混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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畑仕事と昔語り その3

「リル、もっとズバッとできると思ってた。こんなチョコッとじゃ、ゼンゼンおわらないもん……!」

 

「それはそうだが……」

 

 リルが睨むように見つめる畑を、私もまた遠くまで眺めた。

 畑の広さを指先から手首までに例えると、リルが刈った稲穂は小指の爪程度だ。

 

 これではいつ終わるか分からず、リルが辟易とするのも仕方なかった。

 私はリルの頭をポンポンと撫でて、それから諭すように言う。

 

「何事も小さな事からコツコツと、だ……。そうやって根気よくやるのが、農業というのなんだよ」

 

「でも、お母さん……。まえはパパっとやってた」

 

「まぁ、お母さんはね……」

 

 そもそも慣れた作業だし、リルとの魔力差もある。

 稲穂刈りと回収作業を同時に行えるし、その際に脱穀までしてしまう。

 

 リルが見た光景がそうした鮮烈なものだからこそ、理想となるビジョンが高過ぎた。

 

 それはある種、新米魔法使いとしては、不幸な出来事と言えるかも知れない。

 

「でもね、リル」

 

 リルの横から顔だけ出していたナナが、その小さな肩を撫でながら言った。

 

「魔法か魔術かにかかわらず、こういうのは実際に使ってみて、積み重ねて上手くなっていくものなの。あなたがよくやってる、剣術だってそうでしょう?」

 

「んぅ……。じゃあ、いっぱいつかえば、お母さんみたくできる?」

 

「そうね、いっぱい……とってもいっぱい頑張る必要があるけど。でも、リルならきっと、いつか出来る様になれるわよ」

 

「そっかぁ……」

 

 リルは何か感じ入る様に頷き、それから両こぶしを握り締めて言う。

 

「このはたけ、ぜんぶやったら、お母さんみたいになる?」

 

 その質問は確かに純粋なものだが、それでも少し焦りすぎだ。

 

「世の中、そう都合良くはいかないものよ。さっきの剣術で言うと、リルってば母親に一度も勝てた事ないじゃない?」

 

「そうかも……」

 

「あの魔女と同じこと出来る様になるのは、時間が……沢山の練習が必要よ」

 

「言いたいことは、もう全部言われてしまったが……」

 

 私は不満げなリルの頬を親指で撫でて、私もまた、麦畑の方へと顔を向けた。

 

「なぁに、嫌でもすぐ上手くなるさ。この量を処理したら、今度は野菜の収穫だ」

 

「えぇ~っ!?」

 

 リルは大袈裟に驚いて、ガバリとこちらに顔を向けた。

 

「ココだけじゃないのぉ!?」

 

「なに言ってるんだい、リル。畑は他にもあるなんて、今更言う事じゃないじゃないか」

 

「でも、だって……!」

 

 リルが言わんとする事は分かる。

 余りに広い、余りに多過ぎる、そういう事を言いたいのだろう。

 

 しかし、少々無理するぐらいでないと、成長が望めないのも事実だ。

 

 リルはこれまでマナ訓練の基礎に集中させて来たが、ここからようやく実技を学ぶ段階に入った。

 

 どうせ繰り返すのなら、何か目的や終わりとなるゴールが見えていると、そこに向けて努力もし易いだろう。

 

「頑張りなさい。魔法を自在に使えるようになりたいんだろう?」

 

「そうだけど……! ムリだよ! お母さんもやって!」

 

「勿論、お母さんもやるとも」

 

「あ、そうなんだ!」

 

 リルはあからさまに安堵して、ホッと息をつく。

 

「やるけど、リルがもう無理ってなったらね」

 

「んぇぇぇ……!? いっしょにやろうよ!」

 

「そうしてやりたいけど、駄目だよ。リルが現在、どこまでやれるのか、それを確認する為にも必要な事だからね。お母さんが一緒だと、それが分からなくなる」

 

「んぅ……!」

 

 リルは頬をリスの様に膨らませ、ふくれ面で抗議の視線を送ってきた。

 

 しかし、そんな顔をされてもただ可愛らしいだけで、私の心を温かくさせるだけだ。

 

「さぁ、ここでゴネていても終わらないよ。勿論、今日一日で全てやらなくても良い」

 

「んぇ……? そうなの?」

 

「麦畑の方は、現在の底を知りたいのに使うから、リルがもう無理ってなった時点で、続きはお母さんがやる」

 

「おやさいは?」

 

「そっちは明日以降だな。これからマナ訓練をする時間の代わりに、収穫がてら魔法の扱う力を磨くとしよう」

 

「ぜったいコレ、たいへんなヤツ……!」

 

「そう、凄く大変なことだ。学校のお友達にも、農業は大変だって教えてやりなさい。魔法の事は伏せてね。良い話のタネになるだろう」

 

 リルは一応、街から少し離れた農村から、わざわざ通っていることになっている。

 実体験として得た苦労や辛さは、その信憑性に一つ説得力を与えるだろう。

 

「みんなに、いってもいいの?」

 

「話してはならない事も色々あるから、注意は必要だけど……構わないよ。駄目そうな事は、ナナが止めるだろうし」

 

 そう言って私が目を向けると、ナナは不承不承に頷いた。

 

