それから約半月の時間を掛け――。
リルの奮闘もあって、畑の収穫はその大部分が終わろうとしていた。
今もリルは、寝そべるアロガの腹にくっ付いて、荒れた息を整えている。
「もう……、これでおわりぃ……?」
「そうだね、リルの分は終わりかな」
私がそう告げると、脱力して喜びを顕わにした。
アロガの腹をワシャワシャと撫でながら、大きな溜め息と共に、大義そうに言う。
「ようやく、おわりだぁ~……。ちかれたよぉ~……」
「でもね、リル」
ふわり、と背後からナナが現れて、柔らかな風でリルの頭を扇いだ。
「お陰であなた、魔力の扱い方がとても上手くなっているわよ。やっぱり、少し強引にでも使わせる方が、成長に繋がるものなのかしら」
「それは場合にもよるが、今のリルにはそれが正解だろう。伸びる時期は、何をしても伸びる」
「んェェ~……。リル、もうヤダぁ……」
「大丈夫、今日もう終わりなのは本当だから。伸ばすのと同様、休むのも同じだけ大事だ」
リルは飲み込みも早いし、実技の方は特に凄い。
やらせればやらせるだけ伸びるように感じるから、ついつい熱が入りがちだ。
だが、その熱意でリルを潰してしまうことがないよう、細心の注意が必要だった。
何より、リルはまだ六歳だ。
あと二ヶ月で七歳になる。
まだまだ遊びたい盛りだから、そちらにも気を配ってやらなければならない。
いつもいつも、勉強と訓練漬けは、流石に可哀想だとも思っている。
「あぁそうだ、リル。うちの畑が収穫時期なのと一緒で、森の外もやっぱり収穫時期だ。これが意味することは……」
「ことは……?」
「お祭りがある」
「――おまつり!?」
がばり、と跳ね起きて、リルは疲れ切った身体とは思えない、俊敏な動きで私に迫った。
勢いそのままに抱き付かれ、腰に直撃するとその衝撃で息が漏れた。
「おぐっ……! だからリル、勢い良くぶつかるのは止め――」
「いつ!? いついくのっ!?」
どうやら、リルの中では行くこと自体は決定事項で、後は日にちの問題らしい。
私は腰に抱き付くリルの頭を撫でて、遠く空を見つめた。
「大丈夫、そんなに遠くないよ。指折り数えて待てばすぐさ」
「それじゃ、ぜんぜんわかんない! もっと、わかりやすいほうほう、ないの?」
「それじゃあ、豆を壺から移し替えようか。毎日一粒ずつ、別の壺に移していけば、あと何日なのか分かるだろう」
「それ、いい! すてき!」
リルは手を叩いて喜んで、きゃらきゃらと笑った。
そして機嫌の良さそのままに私の手を取り、今すぐにでも街へ出掛けようとする。
当然、いま行っても祭りなどしていないが、どうあれ街には行きたいらしい。
実に微笑ましい一幕だが、これに異を唱える者たちがいた。
ナナとアロガ、そして妖精達だった。
まずナナから先に口火を切り、大いに不満を顕わにした様子で腰に手を当てる。
「そんなに元気なら、もっと魔法の練習出来るんじゃないかしら……! 今からでも、もう少し絞っておく?」
「ん、んーん! いい! いらない!」
リルが必死に手と顔を横に振る傍ら、アロガが傍にやって来て、その身体で包むように抱えてしまった。
「ちょ、ちょっとアロガ……!」
「グルゥ、ウゥゥ……!」
「アロガは、また自分を置いてけぼりにされるのが、大層気に食わない様だな。……とはいえ、どれだけ不満に思っても、我慢して貰うしかないんだが……」
アロガはこの頃、特に我慢させられている。
生まれてこの方、常に傍にいたものだから、離れていると寂しくて堪らない、と感じているのだ。
学校へ行くようになってから、最近それが顕著だから、また置いていくのか、と言った心境だろう。
リルも大概寂しがり屋だが、アロガもまた同じぐらいには寂しがり屋だ。
どこか妙なところで似たもの姉弟だった。
「ごめんね、アロガ。でも、アロガをまちにはつれてけないのよ」
顔を擦り付けて、胸の辺りをぐいぐいと押してくるアロガに、リルはその頭を撫でながら言う。
「まちにいくと、みんなおどろいちゃうんだって……」
リルとしても、それを不満に思う気持ちがある。
だが、魔獣とは本来、恐れられるものであって、犬や猫の様に可愛がられるものではないのだ。
これについてはリルの方が例外なので、その辺りは街に通うにつれて、感性も磨かれて行くだろう。
リルが一時、縋る様な目を向けてきたが、私が首を横に振ると素直に諦めて、アロガを宥め始めた。
だがそこに、未だ怒りを顕わにしている妖精達が、ナナと同じく腰に手を当て、リルを囲んで口々に言う。
