家から離れ、来た道を戻る。
そうしながら、気配探知の魔術、生命探知の魔術を併用しながら走った。
気配の探知より、より広範に優れる生命探知だが、これには弱点もある。
人の生命と、その他の生命を別けて見られない。
生命の持つ輪郭を写し取ってくれるものの、森の中は生命の宝庫だ。
無数に見つかり過ぎるから、返って邪魔になると使わずにいたのだが、この際どんな些細な情報でも欲しい。
蹲ったりされていると、他の獣と見分けが付かない場合もあるから、探知には引っ掛かっても、やはり見逃す可能性は大きかった。
「今は藁にも縋る……、だな」
妖精や精霊達は、我が家を中心として扇状に散開し始めた。
その速度は私を追い抜く程で、そして私より上手く探るからこそ、ここには居ないという見切りも速いのだろう。
常に適当な部分あがるから、全幅の信頼は難しいが……だから、私も妖精の後を追いながら精査を続けた。
そうして、走り続けること暫し――。
妖精の一人がふわりと近付いて来て、私の肩に腰を下ろした。
「ねぇねぇ、見つけたってよ!」
「本当か!」
「うん、もっと先の、あっちの方!」
妖精が指を向けるのは二時の方角だった。
私は目の前で塞ぐ倒木の上を跳んで、妖精が指示する方へ向きを変える。
「それで……、相手は一人か? 男と女、どっちだった?」
「ん〜……、ちょっと待って」
妖精同士は、ちょっとした念話みたいなものを扱える。
しかし、距離が遠くなると繋がらなくなるし、今回の様に離れていると、何人もの妖精と中継を経ることになる。
妖精は基本、考えることが四方八方に散るので、正確な情報伝達手段としては頼りなかった。
「うんとね……。相手は一人。それは間違いないみたい」
「そうか、一人か……」
逃げた二人が合流していてくれた方が、色々と面倒も少なかったのだが、これは仕方ない。
一人だけでも見つかったのは、御の字と考えるべきだ。
その一人を相手している間に、もう片方の発見もあるかもしれない。
今はそこに期待しておこう。
「それで、そいつの性別は?」
「分かんない」
「……どういう意味で?」
「なんかワチャワチャ言ってて、よく分かんない。それより、魔獣が興奮している方に興味津々みたいだね」
なぜ興奮を、とは思わない。
多くの血が流れた。その匂いにつられて動く魔獣は多いだろう。
そして、一箇所に集まりつつ魔獣を見て、妖精達は無駄に興奮している……と言ったところか。
妖精達は娯楽に飢えている部分が多いから、普段見られないものに注目しがちだ。
「しかしそれじゃあ……、ちゃんと捜しているんだか怪しく思えるな……」
「なんか、一人発見したし、もう終わった気分のヤツもいるみたいだ」
「それは困るな」
私は苦笑しながら、独りごちる。
とはいえ、妖精は気ままなものだ。
思い通りに動いてくれる方が珍しい。
一人だけでも見つけてくれた事に、感謝した方が良いだろう。
「でも、最低限の仕事はしてくれた。――こっちで良いんだな?」
「そう、そっち。聞いた話が間違いじゃないならね」
私が進む方向に頷くと、妖精は小さな羽を動かして、ふわりと飛び上がった。
「もうすぐそこだから。倒れた木の後ろに隠れてるよ。邪魔になるから、もう行くね」
「あぁ、ありがとう。ついでにもう一人、捜してくれると助かるんだが……」
「ん〜……、近くだけならね。俺はさ、畑から遠く離れるの、イヤなんだ」
そう言われてしまえば、無理強いも出来ない。
仕方ないな、と困って笑うと、私は前方に倒木があるのを発見した。
聞いた通りだ、間違いない。
私の生命探知にも引っ掛かっている。
速度を緩めて、慎重に近付きながら倒木の陰を睨む。
蹲る形で屈んでいることは分かるが、それだけでは男女どちらか分からなかった。
相手取るのはどちらでも構わないが、先にミッコラの方なら面倒が少ないだろうな、とは思った。
雷の魔術士は実際、実力が頭一つ抜けている。
逃がしたくない相手、と思うのと同時、一人を逃している状態で戦闘を長引かせたくなかった。
