シン、とした空気が辺りを覆う。
今まで知らなかった魔女の一旦を知った事で、今更ながら恐ろしくなった様だ。
「ヤベェ奴じゃないですか……。単に強大な魔術士、ってだけじゃないんですか? エルフが束になって、それでようやく勝負になる相手、って習いましたよ?」
「それも間違いではない」
ジエゴの悲鳴にも似た発言に、隊長は同意する。
「だが、それだけではない、という話だ。私も勘違いしていたが……、どうやら無駄な殺生が嫌いらしいな。部隊を瓦解させる効率的な方法を採用した結果、首狩り戦術など用いたのだろう。だが、強大な魔力を持つのも事実だ。そんなのが奇襲して来て、止める方法がなかったんだろうな」
「ないんですか、本当に? そりゃ当時は奴隷兵ばかりで、協力的じゃなかったせいもあるかもしれませんが……。今なら魔術だって当時より進歩してるし、無理って事はないんじゃ……」
「勿論だ」
隊長の声は軽やかで、聞くだけで分かる自信に溢れていた。
「そうでなければ、たとえ偵察だけだとしても、私が来る筈もない。エルフ五百年の研鑽は決して裏切らず、魔女の胸を撃ち抜くだろう」
「銀の杭、ですね」
「魔女対策に作られた、魔女にだからこそ通用するものだ。そうでなければ、命令とはいえ到底、恐ろしくて来られんよ」
……なるほど。では、あの隊長こそが、エルフな訳か。
これはどうあっても、隊長だけは処さずにはいられなくなった。
だが、隊長がエルフと確定したからと言って、他にもいないとは限らない。
大層な自信を持つ、『魔女殺し』とやらを使えるのが隊長なのであって、他にもサポート要員にエルフがいても不思議ではないのだ。
最初の標的は決まった。
後は都度、臨機応変に対応するだけだ。
私はこのまま予定通り、ナイフの一刺しで一人削るかどうか迷った。
彼らは密集していて、背後の一人を殺せば、まず周囲の相手に気付かれる。
そして、前方を歩く者との距離も短く、仕留めると同時、全員に気付かれるのは避けられなかった。
――どうせ避けられないのならば、少しでも効率良く行く!
私は短剣に魔力を纏わせ投擲する。
それと同時に、隠れていた木を駆け上り、上方に位置取った。
短剣に貫かれ、悲鳴が上がる。
私が狙ったの首だ。防護すら貫く、魔力の刃。
斬られたと思うこともなく絶命した筈。
「敵襲、敵襲ッ! 備えろ! 敵の位置を割り出せッ!」
魔力を刃に纏わせれば、その斬れ味は単純なナイフの数倍は行く。
刃は一人貫くだけではなく、二人目も殺め、そして三人目の肩で止まった。
「何処だ!? 見つからない!」
ジエゴの叫ぶ声が聞こえた。
しかし、その時にはもう、私は枝の上を走り、部隊の直上までやって来ていた。
「隠蔽、隠密術は魔女の得意とするところ! 首刈り戦術を破れなかった、理由の一つがそれだ! 周囲に固まれ、背中を預けろ!」
「皆! 隊長を中心に円陣を組んで!」
隊長の怒号と共に、ミッコラの指示が飛ぶ。
それで目的の隊長が何処に居るのか、すぐに知れた。
誰もが似た色、似た形の装備をしているので、声だけを頼りに見付けるのは難しかったところだ。
候補は三人まで絞れていて、恐らくこれだろう、と当たりも付けていたが……。
――その、隣の奴だったか。
危うく別人を攻撃するところだった。
初撃が何より大事で、そして、その一撃で仕留めるのが最善だ。
索敵の魔術も既に展開されていて、勘付かれるのは時間の問題だった。
一瞬先に見つかるかもしれず、だから私は標的に向かって飛び降りた。
枝の上に乗ったまま、直上から魔術を放つのは悪手だ。
蒸し暑い森の中、枝や草場に引っ掛かる、邪魔になるばかりのマントを着ているのは何の為か。
魔術に対する防御機能を持たせていて、咄嗟に背を向けるだけで、それを防げると思っているからだ。
実際は、汎ゆる魔術を防御する事など、どんな魔術秘具にも存在しない。
しかし、威力が大きく減衰するのは間違いないし、それで一命を取り留めたら、必ずや治癒術士が回復させるだろう。
初撃の一撃で刈り取るには、直接攻撃でなければならない。
私は掌の中に魔力を収束させ、その魔力その物を変性させる。
即席の刃を作り上げた私は、隊長の頭目掛けて振り下ろした。
「――フンッ!」
「ぐぁっ!?」
隊長は直撃する一瞬前に頭を振り、攻撃を避けた。
しかし、首の付け根に突き刺さった刃は、そのまま袈裟斬りに脇の下まで一直線に斬り裂く。
血が吹き出し、周囲が混乱するより速く、両手を突き出して衝撃波を放った。
「ばっ――!」
