混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女の戦い その1

 シン、とした空気が辺りを覆う。

 今まで知らなかった魔女の一旦を知った事で、今更ながら恐ろしくなった様だ。

 

「ヤベェ奴じゃないですか……。単に強大な魔術士、ってだけじゃないんですか? エルフが束になって、それでようやく勝負になる相手、って習いましたよ?」

 

「それも間違いではない」

 

 ジエゴの悲鳴にも似た発言に、隊長は同意する。

 

「だが、それだけではない、という話だ。私も勘違いしていたが……、どうやら無駄な殺生が嫌いらしいな。部隊を瓦解させる効率的な方法を採用した結果、首狩り戦術など用いたのだろう。だが、強大な魔力を持つのも事実だ。そんなのが奇襲して来て、止める方法がなかったんだろうな」

 

「ないんですか、本当に? そりゃ当時は奴隷兵ばかりで、協力的じゃなかったせいもあるかもしれませんが……。今なら魔術だって当時より進歩してるし、無理って事はないんじゃ……」

 

「勿論だ」

 

 隊長の声は軽やかで、聞くだけで分かる自信に溢れていた。

 

「そうでなければ、たとえ偵察だけだとしても、私が来る筈もない。エルフ五百年の研鑽は決して裏切らず、魔女の胸を撃ち抜くだろう」

 

「銀の杭、ですね」

 

「魔女対策に作られた、魔女にだからこそ通用するものだ。そうでなければ、命令とはいえ到底、恐ろしくて来られんよ」

 

 ……なるほど。では、あの隊長こそが、エルフな訳か。

 これはどうあっても、隊長だけは処さずにはいられなくなった。

 

 だが、隊長がエルフと確定したからと言って、他にもいないとは限らない。

 

 大層な自信を持つ、『魔女殺し』とやらを使えるのが隊長なのであって、他にもサポート要員にエルフがいても不思議ではないのだ。

 

 最初の標的は決まった。

 後は都度、臨機応変に対応するだけだ。

 

 私はこのまま予定通り、ナイフの一刺しで一人削るかどうか迷った。

 彼らは密集していて、背後の一人を殺せば、まず周囲の相手に気付かれる。

 

 そして、前方を歩く者との距離も短く、仕留めると同時、全員に気付かれるのは避けられなかった。

 

 ――どうせ避けられないのならば、少しでも効率良く行く!

 私は短剣に魔力を纏わせ投擲する。

 

 それと同時に、隠れていた木を駆け上り、上方に位置取った。

 短剣に貫かれ、悲鳴が上がる。

 

 私が狙ったの首だ。防護すら貫く、魔力の刃。

 斬られたと思うこともなく絶命した筈。

 

「敵襲、敵襲ッ! 備えろ! 敵の位置を割り出せッ!」

 

 魔力を刃に纏わせれば、その斬れ味は単純なナイフの数倍は行く。

 刃は一人貫くだけではなく、二人目も殺め、そして三人目の肩で止まった。

 

「何処だ!? 見つからない!」

 

 ジエゴの叫ぶ声が聞こえた。

 しかし、その時にはもう、私は枝の上を走り、部隊の直上までやって来ていた。

 

「隠蔽、隠密術は魔女の得意とするところ! 首刈り戦術を破れなかった、理由の一つがそれだ! 周囲に固まれ、背中を預けろ!」

 

「皆! 隊長を中心に円陣を組んで!」

 

 隊長の怒号と共に、ミッコラの指示が飛ぶ。

 それで目的の隊長が何処に居るのか、すぐに知れた。

 

 誰もが似た色、似た形の装備をしているので、声だけを頼りに見付けるのは難しかったところだ。

 

 候補は三人まで絞れていて、恐らくこれだろう、と当たりも付けていたが……。

 ――その、隣の奴だったか。

 

 危うく別人を攻撃するところだった。

 初撃が何より大事で、そして、その一撃で仕留めるのが最善だ。

 

 索敵の魔術も既に展開されていて、勘付かれるのは時間の問題だった。

 一瞬先に見つかるかもしれず、だから私は標的に向かって飛び降りた。

 

 枝の上に乗ったまま、直上から魔術を放つのは悪手だ。

 

 蒸し暑い森の中、枝や草場に引っ掛かる、邪魔になるばかりのマントを着ているのは何の為か。

 

 魔術に対する防御機能を持たせていて、咄嗟に背を向けるだけで、それを防げると思っているからだ。

 

 実際は、汎ゆる魔術を防御する事など、どんな魔術秘具にも存在しない。

 

 しかし、威力が大きく減衰するのは間違いないし、それで一命を取り留めたら、必ずや治癒術士が回復させるだろう。

 

 初撃の一撃で刈り取るには、直接攻撃でなければならない。

 私は掌の中に魔力を収束させ、その魔力その物を変性させる。

 

 即席の刃を作り上げた私は、隊長の頭目掛けて振り下ろした。

 

「――フンッ!」

 

「ぐぁっ!?」

 

 隊長は直撃する一瞬前に頭を振り、攻撃を避けた。

 

 しかし、首の付け根に突き刺さった刃は、そのまま袈裟斬りに脇の下まで一直線に斬り裂く。

 

 血が吹き出し、周囲が混乱するより速く、両手を突き出して衝撃波を放った。

 

