混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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畑仕事と昔語り その8

「まぁ、お母さんが何が嫌いかは、この際どうでも良い話さ。……お話の続きしようか?」

 

「うん、きかせてきかせて!」

 

 私がエルフを憎らしく思う理由は複数ある。

 だがそれを、リルに説明する気も、教えるつもりもなかった。

 

 この気持ちは私個人のもので、娘に継がせるべき思いではないからだ。

 私の口から説明すると、恣意的ではないにしろ、その悪意が伝染するだろう。

 

 より公平な視線で物事を見て欲しいから、リルには自分で知り、自分で考えて決めて欲しいと思った。

 

 何らかの本を複数読んで欲しいと思うが、中には明らかなエルフ讃歌の本もある。

 そうした物は敢えて弾くとしても、そうでないなら、好きに学ばせるのが一番だとも思う。

 

「さて、お母さんが隊商を辞めた理由だけど、この都市に寄ったことが原因になったんだ」

 

「ごほんがいっぱいあるから? ――あ、わかった! お母さん、そこにすもうとおもったんだ!」

 

「お、鋭いな。でも似てるけど、ちょっと違う」

 

 私は笑って首を振る。

 未だ二人の間を隔てて映すビジョンを指差し、そこに見える店の軒先や、行き交う人々を示した。

 

「見てご覧……。お店の外に並ぶほど書は溢れているけど、本を手に取る人間は、そのごく一部だ」

 

「どうして……?」

 

「エルフの許可を得た人間しか、書に触れられないからさ」

 

「それってヒドい! よんじゃいけないの? ゆるしてもらえないと?」

 

 そう、と頷いて私は手首を返し、映るビジョンの種類を変える。

 

 そこに見えるのは書物を抱えた人々が行き交う姿だが、彼らは学者や司書ではなかった。

 奴隷身分の人間が、主人に変わって本を運ぶか、あるいは認められたごく一部の人間だった。

 

「しかし、その全てが悪い、という話でもなかった。逆を言うと、認められたら子どもであれば、好きに本を手に取り、読むことが許されたからだ。そして、賢いことを認めさせれば、その許可は得られる」

 

「じゃあ、お母さんはそうやって、みとめさせたんだ……!」

 

「ところが、そういう訳でもなかったんだな」

 

 リルは不満そうに唇を突き出し、機嫌の悪さを大きく顕にした。

 

 私という存在は、リルからすれば大きく頼りになり、何でも知っている賢いヒトかもしれないが、子どもの頃から今の様に賢かった訳では無い。

 

「お母さんは隊商の人達からも賢いと思われていたけど、それはあくまで子どもにしては、というレベルでしかなかった。お母さんもね、周りが囃し立てるものだから、少し調子に乗っててね……」

 

「それで……、ほんをよませてください、っていって……ダメだったの?」

 

「そういう事だね。エルフ基準で言えば、お母さんなんて全然賢い部類じゃなかった。愚か者の烙印を押されて、それでその場はおしまい」

 

「んぅ……」

 

 まるで自分自身がそう言われたかの様に、リルはしゅんと肩を下げた。

 耳までペタリと垂れてしまって、本気で悲しんでくれていた。

 

「優しい子だね。お母さんの為に、そう悲しい顔をしなくて良いんだよ」

 

「でも……」

 

「もうずっと、昔の話さ。ずっと、ずっと昔のね……」

 

 当時の思いは既に忘れてしまった。

 だが、きっとリル以上に悲しみ、そして憤ったのだと思う。

 

 この時の記憶が薄れているのは、それ以上の大きな衝撃が、私の元に訪れたからだ。

 一生を左右する、大きな出会いがそこであった。

 

 私はビジョンの上半分、屋根が連なる画面の上に見える、一本の塔を指差す。

 

「これが見えるかい? 中央にそびえるのは、『万巻の塔』と呼ばれる巨大な書庫だ。この書庫には、世界中の魔導書、歴史書、失われた物語さえ収められている、という触れ込みだった」

 

「ほんとうにあったの?」

 

「さて……。実際に凄い量の蔵書だったし、魔導書さえ大量にあったから、あながち嘘とも思っていないけどね……。お母さんはついぞ見た事もなかったけど、『禁書区』という場所さえあったから」

 

「どういうイミ?」

 

「禁じられた本がある、誰も入っちゃいけない場所、って意味さ。どういう理由で禁書にされるかは、本当に色々あるから一口には言えないけれど、悪魔を召喚する魔導書が眠っている、なんて噂さえあった」

 

「あくま……って、ホントにいるの?」

 

 いる。

 実在するのは事実だ。

 

 それをリルに教えても良いものだろうか。

 下手に実在を知らせると、夜眠れない、なんてことにならないかと不安になる。

 

「……リルはどう思う?」

 

「うぅ~ん、どうかなぁ? よーせーも、せーれーもいるんだから、いてもおかしくないのかなぁ?」

 

「それと一括りにされては、彼らも可哀想だろう。リルは怖くないのか?」

 

「ぜーんぜん!」

 

 そう言って、リルはあっけらかんと笑った。

 

「だって、いてもお母さんがやっつけてくれるもん! ドラゴンのときみたいに!」

 

「それは……、そうだな」

 

 ふふ、と笑って私が頷いてみせると、リルは尚も嬉しそうに、きゃらきゃらと笑った。

 リルからすれば、私の存在がそうした悪しき者から守ってくれる、絶対の信頼となっているようだ。

 

 そして、それは事実なので、リルが怖がる心配は確かになかった。

 それを確認できた今、隠す必要もないかと、リルに真実を口にする。

 

