混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女の戦い その8

「生きていて欲しい、と思いながら近付くのは、何と言うか……妙な気分だ」

 

 一呼吸する度、脇腹から鋭い痛みが走る。

 

 血を流したくないから、そして迂闊に抜くとどうなるか不明だから突き刺したままでいたが、回復の方を優先した方が良いかもしれない。

 

 しかし、欲を言えば、水薬を使用してから抜きたかった。

 そうすれば、余計な出血を最小限に抑えられるし、治療に使う魔力も抑えられる。

 

 ――まだ、戦いは終わっていない。

 

 一度我が家へ戻り、治療する時間も必要なことを考えると、逃したもう一人が更に遠くへ行ってしまうことは避けられなかった。

 

 万全な状態で捜したいし、それならば、ここで余計な体力は使えない。

 男の元へ警戒しながら近付くと、果たしてそこでは、まだ息のある姿が見つかった。

 

「無駄だと思っていたが、生きていたか……。半端な鍛え方はしてなかったと見える」

 

「フ、フ……! だ、だが……、ゴフッ!」

 

 男は吐血し、既に満身創痍だった。

 肋骨は折れて肉を突き破っているし、腕や足も変な方向に曲がっている。

 

 もはや自力でどうにかする事もできず、後は死を待つのみだ。

 抵抗する力など、どこにも残ってはいまい。

 

「教えろ、これは……この杭は何だ?」

 

「一矢報いる……為の、ゴフッ……ものだ」

 

「イマイチ答えになっていないな。解析して見ても、よく分からない代物だ。エルフの集大成か?」

 

 刺さりっ放しの杭を調べてみても、表面的な情報しか読み取れない。

 

 ただし、凄まじい力が内包されているのは明らかで、それがどういう種類のものかさえ、私には分からなかった。

 

「隊長クラスだけが使える……、俺の……さ、最後の手段だ……。『魔女を殺す銀の杭』さ……」

 

「よくよくお喋りな奴になったな。死の間際になると……いや、ちょっと待て」

 

 今この男は、聞き捨てならないセリフを吐いた。

 

「“隊長”クラス……? ()()が使える? それなら既に――最初に殺しておいた筈だ」

 

「く、く……く……!」

 

 男は血を口から垂れ流しながら笑う。

 笑う度に、痛みのせいか表情が歪んだ。

 

「し、死んではいない。こ、ここにいる……!」

 

 そう言って、男は表情を醜悪に歪めて笑った。

 それは弄した策が見事に嵌まり、愉快で堪らない、と言った類いのものだ。

 

「だが、確かに私は……」

 

 最初にナイフを投擲し、不意打ちを放った時――。

 

 隊長を中心に円陣を組め、という合図を見て、間違いなくその中心に居た人物を殺したのだ。

 

「魔女が“首刈り戦術”を狙ってくるのは、初めから分かっていた……こ、ことだ……。だ、だったらどうして、た、たい、隊長を中心に置く……?」

 

「そういうことか……」

 

 来ると分かっていれば、対策は容易……そういう事らしい。

 

 かつてのエルフは“それ”を恐れる余り、逃げることを選んだが、西側に引き籠もってからは、魔女に対抗する手段を研究していたという訳だ。

 

「迂闊だったな……。考えておくべきだった」

 

 西に追い遣られた――というより、本国を堅守する為、その足元を固めることを、エルフは疎かにしなかった。

 

 魔術の研究もその一環だろうし、実際に魔女と相対した時、どう対処するかも研究の内だったろう。

 

 そして、防ぐのが難しい戦術に対しては、偽首を差し出すことで対処しようとした、という事だ。

 

 実際、見事にしてやられた。

 最早エルフはおらず、だから実力も下の者しか残っていない、と高を括った。

 

「なるほど、聞き覚えのある声な訳だ……。戦闘が始まってから、やたら無口だったのも、声を聞かれていたかも、と危惧していたからか」

 

 それで見破られたら元も子もない。

 そして、それに同意した男が首を上下に動かした。

 

