秋のひかりが、道の石をキラキラさせてて、キレーだった。
意味もなく嬉しくなって、リルはとんとん跳ねながら歩いた。
影が長くなっていくたびに、胸の中で「また一日ちかづいた!」って数えてしまう。
家の窓辺の壺には、お母さんが入れてくれた豆が入っていて、リルは朝と夕方に一粒ずつ別の壺に移す。
それが収穫祭までの、日にちを数える方法。
豆の軽い音が「もうすぐだよ」って囁いてくれるみたいで、豆を移すたびに胸がワクワクする。
学校では、いつもミーナちゃんとモンティと一緒にいる。
ミーナちゃんは一個上の7才だけど、大人みたいに落ち着いてるから、一緒にいると安心だった。
「リルちゃん、街で収穫祭があるの知ってる?」
「そうなの? しらない。それって、どんなの?」
「そりゃあ、名前の通りさ。収穫を祝う祭りだよ」
得意顔になって、モンティが言った。
モンティは一番年上だけど、一番子供っぽいと思う。
そんな説明じゃ、ゼンゼン分かんない。
ミーナちゃんも呆れた顔で、代わりに説明してくれる。
「つまりね、秋の実りに感謝して、皆で美味しいもの食べたり、一緒に踊ったりするの。屋台が並んでて……、それに色んな出し物が沢山あるんだから!」
「へぇ~……! たのしそう! リルもいきたい!」
「うん、一緒に回ろうね! 屋台の組み立てが始まったって話だし、詳しい日時もすぐ分かると思う」
そう言ったときの顔は、先生みたいに自信があってかっこいい。
モンティは笑って、それを言いたかったんだ、なんて言ってた。
手の中で栗の殻をこじあけて、白い実を見せながら差し出す。
「ほら、食えよ。炒って食べた方が甘いんだけど、今はそんなのムリだしな」
「ちょっと、モンティ……」
「別に良いだろ。祭りじゃ鉄板過ぎて、こんなのわざわざ食べないだろ? 今の内に食っとけ」
「わぁ~……!」
わたしは思わず両頬を押さえて声をあげる。
食べてみると、甘い匂いが鼻の奥でふくらんだみたいになった。
「やいたら、もっとおいしくなるんだぁ……」
「焼くんじゃなくて、炒るんだよ。まぁ、焼いてもウマいけど」
教室の窓から風が吹いて、ミーナちゃんがわたしの乱れた髪をなでつけた。
「祭りの日にはね、特別な帽子を被るのよ。花飾りが付いてる……麦と蔦で編んで、小さな赤い実を付けて。きっとリルちゃんに似合うと思う」
「リル、あかいみ、すき!」
特に、リンゴとか!
すぐに答えると、ミーナちゃんは笑った。
「いろんな種類があるからね。実物を見てから選んでも良いんだよ」
「そうなの? いつ? いつ、えらぶの?」
「普通は、祭りの数日前か……そうでなかったら、当日かな。リルちゃんは毎日来られないから、う~ん……、当日になるのかなぁ。どうなんだろうね?」
たしかにリルは、あんまり街にこられない。
お母さんが「いいよ」って言ってくれたら、学校以外でも来れるんだけど……。
「大丈夫、たっくさんあるから。当日に買おうってヤツ、すんごい多いんだ。午前中にウチ来れば、まずお目にかかれるぜ!」
「そうなの? なんでモンティのおうちいくと、たくさんあるの?」
「おいおい、忘れちまったのかよ!」
モンティは得意気に胸を張って、にんまりと笑った。
「俺んち、雑貨屋だから。父ちゃんにも、しっかり言っといてやるよ。すんげぇ美人の客が来るって……!」
「もうそれ、目的ちがってるじゃないのよ」
こう言うときのミーナちゃんは、ちょっと怖い……。
モンティのことを、すごい冷たい目で見る。
でも、モンティはいっつも気付かない。
リルが気付いてるのに、何でモンティは分からないんだろう。
いっつも、フシギ……。
※※※
お母さんと家に帰ると、リルを迎えに来る前までやっていた作業の続きを、また始めた。
干し網に林檎が並べられてて、甘い匂いがお部屋いっぱいだった。
一枚、摘んでみたけど「まだ早いよ」って笑われちゃった。
火棚では蜂蜜がとろとろ揺れていて、お母さんが木の匙でひとさじすくって、わたしのお口に落としてくれた。
温かいのがしみこんでくるみたいで、すっごく甘くておいしい。
「パンにいれるの?」
「そうしても良いよ。特別な配合だから、干しリンゴにかけても、きっと美味しいだろうね」
聞いただけで、よだれが出ちゃう。
早く食べれるようにならないかな。待ち遠しい……!
