混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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収穫祭 その5

 ミーナの家は宿屋をしていて、しかも人気を博しているようだった。

 昔から続く老舗でもあり、何度か拡張工事を経て、今の形になったという。

 

 だから、ただの旅宿よりも大きく部屋の数も多くて、何より料理が自慢らしい。

 そうした説明を受けながら宿へ赴き、ミーナの両親に挨拶した。

 

 モンティの所と違って、ごく紳士的なやり取りで終始し、やはりエルトークスの警護付きという評価から、安心して任せられると太鼓判を押された。

 

 先程の遣り取りと比べると、ごく簡素に挨拶も終わり、快く送り出されて会場へと向かったのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 ――その途中、空から軽やかに鐘の音が響く。

 普段は正午に鳴る鐘だが、今だけは違う意味を持つ。

 

「お母さん……!」

 

 リルが私と握っている方の手を振って、期待の眼差しで見上げた。

 

「……あぁ、始まったようだね」

 

「いこっ! はやくいこっ!」

 

 そう言っている間にも、横を走り抜けていく他所の子ども達などもおり、それが余計にリルを急がせる要因になっていた。

 

 グイグイと引っ張ろとするのをあやしながら、なるべく急いで足を進める。

 何しろ今日の私は、他の二人も引率しなければならない身だ。

 

 リルには楽しんで貰いたいが、リルだけを構っている訳にはいかなかった。

 ミーナとモンティの動向もしっかりチェックしながら、急かすリルを宥めて向かう。

 

 そうして到着した先の中央では、若者たちが祭り冠を頭に乗せ、足拍子も軽やかに、輪になって踊っていた。

 太鼓と笛の音がリズムを刻み、口ずさむ古い歌に合わせて手を叩く。

 

「見よ、あの葡萄の房を!」

 

「今年の小麦は上出来だ、パンの香ばしさが違うぞ!」

 

 農夫たちは誇らしげに収穫を語り、女たちは染め上げた布や、編んだ籠を並べて互いに品を見せ合う。

 

 木陰には旅の吟遊詩人も姿を見せ、子どもたちは彼の竪琴に耳を傾け、目を輝かせていた。

 

 やがて、広場中央に設けられた壇に何者かが上がる。

 恐らくは街の代表者か、あるいは運営の代表者だろう。

 

 恰幅の良い男性が、天を仰いで手を叩くと、辺りが少しだけ静かになる。

 集まった人数が人数なので、静寂は不可能だが、一度音楽が打ち切られ、少しは音が落ち着いてくる。

 

 そのタイミングで、彼は高らかに叫んだ。

 

「今年の実りに! 天と大地と、すべての命に感謝を――!」

 

 その声に続いて、人々の歓声が上がる。

 既に祭りの熱気で溢れる中、長い祝辞など誰も聞きたがらない。

 

 それをよく理解しているのか、ごく短い言葉だけで終了して、私などはいっそ拍子抜けしてしまった。

 

 だが、そう思っているのはごく少数で、他の誰もが嬉しそうだ。

 彼らはめいめいに買った商品を食べ、酒を飲み、笑い声が空へ弾けていく。

 

 広場は踊りが再開され、子どもと大人が別れてステップを刻む。

 熱狂は再び盛り上がり、一時訪れた静けさから、先程の勢いを取り戻すかのようだった。

 

「お母さん! リル、いろいろみてみたい!」

 

「そうだね、グルっと見て回ろうか。二人も、それで良いかい?」

 

「うんっ!」

 

 ミーナとモンティから返事を受け、入口付近から時計回りに見ることにした。

 

 午前中の準備段階では分からなかった店も、今ではしっかり看板が出ていたりして、どういった店か判明したものも多かった。

 

 鉄の輪を使った『輪投げ』や、木槌で的を倒す『かかし倒し』、弓矢を使った『的当て』などは盛況だ。

 

 お告げを授けるという『占い師』や、ヤギや豚を追う動物競争も、また人気を博していた。

 

 食べ物系では、やはり串焼きは鉄板で、他には焼きリンゴや、桶の水に浮かぶリンゴを咥えて取る『リンゴすくい』なんてものまである。

 

「スゴイねぇ〜っ! どれから遊ぼうか、リルこまっちゃう!」

 

「好きに選べば良いさ。でも、忘れてはいけないよ。ちゃあんと、お小遣いの範囲で遊ぶこと。食べるのも遊ぶのも、どっちもお金が掛かるから、よく考えて使いなさい」

 

「うんっ!」

 

 お金の計算など、普段は真面目にやらないものだが、こういう日だと真剣に考える。

 友達と一緒に考えるとなれば、尚の事だろう。

 

「ね、ね! なにする!?」

 

「そうだな、何にするかなぁ〜?」

 

「目移りしちゃうよね!」

 

 一応、一通り見て回ったが、選択肢が多過ぎて、どれか一つに決めるのは難しそうだ。

 軍資金が限られているとなれば、尚更のことだった。

 

「まず何か食べたい、って気もするよな!」

 

「リルも、ちょっとだけ……。でも、んぅ……」

 

 遊びにお金を使い過ぎると、食べ物が買えない。

 そして、彼らにとって魅力的な遊びが祭りには溢れていた。

 

 どうするべきか、非常に悩ましい問題だろうが、時間もまた有限なのだ。

 私は一つ水を向ける形で、一つの物へ手を向ける。

 

「じゃあ、あぁいうのはどうだ? 丁度、良さそうなのがあるぞ」

 