 既に話すことも辛いのだろう。

 顔色も悪くなっていて、余計な身動ぎ一つさえしない。

 

 男は正に、虫の息だった。

 だが、まだ死んで貰うわけにはいかない。私は重ねて問い掛ける。

 

「魔女を殺す杭、と言ったか……。これが本当に? 私は別に、抜けないから刺したままでいるんじゃないんだけどな……」

 

「フ、フフ……! 何故、こうも……お、俺が饒舌だと思う……」

 

 がくり、と身体が傾きフードが取れた。

 そこには間違いなく、エルフを証明する葉のような耳が生えていた。

 

「礼だよ。ここまで……、それを運んで来てくれた礼……。もう駄目かと思ったが……、最期の最期で、天はこの俺に味方した!」

 

 男が魔力を振り絞ることで、ミスリル銀の杭ば、それに反応して眩く光る。

 自動的に突き刺さろうとする杭を、私は全力で魔力を噴出させて抵抗した。

 

「はァァァ……! く、味な……真似を!」

 

 しかし、拮抗した杭はそれ以上刺さらなかった。

 それどころか、私の魔力に押し出されて抜け、近くの幹に当たり突き刺さる。

 

「ハァ、ハァ……。畜生……」

 

 腹に空いた穴から、ボタボタと血が流れる。

 服を血で染め、足元へと垂れていく血を堰き止めようと、患部に手を添えた。

 

 そうして治癒術を使えば、傷はゆっくりと閉じていく。

 内臓はまだ回復していないが、それも水薬を飲めば劇的に早まるだろう。

 

 今も痛みは残るが、時間と共に引いていく実感がある。

 私は掌に付いた血を拭って、男に言う。

 

「残念だったが、最期の手段とやらも不発に終わったな」

 

「そ、そうとも……、か、限らん……。確かにこの一撃でお、終わりはしなかった……。だが……、そ、それは……。我が生命と引き換えにする、死の呪いだ……!」

 

「何だと……?」

 

「ほ、本来なら……、この場で刺し違えられるはずだった……。だが、呪いは確実に身体を蝕む……! 二年か、三年か……あるいは五年か……。そ、それは知らぬが……!」

 

 私は塞がって傷すら見えない脇腹へ目をやる。

 

 しかし、そこに何か分かり易い痣があるとか、呪いとひと目で分かるものすら、何もなかった。

 

「だが、ブラフというには……」

 

「フ、フフ……! 信じずとも良い。その時が来て、初めて後悔すれば良い……! お、俺は……、その時が来るまで! お前を地獄で待っててやるぞ……ッ!」

 

 血走る目でそこまで言い切ると、男は血を吐いて横倒れになった。

 そして、今度こそ事切れ、起き上がる気配もない。

 

 生命探知にも同様のことが伝えられていて、絶命したのは確かだった。

 私は脇腹を擦りながら言葉を零す。

 

「呪い……、呪いだと……? 魔女殺しの……? そんなもの……」

 

 見たことも聞いたこともない。

 しかし、エルフが西側で多くの魔術を研究、開発をして来たのは、どうや事実らしい。

 

 死に際のブラフと見るには、余りに不安要素が多かった。

 だが、いずれにしろ――。

 

「残りは一人……。色々と計算が狂ったな……」

 

 家に帰って水薬を飲んでから、追走するつもりだった。

 だが、匂いに敏感なリルが、血の匂いを出す私が帰ったら、どう思うだろう。

 

 泣き付いて離してくれないかもしれない。

 それならば、構わずこのまま追った方が良いだろう、とさえ思える。

 

「そうだな、そうするか……」

 

 出血こそしたが、立ち眩みをする程ではない。

 そう決めた時、妖精の一人が近づいて来て、一方を指さした。

 

「ねぇねぇ、みぃんな見つかったみたいだよ?」

 

「皆? 皆というのは?」

 

「ほら、来て来て」

 

