「楽しかったぁ~っ! たかくてね、いっぱいゆれてね、それでね、はやかったの!」
「そうか、良かったね」
「うんっ!」
高い方はともかく、揺れる方については本来、歓迎出来るものではないと思うが、短い騎乗時間だった事もあるのだろう。
お尻が痛むこともなく、ただの楽しい体験として終わったようだ。
リルは今もユニコーンの背に乗ったまま、その首筋や鬣を嬉しそうに撫でている。
「いい子ねぇ~、いい子いい子」
無知故の大胆さが、ここに来て遺憾なく発揮され、わたしはまた冷や汗を掻く羽目になった。
「リル、アロガみたいな扱いはお止めなさい。ちゃんと敬意を払って……」
「してるよっ! ねぇ~っ?」
リルはユニコーンを覗き込む様にして伺い、そして当のユニコーンも機嫌良さそうに嘶きを上げた。
「えらく気に入られたな……」
「もしかして、そのまま連れ去るつもりだったり……」
「恐ろしい想像をするな。……だがまぁ、仮にそうなっても、全力で取り戻すだけだが」
ユニコーンに限らず、精霊は敬意を払うべき存在だが、かといって拉致となれば、その時は話は別だ。
決して容赦しない。
それに、こちらがヤキモキするより早く、アロガが催促する唸りを上げた。
「グルルゥ……!」
どうやら意思の疎通はなったらしく、ユニコーンは角に魔力を通すと、リルの身体を包んで持ち上げ、そのままアロガの背へと返してくれた。
「ありがと~!」
「ヒヒーン……!」
そうして一声嘶くと、ゆっくりと方向転換して、そのまま背を向け森の奥へと消えていった。
「何とも……、何やらだな……」
コメントのしように困って、とりとめもない言葉が漏れた。
そんな私を、リルは不思議そうな表情で見つめる。
「どうしたの、お母さん?」
「ん~……」
私は口元に笑みだけ浮かべ、リルの頭をグリグリと撫でた。
直前で起きた事を思えば、その手に僅かながら力がこもってしまうのは否めない。
「どうしたの? なんかこわい……」
「リルが悪い訳じゃないんだけどね……」
私は苦笑しながら、眉間を指先で掻く。
「ユニコーンは精霊の中でも、特に気難しいとされる存在だ。たからね、怒らせると、とっても怖い」
「そうなの? でも、とってもやさしかったよ?」
「普通はね、そうではないって……そういう話さ」
そう言って、リルの頭を撫でながら、引き寄せて頭を抱く。
普段より高い位置にあるので、大変据わりが良い。
「ユニコーンはね、とりわけ聖なる精霊と思われがちだ。それは決して間違いではないけれど、だからこそ怒りを買うとね、それが反転する」
「はんてん……?」
「真逆になるってことさ。ユニコーンからの怒りは、酷く面倒くさい。身体に外せない負荷を強いられたり、ひどく気分が落ち込んだりな……」
「んぅ……、よくわかんない」
私も曖昧に笑って、胸に埋まったリルをひと撫でしてから頭を離した。
「その昔、まだ原理が理解されていなかった時代は『呪い』とも呼ばれていた」
だが勿論、現代においてそうではないと、既に判明済みだ。
ユニコーンの強大かつ強固な魔力が、対象に対して長く作用するだけだった。
ヒト種の常識に照らして有り得ない長さだから、魔力にもよるものだと認識出来なかっただけなのだ。
無論、ことは単純に魔力起因なので、より強大な相手には通用しないという点も、ヒト種が扱う魔力と変わらない。
「けど、リルがリルのままでいる限り、そうした事をとは無縁だろうね。その気質を大事になさい」
「よくわかんないけど、このままでいいってこと?」
「そう、その通り」
私は笑ってリルから離れる。
先程からリルに説教したくて堪らない相手が、後ろで控えていたのだ。
ナナが腰に手を当て、前屈みで睨み、わたし怒ってますよ、のポーズで何事かを言い始めた。
厳しいことを言うのはナナに任せておいて、私は入手したユニコーンの角粉を光に透かしながら眺める。
――これが本当に、私の求めるものどうか、それは分からない。
しかし、最も近い場所で、最も手軽に手に入れられるのは、これしかなかった。
そして、手軽である以上に、効果が見込めそうなものも、これぐらいしかない。
これほど強力な魔力媒体は、そう簡単にはお目に掛かれなかった。
他にこれ以上の品として思い付きそうなのは、それこそ精霊界へと赴かなければならないだろう。
「お母ぁさ~ん……っ!」
思案に耽っていると、リルが泣きつき腰に抱き付いて来た。
「どうした、リル?」
「ナナが、うるさいぃぃ~っ!」
どうやら、お小言に耳を塞ぎたくて、私を頼ってきた、と言うことらしい。