「うん、悪魔は実在する。そして、お母さんはかつて、その知識的探究心から実際に召喚してみたことがあった」

 

「ホントにでたのっ……!?」

 

「出たよ。黒い身体にヤギの角、牙が生えて目が赤かった。恐ろしい強面でね……」

 

「そ、それで……?」

 

「喚び出しには成功したので、満足したから帰って貰った」

 

「ふつーに、かえるんだぁ……。よーせーみたいに、ワガママいってこまらせるかとおもった……」

 

「その考えは正しい。だから、もしリルにそんな機会があっても、決して真似したりしない様に」

 

「しないもんっ!」

 

 これは無意味な心配だったか。

 リルは心外そうに頬を膨らませ、ぷりぷりと怒っている。

 

 その反応も当然なので、私は素直に詫びて、当時のことを振り返った。

 実際、リルが言う事は正しいのだ。

 

 召喚しておいて、何もせずに帰すというのは非礼に当たる。

 相手が悪魔なのだから、その性格の悪さなど言うまでもない。

 

 素直に帰る筈もなく、無礼を理由に暴れる事も考えられた。

 だが結果として、最後には自分から帰ると泣き言をいうまで痛めつけたことで、何事もなく召喚の儀を終えたのだった。

 

「ちょっと話がズレたな……。さっき言った、万巻の塔……そこに一人の女性が通っていてね。エルフじゃない、人間の女性だ」

 

「それって……、めずらしい、の?」

 

「うん、とっても珍しい。知はエルフにとって大事なもので、誇りそのものだ。だから、貴重な本ばかりを所蔵するその塔には、基本的に人間の立ち入りは禁止していたぐらいだった。主人の使いで荷物を届ける為とか、そうした理由で入ることはあっても、塔の利用を許可されたのは、当時その一人しかいなかったのさ」

 

「ほぇ~……」

 

 そして、その女性こそが、後に私の師匠となる人だ。

 

「その人は他人の才能を見抜く力があった。私が途方に暮れている所に、偶然その人が通り掛かった」

 

「じゃあ、そのひとが、ごほんよませてくれたの?」

 

「そうだよ。そして、幾つもの問答をした結果、とても気に入られた。弟子にして育てよう、と思う程には……」

 

 色々と常識が欠落した人ではあった。

 挨拶もなく、突然目の前に立った二十代の女性――。

 

 その人が、何の挨拶や自己紹介もなく、ただ矢継ぎ早に質問を繰り返して来た。

 それは一般的な常識に関わるものから、そうではない専門的なことまで、実に多岐に渡った。

 

 分からない質問も多く、そうした時は素直に分からないと答えた。

 

 質問の数さえ分からなくなるくらい、多くの問答を終えると、気に入った、の一言と共に、その場で連れ去ろうとしたのだ。

 

「でも、お母さんは隊商の下働きで、雑用係でもあった。勝手に抜けたら迷惑になるし、なにより……」

 

「おんをかえす、だよね?」

 

「そう、だから仲間の元に帰ると言った。好きな本を与えると言う言葉は魅力的だったけど、私としても書都に隊商が立ち寄った時、読める機会があれば良い、と思う程度だったから……」

 

「たまにでいいの? まいにち、よめなくても?」

 

「それは贅沢というものさ」

 

「ぜいたく……」

 

 その返答が予想外だったのか、リルは絶句に近い表情で目を丸くした。

 私はその反応に、薄く笑いながら続ける。

 

「今でも、そういう考えはあるんだよ。学ぶにはお金が掛かる。本も一緒で、読んでもお腹は膨れないから……」

 

「そっか……。だから、ぜーたく……なんだ」

 

「そう。……でも、学ぶべき者――その資格を持つ者は、身分はどうあれ学ぶべき、というのが師匠の考えでね」

 

 しかし、その代わり、その敷居は非常に高いものだった。

 当時は正直、なぜ自分が選ばれたのか、半信半疑だったものだ。

 

 師匠はわざわざ隊商の所へ足を運び、自分の元で学ばせると断言した。

 それは説得と言うのも烏滸がましい、決定事項を伝える要求で、相手の意思など考慮していなかった。

 

「隊商の皆は、呆気ないほど簡単に納得してくれてね。元々、私に本を読ませられるかも、と思って連れて来てくれたようなものだったから……」

 

「そっかぁ……、それでお母さん……」

 

「うん、書都に来ることがあったら教えて欲しい、必ず力になるから、と言って別れ、師匠の後に付いて行った……」

 

 一緒に過ごした数年間は、間違いなく私の宝物だった。

 

 突然別れることになって涙を流し、そして隊商の皆も涙ながらに手を振って送り出してくれた。

 

「それからまぁ、色々あって……。今は、リルのお母さんをやっているのさ」

 

「えぇ……!? そのあいだは? そのあと、どうしたの? ししょーのおなまえは?」

 

「ごめんね、名前についてはリルにも教えられないんだ。それに、そこからの話をすると、夜が明けても終わらないよ」

 

 私はすっかり冷めてしまったお茶を、飲み干して立ち上がる。

 

「さぁ、もうそろそろ寝る時間だよ。続きは、またいつかだ」

 

「また、こんどぉ~……? んぅ……、きっとね、またこんどね!」

 

「機会があればね」

 

 果たして話す機会はあるだろうか。

 リルには少し、刺激の強い内容になるだろうし、あまり進んで話したいとは思わない。

 

 何しろ、エルフ達との闘争の話だ。

 愉快な話になろう筈もない。

 

 だから恐らく、そんな機会は来ないだろう、と思いながら、リルに歯磨きをさせて寝かし付けた。

 

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