混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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収穫祭 その4

 街の広場には、すでに人々のざわめきが満ちていた。

 

 木組みの屋台には、色とりどりの果実や焼きたてのパン、葡萄酒の瓶が並べられ、鼻をくすぐる良い匂いが風に乗って漂ってくる。

 

 だが、やはりまだ準備の最中で、本格的に始まるのはまだ先だ。

 それでも、ただ参加するだけの者は、今や遅しとその光景を眺めていたり、あるいは請われて手伝ったりしている。

 

 今年は例年並みの収穫だったようで、豊作と言うほどではない。

 

 しかし、誰の顔にも冬を憂うものがなく、そしてその心配がないだけで、この祭りを笑顔で迎えるには十分だった。

 

 ——冬を迎える前、神々と土地に感謝を捧げる。

 それを憂う事なく祝えるのは、多くの者にとって幸福なことだ。

 

「にぎやかだねぇ~!」

 

 普段より多少おめかししたリルが、広場の喧騒を見ながら言った。

 

 やはりイベント事だから、着飾ることは重要だ。

 特に女性にはそういう傾向があって、自分を良く見せる機会は利用したいものだ。

 

 だが、既婚女性は着飾らないか、ごく質素にするという風潮がある。

 だから私も、今日は普段とそう変わらない。

 

「でもやっぱり、始まるのはまだ少し先みたいだ。どうする? 友達もきっと、まだ来てはいないと思うけど……」

 

「んぅ……。じゃあ、ひろばをぐるっとみてから、みんなのとこいく!」

 

 そういう事になった。

 はぐれないよう、リルの手をしっかり握って歩き始める。

 

 普段はただ広けた場所、というイメージだが、今はその広場に沿うようにして、円形に屋台が作られていた。

 

 基本的に隣接して設置されている屋台だが、人の出入りを考慮して、通行に十分な幅を設けられていたりと、色々考えられている様だ。

 

 立ち並ぶ屋台には、何を売るのか分かり易いものから、そもそも何を扱っているのか不明なものまで多種多様だ。

 

 リルはその内の一つを指差して、不思議そうに首を傾げた。

 

「アレ、なんなのかなぁ?」

 

「まるでテントみたいにも見えるけど、雰囲気作りの一環だと思う。ほら、占い師が来るって話をしてたろう?」

 

「あぁ……! じゃあ、あれがそうなの?」

 

「多分ね。客と自分が入れれば良いから、あんなにこぢんまりとして見えるんだろう」

 

 だが、商品の在庫を置くスペースなどないので他の屋台より、幾分ゆったりしているようにも見える。

 

 そうこうしている内に、リルの興味は他の屋台に移る。

 あの屋台は何だ、この屋台は食べ物、と予想しながら練り歩き、時間を潰すには丁度良く、十分楽しんでから学舎へと向かった。

 

 そうして近付いて見ても、学舎付近に子ども達の姿は見えない。

 どうやら予想通り、家の手伝いなどでまだ来ていないのだろう。

 

 元より、リルの勇み足で早く来すぎたようなものだ。

 いないものは仕方がない。

 

 あとは時間をどう潰すか、今はそれが問題だった。

 

「リル、広場に戻って時間潰そうか?」

 

「んーん、いい! まつ!」

 

「それでも別に良いけど……、暇じゃないか?」

 

「ダイジョーブ! すぐ、くるから!」

 

「その自信は、一体どこから来るんだろうね……」

 

 リルの頭を、手の平でグリグリと撫でながら微笑する。

 こういう時のリルは頑ななので、好きにさせるのが一番だ。

 

「最低でも、一時間くらいは待つんじゃないか……。学舎には入れないだろうし、座れないと疲れてしまうよ」

 

「じゃあ、だっこ!」

 

「そうきたか……」

 

 手を伸ばすリルに苦笑して、いざ抱き上げ様としたその時、二つの足音が小走りに近付いて来るのに気付いた。

 

 中腰の姿勢のまま顔だけ向けると、そこにはミーナとモンティの駆ける姿がある。

 

