「リル、もっとズバッとできると思ってた。こんなチョコッとじゃ、ゼンゼンおわらないもん……!」
「それはそうだが……」
リルが睨むように見つめる畑を、私もまた遠くまで眺めた。
畑の広さを指先から手首までに例えると、リルが刈った稲穂は小指の爪程度だ。
これではいつ終わるか分からず、リルが辟易とするのも仕方なかった。
私はリルの頭をポンポンと撫でて、それから諭すように言う。
「何事も小さな事からコツコツと、だ……。そうやって根気よくやるのが、農業というのなんだよ」
「でも、お母さん……。まえはパパっとやってた」
「まぁ、お母さんはね……」
そもそも慣れた作業だし、リルとの魔力差もある。
稲穂刈りと回収作業を同時に行えるし、その際に脱穀までしてしまう。
リルが見た光景がそうした鮮烈なものだからこそ、理想となるビジョンが高過ぎた。
それはある種、新米魔法使いとしては、不幸な出来事と言えるかも知れない。
「でもね、リル」
リルの横から顔だけ出していたナナが、その小さな肩を撫でながら言った。
「魔法か魔術かにかかわらず、こういうのは実際に使ってみて、積み重ねて上手くなっていくものなの。あなたがよくやってる、剣術だってそうでしょう?」
「んぅ……。じゃあ、いっぱいつかえば、お母さんみたくできる?」
「そうね、いっぱい……とってもいっぱい頑張る必要があるけど。でも、リルならきっと、いつか出来る様になれるわよ」
「そっかぁ……」
リルは何か感じ入る様に頷き、それから両こぶしを握り締めて言う。
「このはたけ、ぜんぶやったら、お母さんみたいになる?」
その質問は確かに純粋なものだが、それでも少し焦りすぎだ。
「世の中、そう都合良くはいかないものよ。さっきの剣術で言うと、リルってば母親に一度も勝てた事ないじゃない?」
「そうかも……」
「あの魔女と同じこと出来る様になるのは、時間が……沢山の練習が必要よ」
「言いたいことは、もう全部言われてしまったが……」
私は不満げなリルの頬を親指で撫でて、私もまた、麦畑の方へと顔を向けた。
「なぁに、嫌でもすぐ上手くなるさ。この量を処理したら、今度は野菜の収穫だ」
「えぇ~っ!?」
リルは大袈裟に驚いて、ガバリとこちらに顔を向けた。
「ココだけじゃないのぉ!?」
「なに言ってるんだい、リル。畑は他にもあるなんて、今更言う事じゃないじゃないか」
「でも、だって……!」
リルが言わんとする事は分かる。
余りに広い、余りに多過ぎる、そういう事を言いたいのだろう。
しかし、少々無理するぐらいでないと、成長が望めないのも事実だ。
リルはこれまでマナ訓練の基礎に集中させて来たが、ここからようやく実技を学ぶ段階に入った。
どうせ繰り返すのなら、何か目的や終わりとなるゴールが見えていると、そこに向けて努力もし易いだろう。
「頑張りなさい。魔法を自在に使えるようになりたいんだろう?」
「そうだけど……! ムリだよ! お母さんもやって!」
「勿論、お母さんもやるとも」
「あ、そうなんだ!」
リルはあからさまに安堵して、ホッと息をつく。
「やるけど、リルがもう無理ってなったらね」
「んぇぇぇ……!? いっしょにやろうよ!」
「そうしてやりたいけど、駄目だよ。リルが現在、どこまでやれるのか、それを確認する為にも必要な事だからね。お母さんが一緒だと、それが分からなくなる」
「んぅ……!」
リルは頬をリスの様に膨らませ、ふくれ面で抗議の視線を送ってきた。
しかし、そんな顔をされてもただ可愛らしいだけで、私の心を温かくさせるだけだ。
「さぁ、ここでゴネていても終わらないよ。勿論、今日一日で全てやらなくても良い」
「んぇ……? そうなの?」
「麦畑の方は、現在の底を知りたいのに使うから、リルがもう無理ってなった時点で、続きはお母さんがやる」
「おやさいは?」
「そっちは明日以降だな。これからマナ訓練をする時間の代わりに、収穫がてら魔法の扱う力を磨くとしよう」
「ぜったいコレ、たいへんなヤツ……!」
「そう、凄く大変なことだ。学校のお友達にも、農業は大変だって教えてやりなさい。魔法の事は伏せてね。良い話のタネになるだろう」
リルは一応、街から少し離れた農村から、わざわざ通っていることになっている。
実体験として得た苦労や辛さは、その信憑性に一つ説得力を与えるだろう。
「みんなに、いってもいいの?」
「話してはならない事も色々あるから、注意は必要だけど……構わないよ。駄目そうな事は、ナナが止めるだろうし」
そう言って私が目を向けると、ナナは不承不承に頷いた。
「何でも私頼りにされるのも困るけど……。でも、この森の秘匿は大事だもの。マズそうだったら口止めしてあげるわ」
