混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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収穫祭 その6

 その後も、屋台巡りは長く続いた。

 モンティはリンゴすくいに挑み、頭からびしょ濡れになりながらも、大きな紅玉を口で掴み取った。

 

「ちきしょおっ、冷てぇ! でも、見てみろ! でっかいやつだぞ!」

 

 紅玉の大きさで、景品の数が変わってくる。

 見事、一番大きな紅玉を取ったモンティには、焼きリンゴが三つ進呈された。

 

 モンティは最初から独り占めするつもりはなかったらしく、リルとミーナに手渡しながら自慢気に胸を張る。

 

「へへっ! 大したもんだろ!」

 

「うん、スゴいけど……」

 

「二回つづけて同じものは、ちょっとね……」

 

 二人に悪気がないのは見て分かる。

 だが、どうせならもっと順番を考えれば、また違った反応が返って来ただろう。

 

 とりあえず食べてしまって処理すると、次に向かった輪投げにミーナは夢中になった。

 

 一定距離、離れた位置に引かれた線から、身を乗り出す様にして手のひらサイズの輪を投げていく。

 

 立てられた杭に、一本でも入れば勝ちという遊びだ。

 輪の数は全部で五本。

 

 一本ずつ慎重に投げつつ、三本までは駄目で、次は入りそうになったものの、しかし杭に弾かれ外してしまった。

 

「ミーナちゃん、ガンバって! さっきの、おしかったよ!」

 

「うん、ガンバる! 見てて……!」

 

 ミーナは手に持つ輪を持ち直し、二度、三度と素振りをする。

 十分にタイミングを計ってから、小さな掛け声と共に投げた。

 

 弓なりの形で輪は飛び、緩やかな軌道と、先程より長い滞空時間を経て、遂に杭の先端に引っ掛かる。

 

 今度の勢いは強すぎず、弾かれることなく杭を掴んで沈んでいった。

 

「やった~!」

 

 ミーナは飛び跳ねて喜び、リルと一緒に喝采して抱き合う。

 きゃいきゃいと笑顔を爆発させているところに、店員から声が上がった。

 

「はい、お見事! 景品はこちらを進呈ね! 好きなのを選んでって!」

 

 かごの中には色とりどりの卵が並んでいる。

 勿論、本物の卵ではなく、木彫りの工芸品に色を塗ったものだ。

 

 半分になって開く構造になっており、ちょっとした容れ物として使える。

 

「どれにしようかなぁ~? ん~……、じゃあ、コレ!」

 

 ミーナが選んだのは、緑に黄色の花模様があしらわれた品だった。

 それを大事そうに両手で持ち、戦利品の獲得に嬉しさを隠し切れず満面の笑みを浮かべた。

 

「よかったね、ミーナちゃん!」

 

「うん、ありがとう、リルちゃん!」

 

 二人の仲睦まじい様子は、見ていて実に微笑ましい。

 ただし、その輪に入れないモンティは、少し不満げだった。

 

 しかし、仕方あるまい。

 こういう時、同性同士の方が何かと距離が近いのは、遥かな過去から決まっているようなものだ。

 

「リルちゃん、つぎは何して遊びたい?」

 

「リルは見掛けによらず、よく食うからな! 肉とか食うか? やっぱ祭りと言ったら肉食っとかないとな、肉!」

 

 収穫祭を謳っているので、メインとなるのは農作物には違いない。

 しかし、畜産が盛んな街でもあるので、こうした祭りには必ず肉がある。

 

 冬の前には保存食作りの為、ある程度捌かれるので、古い物はここで放出しよう、という目論見もあった。

 だから、並ぶ串焼きはそうした物が多い。

 

 塩漬け肉や、皮の辛子焼きなど、その種類も豊富だ。

 今も後ろに目を移せば、串焼きの類いの屋台の盛況さが伺えた。

 

「んぅ……! どうしよう。リル、まよっちゃうよ……!」

 

 視線を更に動かせば、他にも色々な催しがあった。

 リルが目移りするのは当然で、早々には決められない。

 

 しかし、肉が焼ける匂いは食欲をそそり、遂にリルの意見は決した。

 

「おにく、たべたい!」

 

「よっしゃ、そうこなくちゃな!」

 

 走り出すリルを追い掛けて、二人も走る。

 私が制止する声など、皆には聞こえていなかった。

 

 仕方なしに私も後を追い、そしてリルは、周りを良く見ていなかったせいもあり、誰かにぶつかりそうになる。

 

「――リルッ!」

 

 私が声を上げると、咄嗟に身を翻す。

 そのお陰で、直接の衝突は避けられた。

 

 相手は二人組で、髪の色から顔付きまでよく似ていることから、姉弟だと思われた。

 黒髪の猫獣人で、更によくよく見てみれば、どこかで見たような気がした。

 

「リル、だって……?」

 

