混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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一角獣と戯れ その3

 図鑑を見つけた、その翌日――。

 

 いつもの日課が終わり、家庭の雑事も終わらせた後、私はリルを伴い畑の方へと向かっていた。

 

 そうして今も農作業に勤しみ……時にサボって、グータラする妖精たちが目に入る距離まで来ると、私は手を挙げて彼らに呼び掛ける。

 

「あぁ、お前たち、精が出るな」

 

「出るな……って、ちょっとさぁ。そろそろ刈り入れ時なんだから、そっちこそちゃんとやってよ!」

 

「そうだ、そうだ! おーぼーだ!」

 

「カネ返せ、サギ野郎めー!」

 

 一人の騒ぎが二倍にも三倍にもなる、それが妖精だ。

 一つの声に呼応して、ある事ない事を騒ぎ立てる。

 

 しかし、聞き捨てならないセリフがあって、私は眉を顰めながら、意味不明な非難の声を上げた妖精を見やる。

 

「横暴については目を瞑るとして……、カネとか、サギ野郎ってのは何のことだ?」

 

「いや、それは勢いとノリで言ってみただけで、特に意味なんかないよ」

 

「あぁ、そう……」

 

「人間界では、こう言って文句つけるんだろ?」

 

 私は思わず額に手を当て、重たい溜め息をつく。

 

「一体どこから、そんな言葉を覚えてくるのかね……。森から出ないで、どうやって知るんだか……」

 

「そりゃあ勿論、風が噂を運んで来るのさ。いたずら好きな精霊が、あっちへこっちへコソコソっとな!」

 

 分かるような、分からないような……。

 

 時に速すぎる噂の伝播を、精霊のいたずらと称することはあるものの、精霊もそこまで暇ではない。

 

 しかし、妙に自信ありげな表情を見せられると、まさか本当に、という疑惑が首をもたげる。

 

「なぁ、ナナ……。お前、実はそういう事してるのか?」

 

 分からなければ、訊いてみればいい。

 こちらには都合よく、その風精霊が常にリルの傍にいる。

 

 そうして、呼び掛けられたナナは、リルの後ろから滲む様にして姿を現した。

 空中で腹ばいの格好になり、顎を腕の上に置くという、やる気の無さである。

 

 足を何度か上下にパタつかせ、それから隠しようもない呆れ顔のまま言葉を吐いた。

 

「あのね……。私がそんな暇なことすると思う?」

 

「それもそうだが、奴らの顔を見ると、まさかと思ったりするだろ。ナナじゃなくても、他の小精霊が、とか……」

 

「妖精が嘘つきなのは、貴女もよく知るところでしょう? 真面目に付き合うと馬鹿を見るわよ」

 

 実際、今も馬鹿を見せられたようなものだ。

 

 例の発言をした妖精へ顔を向けると、してやったりとした顔で、その場から飛び去るところだった。

 

「まぁ、確かに……。でも、嘘か真か分からなかった事を、確認できる良い機会だった訳で……」

 

「私はしないけど、真実は闇の中ね。絶対に精霊はしないかと言われたら……、ちょっと自信ないもの」

 

「やっぱり、そうなのか?」

 

「さぁね? やるとは思えないけど、やる奴がいても不思議じゃないって思うだけよ」

 

 それでは結局、私の知見と変わらないじゃないか――。

 そう言おうとして、結局口の中だけで留めた。

 

 これ以上は水掛け論にしかならないし、真実がどうかは、実際どうでも良いことだ。

 

「お母さん……。もり、いついくの?」

 

「あぁ、そうだった」

 

 最初からそのつもりで、先に畑に寄ったのだ。

 

 既に九月も半ばになろうと言う頃合いなので、少しずつ収穫作業を始めなければならない。

 

 私も本日からその作業に加わる所だったのだが、思わぬ用事が出来て、どうやら参加出来そうもない。

 

 そこで先に進めてくれるよう、妖精たちに頼む所だった。

 

「申し訳ないが、少し私抜きで作業を始めていてくれ。早く帰って来られたら、その時は勿論、作業に加わるから」

 

『えぇぇ〜……っ!?』

 

 返ってきたのは、妖精たちによる非難の大合唱だった。

 只でさえ収穫は重労働なので、出来れば楽をしたい、というのが本音だろう。

 

「そう言わないでくれ。私にとっても大事なことなんだ。苦労だとは分かるが、分かってくれ」

 

 去年まで私が主導でやっていたのは、そもそもとして、妖精たちが姿を見せられなかった事が理由にある。

 

 力を出すには姿を現す必要があり、そして去年まではリルの体調を考えて、そうした働きが出来なかった。

 

 しかし、今年は全くそうした懸念が全くない。

 それを考えれば、彼らだけでも十分に任を果たせるのだ。

 

「じゃあ、お菓子な! お菓子をくれるなら、少し頑張ってやる」

 

「あ、いいじゃ~ん! なに作ってもらおっかなぁ〜?」

 

「うんとね、あたしはね、焼き菓子じゃないのが良いなぁ」

 

「そんじゃさ、いっそさ……!」

 

 まだ良いと言っていないのに、既に了承を得たつもりで、話に花が咲いている。

 

