「“西側”で育った、お前達だ。魔女への忌避感は良く分かるが、拷問なんて言葉がでるとは……。それだけで、どう教えられてきたのか、察せるというものだな。……だがまぁ、お前達は無事に帰してやっても良い」
「馬鹿な……!」
「信じられるか!」
ミッコラとジエゴの二人から、唾を飛ばす勢いで反論される。
だが、そうした態度や発言は、最初から織り込み済みだ。
「何と言うべきか迷うが……。だって、報告を持ち帰る者が必要だろう? 一人より二人の方が、互いの意見を勘案されて信憑性も増す。伝書鳩の役目として、丁度良いと思うんだがな……」
「伝書鳩……。報告させたいの、この惨状を……」
ミッコラが周囲の死体を、視線だけで指しながら言う。
既に息のない者が溢れ、絶命している者の眼は、もはや何物も映していない。
その彼らの無念を、彼女の言葉の端々からトゲとして聞こえて来る。
「大変、良いご趣味をお持ちのようね」
「いいや、そうじゃない。何もなかった、魔女は間違いなくいなかった、そう報告して欲しい。こいつらは……、魔獣にやられた、とでも報告すれば良いさ」
「虚偽の報告だァ!? 俺達がビビッて、そんな提案、呑むと思うのかよ!?」
ジエゴの怒声は、虚勢だと分かっている。
それは硬すぎる身体の緊張や、無理に張っている気からも、それは察せることだ。
「……死にたくないだろう? まだこの状況を理解出来ないと言うなら、そこの一人も殺して見せようか。報告者は三人も必要なく、二人で十分だしな」
そう言って脅すと、ジエゴとミッコラの二人は、その一人を庇う様な位置取りを見せた。
そうして、おや、と思う。
そういう態度を取るという事は、二人にとって重要な人物、ということらしい。
しかし、既に隊長は亡く、敢えて守る立場の者は居ない筈だった。
であるならば、あれは副隊長などの士官なのだろうか。
……もしくは、回復役。
彼ら二人が攻撃を得意としているなら、そのサポート役は守らねばならない――と、そういう事かもしれない。
彼らがまだ私に、一矢報いるつもりでいるなら、十分に理解できる反応だ。
しかし、違和感は残る。
副隊長や回復役に対するもの、というより……。
もっと大きな、別の何かに思えた。
例えば、切り札という様な……。
――それもまた、あり得ない話ではない。
もっとも強い術士が隊長である必要はないし、所謂“魔女殺し”を持つのが、二人の後ろに隠された男の可能性はある。
歳の頃は三十後半、魔術士として力量が成熟して来る頃合いだ。
マントにはフードがあり、目深まで被っているので、その耳までは分からない。
だが、人間であろうとエルフであろうと、その男が切り札になり得る術士だ、と考えておいた方が良さそうだ。
「私だって、殺したい訳じゃないんだ。何より、虐殺なんて趣味じゃないしな。だから、提案しているんだ。このまま帰って、先ほど言った通りの報告をしろ」
「ここまで惨殺しておいて、よくも……!」
「いやいや、本心だよ。ここまでしないと、対話しようともしなかったろう? 迂闊に手を出すと危ない――と、そう思うから、こうしたお喋りにも付き合っているんじゃないのか?」
「くっ……!」
ミッコラの表情が、更に険しく歪む。
単に手出し出来ないから、様子見に徹していただけでなく、こちらの隙を窺って、蜂の一刺しを狙っていたのも事実だろう。
だが、その隙が見つからない限り、私との対話を切り上げたり出来ない筈だ。
彼我の実力差は、もう十分に理解しているだろう。
「仮に、だけれど……」
ミッコラの額から、汗が一筋流れる。
それを拭うこともせず、視線だけを強めて問うた。
「帰ると言って、背中から撃たない保証なんてあるかしら? 油断させておいて、楽に殺そうとしているだけなんじゃない?」
「大体、虚偽の報告を間違いなくしたって、どうやって確かめるってんだ? 無事に帰れたら、それこそ本当のこと話すに決まってんだろ……!」
「馬鹿……ッ!」
ミッコラの叱責がジエゴを嗜める。
それを言わなかれば、万が一があるとでも思ったのだろうか。
そんなもの、最初から期待している筈がない。
個人の良心に期待して頼むなど、有り得るはずがないのだ。
