混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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一角獣と戯れ その4

「もりだぁ〜っ!」

 

 転移陣から降り立ってすぐ、一面に広がる木々を見て、リルは嬉しそうな声を出した。

 

 アロガに乗っているお陰で、いつもより高い位置にあるその頭を撫でながら、困った様に笑った。

 

「森なんて、いつも家から見ているだろうに」

 

「そういうんじゃないの! わからないかなぁ〜……!」

 

 何とも小癪な言い方が、実に愛らしい。

 

 リルはこういう、変に通ぶった物言いを好むところがあるし、言わんとしたい事も何となく分かる。

 

 外から眺めるのと、実際に内へ入り歩くことは別物だ。

 私は変わらずリルの頭を撫でながら、近くを周遊するナナへ顔を向けた。

 

「ユニコーンはいるか?」

 

「どうして私に聞くのよ?」

 

「同じ精霊同士、色々と察しが付き易いだろうと思って。いれば教えて欲しいんだが……」

 

「まぁ、確かに分からないではないけど……。貴女でも同じ様なこと、出来るんじゃないの?」

 

 それは事実だが、正確ではない。

 

 私が精霊を探そうと思えば、広範囲に感知を伸ばさなくてはならなくなるし、その分だけ疲れるのだ。

 

 更にユニコーンは、隠れ棲むことを好む傾向にある。

 下手に探知すると、その魔力波形を感じて逃げることさえあった。

 

 だから、全くの手探りかつ、目視の方が発見し易い。

 しかし私は、森の中を探して延々歩くつもりなど、毛頭なかった。

 

「まぁ、いいじゃないか。精霊相手に隠れんぼは、ちょっと気が滅入る」

 

「ゆにこーんって、せーれーなの?」

 

 ナナとの会話に、こてん、と首を傾けて、リルから質問が飛ぶ。

 

「げんじゅーじゃないの?」

 

「それは捉え方に寄るかな……」

 

 私はとりあえず前方に向かって歩き出し、それに合わせて動いたリルの頭を撫でながら言う。

 

「ヒト種にとってはね、精霊も幻獣も、大して変わらないものだから。滅多に出会えない、姿さえろくに見えない存在……。でも、ユニコーンはね、明確に馬と良く似通っているから。だから、幻獣って区分を作ったのだと思う」

 

「んまと似てたら、げんじゅーになるの?」

 

「うまね、う・ま」

 

 何度修正しても治らないのは、言葉に出す語感の楽しさからだろうか。

 それとも、そうやって構われるのが楽しいからか。

 

 ともかく、リルは未だにんま、んま、と楽しそうに繰り返しては、アロガの上で跳ねた。

 

「こらこら、暴れるんじゃありません。アロガだって、それじゃ歩き難いだろう」

 

「へいきだもん。ねぇ〜? アロガ、へいきだもんねぇ〜?」

 

 暢気そうに言うリルに、アロガは不満そうな顔をしたものの、結局何を言うでもなく、フシュッと息を吐くに留まった。

 

「まぁ、既に何度か森に入っているとはいえ、危険なのは相変わらずだ。はしゃぎ過ぎて、落っこちたりしないように」

 

「はぁ~い」

 

 リルはやはり暢気そうに返事をして、周囲を面白そうに見回した。

 

 しかし、あるものと言えば、鬱蒼と茂る木々と草、そして木の実ぐらいのものだった。

 

 それでもリルにとっては非現実の一部で、普段目に出来ない光景は、十分楽しいと思えるようだ。

 

「それで……お母さん、どこにいくの?」

 

「さて、それをナナが教えてくれると助かるなって話を、さっきしてたんだが……」

 

 一応、目指す先として考えていたのは、森の湖だ。

 ユニコーンは清らかな場所を好み、だから現れ易いし居座り易い。

 

 探す場所としては第一候補なので、とりあえず目指した形だ。

 

 その考えをナナに教えてこそいなかったが、進む方向から何処へ向かうつもりか察した様だ。

 

 寝転ぶ姿勢でリルの首周りに腕を回しながら、私に皮肉げな視線を向けながら言った。

 

「さっきチラっと感じたけど、行き先は間違ってないと思うわよ。下手に邪な考えを持たない限り、順当に出会えるんじゃないかしら?」

 

「それを聞いて安心した。無駄に徘徊せずに済みそうだ」

 

 最初から目的地を湖としていただけあって、そのすぐ近くの転移陣から出現していた。

 

 道なき道を進み、膝丈程もある草を掻き分け進んだ先に、件の湖が見え来る。

 

「わぁ、きれ~……!」

 

 それほど大きな湖という訳ではない。

 我が家の母屋と周辺の小屋を、まるごと包める程度の大きさだ。

 

 畑まで含めた我が敷地から見ると、小ぶりなのは否めない。

 