※※※
学校では、朝のじかんとかで、お歌を歌ったりする。
お歌が好きなミーナちゃんが言うには、収穫祭でも歌われるみたい。
「道ばたでね、皆が思い思いに歌うのよ。大人はお酒を飲みながらだから、よく音程を外すの」
「うちの父ちゃんは、酒飲まなくても外すぞ」
そう言ってモンティが笑って、つられてミーナちゃんと一緒に笑った。
リルはお歌を知らないから、教えてもらいながら歌う。
最初の低い音は土みたいで、深くて、ちょっと怖い。
でも、それが大事なんだって。
歌うミーナちゃんのお腹がゆっくり膨らんで戻るのを見て、まねして息を吸ってみる。
苦しくなってすぐ吐いちゃうと、コツを教えてくれた。
「胸じゃなくて、お腹に空気を入れるみたいにすると良いよ」
自分のお腹に手を当てて、ふくらんだりしぼんだりするのを試しでもみる。
モンティはその横で、口笛でメロディをなぞってた。
「モンティは、歌よりそっちの方が上手よね」
「オンチは父ちゃん譲りかもなぁ」
そう言って、モンティはまた笑った。
モンティは良く笑う。
ときどき、ヘンなことも言うけど、でも一種にいるとたのしい。
たぶん、ミーナちゃんも一緒だと思う。
だからいつも、一緒にいるんだ。
なんとなく、そう思った。
※※※
授業の間には休み時間があって、そのときは裏庭に出たりもする。
ほとんど原っぱみたいなところだけど、でもそこは宝物だらけだった。
蔦はつやつやしてて、赤い実は小さな鈴みたいにころころ転がる。
ミーナちゃんは指で器用に編んで、麦を絡めて輪を作った。
「ほどけなければ、来年も豊作って言われてるの」
「じゃあ、ゼッタイほどけちゃだめ!」
「締めすぎないのがコツよ。……ほら、出来た。お花はないけど、ちょっとした冠よ」
草の匂いがすーっと入ってきて、おもしろい。
モンティはそういうのに興味なくて、瓢箪に星の形の穴をあけて、ランタンを作っていた。
「どうよ、ケッコー良い出来だぜ。夜になったら、ここから光が出るんだ」
「モンティって、きようなんだ……! スゴいねぇ!」
モンティはニヤっとして、まだとちゅうまでの瓢箪を掲げた。
「これで出来た、星を踏みながら走ると面白そうだろ?」
それって、すごく楽しそう。
想像しただけで足がむずむずして、思わず地面をつま先でたたいてしまった。
授業が終わって外に出ると、いつもの決まった場所にお母さんがいる。
モンティはいっつも、それを羨ましがった。
二人のお母さんは来ないのは、いっつもお仕事だからだって。
リルのお母さんも、いっつも何かお仕事してるけど、こうして来てくれる。
でも、お母さんはとってもスゴいから、他の人には出来ないことが、出来るだけなのかもしれない。
お母さんと一緒に、街を歩くのは好き。
ミーナちゃんたちも一緒だと、もっと好き。
広場の方に歩いて行くと、良い匂いがしてきた。
匂いの先にはパン屋さんがあって、看板には麦や蜂や猫が描かれていた。
「みて、ネコのパン屋さん! ネコのパンあるのかな」
「どうかな? 頼んだら、作ってくれるかもしれないぞ」
お母さんが笑いながら言う。
でも、リルは知ってるんだ。
お母さんがそういう顔をするときは、リルをからかっている時だって……!
ふんす、と鼻から息を出したタイミングで、お店からおじさんが出て来た。
「おや、雑貨屋の
「モンティだよ! 勉強だって、ちゃあんとしてる!」
「美人ばっかり引き連れて、良いご身分じゃないか」
「えぇ~、ヤダもう、おじさんったらぁ~!」
ミーナちゃんは、からだをクネクネさせながら、手招きするみたいに振った。
お母さんは皆が美人って褒める。
リルはそれがとっても嬉しい。
でも、他に美人なんているのかな。
ミーナちゃんは“カワイイ”だから、美人とは違うし……。
そうこう考えてるうちに、おじさんはまた店の中に入って、すぐに戻ってきた。
手には焼きたてパンが乗ってて、リル達に分けてくれた。
「味見係だぞ。今度の新作なんだ」
そう言うから、真剣に食べた。
うちのパンより固いけど、中のチーズが糸みたいにのびて楽しい。
お母さんは何かアドバイスしていて、おじさんは真剣に聞いていた。
「うぅむ、なるほど……。次は牛乳を少し増やしてみよう」
おじさんは、お母さんにスゴく感心していて、お礼を何度も言っていた。
そういうのを見ると、自分のことみたく嬉しくなる。
お母さんは、色んなことを知ってて凄い。
もっとみんなに頼られても良いのにな。
きっと、カッコいいよ。
夜、寝床に入ると天井の木の節が星に見えて、指で線を引いて遊んだ。
羊、風車、三つの栗。
どれも収穫祭の形に変わる。
豆の壺は、もう少しで空っぽ。
ゼロになったら広場は灯りでいっぱいになって、きっと歌とパンの匂いで溢れるんだ。
考えるだけで、胸の中の小さな太鼓がぽんぽん鳴る。
お母さんは寝台に座って、おかしそうに笑って言った。
「今からそんなに興奮していると、眠れないんじゃないか?」
「ダイジョーブ! まだただチョットだけたのしみって、だけだもん! おまめがきれーに、うつるまでは」
「……おや、ほんとうだ。そろそろ、いっぱいの日だね」
目を閉じると、耳の奥で口笛が鳴って、歌が聞こえて、ミーナちゃんの合図とモンティの星がまぶたにこぼれた。
外では風が木の葉を揺らしてて、みんなが「もうすぐだよ」って、言っているみたいだった。
お祭りが楽しみ。
早く来ないかな。
お母さんがお腹を優しくポンポンたたく。
すぐに眠くなって、まぶたがトロンと落ちた。
眠る直前、ぼんやりと頭に浮かんだ。
もう一粒だけしか、豆が残っていない壺だ。
収穫祭は、もう目の前。
あしたは歌が空に、踊りが石畳に、パンの匂いが道に、笑顔が友だちの手に広がるんだ。
胸の中に糸でもあって、それがぴんと張って、震えた気がした。
そして、そのまま眠りに落ちた。