混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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一角獣と戯れ その5

 作業を終えた後、ユニコーンに対し丁寧に礼を言って頭を下げた。

 

 ユニコーンは依然、黙して何も語らないが、その瞳が気にするな、と伝えている気がした。

 

「では、余り長居しても悪い。そろそろお暇しようか」

 

「えぇ〜……っ!」

 

 そう言って、リルは不満を顕にする。

 来たばかりですぐにトンボ返りするのは些か味気ないとはいえ、ユニコーンという精霊は静謐を好む。

 

 長居する方が迷惑になるのは間違いないので、私はリルを宥めすかしながら、その頭を撫でた。

 

「騒がしかったり賑やかなのを、好まないのもいるんだよ。そして精霊というのは、大抵はそうしたものなんだ」

 

「でも、ナナは違うよ?」

 

「そうだな。でも、ナナは変わり者だから……」

 

 それを一番自覚しているのは、ナナ本人だろう。

 普通は家族の団らんを見て、それに加わりたいと思う精霊はいない。

 

 無論、私にとっては有り難いし、無条件にリルを庇護してくれる存在として、とても貴重な味方だ。

 

 だがそれは、精霊基準で言うと、ひどく異端な考えでもあった。

 そして、変わり者と評されたナナは、悪びれることなくリルの頭に頬を乗せて言う。

 

「確かに私は一般的とは違うわね。……でも、森の妖精は騒がしいし、何かとリルにちょっかい出すし……リルにとっては静謐を好む精霊の方が、異端に見えるかもしれないわね」

 

「それは……うん、そうかもしれないな」

 

 ついつい、自分の基準で物事を考えてしまいがちだが、リルからすれば精霊は身近なもので、傍にあって当然のものだった。

 

 自分が傍に居ることで、迷惑になるかも、という発想自体が浮かばない。

 そしてそれは、環境が生んだ当然の発想でもあった。

 

「でも、人間にだって色んな好みがあるのと同じで、精霊にもある、と知っておかないとな」

 

 リルの肩を撫でながら諭したが、それでもリルは未だに不満げだ。

 だが表情を一転させるや否や、ユニコーンを指差しながら言った。

 

「リル、あのせなかに、のってみたい!」

 

「あら、まぁ……」

 

「うぅ〜ん……」

 

 ナナからは呆れの声が、そして私の口から呻きが漏れたのは、仕方ない事と言えよう。

 少しでもユニコーンのことを知っていれば、そもそも出てこない発想だ。

 

 そしてこれは、私の教育不足から出た言葉でもあった。

 ユニコーンは基本的に、誰であろうと乗せたがらない。

 

 野生の馬とて、人馴れしていなければ乗せないものなのだし、無理に乗れば命の危険すらある。

 神をも恐れぬ所業……と言えば大袈裟だが、それに近い発言ではあった。

 

「アロガの上に乗るのが普通だから、乗れそうな背中を見たら、そういう発想になるのかね……」

 

「ダメなの?」

 

 リルが不思議そうに首を傾げ、私は苦笑を噛み殺しながら頷いた。

 

「ユニコーンはね、誰かを背に乗せて走ったりしないよ」

 

「そうなの? どうして?」

 

「どうして、と言われても……」

 

 そういうものだから、としか言いようがない。

 どう説明すれば納得するか考えていると、ユニコーンの方から嘶きが上がった。

 

「ブルルッ……!」

 

 悪気のない言葉だったとはいえ、不快にさせたか――。

 

 リルより前に、宥めなければならない存在がいると、今更ながらに思い至り、身体をそちらに向ける。

 

 しかし、返ってきたのは意外な行動だった。

 

 なんとユニコーンは、角から魔力を発したかと思うとリルを包み込み、そのまま運んで自らの背に乗せてしまった。

 

「なんと、まぁ……」

 

「驚いたな……」

 

 ナナは驚きの余り、同じセリフをそのままに、口をポカンと開けている。

 そして私も、恐らく似たような格好を晒しているだろう。

 

 唯一、自分からリルを取り上げられたアロガだけは、不満そうな唸り声を上げていた。

 しかし、相手をどういう存在か理解している彼は、みだりに奪い返そうとはしていない。

 

 そういうところも、やはりアロガを賢いと思わせる要因だった。

 

「うわぁ~、すごぉ〜い! たか〜い! ねっ、お母さん、たかいよ!」

 

「よ、良かったな……」

 

 リルはユニコーンの背で遠慮なく跳ねる。

 アロガに乗る時と変わらぬ態度に、冷や汗が止まらない。

 

 何しろ、ユニコーンを怒らせるとろくな事がないと、相場が決まっているからだ。

 

