我が家に帰り、錬金小屋へしっかりと『角粉』を保管した後、母屋に帰って手を洗う。
そうこうしていると、帰宅した私達に気付いて、妖精たちもワラワラと集まり始めた。
「アイス、あるんだろ?」
「聞いた、聞いた! 暑い日には、やっぱり冷たいものだよねぇ〜!」
呼んでもいない者たちも集まって、家の中は妖精たちの集会場の様相を呈している。
流石に手狭だし、何より作業の邪魔だ。
私は手を振って、魔力で風を生み出すと、彼らを外へと追い払った。
「あぁ〜! 何すんだ、おーぼーだぞ!」
「喧しい。家の中に居座られたんじゃ、いつまで経っても作業が出来ない。悪いが……」
いや、とそこまで言って思い直す。
「悪いなんて事はないな。正当な権利の行使だ。……ほらほら、出来上がったら呼んでやるから、それまで大人しくしてろ」
「ちぇ〜っ! 皆、行こうぜ!」
「窓の外から見ててやろう」
「そう、ネコババしない様にな!」
するのはお前達の方だろう、とは口に出さなかった。
言った所で意味はないし、改めようともしないからだ。
「それより、アイスってことはアレだ。楽器が必要だ」
「そうだった! 急いで準備しなきゃ~!」
妖精達は口々に言って、慌ただしく去って行く。
リルもまた、アイス作りにはつき物の音楽祭に、今から耳をピコピコさせながら期待していた。
それを微笑ましく見ていたら、リルが小首を傾げる。
「なぁに、お母さん?」
「いいや、リルは可愛いな、と思って」
「んひひっ!」
歯を見せて笑うリルに手を振って、いよいよ準備に取り掛かる。
台所はシルケの領分でもあるし、きちっと彼女の許可が必要だ。
「シルケ、そろそろ夕食の準備も始めたいところだろうが、少し使わせて貰って良いか?」
半透明の彼女に問うと、笑顔で頷き、どうぞと掌を向ける。
小さな動作の度、サラサラと衣擦れの音だけが音を返した。
「じゃあ、まずは練乳作りからだな。そちらは……」
シルケは場所を譲ってくれたものの、それでも場所を離れようとはしない。
彼女の仕事は何も料理だけではなく、掃除洗濯その他と幅広い。
だが、ならばそちらを……とはならなかったようだ。
何か手伝うことはないかと、物言わぬ顔で催促している。
「それじゃあ、シルケにも何か手伝って貰おうか。どうだ、リル?」
「うん、いっしょにつくろ!」
リルが笑顔で手を取ろうとすると、そのままするりとすり抜けてしまう。
少しだけ悲しげな顔を見せるリルに、シルケは頭を撫でて慰めていた。
「さて、じゃあシルケに練乳を作って貰おうか。手慣れているだろうし、火を使うのは、リルにはまだ早い」
「えぇ〜……? リルにもできるよ!」
「そうだな……。そろそろ、色々覚えることを増やしてあげたいが、順番もある。一度に詰め込んでも覚えられないから、少しずつだ」
「はぁ~い……」
リルも私がこうと決めたことは覆らないと知っているので、その反応も素直なものだ。
そうこうしている内に、シルケは牛乳と、葛子から取れた砂糖を使い、調理に移っていく。
流石に料理となれば独壇場みたいなもので、その動きも手早く無駄がなかった。
鍋にそれぞれ適量を入れて煮込むだけでもあるから、彼女にとっては呼吸するぐらい簡単なことだ。
後は量が三割まで減るまで煮詰め、その後は漉して冷ませば完成だ。
「では、こちらも始めよう」
用意したのは苺で、速摘みの酸味が強いタイプだ。
これをボールに入れて砂糖をまぶし、軽く潰す。
「それ、リルがやる! まぜまぜのしょくにんだからね!」
「これは混ぜるんじゃなくて、潰す方だけど……」
「じゃあ、そっちのしょくにん!」
「中々、方向転換の激しい職人さんだな?」
「いいのっ! しょくにんだから!」
私からボウルを奪う様にして取ったリルは、がっしがっしと潰していく。
しかし私から見ると力を入れ過ぎで、危なっかしい。
「もう少し、力は弱くて大丈夫。果肉が跳ねてしまうよ」
「うんっ!」
返事は良いが、力加減は相変わらずだ。
いや、少し遅れて良くなって来ている。
近くにナナの姿が見えない事と良い、リルの中からアドバイスしているのかもしれない。
そうして時間が過ぎること暫し――。
程よく潰れた苺果肉が出来上がり、それと同時に練乳も完成していた。
しかし、練乳の方はまだ熱を冷ます工程がいる。
本当ならしっかり予熱を取ってから行うべきなのだが、ここでは手早く魔力で冷気を当て、凍らない様に注意深く冷やしてしまおう。
それが終われば、魔獣の胃袋から作った保存袋を用意する。
薄手なのに破れにくく、半透明だから中身が透けて見える優れモノだ。
「さて、この中に練乳と、今潰した苺を入れる」
「うんうん」
完成した一つ目の袋はとりあえず脇に置いて、それから次の工程だ。
「砂糖と卵黄を混ぜて……」
「リルのでばん!」
「そう。リルの、まぜまぜ職人の本領発揮だ」