 そして、私が呼んだ名前に、姉の方が反応する。

 まじまじと見つめたかと思うと、次いで私の方に顔を向け、そしてハッとなって駆け寄って来た。

 

「あ、アタシ……! アンタだ! アタシ、アンタにまた会いたい、って思ってたんだ!」

 

「うん……? 何処かで会った……いや、待て。もしかして……」

 

「そう、マジェンダ! こっちは弟のジャムス!」

 

 そう言って、横に立っていたジャムスの肩を抱き、自分の前に立たせる。

 清潔さ、髪型、身なりが全然違うので、すぐには分からなかった。

 

 しかし名乗った後に見てみれば、スラム暮らしのあの姉弟に違いなかった。

 

「お礼を言いたかったんだ……! アンタが……いや、あなたが手を差し伸べてくれなかったら、今頃どうなっていたか……!」

 

「私は別に、何もしていない」

 

 突き放す言い方になってしまったのは、本気でそう思うからだ。

 私は切っ掛けを作ったに過ぎず、そしてそれらを運用しているのは、私以外の者達だ。

 

 どういたしまして、などと言おうものなら、彼らの成果を奪うことになってしまう。

 無関係ではないが、仕事を丸投げした身としては肩身が狭い。

 

 しかし、それを正直にも言えず、どうしたものかと困っていると、畳み掛ける様にマジェンダが言った。

 

「そんなハズないっ! だって、少しの間、我慢しろって言ったんだ。どうにかするって! そして実際……」

 

「それは違う。私は確かに、一つのチャンスを与えられたかもしれない。でも、それを掴んだのは紛れもなく自分自身だ。そのとき掴めた、自分自身を誇りなさい」

 

「いや、でも……」

 

 しかし、そう言われても、即座の納得は難しい様だった。

 

 私は間違いなく、彼女自身の奮起する力が今の環境を掴んだと思っているが、彼女にとっては詭弁に聞こえるかもしれない。

 

「そうだな……、そう言われても困ってしまうか。それじゃあ、その感謝の気持ちだけでも、受け取っておこう」

 

「あ、あぁ……!」

 

 マジェンダは安堵の息を吐き、顔にも笑顔が咲いた。

 ジャムスの両肩をポンポンと叩いて、周囲を見渡す。

 

「アタシ達、去年は祭りを遠くから見ているしかなかった。金もないし、汚い格好でうろつくなって、文句言われるからさ。参加する資格すらなかったのさ」

 

 そう言う瞳は悲しげに伏せられていたが、言い終わるとパッと顔を輝かせた。

 

「でもさ、今年は違うんだ! 母さんも仕事を再開させたし、生活に余裕も出来たしさ!」

 

「姉ちゃん、話ながい……」

 

「あぁ、ゴメンよ、ジャムス」

 

 頭をサラリと撫でると、次いで傍に戻っていたリルに顔を向けた。

 

「いつかの時は、すまなかったね。礼以外にも、ちゃんと謝らないといけないって、思ってたんだ」

 

「ん~んっ、べつにいいよ! リル、イヤなおもい、してないもん!」

 

「それでもさ。これはケジメだ。すまなかった」

 

 そう言って、マジェンダは深々と頭を下げた。

 リルは困ったように立ち尽くし、どうしたら良いかと、顔を向けてくる。

 

「許す、と言ってあげれば良いんだよ」

 

「うん、ゆるします! こんどから、なかよくしてね!」

 

「あぁ……、ありがとう。勿論、そうするさ」

 

 顔を上げたマジェンダは、はにかむ様に笑い、急かすジャムスに押されてその場を後にしようとする。

 

 このまま別れるのも寂しい気がして、私はその背に声を投げた。

 

「どうせなら、一緒に回るのはどうだ? リルの方も、もう少し話したいと思っているだろうし……」

 

「ありがたい申し出だけど、ゴメンよ」

 

 そう言ったマジェンダの言葉に嘘はない。

 その表情も、本当に申し訳なさそうにしていた。

 

「いつも、ろくに構ってやれないからね。今日はずぅっと、一緒だと言ってあるんだ」

 

「一日ずっと一緒だもんね? ずっと遊ぶんだよね!?」

 

「そうさ、ジャムス。姉ちゃんは嘘なんか言わないよ。食べ物だって、好きなのを選べば良いさ」

 

「やった!」

 

 ジャムスは喜色満面の笑みでマジェンダの手を握り、視線の先にある屋台へ連れて行こうとする。

 

 マジェンダは腕を引っ張られながらも顔だけを向け、もう片方の腕で手を振った。

 

「ゴメンよ! もしまた今度会ったら、声掛けとくれ! それじゃあ!」

 

 慌ただしく二人は立ち去り、そして他の祭り客の中へと消えていく。

 リルは姿が見えなくなっても、その背に向けて手を振り続けていた。

 

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