混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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夏の終わりと不穏な気配 その6

 罠の感知は万能ではない。

 当然の事ながら、それが魔術である以上、無力化する方法が存在する。

 

 我ながら上手く隠蔽している自信はあるが、それは絶対に看破されない事を意味しない。

 

 そしてエルフならば、回避することは可能だろう。

 

 今の今まで、森にやって来るのは冒険者の類いばかりだった。

 “塔”の息が掛かった――あるいは、それと知らぬまま意向を受けた者達。

 

 これまで、それらの全ては人族の冒険者であり、エルフは含まれていなかった。

 ギルドの方にも、姿を見せていなかった様だ。

 

 だから、まだまだ様子見の段階だろう、と私は思い込んでいた。

 

「そうだな……、あり得ない話ではない。元から冒険者は捨て石のつもりだった訳だ。疑念の種から芽を出させ、それと特定する為だけの……」

 

「お母さん……?」

 

「リル、アロガにお礼を言わないといけないよ。よく褒めてあげなさい」

 

「そうなの?」

 

 不思議そうな顔をしつつも、リルは叩く手を止めて、代わりに顔をアロガの毛皮に埋めて、抱き着いてはわしゃわしゃと撫で回した。

 

「えらいよ〜、アロガ。ありがと、アロガ」

 

「ウォウ、ウォウフ……!」

 

 まんざらでもないアロガは、嬉しそうな声を上げて、リルの頭を舐める。

 そのまま自分の身体で包もうとした所で、リルは流石にそこからは逃げた。

 

「それで……お母さん? どうするの? まち、いく?」

 

「いいや、それは取り止めになった。まず、確認はしないとね。アロガの野生の勘は馬鹿にならない」

 

「んぇぇぇ……!?」

 

 話の中身を理解していなかったリルは、顔をくしゃりと歪めた。

 

 まるで顔中の皺を中心に集めたかのような変わりようで、褒めたばかりのアロガを、今度は非難しながら叩いた。

 

「もぅっ! アロガがヘンなことするから! まち、いけなくなったでしょ!」

 

「こらこら、アロガを責めるんじゃない。それどころか、とっても褒められることをしたかもしれないんだから」

 

 実は森が最近、脅かされていたなど知らないリルだから、そういう反応も無理はない。

 

 私も害虫の駆除、と曖昧な言い方しかしなかったし、平和な側面しか知らないリルからすれば、理不尽にも感じるだろう。

 

 だが、そうした危険を教えるには、リルはまだ余りに幼かった。

 

 森の中が危険であることは知らねばならないことだが、悪意をもって押し寄せる存在がいるなど、知っても萎縮するだけで良いことなどない。

 

「良くやった、アロガ。これからも、何か感じたら教えてくれ」

 

 そう言ってアロガの頭を撫でると、分かった、と言う様に一声鳴く。

 そうして、未だにむくれているリルの頭も撫でた。

 

「ほらほら、機嫌を直して……。今日の所は、お家の中から出ない様に。誰が来ようとも、決して開けてはいけないよ」

 

「お母さんでも?」

 

「そう、お母さんでも。それにお母さんなら、開けてとお願いせずに、勝手に開けられるからね。だから、外からお願いする人がいたら、それは誰か知らない人だ」

 

 魔術の中には、姿や声を変えるものがあるし、相手の願望に合わせて姿を変えさせるものさえある。

 

 自分が対象を知らずとも誤解させられるのだ。

 

 しかし、当然ながら本人の癖や記憶までは模倣できないので、簡単な質問で見抜けるものでもある。

 

「合言葉を決めておけば、もっと安心だ。リルの方から、秘密の何かを問い掛けるんだ。好きな物を尋ねるのでもいい」

 

「ん〜……、じゃあねぇ……」

 

 リルは人差し指を顎に当て、天井を見上げる。

 

 好きな物、という単語に反応し、アロガが自分をアピールするように周りを動いたが、出て来た言葉は無情だった。

 

「じゃあね、りんご! リルのすきなもの、ってきくから、お母さんはりんごってこたえなきゃダメよ」

 

「えぇ……? リルの好きな物、お母さんじゃないの?」

 

 アロガと一緒に、がくりと肩を落とす。

 しかしリルは、きゃらきゃらと笑って否定した。

 

「お母さんは、お母さんだもん。ものじゃないから、ダメなの!」

 

「そういう理屈か……。良かったな、アロガ。物じゃないから、数に含まれないだけだったらしいぞ」

 

「ウォウ……ッ!」

 

 しかし、それでもアロガは不満だったらしい。

 ウロウロとリルの周りを歩き、威嚇する様に見つめている。

 

「もぉ〜っ、アロガうるさいっ。あっち、いって!」

 

 どうやら、リルのご不満は未だに解消されていないらしい。

 

 すっかり外出する気だったのに、横から奪った張本人だと決め付けているので、アロガの方が可哀想だった。

 

