ジエゴたち三人の表情は固い。
表情ばかりでなく、その身体まで固く硬直していた。
しかし、固いのは何もそれらだけではなく、意志までが固かった。
降参を促しているというのに、それを口にする気配はない。
――何かを狙っているのか?
そうかもしれない。
既に勝敗は着いた筈だ。あれと同じ魔術は、もう使えまい。
濃いマナが回復してくれると言っても、流石に限度がある。
同じく長話で時間を稼ぐ手も、私が許さないのでもう無理だ。
抵抗する力も殆ど尽きている今、誰か一人を昏倒させるなど訳ないことだった。
三人で勝てなかったものが、二人になって勝てる筈もない。
最早、状況は完全に私有利と言って良い。
――なのに。
彼らの目は、まだ死んでいなかった。
意地がそうさせるのだとは思えない。
あるのだ、彼らにそうさせる理由が。
起死回生の一手が、彼らの中にはある。
――では、誰だ。
またも三位一体の攻撃を、とは思わない。
あれは正に、正真正銘の切り札だった。
最大級の攻撃を、普通は敢えて二つ用意する意味などない。
必殺の攻撃は一つで良い。
戦場を跨いで同じ相手と戦うことなど、そうはないから、必ず仕留める攻撃を持っているならば、それを磨き上げる方が効率的だからだ。
――狙いは、中年の魔術士。
あれからは、常にこちらを窺う視線がある。
最初からそうだったから、今でも同じ視線だが、だからこそ最初からある種の狙いがあったのかも、と思えて来た。
「投降する気はないのか? ないのなら、こちらで勝手に刈り取っていく事になるが……」
やはり、これに対する返答はない。
三者が目配せしつつ、こちらの様子を窺っている。
だが何をするにしろ、すぐに仕掛けてくるつもりはない様だ。
私はそれを察すると、敢えて周囲へと視線を流した。
「それにしても、酷いことをしたものだ……」
周囲の半径一キロ圏内全てが、爆発によって吹き飛んでいる。
全ての木々は薙ぎ払われ、無事な物は何一つない。
直立を保つ木はなく、辛うじて残っている物も、爆風に煽られ斜めに傾いていた。
そうした木であっても、無事なのは幹だけで、青々と繁っていた葉は消えて無くなっている。
剥き出しになった土を爪先で蹴り、ふわりと舞った砂が横に流れた。
「この部分が森に戻るまで、一体どれ程の年月が必要なんだろうな……。自然に敬意を払うって発想はないのか、え?」
そう言って目を向けたが、反応する者は一人として居ない。
敢えて答えないというより、応えて不興を買いたくない、というのが本音だろう。
「さっきまでの威勢はどうした。尖兵相手にこの体たらくだ、言葉も出ないのは分からないでもないが……」
三人を睥睨するよう見渡して、大きく溜め息をつく。
「お前らのお遊びに、いつまでも付き合っていられないんだ。抵抗する気もない、と言うならそのままでいろ。洗脳した上で森から帰してやる。そうすればこの森は、また静寂を取り戻すだろうさ」
水薬や材料を売って、十分な収入も得られた。
だから、これ以上街の冒険者を呼び込む必要もないのだが、何だかなんだと産業として組み込まれつつあった。
森の入口近辺という制限付きなら、これまで同様解放してやっても良いかもしれない。
「魔女は静寂を好む。……知っているだろう? お前達がこのまま、何も居なかったと報告するだけで双方丸く収まるんだ。――何より、死なずに済むしな」
その一言は、ジエゴとミッコラの二人に大きく響いた様だった。
ぴくり、と肩が跳ね上がるのを、私は見逃さなかった。
二人はまだ若く、二十代の前半に見える。
優秀な魔術士として多くを学び、多大な期待に応えてきたことだろう。
死ぬ気で来た、というのも嘘ではないだろが、まだ若い美空で死にたいとも思っていない筈だ。
――そこに突き入る隙がある。
この二人はフードが取れていて、明らかに人間と分かる容姿だ。
死ぬよりはマシだと、こちらの声に応じる可能性は高かった。
「これ以上、お前らの命を慮ってやることはないぞ。抵抗するならば、殺す。そのつもりでいろ」
