「もりだぁ〜っ!」
転移陣から降り立ってすぐ、一面に広がる木々を見て、リルは嬉しそうな声を出した。
アロガに乗っているお陰で、いつもより高い位置にあるその頭を撫でながら、困った様に笑った。
「森なんて、いつも家から見ているだろうに」
「そういうんじゃないの! わからないかなぁ〜……!」
何とも小癪な言い方が、実に愛らしい。
リルはこういう、変に通ぶった物言いを好むところがあるし、言わんとしたい事も何となく分かる。
外から眺めるのと、実際に内へ入り歩くことは別物だ。
私は変わらずリルの頭を撫でながら、近くを周遊するナナへ顔を向けた。
「ユニコーンはいるか?」
「どうして私に聞くのよ?」
「同じ精霊同士、色々と察しが付き易いだろうと思って。いれば教えて欲しいんだが……」
「まぁ、確かに分からないではないけど……。貴女でも同じ様なこと、出来るんじゃないの?」
それは事実だが、正確ではない。
私が精霊を探そうと思えば、広範囲に感知を伸ばさなくてはならなくなるし、その分だけ疲れるのだ。
更にユニコーンは、隠れ棲むことを好む傾向にある。
下手に探知すると、その魔力波形を感じて逃げることさえあった。
だから、全くの手探りかつ、目視の方が発見し易い。
しかし私は、森の中を探して延々歩くつもりなど、毛頭なかった。
「まぁ、いいじゃないか。精霊相手に隠れんぼは、ちょっと気が滅入る」
「ゆにこーんって、せーれーなの?」
ナナとの会話に、こてん、と首を傾けて、リルから質問が飛ぶ。
「げんじゅーじゃないの?」
「それは捉え方に寄るかな……」
私はとりあえず前方に向かって歩き出し、それに合わせて動いたリルの頭を撫でながら言う。
「ヒト種にとってはね、精霊も幻獣も、大して変わらないものだから。滅多に出会えない、姿さえろくに見えない存在……。でも、ユニコーンはね、明確に馬と良く似通っているから。だから、幻獣って区分を作ったのだと思う」
「んまと似てたら、げんじゅーになるの?」
「うまね、う・ま」
何度修正しても治らないのは、言葉に出す語感の楽しさからだろうか。
それとも、そうやって構われるのが楽しいからか。
ともかく、リルは未だにんま、んま、と楽しそうに繰り返しては、アロガの上で跳ねた。
「こらこら、暴れるんじゃありません。アロガだって、それじゃ歩き難いだろう」
「へいきだもん。ねぇ〜? アロガ、へいきだもんねぇ〜?」
暢気そうに言うリルに、アロガは不満そうな顔をしたものの、結局何を言うでもなく、フシュッと息を吐くに留まった。
「まぁ、既に何度か森に入っているとはいえ、危険なのは相変わらずだ。はしゃぎ過ぎて、落っこちたりしないように」
「はぁ~い」
リルはやはり暢気そうに返事をして、周囲を面白そうに見回した。
しかし、あるものと言えば、鬱蒼と茂る木々と草、そして木の実ぐらいのものだった。
それでもリルにとっては非現実の一部で、普段目に出来ない光景は、十分楽しいと思えるようだ。
「それで……お母さん、どこにいくの?」
「さて、それをナナが教えてくれると助かるなって話を、さっきしてたんだが……」
一応、目指す先として考えていたのは、森の湖だ。
ユニコーンは清らかな場所を好み、だから現れ易いし居座り易い。
探す場所としては第一候補なので、とりあえず目指した形だ。
その考えをナナに教えてこそいなかったが、進む方向から何処へ向かうつもりか察した様だ。
寝転ぶ姿勢でリルの首周りに腕を回しながら、私に皮肉げな視線を向けながら言った。
「さっきチラっと感じたけど、行き先は間違ってないと思うわよ。下手に邪な考えを持たない限り、順当に出会えるんじゃないかしら?」
「それを聞いて安心した。無駄に徘徊せずに済みそうだ」
最初から目的地を湖としていただけあって、そのすぐ近くの転移陣から出現していた。
道なき道を進み、膝丈程もある草を掻き分け進んだ先に、件の湖が見え来る。
「わぁ、きれ~……!」
それほど大きな湖という訳ではない。
我が家の母屋と周辺の小屋を、まるごと包める程度の大きさだ。
畑まで含めた我が敷地から見ると、小ぶりなのは否めない。
