混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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畑仕事と昔語り その1

 リルにアイスを与え、妖精達との音楽会を楽しんだ翌日――。

 

 私は錬金小屋にて、手に入れた『角粉』の分析に掛かっていた。

 

 今は昼食の時間もとうに過ぎて、リルはお昼寝の最中だ。

 起きたら今度はマナ訓練だし、そこはナナに任せる予定なので、今は時間に余裕があった。

 

「……というより、こういう時間を活用しないと、いつまで経っても解明なんて出来ない……」

 

 『呪術』の原理すら知らないのに、その対処など夢のまた夢ではある。

 だが、何かしらの反応を引き出せれば、それを切っ掛けに足掛かりを掴めるかもしれない。

 

「まずは、魔術的な分析からだな……」

 

 小瓶の中に収まった角粉は、光に透かすと反射光で七色に光って見えた。

 魔力を操作して、小瓶の中から角粉だけを取り出し解析を始める。

 

 角粉は空中でキラキラと薄く広がり、緩く円を描きながら回った。

 そうして、それに含まれる豊かな魔力を感じて唸る。

 

 ユニコーンが魔力行使の一切を委ねる外的部位だから、そこに集約される量が膨大になるのは、ある種当然だ。

 

 そして、だからこそ、ユニコーンの角には万病に効くと信じられ、乱獲された過去があった。

 煎じて飲めば健康を取り戻し、身に付ければ病魔を退けると言う。

 

 ……が、事実は少々異なる。

 

 病に効果があるのは、あくまで体内のマナを整えてくれるからだ。

 つまり、自然治癒力を高めてくれるので、効果もその範囲に限られる。

 

 免疫力の高い人は、それだけ強い効果を発揮するので、例えば流行病で周りが倒れていく中でも、その者だけ助かった例もあったろう。

 

 そう言ったことが重なる内に、噂と尾ひれが付いて、現在の万病効果伝説へと繋がったと思われる。

 

 そして私が求めているのは、正にそのマナを整えてくれる、と言う部分だ。

 

 この『呪い』……今のところ、分かり易い不調を伝えてこないが、魔力操作に若干の違和感を感じている。

 

 魔力が練りづらいというか、外気から吸収したマナを、上手く取り込めないのだ。

 

 今は単なる違和感で済んでいるが、これが酷くなったらどうなるか分からない。

 魔女から魔術を奪う――。

 

 それが不調の進行に伴う効果で、今の症状の正体だとしたら、それは確かに『呪い』と冠するに相応しい。

 

「……何より、魔女が魔術を使えないなど、笑い話にもならない」

 

 これを『呪い』と言うのは正しくない。

 むしろ、呪詛と言うべきだ。

 

 一千年前から始まり、そして今へと続く積年の恨み――。

 それが彼らを魔術の研鑽へと走らせ、そして結実した先が、()()()()()()()調()()()()()と言う事なのだろう。 

 

 その不調は時が経つほどに悪化し、更なる不調さえ呼び起こすかもしれない。

 魔力やマナから切り離す……。

 

 それを実現させようと言うのかもしれない。

 そして、そう考えると納得も出来るのだ。

 

 綺麗にピースが嵌まるというか、エルフが恐怖する原因を考えると、そうするのが理想と言う気がする。

 

 エルフは魔女の底知れなさを恐れている。

 本気を言えば、対峙すらしたくないだろう。

 

 実際に過去そうした結果、彼らがどうなったか……。

 それは手痛い教訓と、そしてまた、心を抉った傷として残っている。

 

 だから、対峙せずに済む可能性を模索し、魔女の魔術を研究し、自らが扱える中で進歩させた。

 

「その結果の、魔女殺し……」

 

 偵察隊の隊長も言っていたことだ。

 彼らは――あの隊長は、自らの命を犠牲にする前提で、作戦を組み立てていた。

 

「呪いと言うのは、一種のブラフかもしれない……」

 

 私に治癒されては困るのだ。

 だから、それらしき言葉を宛てがい、時間稼ぎしようとした――。

 

「いや、結論を出すのは早い。可能性の一つとして有り得る、という程度に留めておくべきか……」

 

 そうでなければ、足元を掬われるだけだ。

 だが今は、エルフの狙いがどうかはともかく、病の治療を優先すべきだった。

 

「そして実際、困ったものだぞ……」

 

 どうであれ、マナの吸収と魔力の取り扱いに不都合が現れている。

 だというのに、それに対するアプローチすら、簡単ではなかった。

 

「何しろ、内臓の損傷とかではないからなぁ……」

 

 私は脇腹に指先を添えながら唸る。

 マナを扱う内臓などが肉体にあれば、そこを治療すれば完治の目処が付いた。

 

 しかし、人体がマナを吸収し、それを魔力に変換する部分については、未だ謎が多い。

 

 恐らく血中で行われているだろう、という推測が大部分に認知されてる考えで、私もそういうものだ、と考えていた。

 

 だから、最初に考えるべきは血液、あるいは血管に対して、という事になるだろう。

 