 時として聖なる存在と崇められるのは、その怒りを買いたくない、という裏返しでもあった。

 

 しかし、リルはそうした悪意など一切ない代わりに、遠慮もまた一切なかった。

 てしてし、と背中を叩きながら、前方を指差して言う。

 

「ねっ、ねっ! はしって! みずうみを、ぐるぅ〜っと!」

 

 私は驚きで声が出ず、喉からは引きつった音だけが漏れた。

 今日ほど、リルにろくな説明をしなかった事に後悔した日はない、と断言できる。

 

 隣にいたナナも似た様なもので、声が出ないどころか、窘めて当然の場面で固まっている。

 

 私が謝罪と同時に、リルを叱ろうと思った矢先、ユニコーンは嘶きを一つ上げて駆け出してしまった。

 

「え、ホントに……? 冗談でしょ……」

 

 ナナの口から驚きを通り越した、呆れの声が漏れる。

 だが、そう言う彼女を責められない。私も似たような心境だ。

 

「リルは……」

 

 我知らず漏れた声に、ナナが反応して顔を向ける。

 

「リルは、精霊に愛されているな……」

 

「それも当然……とは、言えないか。森での環境は、色々と自然なことではないもの……」

 

 それを誰より認識しているのが、ナナ本人だろう。

 

 リルが妖精や精霊に愛され、好まれて来たのは事実だが、あの特殊な環境が許していたことだとも思っていた。

 

 そして、それはあの森だけの……限られた環境だけが、許した特権だとも思っていた。

 

 ――だが、違うのだ。

 好まれるのは事実でも、環境だけが許したものではなかった。

 

「ユニコーンは、無垢なる者を好むという……。汚れなき者、清廉なる者を好むのだと。そこの所を言うと、リルは確かにそのいずれにも該当する」

 

「確かにね……。あそこまでスレてないのは、子どもと言えども珍しいんじゃないかしら。街に行って、それなりに汚い面とか、嫌な思いもしたでしょうに……」

 

 それについては、確かにそうだった。

 愛と平和、慈愛と抱擁によって生きてきたリルだ。

 

 世界は何処までも、そういうものだと勘違いしていておかしくなかった。

 

 だが、現実を知って落胆や悲観するでもなく、今も変わらずリルはリルのままだ。

 

「それこそが、リルの長所なのかもな……。現実を知っても、それだけで悲観する程じゃなく、世の中は良いものだと思っている」

 

「どうかしら、もっと単純なんじゃない? そうであっても、最高の()()()()がどうにかしてくれる……そう思っているから、かもよ。つまり、楽観してるのね」

 

「うぅん……、あり得そうな気がしてきた。だとしたら、考えを改めさせないと……」

 

 私は事実として、他人では不可能と思えることが多く出来る。

 だが、それをもって万能と思われるのは、如何にも危険と思えた。

 

 私にだって当然、出来ないことはある。

 

「きゃあ~っ、はは! お母さ~んっ!」

 

 湖面をぐるりと半周し、湖を挟んで対面となった時、リルが眩しい笑顔で手を振って来た。

 

 その速度は緩やかなもので、ユニコーンも馬上のリルを気遣った走りだと分かる。

 

「……にしても、良く乗ってられるな。鞍も鐙もなしで乗るのは、普通に難しい筈たぞ」

 

「アロガで慣れてるからじゃない?」

 

「……いや、あれとは全然、勝手が違うだろう」

 

 そもそも、生まれてからというもの、リルにとってアロガの背中は、ずっと専用の乗り物みたいなものだった。

 

 アロガ自身も乗せ慣れていて、今さら振り落とすことなど有り得ない。

 

 互い信用があって、だからその背に乗ることを、不安に思ったりしなかった。

 

 しかし今は、全く初めてかつ、未知のユニコーンに対して騎乗しているのだ。

 

 勝手も大きく違うだろう。

 それでも乗れているのは、リルの天然の才故だろうか。

 

 ――いや違う、と直後に悟る。

 ユニコーンの角から出た魔力が、今もリルを包んでいる。

 

「あれが今も、落馬せずにいられる理由か」

 

「何とも過保護なものね。ちょっと呆れるくらいだわ」

 

「まぁ、私のリルだ。その愛らしさを思えば、過保護になりたい気持ちは分かるがな……」

 

「……親バカ」

 

 ナナの辛辣な一言は、敢えて無視する。

 そんな事はとうに承知で、そして自認している事でもあった。

 

 湖面の向こう側から、アロガを追随させたユニコーンが帰って来る。

 手を振るリルに、私も笑顔で手を振り返しながら、戻って来るのを待った。

 

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