 しかし、湖の上空には茂みがないから、陽の光が降り注ぎ、湖面に綺羅びやかな斑紋を写していた。

 

 リルが声を上げるのも無理はない、神秘的な光景だった。

 

「ねぇねぇ、どこに……」

 

 リルの声が不意に、途中で止まる。

 

 湖を見渡す様に首を右へ向けたそのタイミングで、角を持つ白馬を見つけたからだった。

 

 ユニコーンはその相貌をひたりとこちらに向けており、一切の鳴き声も上げない。

 

 その瞳には知性があり、何をしに来たのか、と問う視線が投げ掛けられていた。

 

「お母さん……、あれが、そうなの?」

 

「そうだよ。お母さんの会いたかった相手だ」

 

 ユニコーンは動かない。逃げようともしなかった。

 ただ黙って、こちらに視線を向けるのみだ。

 

 湖面のすぐ傍に佇み、陽光を受けて輝く姿は、その光景だけで一枚の絵画の様にも見える。

 

 私はリルの脇に手を入れ、アロガの上からゆっくりと下ろした。

 

「ここからは、近づくつもりなら自分の足で歩かなくてはね。敬意を見せなければいけないよ」

 

「せーれーおうサマ、みたいに?」

 

「あれほど大仰にする必要ないけど、……うん、そうだね」

 

 私が頷いて見せれば、リルは緊張した顔付きになる。

 

 その手を握って一緒に歩き始めると、アロガとナナも、その後ろに付き従って付いてきた。

 

 特にアロガは何も言っていないのに、自然とどう立ち振る舞えば良いのか理解している風で、そこは流石と言ったところだ。

 

 最近は、少々賢すぎて、どこかおかしいんじゃないかと思い始めている。

 

 実際、剣虎狼(ウルガー)は魔獣の中でも賢い部類だが、流石にこちらの意図を察して理解するほどではない。

 

 彼らの賢さが恐れられるのは、森の狩人としての連携や注意力など、あくまで獣の範疇だ。

 

 赤子の頃から特にマナの濃い、我が領域で生きてきたことで、突然変異でも起こしたのではあるまいか。

 

 そんな事をつらつらと考えていたら、いよいよユニコーンの傍までやって来た。

 

 あと十歩の距離で足を止めると、ゆっくりとお辞儀をする。

 リルの方に顔を向け、こうするんだと示してやれば、リルも倣って頭を下げた。

 

「……さて、森の片隅で生ける幻獣よ、一つ頼みを聞いて貰いたい」

 

 ユニコーンはブルルッ、と息を吐いては身体を揺すったが、返答らしきものは得られなかった。

 

「どうか、伏してお願い申し上げる。貴方の角から少し、削り粉を頂きたい。決して形を損なわない様、細心の注意を払う。ほんの少しで構わないんだ、どうか……」

 

 私が更に深く頭を下げると、リルも同じく頭を下げた。

 ナナとアロガは変わらず目を向けるだけだが、彼らはそれで別に良い。

 

 同じ精霊であるナナが、敢えて敬意を示す必要はないし、アロガは客人とも数えられていないだろう。

 

 近付くことさえ不快というなら、とうに姿を眩ませている筈だ。

 

 ユニコーンの健脚は並ぶものがなく、『森渡り』の力すら持っているので、平原同様に森を駆けられる。

 

 そして、直線で逃げていく馬を追い掛けるのは、他の動物には如何にも分が悪かった。

 

「……駄目だろうか?」

 

 上目遣いに表情を確認したが、最初から変化がなく、そして返事もない。

 どうしたものかと迷っていると、下生えを掻き分けてこちらに近付いてきた。

 

 そうして、やるなら好きにしろ、と言わんばかりに頭を――その角を差し出して来る。

 

 私は顔を上げて破顔し、丁重にお礼を言った。

 

「あぁ、ありがとう……! すぐに取り掛かろう」

 

「お母さん、よかったね!」

 

「うん、良かった」

 

 リルと互いに笑みを交わし、そうして懐からヤスリを取り出す。

 

 一見すると鉄棒にも見えるヤスリだが、こうして手に持てないモノを対象にする時、大変役立つ。

 

 ユニコーンの角は少し特殊で、一本の棒に螺旋状の渦を巻く様な見た目をしている。

 

 この溝の深さと、角の長さがユニコーンとしての美しさを定め、また格を決めるとされていた。

 

 太くて丈夫、かつ長さがあると、ユニコーンの中でも強い存在感を示す事になる。

 

 それらを損なわないよう、慎重にヤスリを当て、削り粉を出していく。

 

 ナナに手伝って貰い、落ちた削り粉を風で余す所なく回収し、そうして瓶に詰めた。

 

 そこまで大量には必要ないので、掛かった時間は五分ほど。

 

 最後に角に残った部分さえ、ナナの風で回収させると、それで今度こそ『ユニコーンの角粉』の入手が叶ったのだった。

 

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