速度を重視した索敵のお陰で、どうにか敵の影を踏むことが出来た。
一時間ほど走り続け、相手の索敵に引っ掛かることも視野に入れての追跡だったが、運良くと言うべきか――。
向こうが気付くより前に発見でき、悟られるより前に足の動きを止めた。
「良いぞ……、後方には注意を払っていない」
正確には払っていない訳ではない。
前方よりも、注意が薄いというだけだ。
こちら側から窺う限り、人数は十名ほど。
予想より多いが、本格的に攻め込むには少なすぎる人数だ。
当然、全員が武装済みで、背中に剣を背負っている者や、あるいは杖を持っている者などがいる。
ここからでは彼らの後頭部しか見えないし、二列縦隊で動いているので、そこにエルフが含まれているかも分からなかった。
「……ただ、やはり隠密術が上手いな。気付かれない訳だ……」
下生えを掻き分ける音も最小限、そして足音も一切しなかった。
それについては、やはり魔術秘具を用いているからだろう。
時折、浮き沈みするような、不自然な歩行が見られた。
森の地面には小枝が落ちている事も多く、土が薄く積もって一見しただけでは分からないことも多い。
踏んで初めて、そこに小枝が埋まっていた、と気付くケースもあった。
だが、彼らにそうしたものは何もない。
緊張感すらなく、平原を歩いているも同然の自然体だった。
それはこの数日、森を歩いて自信を付けたからかもしれず……また、単純に慣れがそうした油断を生んでいるのかもしれないが……。
「魔獣が寄って来る気配もない……。ただの消臭や、気配断ちじゃないな……。もっと別の魔術を使っていると見るべきか」
それこそが、彼らの余裕を顕にする原因かもしれない。
後方への注意が散漫なのも頷ける。
自分達が意識を向けるより、魔術の方が先に感知してくれると、信頼しているからだろう。
だがそれ故に、今こうして背後から追っても気付かれなかったのだから、私にとっては悪いことばかりでもなかった。
「もう三日以上、敵地に浸透を続けているんだ。どこかで楽しなければ、早々に潰れてしまうのも間違いないしな……」
彼らにとって最大の怨敵と言える、魔女の棲み処への浸透だ。
奇襲は絶対条件で、しかも何処にあるのか分かっていない。
今はとにかく奥地を目指しているようだが、その
そして、必ず奥地にある、と決まったものでもなかった。
彼らにとっては完全に五里霧中で、何を頼りに動けば良いか、分からないも同然の筈だ。
「だが、そうか……。彼らは斥候なんだ。これまで使っていた冒険者も、斥候には違いなかったろうが……。悉く失敗したから、より役立つ連中を使い出した……」
そして、その有用性は証明されつつある。
何も最初のアタックで見付ける必要はない。地図を作るのも任務の内だろう。
「余り考えていても仕方ないか……」
私は息を潜め、気配を隠し、彼らの後を追って近付く。
木々の間を縫いながら進むから、自然、こちらの動きも蛇行になる。
そうして真後ろからではなく、斜め後ろとなるポジションに近付いた時、腰に差していた短剣をそろりと抜いた。
最後尾の一人、その首筋に狙いを定めた時、集団の中から不満そうな声音が上がる。
「しっかし……。本当に魔女が、ここにいるんですか? 暮らせないでしょ、こんな危険な所で……」
「居ないのなら、居ないと証明するのが我らの仕事だ。――何度、言わせる。索敵しているのも、我らが身を隠しているのもお前じゃない。黙って付いて来れば良いんだ」
軽薄な若い声と、厳格な中年の声が言い合いをしていた。
軍隊ではないのだろう。そうであれば、あんな無駄口は叩けない。
そして、索敵と我が身を隠す――という単語からして、やはり私の想像は大きく間違っていなかったと確信できた。
「それに……冒険者は全員、生きて帰って来たんでしょ? 魔女なら生かして帰さないんじゃないですかね」
「恐慌状態になるオマケ付きでな。実力的に申し分なかったとはいえ、世界は広い。S級でも相手に出来ない魔物や魔獣はいるものだ。確かに、そいつらに襲われただけなら……、全員が生還しているのも不可解な話だ」
「まぁ……、生きたまま喰われるってのがオチですかね。生還自体は良いとして、一人も犠牲者が出ない、ってのも……」
「あぁ、不自然だ」
――甘さが自分を追い詰める。
そんなことは分かっていた。
しかし、森が生者を拒絶する、という噂の流布が、ある種の説得力を持たせていたのも事実だ。
そして、それに甘えていたからこそ、彼らが考えるように、魔女の実在を証明する手掛かりになっている。
それを悔やむ思いはある。