私が一歩踏み出した時、ジエゴから裂帛の気合と共に鋭い声が放たれた。
「――やるぞ、ミッコラ! 気張れやッ!」
ジエゴの身体が炎塔に包まれ、ミッコラもまた氷嵐を纏う。
一拍遅れて雷光が天を衝き、湧き上がる魔力が他二人と結ばれた。
「“インヴェルノ・レゾナンス!”」
三属性が重なり、剣の形を成す。それは三人の魔力を束ねた一撃だった。
それは万物を切り裂く鋭刃となり、私の胸元を穿った。
「ッ……この、力は……っ!」
私は思わず後退り、初めて怯えの表情を見せる。
「本当に、複合魔術はアレ一つと思ったか? 奥の手は、一つだけとは限らねぇ……ッ!」
「私たちの剣を、“未来”を思う我らの剣を、その身で受けるといいッ!」
「こ、こんな……こんな……!」
光の刃は如何なる属性にも寄らない、三属性の複合から生まれる純粋な魔力剣だった。
それぞれが反発し合う属性を、高い練度で一つにした刃は、万物を貫く攻撃と言って過言ではない。
三人の魔力を全く同一に同調する必要があるので、発動すること自体が奇跡の様なものだ。
しかし、雷の魔術士が、他二人に回した魔力……。
あれが同調させる補助となっていたのは、間違いないだろう。
「オラァ! 貫きやがれ! ここで、くだばれェェアア!」
「これで終わって! お願い……ッ!」
二人が手を伸ばし、少しでも深く刺し貫こうと、遮二無二魔力を送る。
無言を貫く雷の中年魔術士も、歯を剥き出しにして必死の形相だった。
魔力を一つ送る度、気力を一つ捻り出す度、私に食い込む刃が沈む。
刃渡り十五センチ程の刃が、そうして深々と貫いた時――。
「くっ……、くぐ……! これ程、とは……!」
がくり、と私は膝をつく。
そうして前のめりに倒れた時、刃から眩い光が発せられ、光の柱が天空へと聳えた。
「や、やった……!」
「遂に……、ですか……! は、はは……!」
思わず、二人の顔から笑みが漏れ、引き攣った笑みが溢れた。
「ざまぁみろってんだ! 調子こいてっから、足元掬われるんだ! なぁ!?」
「それは良いですが、即座に撤退しませんと……。この戦いが、魔女に伝わっていないとは思えません。尖兵が倒れたことも、早晩気付くでしょう。流石にここから、魔女との連戦は無理です」
「……だな。少しでもここから離れねぇと……。今度こそ魔力まですっからかんだ。回復するまでに魔女……いや、魔獣の一匹でも出て来たら、俺達はおしまいだぞ」
「――ところがまだ、私はここに生きている」
ジエゴの背後に姿を表した私は、その首筋に手を当て、魔力を流して昏倒させた。
殺してはいない。
彼には伝書鳩になって貰う必要があるからだ。
殺すと言ったのも脅しだけ、最初からこうするつもりだった。
一人だけ生かして帰すより、複数人での証言の方が、説得力が増すだろう。
「な、何故……!?」
ミッコラは顔面蒼白でこちらを見る。
もう何一つ力が残っていないのは本当のことだろう。
今度こそ打つ手無しで、抵抗することすら出来ない。
それを理解しているし、自らも魔女の尖兵にさせられる恐怖に、顔が歪んでいる。
「だから、教えないって……。それにしても、アレだな。意味がありそうでなさそうな技名を叫ぶのが、西側では流行ってるのか? あまり真似したくないな」
私が一切ダメージを受けていない真相は簡単だ。
最初の爆発の煙が晴れた時、幻術でダミーを残して、本体の私は移動しただけだ。
彼らはそれが本物だと信じて会話し、機を窺い、必殺の二の矢を撃った訳だが、私は最初からジエゴのすぐ傍に居た。
当然、魔術で隠蔽しているので姿は見えず、気配も見えていなかったろうが、何かの超魔術で都合良く攻撃を無力化した訳ではなかった。
苦労した点といえば、ダミーにそれらしい動きをさせることか。
特にあの刃がスッポ抜けてはいけないので、拮抗して見せるのには苦労させられた。
「さて……、次はどちらからだ?」
私は手刀を構え、分かり易く威圧しながら、再び一歩を踏み出した。