「だが、それが如何にも難しい……」

 

 単純に血が汚染されたという事なら、傷口付近だけを考えても意味がない。

 それは既に身体中に回り、全身くまなく覆っていることだろう。

 

「うぅむ……」

 

 我知らず、重い溜息が漏れた。 

 どうすれば良いかを考えても、全ての血液を取り替える、という非現実的な方法しか浮かばなかった。

 

「だが、血液が汚染、あるいは変容していると分かっていない内から、するべき事でもないか……」

 

 私は棚の中から細い形のビーカーを取り出し、合計で六本用意する。

 そうして肘の付け根、太い血管を目印に指先を添え、針の先ほどの穴を開けた。

 

 血液が滲み出し、溢れる前に魔力で掴まえ、そのままスルスルと伸ばしてビーカーの中へと投入する。

 

 同じことを繰り返し、まずは二本分だけ埋めた。

 腕の傷は癒やして塞ぐと、一本はそのままに、もう一本は蓋をする。

 

 それを一時間毎に繰り返し、密閉したものとそうでないものに分けて観察を始めた。

 当然のことだが、血液は空気に触れると凝固する。

 

 だから、ビーカーの中の血液も、自然と表面が固まる筈だった。

 

 しかし、一時間待っても、起きて当然の現象が発生しない。

 それと同時に、不思議なことが起きていた。

 

「これは……」

 

 密閉された方では、分離が起き始めている。

 黒ずんだ赤いものが全体的に広がる中で、更に黒い部分が底に溜まりつつあった。

 

「この黒いものが……、私を侵す毒なのか?」

 

 そうであるなら、いきなり核心を突き止めた事になる。

 

 こんなに簡単で良いのか、という思いと、そんなに単純な訳がない、という思いでせめぎ合う。

 

「だが、普通でないのは確かだ……」

 

 時間を置けば、その変化はより顕著になっていく。

 分離はより激しくなり、沈殿物は増えていった。

 

 一時間毎に採取したのは正解で、その違いも鮮明に示してくれる。

 現状は、最大限溜まっても僅かな量でしかない様だ。

 

 この沈殿物がマナ吸収を阻害するのか、それとも何か悪いものが増えることで阻害するのか、そこは分からない。

 

「それでも、これさえ消せたら解決だ」

 

 私は角粉をビーカーの中に少量入れた。

 マナの正調作用を持つこの粉は、きっと何かしらの変化を起こす筈だ。

 

「綺麗さっぱり消える、なんて事になれば……。解決が一足飛びに近付く」

 

 無論、ただ飲めば治るという、単純なものではないだろう。

 そして、血管内に直接流すなど、危険極まりない行為は当然出来ない。

 

 良い方法を模索する必要こそあるが、解決の糸口が見つかっている状況……そう、悲観する事もない。

 

「さて、どうなる……?」

 

 投入してからしばらく待った。

 改めて幾度か振って内容物を混ぜてみたりして、その変化を見守った。

 

 しかし――。

 

「何かが違うのか……? 変わらない……」

 

 辛抱強く待ったのだが、再び分離現象が起こるだけで、結局新たな変化は起きなかった。

 

 角粉も同じく沈殿したので、より重たい粉の方が下層になっていて、沈殿物に対し一切の変化を起こしてはくれなかった。

 

「そもそも、角粉では力不足なのか……。それとも、考え方そのものが違っていたのか……」

 

 マナの吸収を阻害するのだから、マナを整える作用を持つ角粉は、実に有効そうに思えた。

 実際の現象から推測し、効果が見込めると思っただけに、その落胆は強い。

 

「まぁ、最初の一発目だ……。まだまだ、試すべき素材やアプローチは残されている。気長にやるさ……」

 

 研究において、躓くことなど日常茶飯事だ。

 失敗を積み重ねることで、僅かな細い糸を掴めるかどうか、というチャンスを得られる……それが研究というものだ。

 

 諦めなければ、そのうち解決策も見つかるだろう。

 ――時間制限さえ無ければ。

 

 隊長が最期に残した言葉……。

 二年か、三年か。それとも五年か――。

 

 あの言葉さえ、ブラフとは思えない。

 あれは死を悟った者の、最期のあがきだ。

 

 一矢報いる絶望をくれてやりたい、と思ったことだろう。

 だから、その言葉には――奇妙なことだが――余程、信頼を置けた。

 

「お母さぁ〜ん? もうすぐ、ゆうしょくだって〜!」

 

 その時、リルが扉を開いて、顔だけ覗かせて言ってきた。

 もうそんな時間か、と思うのと同時、経っていて当然とも思い直す。

 

 私は椅子から立ち上がり、簡単に片付けてから向かう。

 リルはどうやら空腹そうで、今にも走り出しそうな勢いだ。

 

 私はリルの傍へと急いで、手を繋いでから扉を閉める。

 母屋までの距離はごく僅か……。

 

 それでも、夕日を浴びながら二人で歌い、家へと入っていった。

 

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