だが、人を殺した手で、リルを抱き上げる気にはならなかった。
力を振るい、殴り付け、痛め付けることは何とも思わないが――。
殺してしまう事とは、やはり心情的に大きな隔たりがある。
「まったく……、森を歩くのもシンドイですよ。魔女が居るっていうなら、燃やしてしまえば良いのに。古来よりの作法なんでしょ? 魔女の火あぶりって……」
「それは創作……とも、言い切れないか。実際、火刑に処された者が魔女だった事もあるが、それはあくまで結果だ。犯人が魔女を名乗る者だったが、罪状は別で、当時の殺人は火刑に処されるのが相場だった」
「お詳しいですね、隊長。でも良いんですか、お喋りばかりしていて」
女性の声が割って入り、緊張めいた空気が僅かに弛緩した。
「あぁ、確かに……。俺もどうやら、ジエゴの奴に毒されていたらしい……。そういう訳だ、ジエゴ。口を閉じろ」
「分かりましたけど……。でも、燃やしても良いんじゃないですか? 街から離れてるし、被害なんて出ないでしょ。灰の中から、魔女の残骸を回収すれば良いんですよ」
「馬鹿を言うな。それでは魔女かどうかの確証は取れない」
「こんな所に棲んでるのが、普通の人間な訳ないじゃないですか」
それは私としても、まったく同感だ。
というより、普通の人間が暮らせる環境にない。
我が家の領域は広く開拓され、住むのに不便のない環境となっているが、そんなもの彼らに想像も出来ないだろう。
「大体、この森は燃えません。森……というか、木がですね、非常に燃えづらいんです」
「そうなの、ミッコラ?」
はい、と先程から会話に加わった女性が返事をして、説明を続けた。
「木材として燃えづらいだけじゃなく、火を感知すると花粉を撒き散らします。それが天然の消火剤となるみたいですね。だから火攻めは、全くの無意味です」
「そりゃあ、面倒臭いなぁ……」
「それに、魔女だって逃げるでしょう、普通に考えて。転移は魔女の得意技じゃないですか」
それは事実だが、手の内を読まれているのは、面白い事ではなかった。
「軍を出せないのだって、それが理由でしょう?」
「え、そうなの……?」
「お喋りは終わりと言った筈だ」
ジエゴの素っ頓狂な声は、隊長の厳格な声に寄って遮られた。
しかし、ミッコラは言い募る。
「説明しておいた方が良いですよ、隊長。いい機会ですし、後から何で何で、と煩いですから……」
「そうだな……」
顔は見えないが、声音から苦虫を噛み潰しているだろうと、ありありと分かった。
しばらく沈黙したものの、重い溜め息と共に説明が始まる。
「かつて、エルフが東大陸から追い出されたのは、魔女の暗躍があったのは知っての通りだ」
「そうですね」
「では、何をされたのかと言うと、『首刈り戦術』が用いられた」
「はぁ……、こりゃまた物騒な。首を集める趣味があったんで?」
隊長は何処までも能天気なジエゴに溜め息をつき、その感想を無視して続けた。
……まぁ、気持ちは分かる。
そんな感想しか出て来ないのか、と嘆きたい気持ちは……。
「軍を指揮するには、それに足る器と力量を持つ指揮官が必要だ。時の将軍、大将、部隊長……規模はどうあれ、魔女が狙うのはそうした相手だ。首を胴体から奪うのとは、その意味合いが違う」
「あぁ、そういう……。でも、そんな話、聞いたことがありませんが?」
「当たり前だろう。そんな恥を大体的に報せる筈がない。――いいか、魔女と敵対するというのはな、
「いや、だって……。対策ぐらいするでしょうよ? 狙われているのが分かってるんだから……」
これにも呆れを以て溜め息が溢れ、そして返答はそれだけだった。
会話が途切れて、ミッコラが話を継ぐ。
「抵抗出来なかったから、東大陸から追い出されたんじゃないですか。実際、当時の王族や領主一族は、真っ先に逃げたと言いますよ。だって、狙われるのが確定しているみたいなものですから」
「当時の兵は民は、全て奴隷だったとか……?」
「えぇ、美味しいポジションは全てエルフの物。富と権力は全てエルフが占めていました。なので、その時に死んだのは全て、エルフだけという事になりますね」
そして、それこそが魔女を恐慌し、病的に追い詰める理由だ。
エルフの絶対数は少ない。子孫が出来辛いからだ。
だから、ポジションを専有できたとも言え、そして統率できる者が居なくなり、組織は瓦解する事になった。
エルフは当時を未だに覚えているが故に、魔女がまたも牙を剥くことを恐れている。
この森が怪しいと思い、僅かな疑惑がある内は、こうしてしつこく部隊を次々と投入する理由も、まさにそれだった。