混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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一角獣と戯れ その2

 書庫にて幾つもある本の中から、治療に役立ちそうなものを調べた。

 

 元より呪術という、未知の技術に対することなので、調べようにも雲を掴む様なことだ。

 

 長い年月と執念を掛けて、その完成を見たエルフの秘術――。

 今のところは、そういうものだと仮定するしかなく、そしてだからこそ、解明と解呪は簡単ではないだろう。

 

 しかし、私にも魔女としての自負がある。

 “術”に関することで、一歩足りとも退くわけにはいかない。

 

「とはいえ、暗中模索で、五里霧中なのは確かなんだよな……」

 

 書物の一つを本棚から抜き取り、パラパラと捲る。

 未知の現象に対してなので、この中に書かれている事で対処は不可能だ。

 

「ここから何を汲み取って、どう活かすかが問題だな」

 

 この“呪い”がどういう種類のものであれ、何一つ為す(すべ)もない、という事はない筈だ。

 

 か細い糸だろうと、それが繋がっているのなら、その先へ行き着くことは出来る。

 

「しかし、具体的な“呪いの内容”を知らないことには、どうして良いかも分からんな……」

 

 肉を腐らせるのか、あるいは傷付けるのか、はたまた魂を汚染したり、気を狂わせるのか。

 

 まず症状が出てみないと、対処しようがない。

 腹痛なのに、どれほど効能の良い頭痛薬を与えても、無意味なのと同じだ。

 

「今はまだ、小さな点のホクロでしかないが……」

 

 私は脇腹へ手を当てて、ごちるように言う。

 

「大きくなるにつれ、痛みが出たりするかもしれない。あるいは、痣の様になったりだとか……」

 

 今は想像するしかないのが辛いところだ。

 しかし、曖昧の中にあって、一つだけ確かなことがある。

 

 ――それは、時間制限だ。

 奴は最大で五年の猶予、と言っていたが、それより早い可能性は十分にある。

 

 内包する魔力次第で遅らせることが出来るかもしれないし、あるいは発現そのものを大幅に遅らせることも出来るかもしれない。

 

「まぁ、今は余り楽観的に考えるのも拙いか……。実は何の意味もない、なんて都合の良いことが起きるはずもなく……」

 

 一切の糸口が見つからないから、少し弱気になっていたのかもしれない。

 パラパラとページを捲っている内に、ふと不安が首をもたげたのだ。

 

 ――私は本当に長く生きた。

 だから、死に対して、それほど忌避感はない。

 

 むしろ望外に長生きしてしまったので、終わりを迎えるのは自然、と受け入れられるものでもあった。

 

 しかし、リルのことだけが気掛かりだった。

 まだ幼いあの子を残し、先に死ぬことだけは、絶対に出来ない。

 

「忌避感はないが、終わる結末は自分で決めたい……」

 

 世の多くの人間が、悔いを残す生き方をして来たのを、それこそ多く見てきた。

 

 そんな中、自分はどこか蚊帳の外にいて、私ならばそうはならない、と他人事の様に思ってきた。

 

 しかし、そうした可能性が不意に自分に襲い掛かってきて、背中に冷たいものが走る。

 

 きっと――。

 亡くなる前の彼らのいずれもが、今の私と同じ気持ちだったに違いない。

 

「そんな筈じゃなかった。こんな終わりは認められない。……そんなところか」

 

 もしも私の寿命が三年ならば、本当にそう思うことだろう。

 リルは私の全てだ。

 

 そして恐らく、そのリルが老衰して先立たれるのを、私は見送るのだろうと思っていた。

 

 リルの子や孫と一緒に、その死を悼んで送り出すのだと、漠然とそう考えていた。

 ――しかし、どうやらそうなるとも限らないらしい。

 

「見つけなければ、解呪方法を……」

 

 母が子を見送るなど、本来は歓迎すべきでないことだ。

 それは必ずしも摂理に反しないが、道理として受け入れがたいことではある。

 

 私にとっては、それが例外だと思っていたし、見送る方に居るのはやむを得ない、と思っていたのだが……。

 

「余りに悲観的過ぎるか。本当に参っているな……」

 

 我ながら苦笑しつつ、ページを捲る。

 全ての記述を確認してしまい、元の場所に戻して、また別の本を手に取った。

 

「どんな相手でも、どんな軍勢でも、返り討ちに出来ると疑っていなかった。最低でも、負けることだけはないと……」

 

 そう思っていたのに、とんだ落とし穴があったものだ。

 だが、落とし穴は見ないからこそ、足を取られ、暗い穴に落ちるのだろう。

 

 見えている落とし穴に、自ら嵌まりに行くのは単なる馬鹿でしかない。

 それを分かっているから、エルフは魔術勝負を前座と考えていた。

 

「魔術をブラフに、本当に刺したい杭だけは、最後の最後まで隠していた……」

 

 あわよくば、を狙っていたのは確かだろう。

 それに最初は魔女の尖兵と考えていた筈で、排除の方向で考えていた。

 

 だが、余りに強い存在が立ちはだかって、考えを変えた。

 そもそも、魔女がエルフや人間が使う魔術で、負ける筈がない。

 

 それを誰より理解していたエルフが気付き、そして対抗手段としての切り札として、魔術だけに頼る訳もなかった。

 

「私の甘さが原因だな。出来るのは抵抗だけで、対抗できる何かがあるなど、想像すらしていなかった」

 

