混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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夏の終わりと不穏な気配 その7

 私は家を出るなり畑に向かって歩き出し、そこら中で飛び回る妖精達に、声を張り上げて命じた。

 

「お前達! 警戒準備! 万が一に備えて、防御に回れ!」

 

「え……、どういうことさ? 何かあったの?」

 

 一人の妖精が傍にやって来ると、それを見ていた他の妖精も集まり、あっという間に集団が出来上がった。

 

 私を中心として円を囲むようにして集まり、誰もが不安そうな顔を覗かせている。

 

「どうやら、ここに近付く何者かがいる。私は今から、それを迎え撃つつもりだ」

 

「なんだ、いつものことじゃん」

 

「焦って損した」

 

「大体、防御って……なぁ〜?」

 

 妖精達は暢気なものだ。

 常に楽観的な彼らだからこそ、そうなる態度は当然だが、中には思慮深い者もいた。

 

「おいおい、魔女がわざわざこっちに注意を促して来たんだよ? いつもとは違う証拠じゃないか」

 

「じゃあ、いつも通りじゃない奴らが来てるの?」

 

「なんだろ、魔獣かな?」

 

「エルフかも」

 

 誰かがそう言った途端、妖精達は騒然となった。

 互いに抱き合う者や、悲鳴を上げて逃げ出す者もいる。

 

 逃げ出そうにも逃げ出せず、その辺りを闇雲に飛び回る者もいて、混乱の坩堝に陥った。

 

 その中にあって、冷静な妖精など一人もいない。

 ――そう思った矢先、たった一人、腕を組んだまま微動だにしない者が一人だけいた。

 

「落ち着け、落ち着けって! 勝手に変な想像して、パニックになるんじゃないよ!」

 

 その妖精は他と比べて身体が小さかったが、その声量は全員に届くほど大きなものだった。

 

 そして、それが耳に届いた全員が、ピタリと動きを止める。

 

「まずは話を聞いてみよう。どうせ、すぐにどうこうって話じゃない」

 

「その通りだ」

 

 冷静な妖精から助け舟があって助かった。

 当然の事だが、森に――この場所に危機が迫っているかどうか、今はまだ確定していない。

 

 アロガの勘と、ここ最近罠の感知を受けていない所から、それまでと違う勢力がやって来たかもしれない、と予想しているに過ぎなかった。

 

「何かが森を浸透して来ている。アロガの勘で……あるいは、鼻の方かな。とにかく、そう気付かされた。何者がやって来ているかはまだ不明だが、ここまで私に感知させなかった奴らだ。今まで通りの奴らではないだろう」

 

「……冒険者じゃないんだね?」

 

「恐らく、としか言えないが……。当然、とんでもない凄腕冒険者の可能性はある」

 

 ――とはいえ実際は、エルフの線が濃厚だろう。

 

 これを言うとまたパニックになるから言えないが、私の感知を素通り出来る者など、他には考えられない。

 

 ここに迫って来る全員がエルフであるとは思わないが、複数人で来ているのなら、その数に含まれているのはまず間違いないと思っていた。

 

「普段は入口付近の罠で、侵入を感知できていた。それがないだけでも、大した実力者が同行していると思っているよ」

 

「でも、侵入者の感知って、入口だけじゃないだろう?」

 

 勿論、と私は頷く。

 自然に出来た森だから、道という道は存在しない。

 

 あるとすれば獣道程度のものだが、それさえこの森では歩き易い部類に入る。

 森に心得がある者は、歩き易い道の選別も上手だ。

 

 だから、そういった道には全て、感知罠の魔法陣を隠してあった。

 森の入口に敷いた陣は、そういう意味では分かり易い。

 

 だから、これを看破できても、他を回避するのは相当難しい筈だった。

 

 本気で回避しようとすると、一歩進むごとに罠がないか調べないといけない不毛さがある。

 

 ――だが、もしかすると……。

 その不毛さでもって、奥深くまで浸透したかもしれなかった。

 

「罠の全てを回避していたとしたら、相当根気と体力のあるヤツだな。まさに命懸けの所業だ」

 

「それだけ本気って意味だね?」

 

「そうでない事を祈ってるが……。全てが憶測のまま、終われば良いとも思う」

 

 しかし、かつて全ての感知をすり抜けて、リルのすぐ傍まで接近した者がいる。

 その事実を忘れてはならない。

 

 前回は敵意がなかったからなのか、アロガはむしろ侵入者に甘えた様子だった。

 

 その後はしっかり叱ったし、何者が来ても報せろ、と言っていたが……。

 今回は私の言いつけを守っての事だったのだろうか。

 

 だがもう二度と、何人たりとも我が屋の領域に踏み込ませない、と心に決めていた。

 

「ともあれ、準備だけはしておいてくれ。妖精に戦闘能力がないのは分かっているから、精霊達に呼び掛けて、それで対応するように」

 

「分かった」

 

 こっくりと頷き、一人が代表して応じると、他の妖精達は蜘蛛の子を散らす様に去って行く。

 

 我が家の周辺に、精霊は何処でも潜んでいる。

 

