そうして幾日が過ぎた頃、リルを学舎へ送ったついでに、告知板へ立ち寄ってみたところ、そこには人集りが出来ていた。
文字の読み書きを出来る者ばかりではないので、そうした場所には必ず、読み聞かせ屋――あるいは伝令がいる。
今いるのはそれを仕事にしている読み聞かせ屋の方で、大声で周囲全員に伝えなければならないから、これはこれで大変な仕事だった。
伝令の場合、大抵は領主からのお触れであることが多く、この時は鐘を鳴らして周囲の人たちを集める。
収穫祭は領主が取り仕切るだけではなく、各ギルドもまた催すものなので、あぁした読み聞かせ屋に仕事を割り振っているのだろう。
ともかく、日取りの方は分かった。
既に知っていたものの、開催までそう遠くない日数だと、改めて確認が取れたのは良かった。
リルは今も楽しみに待っていて、我慢出来ないと騒ぐ事も多い。
そうした姿も愛らしいが、早く参加させてやりたいという気持ちもある。
それからは食材を買い込むなどして時間を使い、昼前には学舎前で授業が終わるのを待った。
入り口が良く見える所に陣取り、壁に背を預けて腕を組む。
こうしている間も、エルトークスの若衆が遠巻きに見張っているのが分かって、いつもながら大変だな、と他人事の様に思った。
以前の様な騒動は元凶が消えた以上、早々起きないとも思うが、彼らからすると気を抜ける事ではないのだろう。
今度、差し入れでも持って行こうか、などと考えていると、にわかに学舎が騒がしくなった。
ガヤガヤと子どもらしい騒ぎ声も聞こえて来て、リルがいつものメンバーである、モンティとミーナを引き連れて姿を見せた。
「あっ、お母さんっ!」
リルがいの一番に手を振り、私も片手を挙げて手を振り返す。
友達がいる手前か、いつもの様に飛び付いては来なかった。
その代わりと言うわけではないが、リルは隣のミーナの手を握って、元気よく前後に振る。
「いいなぁ、リルちゃん。いっつもママが待っててくれて……」
「ミーナちゃん……だけじゃないね。モンティのトコも、きてるのみたことない……」
「それはそうだよ。すぐ近所だし、お昼は店から離れられないもん」
「その点、リルの母ちゃんは良いよなぁ。……地主なんだろ? 小作人もいっぱい抱えてる、さ」
リルは何かを言い返そうとして、唐突に口をつぐむ。
恐らく、ナナから注意が飛んだのだろう。
「ん……、ん~とね、そう。いっぱい、いるよ」
「どんくらいだっけ? 前にきいた時も、いっぱいとしか言わなかったよな?」
「んぅ……、どのくらいだろ……? リル、みんなのちがい、あんまりわかんないから……」
「そりゃ、かわいそうってなもんだぜ。自分のとこで雇ってる奴は、大事にしてやるもんだ……って、父ちゃんが言ってた」
「んぅ……」
リルは困った顔をして、耳がペタンと力なく垂れた。
妖精達の数を把握しろなど、リルには酷な話だろう。
そもそも彼らは良く似ているし、服やワンポイントの小物などで違いを出しているものの、日によって変わったりもする。
私でさえ、大まかな数しか把握していない程だ。
声を掛けるか迷っていると、モンティは責めるのとも違う、気遣いめいた言葉を投げた。
「でもさ、リルは一緒に農作業してんだろ? だったら、少しくらい仲良くなった奴だっているだろ」
「いる……のかなぁ? なんかみんな、リルにイジワルだし……。しないのもいるけど、あたまにのったりするの」
「頭に……? 大の大人が?」
「あっ……、ううん、ちがうっ。そうじゃなくて……!」
リルは自分の失言に気付いて、手をあわあわとさせたが、――ナナからの助言があったのだろう。
すぐに冷静さを取り戻し、自分で自分の頭に手を乗せる。
「あたまに、てをのせるの」
「あぁ、そういう……。それなら、ウチの宿の客だってそうさ」
「あたしのうちも! お客さん、お手伝いしてると、頭にポンって撫でたりするよ。別にそれはイジワルじゃないかな」
「そうそ、可愛がろうとしてんのさ。男の客はさ、ガサツだったり力が強かったりで、ちょっとヤな思いする時もあるけどな」