「ばっ――!」

 

 馬鹿な、と誰が言おうとしたのだろう。

 

 だが、その言葉諸共吹き飛ばされ、一人は草陰に落ち、一人は木の幹に直撃し……と陣形など無意味なものになっている。

 

 血を吹き出しながら倒れる隊長を尻目に、私は次のターゲットに移った。

 

 ――こいつらには死んで貰う。

 こうなっては、最早そうするしかない。

 

 血塗れの手でリルを抱きしめたくなかったが、全員を逃がすのはリスクが大き過ぎた。

 

 生かして帰すのは、一人か二人だけだ。

 

 先程聞いた話によると、全員帰還する事こそ疑惑を生む、という話だった。

 エルフが混じった斥候部隊というなら、容赦する意味もない。

 

 ボーダナン大森林には、何人たりとも侵入出来ない、と知らしめる為にも、ここでは犠牲を出す必要があった。

 

「恨みはないが、事情を知りつつここまで来たんだ。その覚悟はあるのだろう。……我が安息の為に死ね」

 

 吹き飛ばされ、まだ身体を起こせていない者、幹に身体を強かに打ち悶絶している者、そうした者を順に刈って行く。

 

 隊長に対してそうした様に、マントには直接触れない形で、首かあるいは心臓を狙って貫いた。

 

 遠くの者には閉じた二本の指を向け、その指先から魔力の礫を発射する。

 発射は必ず二発。

 

 一発は心臓かその付近、もう一発は頭部を意識して狙う。

 高速で射出される礫は純粋な魔力の結晶なので、空気の抵抗を受けない。

 

 狙い通りの場所を穿ち、起き上がることなく絶命した。

 倒した数は、これで六人――。

 

 残りの三人は近い場所にいて、もう一人はやや離れた場所にいた。

 ――やるなら、一人の方だ。

 

 その間に三人は合流し、いよいよ戦闘態勢を整えるだろう。

 しかし、数において不利にある私は、とにかく数を減らすのを優先したかった。

 

 私は十歩の距離を一足飛びに近付くと、そのまま刃で喉元を貫き、心臓に向けて魔力礫を放つ。

 

「かっ……、ゴボッ!」

 

 絶命するのに声さえ出せず、喉の穴から血を溢れさせて、その手は宙を掻いた。

 

 私を掴もうとしてか、あるいは救いを求めてのものか。

 もしくは胸を撃たれた、単なる反射であったかもしれない。

 

 私は背を向けていた三人へ、改めて向き直る。

 そこには右手に武器を構え、左手に魔力を乗せる、三人の姿があった。

 

 睨み合いの形になり、一瞬の空白が満ちる。

 辺りには血の臭気が漂い、下生えや木の幹にも返り血がこびり付いていた。

 

「嘘だろ……。あの一瞬で、精鋭七人が沈むのか……」

 

「あれは何……? 魔女の尖兵か、殺し屋か何か……?」

 

 声音からして、ジエゴと呼ばれた男と、ミッコラという女性が残ったのだと分かった。

 

 もう一人に関しては喋らないので分からないが、相当な実力者だとだけ分かる。

 

 他の二人より冷静で、何より立ち直りが誰より早かった。

 

 あるいは、先ほど離れた一人を狙わず、この男を狙っていたら、今後が楽になっていたかもしれない。

 

「しかし、尖兵に……、殺し屋か……。まぁ、何と呼ばれても構わないが……」

 

「喋った……」

 

 応じるとは思わなかったのだろう。ミッコラが意外そうな声を出す。

 

 一瞬で部隊を壊滅させられた事や、その容赦ない攻撃風景を見せられて、無常で冷徹、というイメージを持たれたのだろうか。

 

 それに、姿格好だけ見ると、そう捉えられても仕方がない。

 今の全身レザー装備は、どう控えめに見ても魔女らしい格好ではなかった。

 

「これ以上、続けるか? 血の匂いを嗅ぎ付けて、魔獣達も寄って来るだろう。上手く誤魔化していたみたいだが、流石にこの状況では見逃してくれないだろうよ」

 

「貴女こそ、どうなの……? ピンチなのは一緒じゃない? だったら、最期まで抵抗してみせるわ……!」

 

「舐めるんじゃねぇぞ。俺達ぁ、そんな薄い覚悟で、ここまで来てねぇんだ……!」

 

 啖呵を切る二人に、そうだろうな、と内心で頷く。

 

 魔女が居るかどうかの偵察、との事だったが、聞いた感じの口振りでは、最初から覚悟の出来た者達ばかりだった。

 

「――では、投降を促しても無意味か」

 

「投降……? 投降、ですって……?」

 

 ミッコラの眉間に深い皺が刻まれ、表情も大きく歪んだ。

 

「馬鹿にされたものね……! それに、魔女の拷問を受けるくらいなら、戦って果てる方を選ぶわ! 誰に訊いても、そう答えるでしょうよ!」

 

 大いなる誤解が、そこに横たわっていた。

 そうして、解こうとして解ける誤解ではないだろう。

 

 しかし、私がしたいのは虐殺ではなく、安全の確保だ。

 その確保に一役買うというなら、彼らを生かして帰す価値は、十分にあった。

 

 私はどう説得するか考えながら、今も強い敵意と殺気を飛ばす二人に、声を投げ掛けた。

 

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