私が動くと、残った二人は目配せして臨戦態勢を取った。
とはいえ、精も根も尽き果てた今、抵抗できる何かもない筈だ。
私は悠々と足を進め、ミッコラの方へと近付いて行く。
もしも奥の手――本当に最後の奥の手を使うのなら、この今しかない。
私は外から見えるよりも強い警戒心をもって、ミッコラをひたりと見つめた。
当然、その間も雷の魔術士にも注意を払っている。
三人の位置関係としては、時計の針に例えると、雷の魔術士が十二時で、ミッコラが三時と言ったところだ。
私は九時の位置から歩き始め、丁度時計の針の中心点まで至った辺りで、威厳のある声が唐突に響き渡った。
「――使えッ!」
双方から、何かを投げ付けられる。
宝石の様な煌めきを反射する、拳より一回り小さい何か――。
それが私に届くより前、地面へと落下し、接触と同時に眩い光が溢れた。
突然の目を刺す閃光に、私も思わず瞼を閉じる。
「逃げる気か……」
そんな子供騙しで、と憤りに近い呆れが胸中を支配した。
しかし、彼らに出来る事と言えば、最早それぐらいしか残っていないのかもしれない。
そして実際、今現在、私が一番困るのは、彼らに逃げ切られる事だ。
それから十秒に満たない時間が過ぎ――。
閃光が薄れ、目を開けた時には、二人の姿はどこにもなかった。
「勝てないのなら、後はもう……逃げ切るしか手段は残されていない。仲間を見捨ててでも……、そういう事になるか」
私は気配を探って顔を巡らす。
しかし、斥候や偵察が主な彼らだ、簡単には掴ませてくれない。
やはり、そうした魔術秘具を持っている、と考えていた方が良さそうだった。
ここに来るまで、魔獣を刺激することなく浸透して来た奴らだ。
逃げ切る方が望みはある、と考えるのは、自然な考えと言っても良い。
「逃げられると困るな……。これではジエゴを洗脳して送り返しても意味がない」
裏切り者――洗脳された仲間と分かっていては、欺瞞情報の価値もないだろう。
そして、どちらの言葉を信用するかなど、火を見るより明らかだ。
何より私の洗脳術とて、絶対に見抜けない完璧なものではない。
私の予定では三人が生き残り、その三人が揃って同じことを言うから、その信憑性が増し、持ち帰った情報を信用する――という事になっていた。
「厄介な……。ここに来て、追いかけっこをしようって……? どちらか一方でも、取り逃したら私の負けか」
これの何が厄介かと言うと、森の出口に向けて走ったとは限らない、という事だ。
そもそも、出口の方角を正しく認識しているかも怪しい。
複合魔術で周囲が消し飛び、景色も一変しているのだ。
空は木々の生い茂る葉で覆われ、方向を確認する目印すら付けていなかったろう。
「私は出口がどちらか分かるが……」
あの二人が分かっているかどうか、私に確認しようがない。
ただし、あの時の状況を踏まえて考えれば、その場から背を向けて走ったと、素直に考えて良さそうだ。
「では、それぞれ違う方向に逃げた、と考えるのが妥当か……」
彼らとしても必死だろう。
逃げながらも、正しい道を戻っているか不安になっているに違いない。
だが、何より危惧するのは、その彼らの内どちらかが、リルの待つ家に辿り着くかもしれない、という事だ。
「どちらも、背を向けた方向は我が家ではないが……」
道なき道の森では、方角なんて分からない。
真っ直ぐ進んでいるつもりで、大きく湾曲することなど、決して珍しくないのだ。
そうして、我が家へ行き着く可能性は、ないとは言えなかった。
気配で探れないのなら、残す手段は一つだ。
「数を頼みに探し出すしかない」
幸い、我が家には妖精達が多く居る。
森は彼らにとっても庭に等しい。
逃げた彼らの隠蔽レベルが分からないから、必ず見つけ出せるとは限らないが、こうなっては彼らの手を借りた方がまだ目はある。
「まずは帰る道すがら、奴らを探すか……。途中で見つかれば良し。何より、あの一番面倒そうな雷の魔術士が、我が家に行き着いて欲しくない」
チームのリーダーとして機能していそうな男だった。
全ての攻撃の中心で、そして……最後に聞こえた、あの声……。
その声には聞き覚えがあった。
もしや、と思うが、今は考えるより見つけ出す方が先だった。
「刺し違える覚悟とは何だったんだ、まったく……!」
どこまでもブラフ……。
いや、彼らからすれば、生き残る
一番ムカつくのは、それに振り回される自分自身だった。
私は地面を蹴って、向かったかもしれない先へと、飛ぶ様に移動する。
十歩も進めば、無事な木々が目前へと迫り、『森渡り』の効果で木々の方が避けていく。
注意深く周囲を探る暇などない。
だが、探さずにもいられない。