 あの時の男は満身創痍で、今にも事切れそうに見えた。

 うかうかと近付かなければ、呪いなど受けずに済んだのだろうか。

 

 いや、裏を掻こうとする相手に、一切の情報なしで出し抜くのは難しい。

 

 だが、反撃全てを許さぬつもりであったなら、かつて西大陸へ追い遣っただけでなく、一気呵成に滅ぼしてしまうべきだった。

 

 しかし、そんな事をするつもりは毛頭なかったので、結局……遅いか速いかの問題でしかなかっただろう。

 

「エルフの執念が消滅しない限り、か……。だが、その執念は消えたりなどしない」

 

 人間でさえ、奪われた領土、犯された誇りを子々孫々に語り継ぎ、何百年と奪い返す機会を窺っていたりする。

 

 十倍の寿命を持つエルフともなれば、単純な比較で十倍もの年月、やはり消えずに残るだろう。

 

 結局のところ、恨まれる覚悟があってやった事に対し、その恨みが牙となって襲い掛かった、というだけの話だった。

 

「よくある話と言えば、まぁ、ある話だ……」

 

 どうにも思考が空回りし、後ろ向きになる。

 私は溜め息をついて、本を棚へと戻した。

 

 どれも有益と思える情報はなく、だから気持ちは沈む一方だ。

 

 この呪いがどういうもので、そして解呪の目処が立ったなら、こうした陰鬱な気持ちは晴れるだろうか。

 

 私は六角形に配された書棚をゆっくりと見て回り、背表紙に指を這わせながら見て回る。

 

 何か小さなヒントでも良いから、実のある内容が書かれた本がないか……それを探して目を動かした時、小屋の外に気配を感じた。

 

 それと同時に、大きな音を立てて扉が開かれる。

 

 私が焦ったりしないのは、その気配がリルのものだとすぐに分かったからだが、少し苦言を呈したい気持ちにもなった。

 

「リル……」

 

 しかし、私が何かを言う前に、傍に浮いていたナナから注意が飛んだ。

 

「駄目じゃない、リル。ここは大事な本が一杯あって、あの魔女が大事にしている所なんだから。母屋と同じ様に開けちゃいけないの」

 

「んもぉ〜、うるさいなぁ、ナナは……」

 

「いや、ナナの言う通りだぞ」

 

「あ、お母さんっ!」

 

 本棚の陰から、ひょっこりと顔だけ出して、私もナナに加わってリルを嗜める。

 

「あまり乱暴に開け放つのは感心しないな。ここの扉はゆっくり開け閉めなさいね」

 

「はぁ~い……」

 

 唇を尖らせながら頷き、それから小走りに近付いてくると、私の腰に抱き着いた。

 

「お母さん、なにしてるの?」

 

 先程まで不機嫌だった筈なのに、アロガと好きに走り回ったら、もう綺麗サッパリ忘れたらしい。

 

 そのアロガは、いつも通り小屋の入口で、寝そべって待機している。

 私は抱き着いているリルの頭を撫でながら、読んでいた本を棚に戻した。

 

「ちょっと調べ物をね。お母さんも勉強中だ」

 

「お母さんも? どうして?」

 

「うぅん……、そうだな……」

 

 当然、本当の事を言える筈もない。

 呪いについても未だ未知数で、治せるものかどうかも不明だった。

 

 今の段階で、リルをいたずらに不安がらせることもないだろう。

 

「お母さんはね、色んな病気を治せる薬が欲しいんだ」

 

「どうして?」

 

「また、どうしてか。何でもかんでも疑問に感じる年頃なのかね?」

 

 私はリルの柔らかいほっぺに両手を当て、ごく柔らかくムニムニと動かす。

 

「んヤッ! やぁ~だ! やぁめぇてっ!」

 

 口では嫌だと言いつつも、離れようとはしない。

 きゃらきゃらと笑って、私の手を掴んでは自分の胸に抱き込もうとする。

 

 その時、リルが身体を捻ったことで本棚に当たり、体勢を崩した。

 私は身体を掬う様に持ち上げ、自分の腕にリルを抱く。

 

「こ~ら、ここで暴れないの。大人しくしてなさい」

 

「だって、お母さんがほっぺ、ムニムニするんだもん!」

 

「それは仕方ない。リルのほっぺが柔らかいのが悪い」

 

 そう言って、私は無理にでも頬擦りしようと顔を近付け、そして手をつんと伸ばしたリルに防がれた。

 

「やぁ~あ! ヤッ! お母さん、ヤッ!」

 

「そう悲しいこと言わずに……。お母さんはリルが大好きなのに……」

 

「リルもすきっ! でも、いまはヤッ!」

 

 まるで後でなら良いと言わんばかりだが、どこでもきっと嫌がるのだ。

 しかし、その嫌がる仕草こそが、母に火を付けるのだと知らないらしい。

 

「あぁ~ん、やぁぁぁ……!」

 

 突っぱねる腕も何のその、私は無理やり突破して頬擦りする。

 リルは顔を逸らして逃げようとしたが、そんな小さな抵抗では、無意味も同然なのだ。

 

 しかし、そうしてリルの頬を堪能している時、本棚に一つの背表紙が目に入った。

 

 私は一瞬動きを止め、それにつられたリルも動きを止める。

 腕を突っ張りながら、不思議そうに見つめ言う。

 

「どうしたの?」

 

「いや……」

 

 本のタイトルは『幻獣図鑑』。

 もしかしたら、それこそが、いま私が求めているもの――、その手掛かりかもしれなかった。

 

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