白っぽくなるまで混ぜて貰うのだが、その間に、シルケにもうひと仕事して貰う。
だが、その前に生クリームを作る必要があるのだが、これは私が担当しておく。
何しろ普通にやると、時間が掛かり過ぎる。
私なら、牛乳から乳脂肪分を取り出すことくらい、実に容易い。
空中で牛乳を高速回転させながら、同時にごく弱い冷気を当てるだけで良かった。
「いいなぁ、リルもできるようになりたい……」
「本来、魔力の使い方としては邪道も良いところだけどね」
「でも、べんり! らくだよ!」
「便利なことには、どんどん使うべきだけど、それにも限度があると、魔術に一家言あるお母さんは思う訳だ」
「ふぅ~ん……」
全く興味のないリルは、気のない返事だけして窓辺へと視線を向ける。
妖精達が来ないかと、待ち遠しく思っているのだ。
蔑ろにされて寂しい気持ちになりつつ、とりあえず生クリームは完成させた。
それを牛乳を混ぜ、鍋に入れると弱火で沸かす。
表面がふつふつと気泡が浮くのを待って火から下ろし、リルが混ぜていたボウルへ少しずつ、何度かに分けて入れる。
「その間もしっかり混ぜて。ちゃんと混ざったらまた入れて、そして混ざったらまた入れて、の繰り返しだ」
「だいじょーぶ! わかってる、まかせて!」
アイス作りに直接参加した回数こそ少ないが、そうでなくとも食べながら見ていたりしたリルだ。
実際の工程はしっかり覚えていた。
そして、それを証明するかのように、リルは確信した口調で言う。
「なじんだら、つぎはちゃんと、ひやすんだよね?」
「おや、リル先生は、しっかり覚えてたか」
「うん、お母さんがひゅ~って、やってた」
そのひゅ~、はボウルに冷気を当てて回転させていた事だろう。
しっかりと凍る直前まで冷やす必要があり、面倒な工程は魔術頼りだから、それ自体については、リルには真似できない。
「予め言っておくと、必ず魔術を使う必要はないからね。冷やす工程は実際に氷を用意すれば可能だし……」
「そんなのに、こおりつかうの、もったいないよ!」
「でもね、リル。これからのシャカシャカも、そうやって氷を使うんだし……」
「あれはいいのっ!」
基準となるものが分からないが、リルにはリルの線引があるらしい。
子どものそうした考えに、まともに付いていこうとすると混乱するだけだ。
とりあえず皮肉げな笑みだけ浮かべて、次の工程に入った。
「しっかり冷えたら、さっきと同じ保存袋に入れる」
「あいっ!」
ボウルの中身はそれなりに多い。
だからリルには袋の口を開いて貰い、私は袋そのものを支える。
そして、実際に注ぐのはシルケの役目だ。
流石に料理の腕に掛けては誰にも負けないだけあって、その注ぎ方に危なげは一切なかった。
「よしよし。そうしたら、次はより大きめの保存袋に氷と塩を入れて……」
「ね、お母さん」
「……ん?」
氷は氷室に置いてある。
それを魔力で手繰り寄せて、袋の中へと投入しながら、リルの言葉を待った。
「これもまほーで、できないの?」
「出来るぞ」
というより、やった方が速い。
無駄な労力も必要ないし、すぐにでも食べられるだろう。
それでもやらない理由はただ一つ……。
「でもやらないのは、そっちの方が楽しいからだ」
「そっかぁ……!」
リルは感動の、面持ちで納得している。
それを横目で見て笑っていると、氷が全て袋に入った。
次いで塩も投入すると、事前に用意してあった二つの袋に入れた。
そうしたら、後は厚手の布で包み込み、掌の熱が伝わらない様にすれば準備完了だ。
「さぁ、リル。シャカシャカするぞ」
「うん、する!」
まずは私が上下に振って、しばらくするとリルに渡す。
そうしてリルも私と同じく上下に振って、時折横にも振ったりした。
「おっ、はじまった!」
「おぉ~い、もうすぐ完成っぽいぞ〜!」
窓に張り付いていた妖精たちが後方に呼び掛けると、次々と数が集まってくる。
しかし、ただ集まった訳ではなかった。
彼らの手には、先ほど口にしていた通り、それぞれ楽器が握られている。
葉っぱから作られた弦楽器、草の茎から出来た吹奏楽器、何らかの種から出来た打楽器。
それらが示し合わせて曲を奏で、シャカシャカという音がそれに合わさる。
「~っ、きゃあ〜っ!」
妖精たちも慣れたもので、リルの出す歓喜の声音に合わせるのもお手の物だ。
疲れると私に交代して、今度は若干トーンダウンした曲が流れる。
リルは額に汗しながら、子供らしい教養も何も無い、思うまま、感じるままのダンスを踊った。
その横ではシルケも左右に揺れるだけのリズムと、音の出ない手拍子も加わる。
アロガもリルの感情に引っ張られて、その場で跳ねるだけの、獣らしい踊りを披露した。
リルが更に笑顔になると、私もそれに合わせて踵を鳴らし、更に音が賑やかになった。
アイスが完成するまで約十五分ほど……。
それまで、森の一角に楽しい音楽が、笑顔と共に途切れることなく続いていた。