そのジレンマが、私の焦燥を更に募らせていた。
一つ地を蹴り、森を駆ける。
木々が次々と迫っては、次々と後ろへ流れて行った。
彼らの移動速度はどれ程のものだろう。
――あるいは、逃げずに身を潜めているだけ、という可能性も……。
実はあの場から木々のある方向に逃げ、姿を隠すに十分なだけ場所で、今も潜んでいるかもしれない。
「だとしても、だな……」
この広い森の中で、高いレベルの隠蔽で隠れた者を探し出すのは難しい。
何より、彼らは“西側”の奴らなのだ。
隠し持つ魔術秘具で、隠蔽に特化したものだと、私では見つけ出すのは不可能に近かった。
魔術的精査でも、当然探しているのだが――。
「これでも見つからないとなれば、隠蔽特化の秘具を持つ、と考えるしかない」
ならば、目視で見付けるしか、後の手段は残されていない。
そして、マナの流れに敏感な、妖精か精霊ならば、むしろ探すのには向いているのだ。
「この速度なら、追い付かれることも、先に行き着かれることもないだろうが……」
しかし、自分で見付けるのを放棄した様なものだ。
本末転倒に思えてならないが、今はリルの安全が何よりも優先される。
私は森の中を突っ切り、一路我が家を目指した。
そうして、汎ゆるものを後方に置き去りにしたまま、無事に到着して周囲を見渡す。
畑を護る様に散開していた妖精たちへ近付くと、手近な一人に話し掛けた。
「念の為に訊きたい。誰もここには入って来てないな?」
「あっ、魔女! どうしたんだよ、外がなんか、すっごい事になってたぞ!」
「そうそう、爆風がさ、ここまで来たんだから!」
一人に話し掛ければ、わらわらと他の妖精も集まってくる。
恐ろしい思いであったり、不安に駆られたりしたのか、いつも以上に纏わり付いて、離れようとしない。
「あの変な光、空までビカーッてさ! あれ、なんなの?」
「魔女がやったのか〜?」
「何が起きてるか、ボク達にも教えてよ」
「分かった、分かった! 分かったから、一度離れろ!」
手で振り払う事こそしなかったが、顔や髪、腕や肩へと、くっついて来て鬱陶しい。
私が言えば素直に応じる彼らだから、とりあえず手を伸ばせば届く距離まで下がってくれた。
「だが、その前に一つ、改めて答えてくれ。ここには誰も来てないな?」
「来てないよ」
「ずっと、森の方、見張ってたもんな?」
「そうそう。あの爆発があってから、ずぅっとさ」
それを聞いて、とりあえず安心する。
私より先にやって来れるとは最初から思っていなかったが、それは通常の手段を用いた時だけだ。
転移出来るとは思っていないが、どの様な手段を持っているか分からない今、警戒は最大限に引き上げるしかなかった。
「森に攻め込んできた奴らがいる。中にはエルフもいた」
『えぇ~ッ!?』
今度は悲鳴の大合唱になった。
最初、憶測でしかなかったものが、事実だと知って阿鼻叫喚の様相を呈している。
「だが、隊長をやっていた筈のエルフは最初に殺した。残りは二名、人間だけだ」
「そうなの?」
私の言葉に動きを止め、空中で走る格好のまま、妖精が神妙に尋ねた。
「そうだ、隊長は真っ先に仕留めた。だが、今は残りの人間が、森の中を逃げている。私では高度に隠蔽した相手を探し切れない。捜査の目が必要だ」
「あぁ〜、それで僕らか。まぁ、分かったよ。見付けるだけで良いってんなら、力を貸すよ」
「だったらぁ……」
妖精の一人が手を挙げて、それから遠くを見て言う。
「精霊にも手伝わせたら? 風の奴とか、そういうの得意じゃん」
「風……そうだ、ナナはリルをしっかり守ってるか? 今も無事か?」
この問いには、妖精たちから絶対の自信と共に返答があった。
「無事も無事! 特にあの光があってから、母屋の方はナナが護りに入ったさ。俺らでも近寄れないもんな」
「なぁ〜?」
互いに顔を見合わせて、傾げる様にして頷き合った。
そして、思う。
その報告を聞けただけでも、戻ってきた甲斐があった。
「では、妖精達は精霊にも声を掛け、それが終わり次第、森に散ってくれ。潜んでいるとしたら、ここから離れた所だろうが、見落としがないように徹底してくれ」
「まぁ、細かいことは好みじゃないからさぁ……」
「得意でもないよねっ!」
「でも、森の危機だもんな。ちゃあんと、協力するぜ。出来る範囲でな!」
「……あぁ、それで良い。私も今すぐ森に戻る。――頼んだぞ」
妖精達から威勢だけは良い返事を背中ら聞き、再び森の中へと帰って行く。
ひと目リルを見て安心したい気持ちはあったが、そうした油断とも取れる行動から、最悪の事態に発展することもある。
今は心に蓋をして、逃げた二人を追うことに全力を傾けた。