「あぁ~……。うんうん、あるある。頭、ぐわんぐわん揺らす人、いるよねぇ。本人はちょっと遊んでるだけかもしれないけど、確かにあぁいう時は、嫌な思いするかな。リルちゃんだけじゃないね」
「んぅ……、そうかも」
本当のことを言うに言えず、曖昧な表情で、取りあえずリルは頷いた。
そうこうしていると、子ども達の話題はすぐ別のものに変わる。
興味のある対象がコロコロ変わり、その度に話が飛ぶこともあり、彼らの会話は忙しない。
「リル、収穫祭はどうする? もちろん、来るんだろ?」
「うん、いくっ! ねっ、お母さん!」
北の眼差しで抱き付いて来るリルの肩へ手を回し、緩く撫でながら頷いた。
「そうだね、そのつもりだよ。当日は楽しもうな」
「うんっ! もうすぐだもんね、すぐ!」
「そう、それで気になった事があるんだ。その日は登校日と重なるんだが……」
「ないんだって! おやすみ!」
リルが自分の欲望を優先させたくて、嘘をついたとは思っていない。
しかし念の為、本当かどうかを問う視線をミーナに向けると、彼女も同意して頷いた。
「本当よ、リルちゃんのママ。先生はうんえーの……何だっけ? 何かお仕事があるんだって……」
「運営役員な」
詳しくは知らないミーナを、モンティが補足する。
「確か去年も、そっちで仕事があるから学校は無理って話してた」
「へぇ……、案外重要なことを任されたりしてるのかな」
私が感心半分にそう言うと、モンティは笑って首を振った。
「いやいや、そうリッパなもんじゃなかったぞ。エラい人の代わりに動く下っ端だよ。なんか……体よく使われてる感じだったな」
「付き合いで断り辛く……とか、そういうやつか……」
学舎の教師が、どういうギルドに属しているのか、そこまでは知らない。
しかし、それで生計を成り立たせている以上、何処かに所属はしている筈だ。
そして、立場の弱いギルド員は、いつだって都合よく利用されがちだ。
あるいは、融資を受ける為の点数稼ぎとして、自ら買って出た可能性もあった。
……いずれにしても、ご苦労なことだ。
「まぁ、折角のお祭りだ。街中は文字通りお祭り騒ぎだろうし、授業なんて耳に入らないだろう。だから、それは良いんだが……」
「だが……?」
リルはこてん、と不思議そうに首を傾げた。
「子ども達は子ども達同士で、祭りを回るつもりだったのかな、と……」
「えっ、リル……そこまで、かんがえてなかった」
「楽しそうだけど、子ども達だけは、父ちゃん許してくれないんじゃねぇかな。母ちゃんなら引っ叩いてくるかも」
「やっぱり、大人が一緒じゃないと、許してくれないと思うんです」
それでね、とミーナは少しかしこまって、もじもじと手を合わせながら言う。
「それ、リルちゃんのママにお願いできないか、聞こうと思ってたんです」
「私は最初からリルと一緒のつもりだったから、別に構わないけど……。二人のご両親は許してくれるだろうか。というより、そちらのご両親は一緒じゃないのかな?」
「難しいって、最初から分かってるんです」
ミーナは少し寂しそうにしつつ、それでも気丈に笑った。
「お祭りは書き入れ時ですから。あたしを遊びに行かせるだけでも、奮発してくれてるつもりです。モンティの所も、大体そんなところだと思います」
「うん、どうしたって忙しいんだから、遊ばせる余裕なんてない筈なんだよな。でも、行って良いって言ってくれてんだ。去年はエルトークスのボレホが一緒に行ってくれたけどさ、そりゃあリルの母ちゃんの方がずっと良いよ!」
モンティは顔を赤らめて力説する。
しかし、ボレホと子ども達は、随分気安いと思っていたが、そういう付き合いもあったとなれば納得だ。
彼はならず者に毛が生えた様な男だが、そういう男こそ懐に入れた者には情に厚い傾向がある。
ボレホもそうしたタイプに見えたし、特別驚きもなかった。
「まぁ、分かった……。それじゃあ当日は、皆でお祭りを楽しむとしようか」
「やった!」
リルが飛び跳ね、ミーナ達もそれに続く。
手を取り合って喜ぶ子ども達を微笑ましく思いながら、当日の引率をどうするか、今からそこに頭を悩ませていた。