「やい、リル! 街の祭りが何だってんだ! ここでだって、宴やるんだぞ!」
「え、そうなの……? でも、まえはしなかった……」
「去年はな! だって、リルに姿をさ、見せられなかったし、そんなんでやっても意味ないだろ!」
「そうそ、マナの影響を最小限に抑えるとかで!」
「でも、今年は違うもんね!」
「きっと楽しいぞ~? 街の祭りなんて、ミミズの毛みたいなもんさ!」
「美味しい食べ物だってあるぞ!」
「ホント……!?」
美味しい、という単語に釣られてリルの目が輝き、興味津々に食いつく。
「どんなの!? おかし!?」
「それはもう、色々さ! 魔女だって何か作るだろ」
「おいおい、私も何か作らされるのか……」
「自分たちで美味いモン作れるなら、最初っからそうしてるよな~っ?」
「ねぇ~? ここに来る理由って、もう半分以上はそれだもんね~?」
口々に言い合って、何が美味しい、アレが美味しいと盛り上がる。
実際に料理する者などそっちのけで、料理やお菓子談義に花を咲かせていた。
その内、幾人かの妖精がこちらに流れてきて、リルの頭の上に座ると、どこからともなく、楽器を取り出す。
いつかも見せた、葉と枝で器用に作られた、妖精の弦楽器だ。
それをあくまで手慰みで弾きながら、リルへと語り掛ける。
「こっちの祭りも、きっと楽しい筈さ。僕らが騒いで、楽しくならない訳がない」
「人間がやる祭りなんて、せいぜい火を焚くとか、それを囲んで踊るとかだろ。こっちはもっと凄いぞ」
「どう? どう、すごいの?」
「それは、勿論……」
食い付いたリルに、妖精はニッコリと笑って、弾いていた曲を軽快に終わらせる。
「秘密さ」
「えぇぇ……っ!? おしえてよぉ!」
「ダメダメ! いま教えたら台無しになってしまうじゃないか。当日までのお楽しみさ」
「それに、そっちの方が、リルもドキドキ出来るだろ?」
「べつに、したくない! いま、おしえて!」
頭上の妖精を捕まえようと手を伸ばすが、素早さではリルより上で、するりと躱して逃げ出してしまった。
そして、そのまま右へ左へ、蛇行しながら畑の奥へと消えていく。
他の妖精達も似たようなもので、一人は手を振り、一人は投げキッスしたりと、それぞれの親愛を表現しながらその場を去った。
一気に静かになって、一瞬の静寂が周囲に満ちる。
妖精達の後ろ姿を見送っていた私は、顔を戻した時、期待に満ちたリルの顔を見て苦笑した。
「お母さんも、妖精達が何をするかなんて知らないよ」
「えぇ~……、そうなの?」
「もしここで、アレやソレをやるかもね、なんて言ったら、敢えて別の何かを用意してきそうだ」
妖精には、そういうところがある。
自分たちの楽しみを邪魔されたり、水を差されることを、とても嫌う。
だから、ここで何か予想するのに、意味など殆どなかった。
「何か楽しいことを企画してるんだろう。だったら、リルは楽しみに待ってなさい」
「でも、何か……。自分たちの祭りか、街の方の祭りか、どっちか選べって感じだったけど……」
ナナが不穏そうに言うと、リルはまたしても、私の腰に縋り付く。
「そうなの……!? どっちかだけ?」
「そんな事あるもんか」
安心させるように頭を撫でると、リルは分かり易く安堵の息を吐いた。
「なんだあ……、よかった」
「グルゥ、グルル……」
「アロガはダメっ。かわいそうだけど、おるすばんなの」
それでもアロガは納得しかねる様子で、リルの胸に頭を擦り付けていた。
「もぉ~……っ。ガマンして、アロガ~……っ」
どうやら今回は、宥めるのに苦労しそうだ。
簡単には引かない構えで、おねだり攻撃を仕掛けている。
いつも大概、アロガに塩対応のリルも、今回は負い目があるのか、たじたじだった。
私はそれを微笑ましく見つめながら、街の祭りについて思う。
妖精が言ったことは、そう的外れでもなかった。
早々、派手な祭りなど開催されない。
収穫物をメインにした、郷土料理などが振る舞われ、後は商人たちが、各々好き勝手に物を売っていたりする。
後は酒など飲んで騒ぐだけだ。
そう大した祭りではない。
それでも街の人間にとっては、年に何度もない大っぴらに騒げるイベントだから、それなりに盛り上がるのが常だった。
リルを連れて行くのなら、はぐれないようにする事は勿論、トラブルからも守ってやらねばならない。
私は来たる日のことを思いながら、当日はどうするかに思いを馳せた。
リルが助けを求める声も、今だけは笑って誤魔化した。