通りや下流市民の住居へと続き、もう左方が貴族街や上流階級御用達の店舗が連なる。
ここで左の貴族街への道を選べば、いよいよ道を歩く人は見かけなくなった。
上流階級は当然として、そこと付き合いのある商家などになれば、わざわざ歩いたりしないものだ。
御者を雇用した専属の馬車を持っているものであり、またそうでないと舐められる。
品位が足りないと見做されるので、ステータスとしてだけでなく、そうした社会で生き抜く必要経費として利用するのだ。
見栄と言い換えても良い。
しかし、そうした見栄が、上流との付き合いでは重要なのだった。
「ねぇ、お母さん。こっち、お店ないよ?」
「あぁ、先に用事だけ済ませるつもりだ。帰りに何か買って行こう」
「うん」
先程までの闊達とした雰囲気がないのは、周囲の空気に当てられたからだろうか。
道を行き交う馬車の装飾、着ている者の身なり、そうしたものが明らかに違う。
着ている服だけで見れば、こちらも決して負けていない。
それどころか、むしろ華やかなくらいだ。
しかし、不躾に向けられる視線は友好的でなく、むしろ変人を見るかのようだ。
それもその筈、上流階級とは主に、人間が支配し人間の為に用意されたような地位だ。
そこに獣人が紛れ込むのだから、決して良い顔は出来ぬだろう。
それを理解しつつ、私はリルを連れてきた。
不安そうに見つめてくるリルに、元気づけるよう笑みを向けた辺りで、目的の商店へと辿り着いた。
支柱となるの石材で白壁に黒の木材を貼り付けた、モダンな印象を受ける店だ。
ドアも同じ材質で、両開きとなる取っ手に手をかけると、その前に向こう側から内側へと開かれる。
店の中は採光も良く、明るい雰囲気だ。
そして、目の前には一人の女性が、愛想よく笑顔を向けていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。店主は首を長くしてお待ちです。奥の方へどうぞ」
この店とは旧知の仲だ。
だから、この店員の顔も良く知っている。
そして、これもいつもの遣り取りだから、言われた通りに奥へ進んだ。
店の中には雑多に物が取り揃えられており、一見すると何屋なのか見当もつかない。
しかし、それも当然、ここでは何か一つを取り扱う専門店ではない。
物珍しい商品、あるいは単なる良品を仕入れ、それを貴族に売る事を生業としている。
だから、戦の前兆を感じ取れば、糧食や武器防具を扱うし、どこぞの貴族が装飾品を欲していると聞けば、それを仕入れたりと商品に拘らない。
ただし、専門の物を持たないというのは、単に便利使いされるだけで終わり、御用達として扱われたりしないものだ。
欲した時に、欲する物が手に入らないという事でもあるので、信用という意味で阻害にされがちになる。
しかしそれも、売り込みが上手となれば、それが武器として強みになる。
トードリリー良品店とはそういう店であり、そして店主のベントリーは大層、弁の立つ男だった。
店員の女性に案内されるまま、応接室に入る。
するとそこは、暖炉の火で程良く温められた、感じの良い部屋だった。
用意されているテーブルや椅子も一級品で、商談用として利用されるからこそ、隅々まで掃除が行き届いている。
私は椅子を一つに座り、帽子を脱いだ。
髪の後ろに手を入れて、解す様にして外へ流す。
そうして、視線の流れで見た壁には、農業風景を描いた絵が飾られていた。
インテリアの一つとして、また待ち時間に退屈させない為だろう。
他にも花瓶を用意するなど、他の彩りも飾られていた。
リルは物珍しそうに絵を見て、そして次に暖炉を見つめる。
暖炉の中を不思議そうに見つめては、首をこてん、と横に倒した。
「お母さん、ここに何かおいてる。へんなのもえてるよ」
「あぁ、それは薪だ。普通は、そうやって木を細かく切ったものを、暖炉に
我が家に薪は存在せず、だからリルには理解し難いのかもしれない。
冬になれば暖炉にも火を入れるが、その時に用いるのは竹炭だ。
どちらがよりポピュラーかと言えば、当然薪で、そうした常識もリルにはない。
我が家は色々と常識から掛け離れているからこそ、それを常識と認識する前に正してやる必要があるだろう。
今までは『便利だから』を理由に、それらを蔑ろにしてきた。
だが、リルの反応を見る限り、少しずつ不便を取り入れる必要がありそうだ。
「……あるいは、もっと別の……。最初は風呂焚きとかを導入するとか……」
それはそれで、面倒かつ重労働だ。
今なら五分と関わらず湯に変わっていたものを、一時間も待たねば使えない事になる。
「中々、悩ましい問題だな……」
そもそも、森には薪に適した木材がないのだ。
やろうと思えば、転移陣でどこぞの森と繋げて、そこから切った木材を持ってくる、という手間が必要になる。
いよいよ考えるのが面倒に思えて来た時、大股に歩み寄る音が聞こえて、扉の方へ顔を向けた。
「やぁやぁ、お待たせして申し訳ない! 首を長くして、貴女が来るのを待っとりましたぞ!」