混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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夏の終わりと不穏な気配 その3

 夏の強い日差しも少しだけ弱り、そろそろ終わりが近付こうとしていた。

 未だ暑さは厳しいが、季節としては残暑の頃合いだ。

 

「雨でも降れば、この暑さも少しマシになりそうなんだが……」

 

 屋内は涼しいものの、動けばやっぱり暑くなる。

 現在は秋冬用の服を虫干し中で、この後は布団も行う予定だ。

 

 もっと涼しくなってから、と思っていると、突然寒い日が来たりしたとき困ってしまう。

 こういったことは、早めに済ませておくのが吉だった。

 

「やれやれ……」

 

 裏庭には洗濯紐が幾重にも並び、その上に服を掛けて干すから、ちょっとした展覧会の様にも見えた。

 

 春先から今にかけて部屋の奥に眠っていた服は、日光を浴びて風に吹かれ、実に心地良さそうだ。

 

 私は額に浮いた汗を腕で拭い、一息つこうと母屋へ戻る。

 中にはリルとアロガが居て、手足を投げ出して涼んでいた。

 

 ただし、いつもとは違って、リルは非常に不満そうだ。

 

 いつもの日課となる剣術、勉強、マナ鍛練と、全てをきちっと終わらせたのに、海に行けないから不貞腐れているのだった。

 

「ほら、リル。いい加減、機嫌直しなさい。お母さんだって、家のことをやらないといけない日があるんだから……」

 

「ンぅ……! だって……」

 

 空は晴れ、雲は少なく、絶好の海日和……の様に見えるからだろう。

 だが、私の経験上、それは間違いだ。

 

「ここから海まで、結構距離があるからね。遠くを見てごらん」

 

「とおく……?」

 

 私の視線につられて、顔を動かし窓の外を見る。

 リルから見ると、その角度的に空は見えても遠くまでは見えないが、説明するには十分だ。

 

「雲が高く、途切れ途切れになっているだろう? そういう雲が見えるという事は、海の方では時化ってる」

 

「しけ……?」

 

「つまりね、ここでは晴れだけど、海の方では風が強く、雨が降ってるってことさ。遊ぶどころではないよ」

 

「でもね、でも……!」

 

「まぁ、口で言われても分からないか。どれ……、着いておいで」

 

 私が森へ行くと分かった途端、リルは勢いよく飛び起きて、私の隣に立つと手を掴んだ。

 

 そのまま、今や恒例となった転移陣を踏む。

 浮遊感と共に視界が切り替わると同時、私達を襲ったのは叩き付ける様な雨だった。

 

「ぴゃああ〜……!」

 

 一瞬で全身が濡れて、リルは悲鳴を上げる。

 私も一緒に濡れながら、再び陣を起動して森に帰った。

 

 視界が切り替わると、後には頭から水を被った様子のリルが見える。

 ぽたぽた、と水滴を落としながら、リルは泣きそうな顔で見つめてきた。

 

「ほら、言った通りだったろう?」

 

「うん、ホントだった……」

 

 悲しそうに言いながら、ぶるぶると身体を震わせて水滴を落とす。

 

 無論、そんな事では到底、濡れ鼠の状態は変わらないのだが、こちらはカラリと晴れていたから、少し外で遊ぶだけですっかり綺麗に乾くだろう。

 

 そして、それは私も同様だった。

 髪は濡れたままだと鬱陶しいので、手早く魔術で乾かしてしまう。

 

 これから畑の様子も見ねばならないし、そうこうしている内に勝手に乾く。

 

「さて、お母さんは畑に行くよ。収穫の早い物は、そろそろ手を付けないと……。今年は去年みたいな、大変な思いをしないと決めたんだ」

 

「んぅ……、リルはどうしよっかなぁ……」

 

「リルにも手伝って欲しいなぁ。そろそろ、ちゃんとした手順を知っておいても良い年頃だ」

 

「はぁ~い」

 

 乗り気ではなさそうだが、他にやることもないし……、といった反応だ。

 

 その頃には、置いてけぼりにされたと思ったアロガが、尻尾を振ってリルの傍にやって来ていた。

 

 濡れた身体を見て、不思議そうにしては、頭や顔の水を舐め取ろうとしている。

 

「アロガ、だいじょーぶ! いいの! やんなくていいってば!」

 

 アロガの心配性は相変わらずだ。

 兄としての思いが強いのか、何かと世話を焼きたがる。

 

 そうして畑に足を踏み入れると、妖精の一人がこちらに気付き、仕事を放り出してやって来た。

 

「あれ、リルが来るなんて珍しいな。……っていうか、どうしたの、それ?」

 

「ぬれちゃったの!」

 

 不機嫌そうに言うリルに、妖精は首を傾げて空を見上げた。

 

「雨も降ってないのに、どうやったら濡れるんだ? 川にでも落ちたのか?」

 

「うみいったら、あめだった」

 

「あぁ、そういうことね。だったら、さっさと乾かして貰えばいいのに。こういう時の為のナナだろ?」

 

