「――おっと! 当たるかよッ!」
私の放った礫は、身軽な体捌きで躱された。
「何度も見せられた攻撃だ! 速いのは確かだが……」
得意気に息巻くジエゴだが、私の狙いは最初から別だった。
先程から一言も話さない中年の魔術士――。
その男に向かって放った礫だった。
しかし、相手もこれは予想していたらしい。
礫を躱し、続く第二射、第三射も躱される。
「――あっ、くそ!? 卑怯な真似しやがって!」
今さら気付いたジエゴが憤り、更に突進の勢いを強めた。
乗せられ易い奴だな、と思いながら、更に一歩退く。
「逃げんじゃねぇッ!」
「一人で突出しないで! 私もいるのよ! 少し冷静になりなさい! 挟み打つの!」
ミッコラは最初から冷静な女性だった。
こういう時でもやはり、その性格が出ている。
ミッコラが地を蹴り、下生えを吹き散らしながら突進して来た。
左右前方から剣が突き出されたが、それでと私は礫を連続で五発撃った。
目眩まし目的だったが、ジエゴには通じず、三つは躱され、二つは弾かれる。
私は右手に持った刃をミッコラに向けると、振り下ろして来た剣を弾いた。
「おっと……!」
刃と刃が触れ合った瞬間、固い金属音と共に氷霜が散った。
ミッコラが纏う氷のオーラは、刃を侵食して私の手を凍らそうとしている。
「やはり、そういう魔術だったか」
攻撃としてぶつけるのではなく、自らを護るヴェールとして展開する魔術だ。
同属性の魔術は無効化されるし、こうして近付けば、その属性での攻撃としても使える。
ジエゴと属性が違うのは、得意属性の違いからか。
それとも、同じ属性にして同時に落とされるのを防ぐためか。
「今よ、ジエゴッ!」
「燃え尽きやがれッ!」
大きく振り被った都同時に、ジエゴの剣は力任せに振り下ろされる。
その身に纏う炎の予熱は凄まじく、剣の刃を炎がとぐろに巻き、その一撃を強化していた。
「なるほど」
しかし、私はそれを掌で受け止める。
只の無造作に、ではない。
当然、掌には魔力を集中させたままで、それを使って受け止めたのだ。
まだ何ものにも変換していない魔力、というのは脆い。
マナとして取り込み、魔力として変換し、別の力を術式として放つことで、魔力は初めて意味を持つ。
だから、それだけで受け止めるというのは、破格の魔力を持つことを意味する。
「――何だ、これッ!?」
炎も氷も、私の肌に傷を付けることは出来ない。
刃を伝って広がった氷霜も、肌に触れた所から広がる様子はなかった。
完全な魔力負けによって起こる現象である。
私にとっては意外でも何でもないが、二人にとっては常識を疑う光景に見えたらしい。
「こんな、馬鹿げた……!」
ミッコラが呻いたその時、奥から雷光を纏って何かが突進して来た。
二人に対して両手を割いていた私は、その接近に気付くのが一瞬遅れる。
「む……!」
直後、金属同士がぶつかる硬質な音が響き、光が弾けた。
帯電するパチパチ、という音と共に光が晴れた先からは、奥で潜んでいた中年が姿を見せる。
敵の攻撃は、腹部付近で展開された結界によって、しっかりと受け止められていた。
「お前まで攻撃型か。意表を突かれたな……」
「今のでも駄目なのかよ、おい……!」
ジエゴから嘆きにも似た声が漏れる。
回復役と考えたのは、私の勇み足だ。
敢えて二人が護る相手だから、そういう手合だと勘違いしてしまった。
しかし、ならばやはり、疑問が残る。
――何をもって、こいつは護る対象なんだ?