「何か勘違いしているな……。当然、洗脳した上で帰すに決まってるだろ。何で見ず知らずのお前達に、全幅の信頼をおいて帰すと思うんだ?」
「やはり……!」
「それじゃ、何を命令されてるか分かったもんじゃねぇ! 帰った後、無差別に暴れろと命令されてたら、取り返しがつかないだろうが!」
「おぉ、なるほど……。その手があったか。中々、えげつないこと考えるな。私には思いも付かなかったことだ」
「くぐ……っ!」
ジエゴが歯噛みして睨み付けてくる。
馬鹿にされている、と感じたからだろうが、感情が表に出過ぎるのは、この男の欠点だな、と思った。
その
普段は覆われている理性を、怒りでもって剥がさせるのだ。
狙い通りとはいえ、少し心配にもなる。
こんなことで、偵察役など務まるのだろうか。
だが反対に、これまで何の反応も示さない、二人の奥にいる男性の方が気に掛かった。
敢えて隙を見せ、敢えて挑発しているのに、余りにも反応が薄い。
会話は全て二人に任せているのは、年長者としてあり得ない気がした。
何しろ、“西側”はそうした年長制度で凝り固まっている。
エルフこそが長命で、エルフこそが上に立つことから、そうした制度の方が都合良いからだ。
だからこの場でも、会話の主導権は後ろの中年が取るのが普通なのだ。
戦力的な部分で期待されているだけにしても、嫌にそれが気に掛かった。
「ま、いずれにしろ……。投降すると言うなら、命の保障はしよう。慰めになるか分からないが、変な命令はしないと約束する。単に魔女はいなかった、何処か別の拠点に移ったのだろう、と報告させるだけだ」
「信じられるか……ッ!」
「ここまで仲間を、ゴミクズの様に殺しておいて!」
まぁ、そういう反応になるか……。
だが、こちらにも事情があった。
明らかな敵意を持つ相手と対話をするには、実力で黙らせるしかなかったし、その為にあの数は邪魔だった。
何より、余裕を見せて多人数を見逃すほど、私は迂闊ではないのだ。
だが、結局のところ、交渉は最初から不可能だった、ということだろう。
「――では、交渉決裂か。最後に訊くが、それで良いんだな? 言っておくが、抵抗したところで、洗脳して送り返すのは決定事項だ。戦闘不能にして無理やり術を施されることになる」
「フン……! あれこれ言うけど、それって本当に魔女の真意な訳? 交渉の全権を、貴女に任されてるってこと? 本当に魔女は約束を守るの?」
「ふむ……?」
あぁ、そうか……。
こうして対話した後でも、私を未だに魔女とは思っていなかったのか。
実力と会話の内容から、私を魔女と認識を改めたと思っていたが、そうではなく未だに尖兵だと思われている訳だ。
魔女の姿やその意志を確認せずして、安易に話には乗れない、という態度は非常に頷ける。
しかし、勘違いされているというなら、それを活かさない訳にはいかなかった。
彼らとしても、少しでも情報を引き出すつもりでの、先程の質問だろう。
ならば、万が一に備え、欺瞞情報を与えるくらいが丁度良い。
「あぁ……、その点については問題ない。魔女は約束を守るだろう。気位の高い者ほど、約束を簡単に反故にはしないものだ」
「それが本当なら良いけれど……。それで、貴女は何者?」
「先程、自分で言ったじゃないか。魔女の尖兵さ。本当なら、
それはある意味で、正鵠を射ていた。
ほんの悪戯心で出したヒントだが、どうせ彼らには分かるまい。
「いずれにしろ……、ここまで浸透して来たんだ。そのまま帰すことだけはあり得ない。――決めろ。受け入れるか、それとも……抗うか」
「そりゃあ……、選ぶまでもねぇって話だろうよッ!」
ジエゴが激し、手に持った剣を担ぐようにして構えた。
左手には収束した魔力が燐光となって灯り、炎へと変換される。
そして同様に、ミッコラも同じ構えで剣と魔術を構えた。
ただし、ジエゴと違うところは、炎ではなく氷という点だ。
同門の戦士――あるいは、彼らの部隊は皆一様に、そうした訓練を受けた者なのかもしれない。
二人はまるで鏡合わせで、炎と氷を纏って飛び掛かって来る。
私は気持ちを瞬時に戦闘へと切り替え、そこから一歩後ろに跳躍した。
そうして、左手の指を二本立て、ジエゴに向かって魔力の礫を放った。