「そうなの?」

 

 リルがこてん、と首を傾け、それから私に目を向ける。

 

「まぁ……、止めときなさい。喜ばれない力の使い方だろうからね。契約した精霊は、基本的に力を貸してくれるけど、嫌な使われ方すると、しっかり機嫌を悪くするからね」

 

「そうなんだ」

 

「リルにだって、やりたくないことあるだろう? ナナにも当然、そういうのがあるさ。機嫌を損ねると、いざって時に力を貸してくれなくなる」

 

「そういえば、お母さん、まえにいってた」

 

「うん、精霊には敬意を向けなさい。嫌がることはさせちゃいけないよ」

 

「はぁ~い!」

 

 元気よく返事したリルを見て、妖精は複雑そうに眉を潜める。

 

「別にそんなことくらいでヘソ曲げる精霊なんて、いないと思うけどな。……で、肝心のナナはどうした?」

 

「なんかね、れんしゅーちゅーなんだって」

 

「練習? ……何の?」

 

 やはり不思議そうに尋ねた妖精に、私の方から説明した。

 

「術士との同調を、より強くする為の練習だ。精霊の力を十全に引き出すには、リルがマナの鍛練するだけじゃ足りないから。精霊もまた、リルの中で力を引き出せるよう、互いのマナを近くする必要がある」

 

 精霊魔法が強力である一方、廃れた理由がそこにあった。

 契約した術士が努力するのは当然だとして、精霊もまた努力する必要がある。

 

 この努力の部分が、多くの精霊にとってそぐわない。

 

 よほど精霊に好かれなければ合わせようとしてくれないし、そして努力してくれなければ、最大威力を発揮できない、という意味でもあった。

 

 精霊にしろ人間にしろ、マナを扱う者には必ず癖があって、その形は様々だ。

 

 別々の存在なのだから違って当然で、この部分を少しでも矯正しないと、供給や消費をする際、一々ロスが発生してしまう。

 

 だから、そのロスを最小限にする為、自らをリルに慣らしているのだ。

 

 これはリルから出ている間は出来ないので、特別必要のない時間は、こうして姿を見せずにいる。

 

「まぁ、一口に精霊と契約と言っても、そこがゴールではないから。魔術を体得するのと一緒で、使いこなせるかどうかは、全く別の話だ」

 

「リルも、もっとまじゅちゅのべんきょ、したほうがいい?」

 

 上手く発音出来ないリルが可愛らしい。

 私はリルの頭を撫でて、ゆっくりと首を振った。

 

「リルは精霊にマナを与えて、そのマナで精霊は力を使うんだ。だから、魔術を覚えたとしても、むしろ邪魔になってしまうよ。自分の代わりに魔法を使って貰う……それが、精霊術士の戦い方だ」

 

「んぅ〜……、リルもじぶんでつかいたい」

 

「使っている様なものさ。契約した精霊の力は、自分の力と言っても良いんだからね」

 

 そうは説明しても、そういうことじゃない、と言いたい気持ちは分かる。

 

 一から十まで自分で行う魔術と違って、精霊魔法はその大半を肩代わりして貰うようなものだ。

 

 剣術に例えると、構えだけは自分で取って、剣を振るうのは精霊、といった具合だ。

 

 自分で全てやりたい気持ちは良く分かるが、只でさえ剣術を疎かに出来ないのに、そこへ更に魔術訓練となったら、流石のリルでもパンクしてしまう。

 

「リルは魔術を羨むかもしれないけどね、精霊魔法は凄いんだぞ」

 

「そうなの?」

 

「何しろ、自分で使う必要がないからね。精霊と意思疎通を取って、使って欲しいものを代わりに使って貰えば良い。剣を相手に叩きつけながらね、同時に魔法も使うっていうのは……普通、中々できないことだ」

 

「そうなんだぁ……」

 

 だから、精霊から不興を買ってしまうと大変だ。

 魔法を使えないだけではなく、邪魔すらされる可能性がある。

 

「だからね、リル。ナナは大事にしないといけないよ」

 

「リル、ふだんからだいじにしてるよ」

 

「そうだね。友達の様な付き合いが、ナナは嬉しいようだから、その様にしてあげなさい。でも、友達にはケンカも付き物だ。自分が悪いと思ったら、素直に謝ることも大事なこと。分かるね?」

 

「うんっ!」

 

「精霊魔法の利点は、自分が気絶していても発動する点にある。マナさえしっかり溜め込んでいればね、リルを必ず守ってくれるよ。それこそが、魔術にはない利点だ。いつでもナナとは、仲良くしなさい」

 

「よくわかんないけど、わかった!」

 

「ま……、追々ね」

 

 私はリルの頭をサラリと撫でて、畑を歩く。

 

 その頃にはこちらに気付いた妖精が多数で、やはりリルが多数に纏わり付かれることになってしまった。

 

 逃げるリルに、追う妖精――。

 最早日常と化した光景に目を細めながら、私は野菜の収穫に移った。

 

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