『呪術』について、何の進展もないまま季節は移り、森は本格的な秋に入ろうとしていた。
葉の色付きも変わり、紅葉が目立つようになっている。
去年はひたすら後回しにした畑の収穫だが、今年は妖精達を大っぴらに使えるから、少しずつ順調に作業が進行していた。
「やはり人手……いや、妖精手……? それがあると違うな」
「……ちがうなっ!」
私がホクホクとした顔で言うと、隣に立っていたリルが真似して頷いた。
私が腕組みしているので、同じく腕組みする徹底ぶりである。
目の前に広がる黄金色の稲穂は丸々と実り、今年も豊作であると示していた。
私の満足感も
しかし、その感慨も長くは続かなかった。
「ねぇ! なにサボってるの、魔女も働きなさい!」
腰に手を当て、子どもを叱る様に妖精は言う。
素直に詫びて畑の方に足を向けると、リルも付いて来ながら楽しそうに笑った。
「んひひっ! お母さん、おこられたぁ~」
「そうだな、仕事はちゃんとやらないと……。リルも手伝ってくれるか?」
「んぇ~……? リルも?」
嫌そうに顔を顰めるリルに、私は頷いて応える。
農作業に従事するにあたり、今の年齢は早過ぎると言うことはない。
簡単な部分なら、三歳から参加させる農家だってあるくらいだ。
それに今のリルは、マナの扱い方も随分良くなった。
「ナナの力を借りたらね、稲穂くらいは簡単に収穫出来る。切るのは勿論、拾い集める事までね」
「んぅ……、そうかも」
考える素振りを見せながら首を捻り、斜め上に向けると、そこから透ける様にナナが姿を現した。
空中で腹を上に見せて寝転がり、泳ぐ様にして周囲を回る。
リルはそんなナナに、畑を指差しながら言った。
「じゃあ、ナナ! やって来てっ!」
「私の力を借りるって言うのはね、顎で使うって意味じゃないと思うの」
ナナはゆっくりと周遊しながら、苦笑を漏らしながら言った。
私もそれに頷き、どうするべきか、一本指を立てながら詳しく説明を始める。
「良いかい、リル? 精霊魔法の説明は、もう前にしたね。ナナが直接使う場合と……」
「リルが、じぶんでつかうやつ!」
ピシッと頭上に手を伸ばしたリルに、私は頷きながらその頭を撫でた。
「うん、今までのマナ訓練は、それを使える様にする為だ。そして実は、リルはもうその魔法が使えるだけの基礎が出来ている」
「そうなの……!?」
リルがナナにお願いしてやらせようとしたのは、ある意味では当然でもあった。
リルはまだ、感覚的に使えるだけだから、例えば走る際に補助するような使い方は自然に出来た。
しかし、風魔法の本領を発揮させるには、より深い理解と何らかの動機が必要だ。
この場合は稲穂の切断という動機で、いかにも小さな理由に思えるが、使う動機などその程度で問題ない。
要は、使いたいと思う気持ちと、それに足る理由が精霊を納得させれば、魔法は発現する。
これを不便と取るか、あるいは便利と取るか、それは意見の分かれる所だ。
だが少なくとも、エルフはこれを不便と捉えたし、精霊へご機嫌伺いをするのも億劫と思った。
精霊魔法は、契約者と精霊の間で信用と信頼が不可欠だ。
精霊の意に沿わない、精霊が嫌がる行使は出来ないものだし、無理して使っても威力が大幅に下がってしまう。
だが、目的が一致した時、それは大きな相乗効果を生むのだ。
今回の畑仕事は、ナナとしても邪魔する理由がないので、十分に協力してくれるだろう。
「さて、それじゃあ始めよう。大事なのは、それを使いたいという、強い気持ちだ」
「んぅ……。つよい、きもち……」
「そう難しく考えなくて良いんだ」
私はリルの手を取り、前方の麦畑へ向けさせた。
すると、ナナがスルリと傍に寄ってきて、その肩に後ろから腕を回し抱き付いた。
「そうそう、やることはシンプルでしょ? リルは稲穂が刈られる所、去年も見てるじゃない?」
「うん、お母さんやってた」
「アレとはちょっとやり方が違うけど、切断するのは一緒。そして、風魔法ほど切断に向いた属性もないのよね」
魔術と魔法の発動プロセスは大きく異なる。
だから、私が去年見せたものは、正確には切断ではなかった。
しかし、何も知らないリルから見れば、むしろ綺麗に次々と切断されていった様に見えただろう。