 低位精霊だから、自分の意志を表明するほど強固な人格を持たないが、妖精の呼び掛けがあれば、その意思疎通は難しくない。

 

 だが問題は、低位精霊はそのままだと大変、弱いという部分にあった。

 

 先だってゴーレムの作成を着手し始めたが、これに精霊を込める事で戦力化できる。

 

 ただし、それは強固な鎧を纏っただけに過ぎず、精霊の力を増幅させるものではないから、戦力としては片手落ちだ。

 

 数があれば頼りになるのだが、まだ作り始めたばかりで、三体しか用意できなかった。

 

 敵の規模次第ではあるが――。

 防衛戦力としては、心許ないと言わざるを得なかった。

 

 他の低位精霊にしても、嫌がらせ程度の攻撃しか出来ないだろうが、今はそれで十分と考えるしかない。

 

 ――そもそも、ここを戦場にさせない前提だ。

 全ては森の中で決着を付ける。

 

 今までがそうだった。

 そしてこれからも、そうであり続ける。

 

「では皆、頼むぞ」

 

「何事もないことを祈っておくよ」

 

 そう言葉を投げ掛けられ、私は薄っすらと笑って頷く。

 

「そうだな、いつも通りだ。手早く処理して、帰って来るさ」

 

 

  ※※※

 

 

 転移陣を抜けて降り立ったのは、我が家のある最奥領域から一日ほど進んだ所だった。

 

 私でも徒歩で踏破しようとすると三日も掛かる巨大な森林だが、アロガが察知したとなれば、ほど近くまで迫ったと考える方が自然だろう。

 

 そして、こちらから接近するなら、背後からの方が望ましい。

 探知の魔術も今は使わない方が良い、となれば尚のことだった。

 

 向こうには手練れの魔術士がいる。

 エルフかどうかはともかく、それは間違いなかった。

 

 ならば、迂闊にこちらから魔術を使用する訳にはいかない。

 

 魔術の使用を隠蔽するにも限界があり、そして腕の立つ魔術士ほど、そうした隠蔽は見抜けるものだ。

 

「だがそうなると、見付けるのが簡単じゃないのは困りものだ……」

 

 相手が何処に居るのか、そして何人で来ているのか、それら全て、何一つ分からない。

 だが歩けば、必ず痕跡が残る筈だ。

 

 それを見つけ出すしかない。

 私は注意深く周囲を見渡しながら、森の奥へと進んで行く。

 

「あまり我が家の近くで戦いたくない。すぐに見つかれば良いが……」

 

 森はそもそも人間の領域ではない。魔獣の棲み処だ。

 歩き、その領域を侵せば、必ず戦闘になる。

 

 それはどれほど息を殺しても、逃れられない問題だ。

 体臭は匂い消しを使うなり、獣の血や脂を塗り付ければ回避できる。

 

 しかし、食べ物の匂いまではどうしたって消せない。

 

 三日の間、一切ものを口にしないなど有り得ないし、そして食い物の匂いを感じ取れば、必ず魔獣は察知する。

 

 それは奥地に行く程、顕著になると言えた。

 例外と言えば、古くから住み着く私ぐらいだ。

 

 彼らは私の体臭を覚えているし、そして手を出してはいけない、自分達の天敵だと理解している。

 

「それにしても、ないな……」

 

 草を踏まずに歩くのは、基本的には無理だ。

 森には常に鬱蒼と茂っていて、土だけを踏める場所など殆どなかった。

 

 そして、草を踏めば必ずそれが痕跡として残る。

 一つや二つの見落としはともかく、ここまで見落とすのも不自然だった。

 

「何か道具を使っているのか……?」

 

 それは有り得る気がした。

 何か魔術が掛かった靴を履いているとか……。

 

 ――例えば、地面から僅かに浮く靴など。

 それならば、罠の感知をすり抜けることも不可能ではない。

 

 基本的に魔法陣とは、それに接触して初めて効果を発揮する。

 僅か爪の先ほどしか浮かべない代物でも、陣に対しては有効だろう。

 

「……いや、むしろその方が良いのか」

 

 強い浮力を生み出そうとすると、その分だけ消費が激しい。

 

 魔術秘具はその全てが魔力を充填しなければ使えないから、消費を抑えた作りにするなら、浮力は少ない方が効率的な筈だ。

 

 咄嗟に空中へ逃げ出すことが出来ない分、継続力だけは目を見張る物になるだろう。

 

 そして、それこそが森を踏破するのに必要な道具、とこれまで得た情報から見抜いたとなれば……。

 

「相手は術士でないかもしれない……? いや、あくまで温存と考えるべきか。魔女が相手だと思えばこそ、少しでも余力は残したいだろう」

 

 浮いているなら草も踏まず、追跡も難しい。

 侵入者が何処に居るか、探し出すのは困難になった。

 

「厄介なこと、この上ないが……。必ず、その足取り、掴んで見せるぞ……!」

 

 私は足を速めて森を走る。

 最悪、相手に見つかるのも覚悟しなくてはならない。

 

 のんびりと追い掛けて、我が家の領域に踏み込まれる方が問題だ。

 私は前方の気配を探りながら、ひたすら草と木を掻き分けて走り続けた。

 

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