 私が顔を向けたことでリルも気付くと、上げた手を戻し、その代わりに手を振った。

 

「あ、ミーナちゃん! モンティも!」

 

 リルの方も駆け出して、合流すると手を取り合って喜んだ。

 

「リルちゃん、早いね! 待ってようと思ったのに……! それに、その服カワイイよ!」

 

「んひひ、ありがと! ミーナちゃんも、いつもとちがうね! すてき!」

 

「ありがとう、リルちゃん。……ほらね、ふつうはちゃあんと、気づくんですからね!」

 

 そう言って、ミーナはモンティをじっとりとした視線で睨み付けた。

 

 話の流れからして、どうやらモンティは社交辞令の一つすら、満足に出来なかったらしい。

 

 彼らしいと言えばそれまでなのだが、こういう時の女性は強い。

 どこまでも不満そうなモンティは置いておかれて、リルと二人で盛り上がる。

 

「少し早いけどね、出掛けて良いって言ってくれたの。それでね、リルちゃんのママに一度会っておきたいって……」

 

 親からすれば、ごく当然の要求だろう。

 今日の様な日でも、ご苦労なことにエルトークスの若衆が周囲を張っている。

 

 恐らくは……、家族ぐるみの付き合いがあるボレホにも、それとなく伺ってはいるだろう。

 だが、それはそれとして、顔合わせしておくのは必要な事だった。

 

「勿論、ご両親には挨拶させて貰うよ。大事なお子さんを預かるんだからね」

 

「お子さんだって!」

 

 モンティがミーナを指差して、揶揄するように笑った。

 笑われたミーナは、頬を膨らませて顔を背ける。

 

「もう知らないっ。フン!」

 

 可愛らしく怒ってリルの手を取ると。一人で勝手に歩き出してしまった。

 

 モンティはバツの悪い顔をしていたが、その背に掛ける言葉もなく、数歩遅れて後を付いていく。

 

 この年頃にありがちな、女の子にちょっかい掛けずいられない、悪い癖が出た様だ。

 

 あるいはもっと単純に、ただ素直になれないだけかもしれなかった。

 

 私は努めて気付かない振りをしながら、モンティの手を取ってリル達の横に付く。

 

 モンティは驚くやら照れるやらで、忙しく表情を変えたが、振り払う真似はしなかった。

 

 こういう時、仲間外れになるのは可哀想と思っての事だったが、モンティは居心地の悪さも強いようだ。

 

 しかし、こういう時は多少、強引なくらいが良い。

 直接会話に混ざれなくとも、傍に居るだけでもちがうものだ。

 

 私とモンティの間には、今日は晴れて良かった、などの他愛ない会話しかなかったが、それでも機嫌よく彼らの家へと向かって行けた。

 

 

  ※※※

 

 

 先に辿り着いたのは、モンティの家の方だった。

 単純に距離の問題でこちらを先にしたのだが、到着してみてなるほど、と頷く。

 

 話の節々から感じていた通り、モンティの家は商家で、主に雑貨を取り扱っているようだ。

 

 この時期は特に需要のある帽子が、店の軒先に並んでいる。

 

 街の祭りには、麦わらで編んだ特徴的な帽子を着用するので、今の売れ筋はその帽子らしい。

 

 店内は帽子を買い求める客席や、それ以外のも買う客が溢れていて、書き入れ時という言葉に偽りはない。

 

「リルにも帽子を買っておこうか」

 

「ぼうし?」

 

「祭りに参加するやつは、みんなコレを被るのさ!」

 

 そう言って、モンティは商品の一つを手に取り、自分で被った。

 ミーナもこれに頷いて、自分の家がある方へと指差す。

 

「あたしのも、おうちにあるよ。後でちゃんと被るつもり!」

 

「そうなんだ! お母さん、リルもほしい!」

 

「うん、記念にもなる。買っていこうね」

 

 祭りの帽子には決まった形があるものの、種族ごとの特徴に合わせた物がある。

 