そのイメージこそが、リルの魔法を成功させる鍵となる。
ナナがその伸ばした手に沿い、自分の手を重ねた。
「慣れたらね、こう言うのは要らなくなるし、互いに使いたいと思うものも一致すると思うわ。リルはあの稲穂をどうしたい?」
「バーンって、切りたい!」
「どのくらい?」
「ぜんぶ! ぜんぶ、いっきに!」
「それはちょっと難しいわねぇ……」
ナナが失笑しては、微笑ましく視線を向けるのも仕方がない。
何しろ、前面に見える麦畑は、それなりに大きめだ。
無論、一般的な農家と比べれば、家庭菜園レベルでしかないが、それでも一発で終わらせるには大き過ぎる広さだ。
子どもらしい無謀さと、自分の力量を知らない無知が言わせた台詞と言えよう。
私もまた苦笑しながら、麦畑へ掌を向けた。
「リル、お母さんがこの広さを、これまで一気にやった事があったかい?」
「んぅ……? そういえば、ないかも……」
「そうだろう? こう広いと、少しずつ少しずつ、地道にやった方が良いんだ。全部やろうとするとね、酷く疲れる事になるしね」
「はしるのと、いっしょだ!」
そう、と微笑みながら、私は頷く。
「息切れしないためには、大きめ一発じゃなく、小さめを沢山使う方が有効だ。ナナと良く相談してごらん」
「うんっ!」
リルは素直に頷き、背後へ顔だけ向ける。
そうして拙いながらも、自分が何をしたいか説明を始めた。
「やっぱりね、スパーンってきりたいの」
「豪快ね。でもまぁ、そういうものも良いと思うわ」
「よこにね、まっすぐやるの。できる?」
「そりゃあ、出来ますとも」
ナナは笑顔と共に、自信を持って頷いた。
「でも、どのくらいの横幅か、そして何処まで届くか、それも明確にイメージしないといけないわ」
「めーかく……っていうのは、ムズカシイかも……」
「だったら、こうしたい、こう出来たらな、って考えを思い浮かべるの。それに私が合わせて、可能な範囲で実現させてあげる」
「うん、やってね! ちゃんとよ!」
「はいはい、お任せあれよ」
後ろから抱き付く格好はそのままで、リルの耳の間に顎を置いて請け合った。
リルは浅い呼吸を繰り返し、マナの吸収と魔力への変換を繰り返す。
これらの動作は普段からやらせていて、言わば基礎の基礎だ。
安定した変換動作は、子どもとは思えない出来の良さだった。
今ここで褒めると集中力を削いでしまうので、あえて何も言わないが、本当なら抱き締めて声高に言ってやりたいくらいだ。
「んぅ~……!」
唸る様な声を漏らし、眉間に皺を寄せる。
たっぷりと三秒使って集中すると、弾む様な気合いと共に魔法が放たれた。
「え~いっ!」
可愛らしい掛け声と共に、伸ばされた両掌から、風の刃が飛び出す。
横幅はリルより少し大きいぐらいで、それが一直線に飛んでいく。
速度は投石より僅かに速いぐらいで、まだまだ練度不足を感じさせた。
しかし、初めて挑戦し、初めて成功させたとなれば、十分以上の出来と言える。
私は今度こそリルを抱き上げ、力いっぱい抱き締めて頬擦りした。
「偉いぞ、リル! よくやった!」
「んぅ……、そう?」
しかし、結果を見たリル、はむしろ不満げだった。
切れた距離は五メートル程、確かに長距離とは言い難い。
それでも、実際に問題なく行使できたという点は、大きな評価だ。
「ぜんぜんダメだぁ……。もっといっぱい、きれるハズだったのに……」
「それはね、リル」
ナナが横から顔を出して、困った様に笑った。
「あなたのイメージ、ちょっと理想が高すぎね。もしも本当にそれやってたら、その場でひっくり返って倒れてたんだから」
「そうなの?」
「そう、自分の力を弁えないとね、大変な事になるわよ」
これもまた、精霊魔法の利点と言えるだろう。
魔力というものは、無理して出そうと思えば出してしまえる。
本人にその実力がないのに、無理して大魔術を使おうとし、その末に命を落とす事さえあるのだ。
そして時には、己の命を投げ出してでも、使うものでもある――。
だが、どうあれ今のリルは未熟な魔法使いで、そして安全なストッパー役として精霊が見守ってくれるのは心強いものなのだ。
母としても師としても、その部分については心配していない。
しかし、リルはまた違う考えだったようだ。