「何でも私頼りにされるのも困るけど……。でも、この森の秘匿は大事だもの。マズそうだったら口止めしてあげるわ」

 

「子どもの言うことだ、そう問題になるとは思つてない。……が、用心は必要だ」

 

 重ねて言うと、ナナは分かっている、と表情で物語って手を振った。

 私はそれに頷いて、改めてリルに――そして畑へと向き直る。

 

「さぁリル、先は長いぞ。とりあえず、出来る所までやってしまいなさい」

 

「んぅ……! わかった、やってみる!」

 

 リルは半ば自棄(ヤケ)の構えだ。

 だが、今の自分の実力を知るのは、目標を定めるのにも丁度良い。

 

 リルは大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、ナナに合図を送って魔力を集め始めた。

 

 だがそこに、その集中を妨げる別の存在が視界の外からやって来た。

 

「おっ、リルが魔法使うのか。初めての魔法かな?」

 

「よく見てみなよ。もう既に、一度使ってるみたいじゃん」

 

「あぁ、あれか……。でも、あんなちょびっとだったら、試し打ちみたいなモンだろ? つまり、ここから本番ってヤツだ」

 

「リルの本領発揮ね! どれだけ出来るのか、興味あるわ!」

 

 ワラワラと妖精たちがやって来て、まるで見世物を楽しむような雰囲気を作り出す。

 リルは嫌そうな目を向けて、手で虫を払う動きで追い出そうとした。

 

「いまマジメにやるところだから! ジャマするならかえって!」

 

「勿論、邪魔なんかしないさ。見てるだけだ」

 

「なんか中途半端に使った所は見てるけどさ、本格的なのって、これが初めてだろ?」

 

「中途半端……? あぁ、あの……とにかく突っ込んで行くアレ?」

 

「そう、空気の抵抗なくすやつ」

 

 訳知り顔で語る妖精は、どこか自慢げだ。

 

 自分の方が、よりリルを知っているんだ、というアピールにも思えて微笑ましいが、リルの思いはまた違った。

 

「よこでゴチャゴチャいわれたら、しゅーちゅーできないっ! アッチいって!」

 

「大丈夫だって、邪魔なんかしないよ」

 

「そうそう、邪魔なんてさせないわ。リルが頑張ってる所、見ていたいだけだもの」

 

 そうは言われても、素直に受け取れないのは、普段の素行ゆえだろうか。

 リルは疑わしい視線を止めようとせず、それから私に顔を向けた。

 

「ねぇ、お母さぁん……!」

 

 そこで私に泣き付かれても困ってしまう。

 妖精たちが邪魔しないのは本当だろうし、仮に誰かやろうとしても、止めようとする妖精もいるだろう。

 

 それに、もしも本当に邪魔するつもりなら、それを止めるつもりなのは私も同じだ。

 

「大丈夫だから、リルは自分に集中なさい。何かあれば、お母さんがどうにかするから……」

 

「んぅ……」

 

 やはり納得した様子ではなかったが、ともかく前へ向き直って集中し始めた。

 目を固く瞑り、可愛らしい眉がきゅっと狭まる。

 

「見て見て! リルがあんなに真面目そうな顔で……!」

 

「いつも笑って走り回る子だと思ってたら、まぁ……!」

 

「あぁいう真面目な顔も出来るようになったんだなぁ……。話に聞いてた通りだよ、子どもの成長って早いよなぁ……」

 

「――そこっ! うるさいからね!」

 

 リルからキッと睨み付けられ、妖精たちは慌てて口を閉じた。

 喋りませんよ、というアピールの為か、自分の口を手で塞ぐアピール付きだ。

 

 リルは可愛らしく睨み付けた目を細め、それからゆっくり前を向く。

 だが結局、口を閉じていたのは、ほんの少しの間でしかなかった。

 

 嵐が過ぎ去ったと分かれば、妖精たちはまたすぐ口を開き始める。

 

「リルもあぁいうこと、言うようになったかぁ。あの泣き虫リルがねぇ……」

 

「感慨深いよね」

 

「いつまでも子どものままじゃない、ってことよ。この成長を見られるのが、ここの特権ってものでしょう?」

 

 リルがうっそりと振り向くと、妖精たちは手で口を塞いで顔を横に振る。

 何も喋ってません、というアピールだったが、それが通じる段階はとうに過ぎていた。

 

「もぉ〜っ! しずかにしてって、いってるのにっ!」

 

 リルの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。

 流石に見兼ねて、私の方からも妖精たちを睨めつける。

 

「黙ってられないのは分かったが、今だけは静かにな。リルは妖精たちを前にすると、感情を表に出し過ぎる」

 

「まぁ、それだけ愛されてるってことだよな?」

 

「愛の代償なら仕方ない。ここは黙って、気持ちだけで応援することにしよう」

 

「……最初から、そうしてやってくれよ……」

 

 私が最後に睨み付けると、今度こそ妖精たちは黙った。

 視線でリルにもう大丈夫、と告げてやれば、頷いて向き直る。

 

 そうしてようやく、リルが本気で取り組める状態が出来て――。

 呼気と共にマナを吸収し、それを魔力へ変換していく力の本流を見る。

 

 ようやく、リルの稲穂刈り作業が始まろうとしていた。

 

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