 リルならば耳出し穴が付いているものでなければならない。

 探して選び、また頭の形に合った物を何度か試して、良さそうなものに決めた。

 

 そうして商品を持って列に並び、会計の段になってようやく店主へと対面し、頭を小さく下げた。

 

「どうも、店主。本日、お子さんを預かる事と、その安全のご報告に来た、リルの母です」

 

「おや、こいつぁ……!」

 

 それまで忙しくしていて、こちらに気付いてもいなかったモンティの父親は、一瞬面食らった顔をした。

 だが、事態を把握するなり頭の後ろに手をやって、ペコペコと何度もお辞儀する。

 

「いや、どうも……! 本日は忙しいこちら側に変わって、子どもの面倒を見て下さると……! いや、ありがたいことで……!」

 

「大切なお子さんを預かる訳ですから、怪我なくお返しすると、お約束します」

 

「なぁに、子どもの怪我なんざ、元気な証拠みたいなもんです。はしゃぎ回って転ぶくらい、むしろ健全ってなもんですわ」

 

「おや、随分と剛毅なお方だ」

 

 気っ風が良い、とでも言うのだろうか。

 父親は闊達に笑い、それにつられて私も微笑む。

 

 すると、途端に相好を崩し、でれっと鼻の下を伸ばした。

 

「話半分に聞いてたが……、えらい別嬪さんじゃねぇか……! えぇ、モンティ?」

 

「だから言ったろ、父ちゃん!」

 

 そう言うモンティは、どこか自慢げだ。

 だがそこに、店の奥から縦にも横にも大きい、恰幅の良い女性がやって来た。

 

「なぁに、だらしないこと言ってんだい! アンタ、ここは良いから裏から在庫取ってきとくれ! 祭り帽子が足りないよ!」

 

「いや、でもおめぇ……。もっとちゃんと、ご挨拶を……」

 

「――いいから、行くんだよ!」

 

 凄い形相で一括して黙らせると、こちらに顔を向けてニコリと笑う。

 先程の態度から一転して愛想の良い笑顔で、実に肝っ玉母さんらしいと感じた。

 

「すみませんね、あんなのを相手にさせて! モンティの母です。どうぞよろしく、そして店の方もご贔屓に!」

 

「おや、ついでのアピールまで。商魂たくましいな」

 

「それが商売人ってものさね! それより話は伺ってますよ、うちの子をお願いしますね」

 

「えぇ、無事に帰すと約束します」

 

「そこはあんまり心配しちゃいないさ! 何しろついでに、エルトークスまで護衛に入っているようなもんだ! これで怪我するってんなら、そりゃあこの子がバカなのさ」

 

「母ちゃん、バカはないだろ! もっとシンパイしてくれよ!」

 

 モンティは不満を表情に乗せて言ったが、そんなものは母の前では無意味に等しかった。

 

「怪我するったって、どうせ走り回って転ぶとかだろ! 祭りでそんな怪我したんならね、バカって言われたって、しょうがないってもんさね!」

 

 母の気迫は凄まじい。

 モンティはすっかり参ってしまって、反論する気も失せたのか、そのまま口を閉じてしまった。

 

「……まっ、なんですか! 祭りじゃ無礼講が普通じゃないですか。だからあまり構えず、馬鹿やったら叱るくらいして下さいな!」

 

「そう言って貰えると、こちらも気が休まります。……では、あまり長居するのも申し訳ないので……」

 

 店内に客は他にも多数いて、このままでは精算も出来ない。

 

 今はまだ文句の声は上がってないが、長話も過ぎると怒られてしまうだろう。

 

 私は先ほど選んだリルの帽子と、手近にあった祭り帽子を手に取り、お代を払う。

 

「はい、毎度どうも! なんか追い出すみたいで申し訳ありませんね! また今度、ゆっくり話しましょうよ!」

 

「えぇ、是非」

 

 豪快に笑う夫人に私も微笑を返し、リルと共に帽子を被ると、会釈をして店を去る。

 

 そのすぐ後ろにモンティとミーナも続き、今度はミーナの家へ挨拶に向かう事にした。

 

 

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