混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女の戦い その6

 私が動くと、残った二人は目配せして臨戦態勢を取った。

 とはいえ、精も根も尽き果てた今、抵抗できる何かもない筈だ。

 

 私は悠々と足を進め、ミッコラの方へと近付いて行く。

 もしも奥の手――本当に最後の奥の手を使うのなら、この今しかない。

 

 私は外から見えるよりも強い警戒心をもって、ミッコラをひたりと見つめた。

 当然、その間も雷の魔術士にも注意を払っている。

 

 三人の位置関係としては、時計の針に例えると、雷の魔術士が十二時で、ミッコラが三時と言ったところだ。

 

 私は九時の位置から歩き始め、丁度時計の針の中心点まで至った辺りで、威厳のある声が唐突に響き渡った。

 

「――使えッ!」

 

 双方から、何かを投げ付けられる。

 宝石の様な煌めきを反射する、拳より一回り小さい何か――。

 

 それが私に届くより前、地面へと落下し、接触と同時に眩い光が溢れた。

 突然の目を刺す閃光に、私も思わず瞼を閉じる。

 

「逃げる気か……」

 

 そんな子供騙しで、と憤りに近い呆れが胸中を支配した。

 しかし、彼らに出来る事と言えば、最早それぐらいしか残っていないのかもしれない。

 

 そして実際、今現在、私が一番困るのは、彼らに逃げ切られる事だ。

 

 それから十秒に満たない時間が過ぎ――。

 閃光が薄れ、目を開けた時には、二人の姿はどこにもなかった。

 

「勝てないのなら、後はもう……逃げ切るしか手段は残されていない。仲間を見捨ててでも……、そういう事になるか」

 

 私は気配を探って顔を巡らす。

 しかし、斥候や偵察が主な彼らだ、簡単には掴ませてくれない。

 

 やはり、そうした魔術秘具を持っている、と考えていた方が良さそうだった。

 ここに来るまで、魔獣を刺激することなく浸透して来た奴らだ。

 

 逃げ切る方が望みはある、と考えるのは、自然な考えと言っても良い。

 

「逃げられると困るな……。これではジエゴを洗脳して送り返しても意味がない」

 

 裏切り者――洗脳された仲間と分かっていては、欺瞞情報の価値もないだろう。

 そして、どちらの言葉を信用するかなど、火を見るより明らかだ。

 

 何より私の洗脳術とて、絶対に見抜けない完璧なものではない。

 

 私の予定では三人が生き残り、その三人が揃って同じことを言うから、その信憑性が増し、持ち帰った情報を信用する――という事になっていた。

 

「厄介な……。ここに来て、追いかけっこをしようって……? どちらか一方でも、取り逃したら私の負けか」

 

 これの何が厄介かと言うと、森の出口に向けて走ったとは限らない、という事だ。

 

 そもそも、出口の方角を正しく認識しているかも怪しい。

 複合魔術で周囲が消し飛び、景色も一変しているのだ。

 

 空は木々の生い茂る葉で覆われ、方向を確認する目印すら付けていなかったろう。

 

「私は出口がどちらか分かるが……」

 

 あの二人が分かっているかどうか、私に確認しようがない。

 

 ただし、あの時の状況を踏まえて考えれば、その場から背を向けて走ったと、素直に考えて良さそうだ。

 

「では、それぞれ違う方向に逃げた、と考えるのが妥当か……」

 

 彼らとしても必死だろう。

 逃げながらも、正しい道を戻っているか不安になっているに違いない。

 

 だが、何より危惧するのは、その彼らの内どちらかが、リルの待つ家に辿り着くかもしれない、という事だ。

 

「どちらも、背を向けた方向は我が家ではないが……」

 

 道なき道の森では、方角なんて分からない。

 真っ直ぐ進んでいるつもりで、大きく湾曲することなど、決して珍しくないのだ。

 

 そうして、我が家へ行き着く可能性は、ないとは言えなかった。

 気配で探れないのなら、残す手段は一つだ。

 

「数を頼みに探し出すしかない」

 

 幸い、我が家には妖精達が多く居る。

 森は彼らにとっても庭に等しい。

 

 逃げた彼らの隠蔽レベルが分からないから、必ず見つけ出せるとは限らないが、こうなっては彼らの手を借りた方がまだ目はある。

 

「まずは帰る道すがら、奴らを探すか……。途中で見つかれば良し。何より、あの一番面倒そうな雷の魔術士が、我が家に行き着いて欲しくない」

 

 チームのリーダーとして機能していそうな男だった。

 全ての攻撃の中心で、そして……最後に聞こえた、あの声……。

 

 その声には聞き覚えがあった。

 もしや、と思うが、今は考えるより見つけ出す方が先だった。

 

「刺し違える覚悟とは何だったんだ、まったく……!」

 

 どこまでもブラフ……。

 いや、彼らからすれば、生き残る(すべ)だったと分かるのだが……。

 

 一番ムカつくのは、それに振り回される自分自身だった。

 私は地面を蹴って、向かったかもしれない先へと、飛ぶ様に移動する。

 

 十歩も進めば、無事な木々が目前へと迫り、『森渡り』の効果で木々の方が避けていく。

 

 注意深く周囲を探る暇などない。

 だが、探さずにもいられない。

 