しかし、湖の上空には茂みがないから、陽の光が降り注ぎ、湖面に綺羅びやかな斑紋を写していた。
リルが声を上げるのも無理はない、神秘的な光景だった。
「ねぇねぇ、どこに……」
リルの声が不意に、途中で止まる。
湖を見渡す様に首を右へ向けたそのタイミングで、角を持つ白馬を見つけたからだった。
ユニコーンはその相貌をひたりとこちらに向けており、一切の鳴き声も上げない。
その瞳には知性があり、何をしに来たのか、と問う視線が投げ掛けられていた。
「お母さん……、あれが、そうなの?」
「そうだよ。お母さんの会いたかった相手だ」
ユニコーンは動かない。逃げようともしなかった。
ただ黙って、こちらに視線を向けるのみだ。
湖面のすぐ傍に佇み、陽光を受けて輝く姿は、その光景だけで一枚の絵画の様にも見える。
私はリルの脇に手を入れ、アロガの上からゆっくりと下ろした。
「ここからは、近づくつもりなら自分の足で歩かなくてはね。敬意を見せなければいけないよ」
「せーれーおうサマ、みたいに?」
「あれほど大仰にする必要ないけど、……うん、そうだね」
私が頷いて見せれば、リルは緊張した顔付きになる。
その手を握って一緒に歩き始めると、アロガとナナも、その後ろに付き従って付いてきた。
特にアロガは何も言っていないのに、自然とどう立ち振る舞えば良いのか理解している風で、そこは流石と言ったところだ。
最近は、少々賢すぎて、どこかおかしいんじゃないかと思い始めている。
実際、
彼らの賢さが恐れられるのは、森の狩人としての連携や注意力など、あくまで獣の範疇だ。
赤子の頃から特にマナの濃い、我が領域で生きてきたことで、突然変異でも起こしたのではあるまいか。
そんな事をつらつらと考えていたら、いよいよユニコーンの傍までやって来た。
あと十歩の距離で足を止めると、ゆっくりとお辞儀をする。
リルの方に顔を向け、こうするんだと示してやれば、リルも倣って頭を下げた。
「……さて、森の片隅で生ける幻獣よ、一つ頼みを聞いて貰いたい」
ユニコーンはブルルッ、と息を吐いては身体を揺すったが、返答らしきものは得られなかった。
「どうか、伏してお願い申し上げる。貴方の角から少し、削り粉を頂きたい。決して形を損なわない様、細心の注意を払う。ほんの少しで構わないんだ、どうか……」
私が更に深く頭を下げると、リルも同じく頭を下げた。
ナナとアロガは変わらず目を向けるだけだが、彼らはそれで別に良い。
同じ精霊であるナナが、敢えて敬意を示す必要はないし、アロガは客人とも数えられていないだろう。
近付くことさえ不快というなら、とうに姿を眩ませている筈だ。
ユニコーンの健脚は並ぶものがなく、『森渡り』の力すら持っているので、平原同様に森を駆けられる。
そして、直線で逃げていく馬を追い掛けるのは、他の動物には如何にも分が悪かった。
「……駄目だろうか?」
上目遣いに表情を確認したが、最初から変化がなく、そして返事もない。
どうしたものかと迷っていると、下生えを掻き分けてこちらに近付いてきた。
そうして、やるなら好きにしろ、と言わんばかりに頭を――その角を差し出して来る。
私は顔を上げて破顔し、丁重にお礼を言った。
「あぁ、ありがとう……! すぐに取り掛かろう」
「お母さん、よかったね!」
「うん、良かった」
リルと互いに笑みを交わし、そうして懐からヤスリを取り出す。
一見すると鉄棒にも見えるヤスリだが、こうして手に持てないモノを対象にする時、大変役立つ。
ユニコーンの角は少し特殊で、一本の棒に螺旋状の渦を巻く様な見た目をしている。
この溝の深さと、角の長さがユニコーンとしての美しさを定め、また格を決めるとされていた。
太くて丈夫、かつ長さがあると、ユニコーンの中でも強い存在感を示す事になる。
それらを損なわないよう、慎重にヤスリを当て、削り粉を出していく。
ナナに手伝って貰い、落ちた削り粉を風で余す所なく回収し、そうして瓶に詰めた。
そこまで大量には必要ないので、掛かった時間は五分ほど。
最後に角に残った部分さえ、ナナの風で回収させると、それで今度こそ『ユニコーンの角粉』の入手が叶ったのだった。