「アロガには優しくしてやりなさい。リルを守ろうとしただけなんだからね」

 

「んぅ……、でも……」

 

「とにかく、お母さんは行くから。リルは大人しくしてること。……いいね?」

 

「ごほんは? ほん、よんでちゃダメ?」

 

「そうだな……」

 

 母屋は当然、魔術的防護によって守られていて、外部からの攻撃には盤石の構えだ。

 

 他の錬金小屋であったり、織物小屋、鍛冶場に対しては、簡単な腐食防止などしか掛けていなかった。

 

 その中にあって、唯一例外なのが蔵書小屋だった。

 

 他では入手できない本であったり、学術的価値のある絶版本などがあるので、母屋と同等の防護を掛けてある。

 

「……うん、行ってもいいよ。でも一応、本を予め数冊持ち出して、それを母屋で読みなさい」

 

「あのなかに、ずっといちゃダメなの?」

 

「ダメというか、一度入ったら出て欲しくないからね。あそこじゃ飲み物もないし、トイレだってない。出られなくて困るのは、リルの方だろう?」

 

「うん、トイレもいけないの、ヤっ!」

 

 首をぷるぷると振るリルに、私は頷いて笑う。

 

「だから、読みたい本を持って来て、こちらで過ごしなさい。……そうだね、夜になってもまだ余るくらいの量を」

 

「そんなにぃ……?」

 

「足りなくなるとか、やっぱりアッチ読みたいとか、そういう事のないように、という意味さ。遅くなるかどうかより、行ったり来たりして欲しくないんだよ」

 

「んぅ……」

 

 いつだって、最悪の場合を想定は必要だ。

 そして私が思う最悪とは、侵入者が一人でもこの住処へ辿り着くことだ。

 

 リルが母屋か蔵書小屋、どちらかに居るのならば守り切れる。

 しかし、頻繁に行き来する様であれば、その守りを自ら捨て去ることと同義だ。

 

 それでは、どれだけ強固な壁を用意しても意味がない。

 

 私はリルの背後――そこに居るかどうかはともかく――を見て、ナナに向けて声を発する。

 

「そういう訳だから、きちんと監督してやってくれ。必要十分な本を揃えて、そして間違っても外に出さない様に」

 

「……えぇ、任せて頂戴。リルの守りは、私が持つ最大の存在意義だもの」

 

 するり、とリルの背後から浮き出たナナが、空中で横這いになりつつ肩に手を置く。

 

 そのすぐ隣では、アロガがやる気を溢れさせていて、守るのは自分だと主張するように寄り添った。

 

「……うん、アロガもその勘でリルを守ってやってくれ」

 

「お母さん……」

 

 今更になって、不穏な空気を感じ取ったリルが、私の服の裾を掴む。

 泣きそうな顔で、ペタンと耳を畳んで、尻尾も垂れる。

 

「お母さん、いっしょにいて……」

 

「大丈夫。今の全部、念の為だからね。もしも、そういうのがあったら嫌だな、っていう……そういう話だ。確認して、何もなければすぐ帰って来るよ」

 

「ホント? すぐかえってくる?」

 

「あぁ、すぐにね」

 

 もう一度頭を撫でて、ナナとアロガへ目配せする。

 それで全て納得して、ナナは殊更、明るい声を出した。

 

「ほらほらっ! じゃあ、どんな本が良いか、見てみましょうよ。精霊魔法を理解するには、精霊をもっと理解しなくっちゃ。そういう本を探しましょうよ」

 

「うん……」

 

 リルの背を押して、裏口から外へ出て行こうとする。

 しかし、後ろ髪引かれる思いがあるのは、こちらを窺う視線からもすぐ分かる。

 

 私は努めて笑顔を作り、アロガを引き連れて去る姿を、手を振りながら見送った。

 

「さて……」

 

 私にも準備が必要だ。

 もしも。エルフが入り込んでいたら、そこで戦闘もあり得る。

 

 今まで通り、私服で乗り込むのは危険だった。

 私は二階に上がって、狩りの時にも使用したレザー装備を身に付ける。

 

 武器は持たない。

 精々、刃渡りの短いナイフぐらいだ。

 

 隠密に背後から攻撃する時、サイレント・キリングする場合に限って欲しいだけで、どうせ大人数を相手には出来ない。

 

 本格的な攻撃は、全て魔術になるだろう。

 だが、この森は私の庭、私の領域だ――。

 

 全てが私を援護する武器になる。

 正面からぶつかる時に、どれほど数が減っているか疑問だ。

 

 私は各種ベルトの位置を調節しながら、一階に降りる。

 そこではリル以外にも、不安そうな顔をして見つめてくる存在があった。

 

「シルケ、大丈夫だ。リルにはきちんと、昼食を用意してやってくれ」

 

 返事がないまま、こくりと彼女は頷く。

 その触れられない頬に手を添えて、撫でる様に手を離すと、私じゃそのまま外に出た。

 

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