「そんな仮定の話を、持ち出されたって……!」
彼女の立場からすると、そういう発言になるのは無理もなかった。
もしも、の仮定に意味はない。
現実に奴隷制が西側でないのは確かなのだ。
ものの見方によって、人間もまた奴隷の一部に見えると言うのも、私がエルフを敵視しているからそう見える、とも言えた。
そこへ、ジエゴから鋭い声が発せられる。
「いつまでも、お喋りしてんな! 戦うぞ!」
「失礼ね。会話を引き伸ばして、回復を計っていたんでしょう?」
それが狙いだと、私には最初から分かっていた。
相手の反応が見たかったのも本音だが、マナを回復させたところで、支障はないと判断した。
喘鳴を続けていた中年も、今では呼吸が正常に戻っている。
負担のある魔術の使い方だったから、疲労まですぐ抜けた訳ではないだろうが、次なる攻撃をするのに支障は軽微だろう。
ボーダナンの森はマナが濃く、だから回復するのに手間取らない。
通常なら一の呼吸で一の回復であるものが、ここでは十の回復になる。
慣れていなければ多すぎるマナに溺れて回復どころではないのだが、“西”の熟練者なら、濃いマナの戦況下にも経験があるだろう。
これまでの魔術使用も淀みなく、実に繊細な制御だった。
他の地域と変わらぬ扱いが出来ること――それがつまり、こういう場所で訓練を受けた証左とも言えた。
「――ミッコラ!」
ジエゴの掛け声と共に、三人は散開する。
その身体に炎を纏い、剣の先まで炎に包まれた。
それは他の二者も同様で、それぞれ氷と雷を纏って、武器に魔力を集中させている。
先程までと変わらぬ、二番煎じ――。
同じ攻撃をしても意味がない、と分かっているだろう。
では必ず、何か別のタネがある筈だ。
考えられるのは――。
「同じ攻撃だと混同させること、だな」
私の展開する結界は、前方一方向に向けてのものだ。
左右から迂回して迫る攻撃には対応できない。
――そう、思っていることだろう。
炎の剣を振るえば、その先から炎が渦となって飛び出す。
その逆からは、ミッコラも同様に剣を突き出し、氷の渦が周囲を凍らせ迫っていた。
そして、正面に残った中年と言えば……。
雷の速度を武器にして、落雷を逆再生する様な軌道で飛び上がると、空中から雷刃を放った。
彼の予測としては、雷速に目が追い付かず、目の前で消えた様に感じる――と言ったところか。
左右の攻撃は防げても、見失った上空からの攻撃は躱せない――。
そう、踏んでのことだろうが……。
私は、結界を雷刃に向けて無効化し、炎と氷の魔術攻撃を、左右に掌を向けて受け止めた。
雷刃は弾かれて消え、炎と氷は手の中で留まり続ける。
彼らのマナを自分のマナで上書きし、魔術を私の支配下に置くと、掌を返す動きで炎と氷を撃ち出した。
「――何ッ!?」
更に、威力と速度を倍にするというオマケ付きだ。
二人は躱せず直撃したが、そもそも彼らは自分の属性を纏っている。
どうせ、大したダメージにはならない。
それは当然理解しているが、爆風と氷嵐が巻き上がり、彼らの足止めになった。
その間に、雷を纏った中年が落下して来て、結界を避けつつ肉薄する。
「そう来ると思っていた」
地面に顔を付ける程の低空姿勢で、相手は剣を下から上へ逆袈裟で斬る。
私は右手に刃を生み出すと、敵の刃を受け止めた。
「――くっ!」
確かに雷速は武器だ。
しかし、私が見るのはマナの動きで、それはマナが濃い程に顕著となる。
濃ければ濃いほど、その動きを敏感に捉え、見えずして視ることが可能となるのだ。
それは例えると、水の中の動きと似ている。
腕を動かせば周囲の水が動くし、水を動かさずに行動するのは不可能だ。
マナの理解度と、マナへの干渉が得意だからこそ、出来る芸当だった。
雷を纏った刃は帯電していて、接触と同時に電流も流れて来た。
雷を武器とするのは、その利点が非常に大きい。
本来なら、刃を打ち付けた時点で、相手の勝ちだったろう。
――それが、私でなければ。
「いいや、それも通じない。格下の魔力が、格上に通じる道理がないからだ」
電流は刃を通して私の肌を焼こうとしていたが、伝った電流は接触と同時に弾かれている。