 大した応答もせず、妖精は一人で勝手に飛び去ってしまう。

 時として要領を得ない返答をする妖精だから、確かに見て確認してしまうのが手っ取り早いだろう。

 

 私はまだ痛む脇腹に手を当てながら、妖精の背を追う。

 そうして辿り着いた先は、私が部隊を襲撃した場所の近くだった。

 

「ほら、ここ!」

 

 そこには死体が落ちていた。

 魔獣の襲撃にあった後で、その身体の多くは食い千切られている。

 

 まともな部位は存在せず、また胴体や腕、足も離れ離れで、元が一人の人間と分からぬ程だった。

 

「これが皆、か……?」

 

「ねぇ〜? バラバラになっちゃった。魔女が近付いて来たから、魔獣は逃げちゃったけど……。他の奴が言うには、ここには二人分あったっぽいよ」

 

「二人分……? 一人にしか見えないが……」

 

「あたしは知んないよ。バラバラになって、二人分あったんだってさ」

 

「バラバラになって……? 最初から? 魔獣に食い荒らされたのではなく……?」

 

 嫌な予感がして、厳し目に問う。

 喰われてバラバラになったのか、そうでないのかは非常に重要な問題だ。

 

 もしも、一体の死体を自分でバラバラにし、二体ある様に見せ掛けたとしたら……。

 

 それは死亡を偽装する意思があった、という事になる。

 つまり、こうしている内にも逃げおおせ、まんまと逃亡を続けているのだ。

 

「元から転がっていた死体は、奴らの複合魔術で消し飛んだからな……。あったのはジエゴの死体のみ……。それを切り刻み、自分の服を被せて、あたかも二体に見せ掛けた……その可能性は……」

 

 ない、とは言えない。

 そして、食い荒らされるのも計算の内だろう。

 

 こうして、それらしい死体の残骸が残され、どちらも死んだと思わせたなら……。

 

 それは奴らの勝利だ。

 

「妖精達には、まだ少し捜して貰いたい。私は……どっと疲れた」

 

「なんだ、魔女だけ戻るのかぁ」

 

「少し休ませてくれ。どうせ、森を抜けるには二日以上掛かる。簡単に逃がしはしないさ」

 

 そう言って、私は再び来た道を戻った。

 森との境目を越え母屋に近付くと、勢いよく扉が開け放たれてリルが出て来る。

 

「お母さぁ〜ん……!」

 

 泣き腫らした顔は、涙と鼻水でべろべろになっていた。

 リルは一直線に駆け寄り、そうして血のシミが着いた服を見て驚愕する。

 

「お母さん、ケガしたのっ!?」

 

「いいや……、大丈夫だよ。この通り、ピンピンさ」

 

「おかぁさぁ〜ん……っ!」

 

 再び波が噴出して、血汚れのない方に抱き着いてくる。

 私はリルを抱き上げて、その柔らかい頬を自分の頬で存分に感じ取った。

 

「すっっごくひかって、いっぱいゆれて……。こわかったぁ……っ!」

 

「傍に居てやれなくて、ごめんよ……」

 

「ほんとだよっ!」

 

 ぐしぐしと泣き散らすリルを、左右に揺すってあやす。

 そうしていると、すぐ傍から透ける様にナナが現れた。

 

「よくリルを守ってくれたな。感謝するよ」

 

「別にいらないわ。リルを護りたいのは、私がやりたいからだもの。……それより、大丈夫なの? 凄い戦いだったんでしょ?」

 

「とりあえず、大部分は返り討ちにしてやった。残り一つが生きているかどうか、まだ分からない状態だが……。本当に魔獣の餌になったら良し。そうでなければ……」

 

 今も捜索を続ける妖精達が、恐らく見つけ出してくれるだろう。

 

 しかし、翌日になり、翌々日になり――。

 私も四方、手を尽くして捜したが、結局残り一人は見つからなかった。

 

 本当に死んだのか、それとも命からがら逃げ出したのか――。

 それが分からぬ曖昧なまま、やきもきとする結果になった。

 

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