私は腕を一振りして、魔力の暴威で全員を吹き飛ばす。
距離を詰める前の状態に戻り、三人が纏った魔術効果も消えた。
「炎と氷と雷か……。何ともバリエーション豊かで楽しそうなことだ。だが、やっていることが同じなのは、少々いただけないな」
「嘘だろ……、あれで尖兵なのか? これで魔女と戦ったら、一体どうなっちまうんだよ……?」
その魔女当人と、戦っているとは夢にも思っていないジエゴが、悔やむ様な息を吐く。
しかし、この時になっても中年の男は未だに黙ったままだった。
フードの下から突き刺す様な視線だけ向けて、またも身体に雷光を纏う。
それが再戦の合図だった。
ジエゴとミッコラも、再び己の魔術を纏う。
「さて、お手並み拝見だな」
西側の魔術は進歩した――。
既に没した隊長が遺した言葉だ。
それ自体は嘘ではない、と私にも分かる。
彼らなりの研鑽、彼らなりの進歩、彼らなりの昇華の跡が、その魔術からも窺える。
特に、殆どのロスなく、その意志の発露と同時に発動する魔術速度は、目を見張るものがあった。
しかし、見所といったらそれぐらいだ。
素早く展開、放出可能なのは強みだが、発動する時間までのロスがないだけでは、私には勝てない。
「――ジエゴ、やるわよ」
「応ッ!」
ミッコラとジエゴの掛け声で、二人の手が合わせられる。
互いの炎と氷がぶつかり合い、猛烈な蒸気が発生した。
「――面白いことをする」
辺りは一瞬にして霧に覆われ、視界が利かなくなった。
これに見通す魔術を用意するのは可能だが――。
その間に、向こうは次の一手を用意するだろう。
私はそれより、防御に専念すると決めた。
私は結界を前方に生み出し、盾とすることで攻撃に備える。
それと同時に、ジエゴの声が霧の奥から聞こえた。
「フレイム・ブースト、乗せます!」
はて、どういうものが来るのか。
名前の響きから察せるものはあるが、それはそれとして、少しの期待を胸に次の攻撃を待つ。
すると、ジエゴの炎を纏い――雷と炎が混ざり合う、紅雷の刃が霧を突き破ってやって来た。
「ほぅ!」
あの中年が刃を突き出す形で、双方の魔力を乗せて突貫していた。
コンマ一秒にも満たない、雷速の突きだ。
二つの魔力が混じり合い、それが威力となって結界にブチ当たり、激しい閃光を撒き散らした。
貫こうとする力と、防ごうとする力がせめぎ合う。
この時ばかりは、表情を隠していた男も必死の形相だ。
「ぐ、ぐ、ぐぐ……ッ!」
目を血走らせ、口の端からも血を流している。
相当無理をした攻撃なのだと分かるし、身体の負担も相当なものだろう。
異なる魔力を一つの身体に入れるのは、その器が耐えられないと無理だ。
そして、
ジエゴとミッコラが護ろうとしたのは、これがあったからか。
恐らくは彼らにとって必殺の刃で、発動すれば倒せる自信があったから、それを実行出来る彼だけは護らなければならなかったのだ。
「――だが、な」
私の結界を敗れる程ではない。
狙いは良かった。目眩ましも良い。
しかし、必殺の刃は、私にとっては取るに足りないものでしかなかった。
せめぎ合う力は、そのうち男から力が抜けていくことで決着となる。
紅雷が消え、喘鳴と滝の様な汗を流すだけになった男を、私は腕の一振りで吹き飛ばした。
「ぜぇーっ、ぜぇ……っ!」
そしてまた、最初の位置に戻る。
再び相対する形になり、私は両手を肩の高さまで上げて問うた。
「それで……? まだ、続けるか?」
「何だよ、アレ……。結界の壁が厚すぎんだろ……。今のでも通じねぇなんて……」
ジエゴの口から戦慄の声が漏れる。
それまであった自信や戦意は、中年の満身創痍を見せられ、すっかり鎮火していた。
よほど自信のある一撃だったのだろう。
そして、その自信を持つに相応しい攻撃でもあった。
「“西”の魔術進歩、確かに見せて貰った。……なるほど、言う程のことはある様だ」
「なのに、アレかよ……」
「魔女の尖兵ですら、これ程の実力……。魔女の教えを受けた者は、漏れなく敵という話も頷けます。これは世に混沌をもたらすのに十分なら力……!」
「まるで自分達は世を乱さない、とでも言いたげなセリフだな。東大陸に魔女の脅威なし、と判断すれば、エルフは間違いなく侵攻を開始するだろうに。そして現地人は、またエルフの奴隷に逆戻りか?」
「エルフは我らを正しく導く指導者です。長い生と、それによって蓄えられた知識により、正しい
「――それに、奴隷なんて西側にはいねぇよ。一体、いつの話をしてるんだ」
ミッコラとジエゴの双方から、刺すような敵意と共に反論を受ける。
しかし、私の知るエルフと、彼らの語るエルフには、大きな隔たりがあった。
奴隷についても同じことだ。
彼らは人間で、亜人ではない。それが一つの理由になる。
「今のお前達は、確かに恵まれた生活と環境にあるんだろうな。だがそれは、エルフが逃げる際、亜人を捨てて行ったからだ。もし、引き連れて行く余裕があったなら、きっと今も奴隷階級が存在していただろう」
そして、エルフが支配階級におり、人間が同じ地位になれないのも、形の違う奴隷制と言える。
冒険者の様な危険が付き纏う職に、エルフは付きたがらない。
だが当然、例外もある。
それが今回の様な、魔女討伐に関する時だ。
人間では勝てないと知っているから、最終的にはエルフの力が必要となる。
今回は偵察との話だし、エルフの可能性が、一番高かった隊長はもう倒した。
私は冷たい視線を三者に向け、次なる攻撃に備えた。