「子どもの言うことだ、そう問題になるとは思つてない。……が、用心は必要だ」
重ねて言うと、ナナは分かっている、と表情で物語って手を振った。
私はそれに頷いて、改めてリルに――そして畑へと向き直る。
「さぁリル、先は長いぞ。とりあえず、出来る所までやってしまいなさい」
「んぅ……! わかった、やってみる!」
リルは半ば
だが、今の自分の実力を知るのは、目標を定めるのにも丁度良い。
リルは大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、ナナに合図を送って魔力を集め始めた。
だがそこに、その集中を妨げる別の存在が視界の外からやって来た。
「おっ、リルが魔法使うのか。初めての魔法かな?」
「よく見てみなよ。もう既に、一度使ってるみたいじゃん」
「あぁ、あれか……。でも、あんなちょびっとだったら、試し打ちみたいなモンだろ? つまり、ここから本番ってヤツだ」
「リルの本領発揮ね! どれだけ出来るのか、興味あるわ!」
ワラワラと妖精たちがやって来て、まるで見世物を楽しむような雰囲気を作り出す。
リルは嫌そうな目を向けて、手で虫を払う動きで追い出そうとした。
「いまマジメにやるところだから! ジャマするならかえって!」
「勿論、邪魔なんかしないさ。見てるだけだ」
「なんか中途半端に使った所は見てるけどさ、本格的なのって、これが初めてだろ?」
「中途半端……? あぁ、あの……とにかく突っ込んで行くアレ?」
「そう、空気の抵抗なくすやつ」
訳知り顔で語る妖精は、どこか自慢げだ。
自分の方が、よりリルを知っているんだ、というアピールにも思えて微笑ましいが、リルの思いはまた違った。
「よこでゴチャゴチャいわれたら、しゅーちゅーできないっ! アッチいって!」
「大丈夫だって、邪魔なんかしないよ」
「そうそう、邪魔なんてさせないわ。リルが頑張ってる所、見ていたいだけだもの」
そうは言われても、素直に受け取れないのは、普段の素行ゆえだろうか。
リルは疑わしい視線を止めようとせず、それから私に顔を向けた。
「ねぇ、お母さぁん……!」
そこで私に泣き付かれても困ってしまう。
妖精たちが邪魔しないのは本当だろうし、仮に誰かやろうとしても、止めようとする妖精もいるだろう。
それに、もしも本当に邪魔するつもりなら、それを止めるつもりなのは私も同じだ。
「大丈夫だから、リルは自分に集中なさい。何かあれば、お母さんがどうにかするから……」
「んぅ……」
やはり納得した様子ではなかったが、ともかく前へ向き直って集中し始めた。
目を固く瞑り、可愛らしい眉がきゅっと狭まる。
「見て見て! リルがあんなに真面目そうな顔で……!」
「いつも笑って走り回る子だと思ってたら、まぁ……!」
「あぁいう真面目な顔も出来るようになったんだなぁ……。話に聞いてた通りだよ、子どもの成長って早いよなぁ……」
「――そこっ! うるさいからね!」
リルからキッと睨み付けられ、妖精たちは慌てて口を閉じた。
喋りませんよ、というアピールの為か、自分の口を手で塞ぐアピール付きだ。
リルは可愛らしく睨み付けた目を細め、それからゆっくり前を向く。
だが結局、口を閉じていたのは、ほんの少しの間でしかなかった。
嵐が過ぎ去ったと分かれば、妖精たちはまたすぐ口を開き始める。
「リルもあぁいうこと、言うようになったかぁ。あの泣き虫リルがねぇ……」
「感慨深いよね」
「いつまでも子どものままじゃない、ってことよ。この成長を見られるのが、ここの特権ってものでしょう?」
リルがうっそりと振り向くと、妖精たちは手で口を塞いで顔を横に振る。
何も喋ってません、というアピールだったが、それが通じる段階はとうに過ぎていた。
「もぉ〜っ! しずかにしてって、いってるのにっ!」
リルの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。
流石に見兼ねて、私の方からも妖精たちを睨めつける。
「黙ってられないのは分かったが、今だけは静かにな。リルは妖精たちを前にすると、感情を表に出し過ぎる」
「まぁ、それだけ愛されてるってことだよな?」
「愛の代償なら仕方ない。ここは黙って、気持ちだけで応援することにしよう」
「……最初から、そうしてやってくれよ……」
私が最後に睨み付けると、今度こそ妖精たちは黙った。
視線でリルにもう大丈夫、と告げてやれば、頷いて向き直る。
そうしてようやく、リルが本気で取り組める状態が出来て――。
呼気と共にマナを吸収し、それを魔力へ変換していく力の本流を見る。
ようやく、リルの稲穂刈り作業が始まろうとしていた。