 そのジレンマが、私の焦燥を更に募らせていた。

 一つ地を蹴り、森を駆ける。

 

 木々が次々と迫っては、次々と後ろへ流れて行った。

 彼らの移動速度はどれ程のものだろう。

 

 ――あるいは、逃げずに身を潜めているだけ、という可能性も……。

 

 実はあの場から木々のある方向に逃げ、姿を隠すに十分なだけ場所で、今も潜んでいるかもしれない。

 

「だとしても、だな……」

 

 この広い森の中で、高いレベルの隠蔽で隠れた者を探し出すのは難しい。

 何より、彼らは“西側”の奴らなのだ。

 

 隠し持つ魔術秘具で、隠蔽に特化したものだと、私では見つけ出すのは不可能に近かった。

 

 魔術的精査でも、当然探しているのだが――。

 

「これでも見つからないとなれば、隠蔽特化の秘具を持つ、と考えるしかない」

 

 ならば、目視で見付けるしか、後の手段は残されていない。

 そして、マナの流れに敏感な、妖精か精霊ならば、むしろ探すのには向いているのだ。

 

「この速度なら、追い付かれることも、先に行き着かれることもないだろうが……」

 

 しかし、自分で見付けるのを放棄した様なものだ。

 本末転倒に思えてならないが、今はリルの安全が何よりも優先される。

 

 私は森の中を突っ切り、一路我が家を目指した。

 

 そうして、汎ゆるものを後方に置き去りにしたまま、無事に到着して周囲を見渡す。

 

 畑を護る様に散開していた妖精たちへ近付くと、手近な一人に話し掛けた。

 

「念の為に訊きたい。誰もここには入って来てないな?」

 

「あっ、魔女! どうしたんだよ、外がなんか、すっごい事になってたぞ!」

 

「そうそう、爆風がさ、ここまで来たんだから!」

 

 一人に話し掛ければ、わらわらと他の妖精も集まってくる。

 

 恐ろしい思いであったり、不安に駆られたりしたのか、いつも以上に纏わり付いて、離れようとしない。

 

「あの変な光、空までビカーッてさ! あれ、なんなの?」

 

「魔女がやったのか〜?」

 

「何が起きてるか、ボク達にも教えてよ」

 

「分かった、分かった! 分かったから、一度離れろ!」

 

 手で振り払う事こそしなかったが、顔や髪、腕や肩へと、くっついて来て鬱陶しい。

 

 私が言えば素直に応じる彼らだから、とりあえず手を伸ばせば届く距離まで下がってくれた。

 

「だが、その前に一つ、改めて答えてくれ。ここには誰も来てないな?」

 

「来てないよ」

 

「ずっと、森の方、見張ってたもんな?」

 

「そうそう。あの爆発があってから、ずぅっとさ」

 

 それを聞いて、とりあえず安心する。

 

 私より先にやって来れるとは最初から思っていなかったが、それは通常の手段を用いた時だけだ。

 

 転移出来るとは思っていないが、どの様な手段を持っているか分からない今、警戒は最大限に引き上げるしかなかった。

 

「森に攻め込んできた奴らがいる。中にはエルフもいた」

 

『えぇ~ッ!?』

 

 今度は悲鳴の大合唱になった。

 最初、憶測でしかなかったものが、事実だと知って阿鼻叫喚の様相を呈している。

 

「だが、隊長をやっていた筈のエルフは最初に殺した。残りは二名、人間だけだ」

 

「そうなの?」

 

 私の言葉に動きを止め、空中で走る格好のまま、妖精が神妙に尋ねた。

 

「そうだ、隊長は真っ先に仕留めた。だが、今は残りの人間が、森の中を逃げている。私では高度に隠蔽した相手を探し切れない。捜査の目が必要だ」

 

「あぁ〜、それで僕らか。まぁ、分かったよ。見付けるだけで良いってんなら、力を貸すよ」

 

「だったらぁ……」

 

 妖精の一人が手を挙げて、それから遠くを見て言う。

 

「精霊にも手伝わせたら? 風の奴とか、そういうの得意じゃん」

 

「風……そうだ、ナナはリルをしっかり守ってるか? 今も無事か?」

 

 この問いには、妖精たちから絶対の自信と共に返答があった。

 

「無事も無事! 特にあの光があってから、母屋の方はナナが護りに入ったさ。俺らでも近寄れないもんな」

 

「なぁ〜?」

 

 互いに顔を見合わせて、傾げる様にして頷き合った。

 

 そして、思う。

 その報告を聞けただけでも、戻ってきた甲斐があった。

 

「では、妖精達は精霊にも声を掛け、それが終わり次第、森に散ってくれ。潜んでいるとしたら、ここから離れた所だろうが、見落としがないように徹底してくれ」

 

「まぁ、細かいことは好みじゃないからさぁ……」

 

「得意でもないよねっ!」

 

「でも、森の危機だもんな。ちゃあんと、協力するぜ。出来る範囲でな!」

 

「……あぁ、それで良い。私も今すぐ森に戻る。――頼んだぞ」

 

 妖精達から威勢だけは良い返事を背中ら聞き、再び森の中へと帰って行く。

 

 ひと目リルを見て安心したい気持ちはあったが、そうした油断とも取れる行動から、最悪の事態に発展することもある。

 

 今は心に蓋をして、逃げた二人を追うことに全力を傾けた。

 

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