混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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夏の終わりと不穏な気配 その4

 暦の上では九月に入り、少し経った頃――。

 

 残暑はまだまだ厳しく、日差しの強い日が続いていた。

 リルの勉強と鍛練を、今日は早めに切り上げ、昼食後は家事を優先することにした。

 

 リルについては自由時間とし、私は織物小屋で冬に向けた準備を進める。

 

 冬用布団は中の綿を入れ替える必要があるし、服によっては綿を詰める物もある。

 この前、やっと虫干しが終わったので、今は次の段階へと移っていた。

 

「虫干しといえば、そろそろ本の虫干しもやっておかないと、か……」

 

 服の様に、毎年の行事という訳ではないが、やはり定期的に行った方がいい。

 

 本を開いて縦に置き、Vの字型にして風と光に当てる作業だが、本を開くとついつい読んでしまうのが悪い癖だ。

 

 そのせいで、いつも無駄に時間ばかり食つてしまう。

 それが分かっているから、中々手を出しづらい、という側面もあった。

 

「まぁ、完全な自業自得なのだが……」

 

 表紙や背表紙を見るだけなら我慢できても、中身の活字が目に入ってしまうと、思考が読書に向いてしまう。

 

 これは最早、魔女の(サガ)だ。

 知識に貪欲だからこそ、抗えない魔力が本にはある。

 

 そんな事を考えながら服に綿を詰めていると、控えめなノックの後に、リルが扉から顔を覗かせた。

 

 そうして、中に入らないまま、おねだりする様に手だけ差し出す。

 

「お母さん、はりかして、はり!」

 

「針……? そんなもの、どうするんだ?」

 

「あとね、いともほしい!」

 

「糸も……? おや、リルは裁縫に目覚めたのかな」

 

 だとすれば喜ばしい。

 

 私みたいに、一から全て作り上げるのは流石に酷だとして、ほつれぐらいは自分で直せる様になって貰いたいものだ。

 

 まだ針仕事をさせるには早いか、と後回しにしていたが、これを機に教えるのも良いだろう。

 

「うん、いいとも。いま用意するから、中に入って待ってなさい」

 

 許しがなければ、小屋に入らない決まりだ。

 だからリルは小さく開けた隙間から、滑り込む様に入って来た。

 

 恐らく、アロガを中に入れない様にする為だろうが、そうしなくとも彼はしっかり弁えている。

 

 リルは手近な椅子に座ると、物珍しそうに作業台を見回していた。

 針も糸も、リルの手に馴染む物を揃えようと思えば、棚から探し出さねばならない。

 

「リルはどういう刺繍がしたい? ……いや、初めてだから、単に縫い合わせの練習からかな。糸をジグザグに縫うのも、ちょっとやってみようか」

 

「ちがうの! そういうんじゃないの!」

 

 背後からの声を聞いて、おや、と思いながら振り返る。

 

「はりがほしいの! あなをあけたいから!」

 

「うん……? 縫い物がしたいんじゃなかったか?」

 

「ちがうよ! あなあけて、いとをとおすの!」

 

「……何の為に?」

 

「ヒ・ミ・ツ〜!」

 

 そう言って、リルはにっかりと笑った。

 悪戯を企んでいるのか、それとも別の何かか……。

 

 リルの表情は屈託ない笑みで、何か悪巧みしている様には見えなかった。

 しかし、敢えてそれを暴こうとも思わない。

 

「まぁ……、リルの好きにすれば良いけど……。裁縫は? 興味ない? まったく?」

 

「うん、ない!」

 

 これもまた、満面の笑みで返されてしまった。

 

 今すぐどうしても教え込みたい訳ではないから、この場では許すが、この先は覚えて貰わなくては困る。

 

 それは何も裁縫だけに限らず、獲物の解体であったり、料理であったり……。

 その他全て、生きて行くのに必要な全てを、リルには教えるつもりだった。

 

 たとえ一人になっても、生きていける様に――。

 

「今日の所はそれで良いとして、もう少ししたら、リルに教えることが増えるからね」

 

「このまえも、はたけいっしょにやった!」

 

「そうだね。畑も大事だけど、大事なことは他にも沢山あるんだ」

 

 引き出しから取り出した針と糸を、小さな布袋に入れて手渡す。

 

「落とさない様にね。あぁ、糸の色はリルの好きな水色だ。他のが良かった?」

 

「お母さんの、すきないろは?」

 

「お母さんか……。そうだな、お母さんは自分の髪色が好きかな」

 

「じゃあ、それも!」

 

 少し不思議にも思ったものの、自分が好む色を求められて、悪い気はしない。

 一度棚に戻って、目的の糸を取り出すと、必要分だけ切り分けて、それも小袋に入れた。

 

「はい、どうぞ。何に使うか知らないけど、少し長めに入れておいたから」

 

「ありがと、お母さん! あっ、あとね! ハサミ! むすんだあとに、いときるの!」

 

「結ぶ……? 糸で何するつもりなの?」

 

「ヒミツね、まだヒミツ!」

 

 リルは唇に一本指を立てて、んひひ、と笑った。

 どうやら、後でお披露目があるらしい。ならば、それまでのお楽しみにしておこう。

 