 しかし、ここで嫌だとでも言えば、彼らはへそを曲げるに決まっているので、受けない訳にはいかないのだが……。

 

 そこへリルが、妖精たちに対抗して、私に抱き着きながら言う。

 

「リルも! リルもたべたい! あまいの! おいしいやつ!」

 

「すごい漠然としていて、お菓子なら何でも当て嵌まりそうな感じだなぁ……」

 

「じゃあね、あれ! なつによくたべたアイス! あれたべたい!」

 

 まだ残暑が厳しいこの季節、日中は汗を掻く日も珍しくない。

 

 薄っすらと雲が張り、直接的に日光を浴びることも少なくなったが、それでも暑い日は暑い。

 

 今日も丁度、そういう日ではあった。

 森で動いて汗を掻いた後は、きっと美味しいに違いない。

 

「分かった、用意するよ。お母さんも帰ったら食べたい」

 

「いいね、いいじゃ~ん! それならオレたちも、そのアイスにしようぜ!」

 

「味はどうする? トッピングは?」

 

「イチゴは外せないだろ〜!」

 

「ベリーも好きよ、あたしは!」

 

 好きに盛り上がり、今にも氷室へ突撃しそうな勢いだ。

 しかし、私もそこまで甘くない。

 

 両手を腰に当てて顔を突き出し、妖精たち一人ひとりに目を向ける。

 そうして決然とした態度と、声音で言い放った。

 

「作ってやるけど、ちゃんと収穫の手伝いを済ませたら、だからな。働かない者には食わせてやらないぞ」

 

「こりゃ、いけない。みんな、畑がオレたちを呼んでるぞ!」

 

『おぉ〜っ!』

 

 言うや否や、妖精たちは追い散らされる勢いで去っていく。

 

 私はそれを苦笑と共に見送と、それからリルの手を取って、そのすぐ後ろに従うアロガの背へと乗せた。

 

「さぁ、これから森だ。転移するから前より歩きはしないけど、それでも森は危険が多い。リルはアロガから決して降りないこと」

 

「わかった!」

 

「――大丈夫、私も見張ってるから」

 

 ナナからの返答を聞いて、私も安心して頷く。

 目的地の近くに転移陣を張っているので、向かおうと思えば本当にすぐだ。

 

 しかし、都合よく見つけられるか、という問題はあった。

 

 昨日――。

 リルと一緒に『幻獣図鑑』を発見した時、今日の森行きは決定した様なものだった。

 

 リルは置いていく事も考えたが、私がそれを伝えると、付いていくの一点張りで、説き伏せるのは無理だと悟った。

 

 そういう返答は予想できた筈なので、言わないまま行けば良かった、とすら思う。

 

 しかし、リルには少しでも早く、私の知識を吸収して貰わなければならない。

 先日、そうやって教育方針の変更を余儀なくされたばかりだ。

 

 本当ならば十六歳、あるいは更に足して二、三年……。

 それぐらいを目処に、基礎的な部分の修練を終える予定だった。

 

 焦って詰め込む必要もなく、そして厳しく教える意味もない。

 

 リルには自分の身を守る程度に、力を身に着けさせるつもりだったし、誰より優れた剣士にするつもりもなかった。

 

 血反吐を吐くような厳しい修練を課すつもりもなく、程々に強く、馬鹿にされない力だけあれば良いとすら思った。

 

 本当にその程度で済むかどうかは、私のこれからに掛かっている。

 この森に棲む幻獣、そこから採取できる材料に用があるのだ。

 

「ねっ、ねっ! お母さん、ゆにこーんってホントにいる?」

 

「あぁ、いるとも。お母さん、前にもそういうの、話しただろう?」

 

「ホントに、あのほんみたいな見た目なの?」

 

「ああ、そうとも」

 

 例の『幻獣図鑑』は半分が虚偽と妄想で膨らまされた、トンデモ本の一種だった。

 

 それでも私が手元に置いていたのは、ひとえにその挿絵が美しかったからだ。

 

 メジャーどころについて嘘はなかったし、実際に自分の目で確認した、と思える記述もある。

 

 しかし、いるかどうか不明な幻獣については、妄想で補う方向だから、私からすると虚偽の塊に見えた。

 

「実際に見てみれば、リルにも本当だったか分かるよ」

 

「ねぇ〜? たのしみね、アロガ? ねっ?」

 

 多分、アロガは興味などないだろう。

 そうした神秘や美しさに、価値を見出すのはヒト種だけだ。

 

 そして私にとって用があるのは、ユニコーンそのものではなく、頭に生える角の方だった。

 その角には神聖な力が宿るとされ、解毒効果があるのは確認されている。

 

 呪術にも有効なのか、それは分からないし記述にもない。

 しかし、神聖なる力、という部分に一縷の望みを見た。

 

 本当に効果があれば良し……。

 なければ……、また別の何かを探すだけだ。

 

 私は転移陣の前に立つと、リルの手を引いてアロガを陣の中へと導いてやる。

 

 そうして入るのを確認してから、私も中に入り、陣を起動させた。

 視界が黒く染まるのと、浮遊感が同時にやってきて身体が引っ張られる。

 

 角にどれだけの効果があるか、今更ながらに期待を向けながら、一瞬で終わった転移で森の端に移動した。

 

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