しかしナナも、本気で心配して、本気で間違いを正そうとしているだけなのだ。
それさえ聞かなくなってしまったら、リルの将来さえ心配になる。
「リルは、ナナのこと好きか?」
「ときどきね、ガミガミいうから、そのときはキライ!」
「それ以外は?」
「すきー!」
照れた様に笑うリルの表情に嘘はない。
そして、感情を素直に表現するリルだから、嘘をついているとも思っていなかった。
「リルがナナを好きな様に、ナナだって好きだって思ってるさ。煩いことを言うのはね、それだけ親身になっているからこそだ」
「そうなの……?」
「そうとも。危なっかしいリルを、放っておけないんだよ。本当なら危険な目に遭っていたと思うから、口煩く注意するんだ」
「リル、あぶなかった? ホントに?」
私は注意深く言葉を選びながら、諭す様に言う。
「教えなかった、お母さんも悪いけどね。でも、精霊だと分かっていて、アロガを相手にする様な態度は、本当はしちゃいけなかったんだ」
「うん、ナナも言ってた」
「でも結果として、ユニコーンはとても喜んでいた様だ。だから、あまりキツく叱れない、と言った感じなんだけれど……」
「――でも、言わなきゃ!」
鼻息荒く、ナナは腕を組んで私の正面に立った。
「悪いことをしたら叱るの! ダメなことはダメって教える! リルにはまだ、難しいこと分からないんだから……!」
「上から叱って、親に従順であれ、と躾けるのは、私の理念に反する。それに、都度何度も教えてやれば良いことだ」
「それじゃあ遅いし、足りないの! いざという時に、出来てないと困るじゃない」
「その時は、私が守るから大丈夫だ」
「まったく……!」
ナナは重すぎる溜め息をついて、眉間に刻まれたシワを指で揉んだ。
「それを実現出来るっていうのが、ホントに質悪いわ。余りおおらか過ぎるのもね、考えものだし教育にだって良くないのよ?」
「えらく人間臭い言い方だな。どこて覚えてきたんだ、そんな事……」
「長く存在してるとね、自然と覚えるのよ、こういうのは!」
中位精霊になったのはつい最近だが、それより前となると、どれ程昔から存在しているのか、私にも想像が付かない。
その上、家族というものに憧れていたナナだから、屋内を通り抜ける風として、多くの家族の遣り取りなどを見ていたのかも知れない。
しかし、それはそれとして、私の方にも言い分はあった。
「何が良くて悪いのか、それは私が決める。それに、リルは賢い子だ。言って聞かせれば、しっかり理解してくれるだろう」
「うん、わかるよ! ちゃんとわかる!」
「もう、リルってば……! 調子が良いったら……!」
リルは自分が優勢と見て取ってか、自分から私に抱き着いて、ぐりぐりと頭を押し付けて来た。
その上、ナナの方を見てニヤリと笑うオマケ付きだ。
リルはどうやら、こういう場合の強かさも身に付けつつあるらしい。
しかし、それを見せ付けられたナナは、プルプルと震えて怒りを爆発させた。
私を指差し、髪の毛をゆらゆらと立ち昇らせながら怒鳴る。
「大体、おかしいでしょ! どうして貴女が飴で、私が鞭なの!? 普通、逆じゃない!? ちゃっかり美味しいポジション取ってってるんじゃないわよ!」
「いや、何を言っているのか、さっぱり分からない」
「ンなわけないでしょ! ここぞとばかりに、リルを愛で倒したいってのが透けて見えんのよ!」
「いやぁ、分からないなぁ……。何を言っているのか、さっぱり分からない」
それは事実に違いなかったし、ナナがしっかり見てくれている分、あえて口にする必要を感じなかったのも事実だ。
しかし、それを認めると、ナナが更に煩くなる。
だから今は、ナナを無視して先を急ぐしかなかった。
「さぁて、目的も達した事だし……! 今は家に帰って、やる事やらなくちゃな」
「アイスね! アイスたべるんだよね!」
そう言えば、そういう話もしていたな、とこの時になってようやく思い出した。
氷室に作って保管していたものは、この夏リルが良く食べたこともあり、そろそろ在庫が心許ないことになっていた筈だ。
妖精たちも求めてくるだろうし、このままでは全く数が足りない。
「それじゃあ、一緒にアイス作ろうか。また一緒に、シャカシャカしよう」
「うん、シャカシャカする!」
「ちょっと待ちなさいよ! 話をウヤムヤにするんじゃないの!」
しっかりと追い縋るナナを迎えて、なし崩しに誤魔化し、会話の輪に混ぜる。
最初は怒鳴り散らしていたナナだが、次第に毒気を抜かれて、最終的には三人笑顔で帰路についた。