「分かった、怪我しないようにね。ナナに見ていて貰いなさい」

 

「うんっ!」

 

 元気よく頷くと、ありがとうと礼を言って、リルは元気よく飛び出して行った。

 何をするか怖い思いもあるし、見ていない所で針を使わせるのも怖い。

 

 しかし、最近は精霊との同調も順調で、リルがマナを必要十分溜め込んでいるのも知っている。

 

 風精霊には癒やしの風を使って、簡単な傷を治せるから、針で出来た傷程度なら問題としないだろう。

 

 窓からは小袋を大事そうに抱えるリルと、その後を付いて行くアロガとナナの姿が見えた。

 

 母屋の裏口に入って行く姿を見送って、小さく笑みをつくってから、私も作業を再開した。

 

 

  ※※※

 

 

 日が傾き始め、差し込む光が黄色掛かって来た。

 手元を照らすその光に気付いて、私は一度手を止めた。

 

 作業に集中していたお陰で、背中が強張っている。

 うん、と背伸びをすると、筋肉が伸びて気持ちが良い。

 

「ん〜……、はぁ……っ!」

 

 脱力すると、何度か腰を捻って体操し、それが終わってからは片付けを始めた。

 今日は随分と進んだので、もう幾日かで準備を終えられるだろう。

 

「そうしたら、また収穫できそうな物の確認かな……。今年は時間を有意義に使えている気がする。妖精が姿を消していないせいか……」

 

 なにしろ以前と違い、リルが居ない時でしか話せない、ということがない。

 

 そろそろアレが収穫できそう、あっちも大丈夫そう、などと話し掛けてくるケースが増えた。

 

 そうやって、甲斐甲斐しく教えてくるから、後回しに出来なくなった、とも言える。

 

「おや……?」

 

 その時、扉の外に気配を感じた。

 見なくても分かる、リルの気配だ。

 

 そのリルが、入って来るでもノックするでもなく、扉の前から動かずにいた。

 あるいは、ナナと何かを念話で話し合っているのかもしれない。

 

 こちらから開けてみようか、と思ったタイミングでノックされ、浮かせ掛けていた腰を落とす。

 

「どうぞ、入っておいで」

 

「うん……っ」

 

 ゆっくりと開けて入って来たリルの表情は、どこか緊張した顔付きだ。

 しかし、同時に期待も孕んでいて、それが瞳に表れている。

 

「お母さん、あのね……。これ……!」

 

 そう言って差し出して来た手には、手製の腕輪が握られていた。

 

 指の爪ほどの小さな貝殻と、それより更に小さな珠が交互に配置されていて、それを糸でひと繋ぎにした物だ。

 

 どうして針と糸を欲したのか、これを見れば分かる。

 

 貝に糸を通すのに針を欲し、そしてその貝は海に行く度、リルと一緒に集めたものに違いなかった。

 

「これは……、これ……リルが作ったのか?」

 

「うんっ! ナナにね、おしえてもらいながら!」

 

「そうか、偉いぞ」

 

 私はリルの頭を撫で回しながら褒める。

 こうして、自ら何かを作りたいと思うのは、情操教育の上でも大事なことだ。

 

 その創造性は単に精神面を育てるだけでなく、物事を組み立てて考える土壌ともなる。

 

 何より、私から教えるでもなく、自ら作ろうと思った所を評価したかった。

 

「よくこんな難しい物を……。この珠部分は……、珠寿草か。川辺に生えている……」

 

「うんっ! ミーナちゃんがね、キレーだからあつめてるって、おしえてくれたの!」

 

 自然に生えている物だから、当然形が悪かったり、色味が悪い物の方が多い。

 

 しかし、中心部分に穴が空いている構造だから、庶民の飾り物として利用されることもある、非常に身近な植物だった。

 

「これね、お母さんにあげる!」

 

 そう言って突き出す姿は、誇りと期待に満ちていた。

 鼻からぷひぷひ、と息を漏らし、頬を紅潮させる姿だけでも、抱き締めたくなる魅力に溢れている。

 

「ありがとう、リル……。お母さんの、宝物にするよ」

 

 作りたいだけでなく、誰かに上げる、と思える子に育ってくれて、喜びが溢れた。 

 

 受け取ると同時に抱き締めて、その体温を全身に感じ取った。

 

「お母さん、いた~い……っ!」

 

「あぁ、ごめんごめん……。お母さん、嬉しくって……」

 

「――ほらね、絶対喜ぶって言ったでしょ?」

 

 そう言って、空中から溶け出る様にナナが姿を表した。

 リルもそれに頷き返して、自分の左腕を掲げる。

 

「ほら、リルとおそろい! いとのいろがね、ちがうんだよ!」

 

 リルにはリルの、私には私の好きな色を使ってくれたアクセサリーだ。

 私もまた、リルと同じ左腕に巻き着けて、顔の横で揺らす様にアピールした。

 

 シャラシャラと、貝と珠寿草がぶつかる音が心地好い。

 そっと触れると、貝のザラ付いた感触と、珠のツルっとした感触が返って来た。

 

「嬉しい贈り物をありがとう」

 

「んひひ……!」

 

 満面の笑みで、自慢気に笑うリルを、堪らず私はもう一度抱き締めた。

 

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