本来は一瞬で身体中を駆け巡る電流だろうに、掌より先へ進めず、ただバチバチと電気が弾けるのみだ。
「まだ……、終わりじゃねぇッ!」
そう言って叫んだのは、左側で炎を受け止めたジエゴだった。
受けた炎を弾き飛ばすと、再び炎の渦を生み出して放つ。
しかし、目標地点は私ではない。
それよりも少し頭上、手を伸ばしても届かない中空の位置だ。
「おや……」
私は目の前の男を蹴り付け、強かに吹き飛ばす。
そうかと思えば右側から、やはり氷嵐を弾いたミッコラが、強大な氷の槍を生み出していた。
それが同じく頭上に放たれると、二つの魔力がぶつかり合い、炎と氷の温度差から生まれる大爆発を生み出す。
私は頭上に結界を動かしたが、そこへ雷刃が放たれた。
狙いは結界を動かして隙だらけの正面――ではなく、今まさに爆発を起こした、その中心へだった。
意気揚々とした、誇りさえ感じさせるミッコラの声が響く。
「これこそ我らが切り札! 三属性複合が為し得る最大威力! “トリニティ・ジャッジメント”!!」
三つの魔力が合わさり、只でさえ暴力的な爆発が、更に強化される。
これでは一方向を防いだところで意味はない。
爆光が周囲を満たし、白一色に染まる。
音さえ消え、巨大な白い柱が天に昇った。
光は長い時間を掛けてゆっくりと薄れ、そうして静寂が訪れる。
後には周囲の草木が一層され、剥き出しの大地と巨大なクレーターが残された。
彼ら三人は、その草木の下敷きとなっており、息を切らしながら立ち上がろうとしている。
「ヒデェ目に遭った……が、あれを喰らえば……」
「――あぁ、確かに凄い威力だったな」
腕を組んだ姿勢で、彼らを睥睨しつつ言い放つ。
その声で、倒木を押し退けようとしていた、ジエゴの動きが止まった。
そうして、一切の手傷を負っていない、私の姿を見て顔を歪める。
「無傷……、だと……?」
「嘘でしょ……、あり得ない……。エルフが生み出した中でも、最大級の威力を持つ魔術よ……」
ミッコラまでもが、青ざめた顔で絶望の声を漏らした。
しかし、その中にあって、それでも感情を隠そうと努力しているあの中年は、いっそ見事だった。
「一体、どうやって……」
「それを教えてやる程、親切な奴に見えるのか? 勝手に想像して納得しろ」
実際のところは、酷く単純だ。
前方に展開していた結界を、自分の周囲まで拡大しただけだった。
前方にしか展開できないと、これまでの戦闘で見せていたし、その様にわざと運用してもいた。
魔術士同士の戦いは、持てる手札の数と騙し合いに寄る。
高度な魔術士ほど、魔術の運用には応用を利かせ、またブラフと用いるものだった。
それを知らないと言うなら、なるほど彼らは実に上品な戦い方しか教わらなかったと見える。
「それで……、どうする? 最大級の威力と言うのが本当なら、もう手札はない筈だな。続行の意味があるのか疑問だ」
それこそがブラフ、というのでもなければ、彼らに次の手は残っていないだろう。
様々な連携、そしてそこから生まれる複合魔術。
それらは言うだけあって、大したものだった。
才ある者が、一点特化に一つの魔術を習得、昇華させるのは実に正しい。
一人で複数の魔術を操る方法は当然あるが、属性の数だけ鍛練時間を割かねばならないからだ。
一つに特化させた方が強いのは、単純に研鑽時間に差が生まれることを意味し、それならば複数人での連携を前提とした運用は、理に適っているのだ。
そして、エルフの多くが複数の魔術を運用可能な理由こそ、その“時間”にある。
人間が一つの魔術を極めるのに、五十年掛かると、一般的には言う。
十歳の頃から始めたら、極めたと思えても体力的な衰えが邪魔をする。
結果として十全に振るえるのは、最初の十分だけだろう。
対して、エルフの寿命は千年前後で、五十年という歳月は足かせにならない。
人間換算にすると五年程だ。
その長命種と短命種という、覆せない理が、魔術の研鑽に圧倒的な差異を生んでいる。
種族差という圧倒的な壁と優劣があり、だからエルフは自らが世界を覇するに相応しいと思っているのだった。