 そこはちょっとした競技会となっていて、立てられた幕の前には人が列をなしていた。

 そして、その幕の前では一人の男が客引きをしている。

 

「さぁ、どんどん挑戦、お待ちしてますよ! こちらでやってますのは、"かかし倒し"! 三投で首を落とせた者には、焼きリンゴを一つ進呈!」

 

 その言葉を聞いて、リル達から歓声が上がった。

 互いに顔を見合わせて、やるしかない、と意気込んでいる。

 

 一回の挑戦で掛かる時間は短く、しかも煽って急がせるので、尚さら回転数が早かった。

 順番待ちは幾らもせずに、出番は回ってくる。

 

 そして、三人の内で、最初に挑戦したのはモンティだった。

 木槌を肩に担ぎ、干し草でできた人型のかかしに向かって、狙いを定める。

 

「……はっ!」

 

 振るわれた木槌が重々しく空を切り、一投目は肩に命中、二投目は地面に逸れ、最後の三投目——これが首を直撃した。

 ばさりと落ちた藁の頭に、周囲から拍手が湧き起こる。

 

「やったぁ!」

 

 ミーナが飛び上がり、モンティに抱きつく。

 そのあと、自分のやったことに気付いて、慌てて身体を離した。

 

「つぎ、次はあたしの番ね!」

 

 モンティがやった様に、肩に担いで狙いを定める。

 しかし一投目は大きく外れ、全く届かず地面に落ちた。

 

「これ……、けっこう重い……!」

 

 見た目が木槌だから勘違いしてしまいがちだが、子どもが振るうには少しだけ厄介な大きさだ。

 しかし、それでも当てられたモンティは、実は中々センスがあるのかもしれなかった。

 

 結局、三投目も全て失敗し、ミーナは肩を落として息を吐いた。

 

「ざ〜んねん……。ちょっとムズかしかった」

 

「ダイジョーブ! リルがカタキ、うつからっ!」

 

「うん、ガンバってね、リルちゃん! 応援してるよ!」

 

 友人の声援に見送られ、リルは鼻息をぷすぷすと鳴らしながら歩を進める。

 大儀そうに木槌を受け取り、手首の返しだけで重さを測った。

 

 それを何度か行ったあと、ふいに首を傾げてこちらを向く。

 

「お母さん、これなんかヘン」

 

「うん?」

 

「おもさがね、ヘンだよ、これ」

 

「あぁ……」

 

 それで私はピンと来た。

 恐らく、あの木槌は重心がおかしいのだ。

 

 というより、意図してズラしているのだろう。

 簡単に当てられないように、真っ直ぐ飛ばない様に、敢えてそう調整した特別性に違いなかった。

 

 そして、こういう賭け事では、そうした仕掛けはお約束と言って良い。

 審判役の店員が剣呑な目を向けたのを見て、私は諭すように言う。

 

「大丈夫だから、それでやりなさい。これはそういうものなんだ」

 

「ふぅ〜ん……?」

 

 リルはとりあえず納得して、木槌を構え直す。

 文句が出ないと分かった店員も、それで表情が和らいだ。

 

 モンティは両手で肩に担いでいたが、リルは片手で、しかも担いですらいない。

 体格的にも小さなリルだから、そうしていると勝負を捨てている様にしか見えなかった。

 

 ――しかし。

 身体を横に一回転させながら、遠心力を利用して投げる。

 

 一投目、二投目、三投目と、パカンパカンと良く当たり、審判役もこれには唖然としていた。

 

 しばらく固まっていたが、見物人の歓声で我に返ると、慌てて手を振って誉めそやす。

 

「い、いや、お見事……! 実にお見事! 三発命中させたお嬢ちゃんには、賞品を二個進呈しましょう!」

 

「やったーっ!」

 

 案外、ショボいな……。

 どうせなら、もっとくれても良いだろうに。

 

 だが、リル一切気にしない。

 感動の眼差しで二つの焼きリンゴを受け取り、両手に片方ずつ握って掲げると、大きな拍手が周りから起こった。

 

 リルは頬を紅潮させながら帰って来て、ミーナのハグによって迎えられる。

 

「リルちゃん、凄いよ! すごかった!」

 

「まぁ……なんて言うか、リルなら出来て当然かもって、ちょっと思ってたもん、俺」

 

 焼きリンゴを齧りながら言うモンティに、リルは素直に笑う。

 

「んひひっ! ちょっとムズカシかったけど、ナナがね……!」

 

「ナナ?」

 

 首を捻るモンティに、リルはしまった、と口に手を当てた。

 そして、納得する。

 

 あれはナナが陰ながら、風を操って軌道を操作していたに違いない。

 だからあぁも、パカンパカンと当たっていたのだ。

 

 手元を離れた時点で、重心のズレから逸れる軌道を、都度修正していたのだろう。

  り付けるか困るところだが、ズルをしていたのは店側も同じだ。

 

 タネを割れなかった向こうが悪い、という事にしておこう。

 リルは焼きリンゴの一つをミーナに渡し、にっこりと笑う。

 

「これ、ミーナちゃんの! みんなでたべれるね!」

 

「ほんとう!? ありがとう、リルちゃん! ……って、モンティもう食べてるし!」

 

「戦利品なんだ。いいだろ、別に!」

 

 じっとりした視線を跳ね除け、苦し紛れにそう言うと、幕の傍から離れてしまう。

 それを追い掛ける意味でも、私達も離れ、そうして次の出し物を選ぼうと歩き出した。

 

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