「隠れてるって事は、こちらに気付いてると考えていいのか……? 決めるなら不意打ちが望ましいが……」
あるいは単に、体力や魔力を回復させる為、何かを背にしていたかった、とも考えられる。
いずれにしろ、足を一度止めて、ゆっくり近付くことにした。
生命探知の魔術は、今だ身動ぎすらしていないと教えていて、また周囲に他の人間らしき反応はない。
一人なのは間違いなかった。
伏兵はなし。
私は掌に魔力を集中し、如何なる対応も出来るようにしておく。
倒木を越えるか、それとも迂回するか……。
少し悩んで、倒木ごと穿つことにした。
魔力を二本指の先端一点に集中し、生命探知で捉えた輪郭の中心へ放つ。
ピシュッ、と言う空気を斬り裂く音と共に、倒木の太い幹に穴が空いた。
直後、同様の攻撃で魔力を放ち、穴の数を二つ、三つと増やす。
「……おかしい」
何かしらの防御反応を見せて然るべき――。
なのに、一切の反応がないだけでなく、反撃すらもなかった。
そして、生命探知は倒木の陰の何かが、息絶えたと伝える。
薄っすらと見えていた輪郭が消え、ただの倒木を映すだけになった。
「ともかく、確認か……」
不審であろうと、そこにあった命が絶えたのは確かだ。
そうして、倒木を迂回し死体を確認しようと首を伸ばし、そこで見たものに驚愕した。
「なに……!?」
それは人間ではなかった。
獣を無理やり縄で縛り、蹲る格好を強制させた偽物――ダミーだった。
「妖精め、何を見てたんだ……!」
これは見間違いなどというレベルではない。
悪意ある嘘、とでも言うべき内容だ。
しかし、畑の妖精が進んでつく嘘としては、あまりに悪辣だった。
――では、発見したその時、間違いなくそこに居た、のだとすれば……。
相手も馬鹿ではない。
妖精が索敵したことに気付いたのだろう。
だから、見つかるのは時間の問題として、偽装工作することにした……。
だとすれば、敵は近くに居る筈だ。
ごく近く、それも不意を打てるような場所に。
その時、ごく僅かなマナの乱れを感じて、咄嗟に反応する。
「――上かッ!」
頭上を見上げると同時、一つの影が降ってきた。
私は同時に結界を張って、何らかの攻撃を防御する。
魔術秘具の武器であろうと、何らかの魔術だろうと、大概はこれ一つで防げる。
だから心情の驚き以上に、鷹揚に構え、次の攻撃に備えた。
――だというのに。
「なに……ッ!?」
結界には、何かが突き刺さって、あっさりと砕けた。
落下の勢いのまま貫き、そして私の頭目掛けて振り下ろされる。
「チィ……ッ!」
咄嗟に横へと避け、逃げようとしたが一拍遅れた。
まさか結界が砕けるとは予想もしていない。鷹揚に構えていたのが仇となった。
「これで終わりだッ!」
野太い男の声だった。
その声が耳に拾うのと同時、脇腹に鋭い痛みが走る。
肉を抉られる感触がして、それと同時に寒気にも似た痛みが身体中を駆け巡った。
「こ、の……ッ!」
私は腰を落として重心を確保し、滑るような体重移動と共に拳を繰り出す。
その一撃で、男の身体はくの字に折れ曲がり、衝撃と共に吹き飛んでいった。
マナを込めた、手加減なしの一撃だ。
遠くまで吹き飛び、太い幹を三本圧し折ってなお止まらず、更に草花の生える地面を長く削って、ようやく止まった。
「くそ……!」
脇腹には一本の杭が刺さっていた。
ミスリル銀製の、腕の太さ程もある杭だ。
ともすれば建築資材にも見えるその杭が、深々と私に突き刺さっていた。
「私の防御を抜くなんて、どういう杭だ……」
単なる魔術秘具ではない。
それならば、常に身に纏うマナの鎧が直撃を防いでくれる。
最低でも、拮抗くらいはするだろう。
それさえなく、結界さえ貫いた杭は、相当厄介な代物に違いない。
「どういうモノか、確認が必要だな。生きていれば、だが……口を割らせよう」
薙ぎ倒された木々と地面、それが森の中に一直線の道を作っている。
一歩進む事に杭が痛みを与えて来る。
抜いてしまいたいが、下手に触れると別の魔術が展開される危険もあった。
だから仕方なく、杭は刺さったまま、私は男に向けて歩いて行った。