馬鹿な、と誰が言おうとしたのだろう。
だが、その言葉諸共吹き飛ばされ、一人は草陰に落ち、一人は木の幹に直撃し……と陣形など無意味なものになっている。
血を吹き出しながら倒れる隊長を尻目に、私は次のターゲットに移った。
――こいつらには死んで貰う。
こうなっては、最早そうするしかない。
血塗れの手でリルを抱きしめたくなかったが、全員を逃がすのはリスクが大き過ぎた。
生かして帰すのは、一人か二人だけだ。
先程聞いた話によると、全員帰還する事こそ疑惑を生む、という話だった。
エルフが混じった斥候部隊というなら、容赦する意味もない。
ボーダナン大森林には、何人たりとも侵入出来ない、と知らしめる為にも、ここでは犠牲を出す必要があった。
「恨みはないが、事情を知りつつここまで来たんだ。その覚悟はあるのだろう。……我が安息の為に死ね」
吹き飛ばされ、まだ身体を起こせていない者、幹に身体を強かに打ち悶絶している者、そうした者を順に刈って行く。
隊長に対してそうした様に、マントには直接触れない形で、首かあるいは心臓を狙って貫いた。
遠くの者には閉じた二本の指を向け、その指先から魔力の礫を発射する。
発射は必ず二発。
一発は心臓かその付近、もう一発は頭部を意識して狙う。
高速で射出される礫は純粋な魔力の結晶なので、空気の抵抗を受けない。
狙い通りの場所を穿ち、起き上がることなく絶命した。
倒した数は、これで六人――。
残りの三人は近い場所にいて、もう一人はやや離れた場所にいた。
――やるなら、一人の方だ。
その間に三人は合流し、いよいよ戦闘態勢を整えるだろう。
しかし、数において不利にある私は、とにかく数を減らすのを優先したかった。
私は十歩の距離を一足飛びに近付くと、そのまま刃で喉元を貫き、心臓に向けて魔力礫を放つ。
「かっ……、ゴボッ!」
絶命するのに声さえ出せず、喉の穴から血を溢れさせて、その手は宙を掻いた。
私を掴もうとしてか、あるいは救いを求めてのものか。
もしくは胸を撃たれた、単なる反射であったかもしれない。
私は背を向けていた三人へ、改めて向き直る。
そこには右手に武器を構え、左手に魔力を乗せる、三人の姿があった。
睨み合いの形になり、一瞬の空白が満ちる。
辺りには血の臭気が漂い、下生えや木の幹にも返り血がこびり付いていた。
「嘘だろ……。あの一瞬で、精鋭七人が沈むのか……」
「あれは何……? 魔女の尖兵か、殺し屋か何か……?」
声音からして、ジエゴと呼ばれた男と、ミッコラという女性が残ったのだと分かった。
もう一人に関しては喋らないので分からないが、相当な実力者だとだけ分かる。
他の二人より冷静で、何より立ち直りが誰より早かった。
あるいは、先ほど離れた一人を狙わず、この男を狙っていたら、今後が楽になっていたかもしれない。
「しかし、尖兵に……、殺し屋か……。まぁ、何と呼ばれても構わないが……」
「喋った……」
応じるとは思わなかったのだろう。ミッコラが意外そうな声を出す。
一瞬で部隊を壊滅させられた事や、その容赦ない攻撃風景を見せられて、無常で冷徹、というイメージを持たれたのだろうか。
それに、姿格好だけ見ると、そう捉えられても仕方がない。
今の全身レザー装備は、どう控えめに見ても魔女らしい格好ではなかった。
「これ以上、続けるか? 血の匂いを嗅ぎ付けて、魔獣達も寄って来るだろう。上手く誤魔化していたみたいだが、流石にこの状況では見逃してくれないだろうよ」
「貴女こそ、どうなの……? ピンチなのは一緒じゃない? だったら、最期まで抵抗してみせるわ……!」
「舐めるんじゃねぇぞ。俺達ぁ、そんな薄い覚悟で、ここまで来てねぇんだ……!」
啖呵を切る二人に、そうだろうな、と内心で頷く。
魔女が居るかどうかの偵察、との事だったが、聞いた感じの口振りでは、最初から覚悟の出来た者達ばかりだった。
「――では、投降を促しても無意味か」
「投降……? 投降、ですって……?」
ミッコラの眉間に深い皺が刻まれ、表情も大きく歪んだ。
「馬鹿にされたものね……! それに、魔女の拷問を受けるくらいなら、戦って果てる方を選ぶわ! 誰に訊いても、そう答えるでしょうよ!」
大いなる誤解が、そこに横たわっていた。
そうして、解こうとして解ける誤解ではないだろう。
しかし、私がしたいのは虐殺ではなく、安全の確保だ。
その確保に一役買うというなら、彼らを生かして帰す価値は、十分にあった。
私はどう説得するか考えながら、今も強い敵意と殺気を飛ばす二人に、声を投げ掛けた。