それまで前に出ず、影に徹していたミーナとモンティは、ここでようやく前に出て来た。
二人でリルを囲むように立つと、手を振る事こそ止めたが、未だ視線を受け続けるリルに問う。
「あんまり口挟んじゃいけないと思ってたけどよ……。なんかワケアリ、って感じか?」
「見てたら分かるでしょ。きっとフクザツなのよ」
どちらも分かっていないのは違いないだろうに、ミーナはやけに訳知り顔だ。
モンティはそれを見て、ムッとしながら更に問う。
「どうしてお前に、そんな事が分かんだよ」
「女のカン」
「何が女だよ。まだ、ちっこいクセして……」
「あら、いくつだろうと、女は女よ。ねぇ、リルちゃんのママ?」
妙なシナを作って尋ねるミーナに、苦笑を隠しきれずに頷く。
「まぁ……、そうだな。年齢を理由に、女扱いしないのはいけない事だ。女の子はね、お姫様の様に扱えって言うしな」
特にこうした、普段とは違う開放的な場面だと、色々と気分も盛り上がるものだ。
そういう時、水を差される様な発言は慎む方が良い。
だが、モンティに限らず、この年頃の少年に、そこまでの機微を期待するのは酷だった。
「お姫様って……、ンなこと言われてもなぁ……」
「それが難しいなら……せめて、女の子には優しくしてあげなさい」
「うん! でへへ……」
私が頭を撫でると素直に頷いて、だらしなく笑う。
それを見るミーナの視線は、実に冷ややかだったが、モンティは気付く素振りさえない。
前途多難だな、と二人の関係を思いながら、私達は一時中断してしまった屋台巡りを再開するのだった。
※※※
祭りの熱気は日が落ちても冷めず、子ども達は顔を火照らせたまま、広場の踊りに参加していた。
踊りの中心となるのは、やはり若いカップル同士で、勇気を出して男性が女性を誘うというのが基本だ。
私達はというと、当然そんな事はなく――そしてモンティは、やはりミーナを誘うという事もなく――それぞれ代わる代わる相手を変えて踊った。
村祭から発展した踊りだから、ステップ自体はごく単純だ。
両手を前に出して繋ぎ、前後に一歩ずつ動いて、右腕で腕を絡ませクルリと回る。
そうして祭り帽子のつばに手を掛けて、男性ならば下げてお辞儀を。
女性はその場で膝を軽く沈める。
基本的にはこの動きで、音楽に合わせて前後の動きが長くなったりもした。
今はもう二巡程した後で、私は再びリルの手を取り、身長に合わせて不格好にならない体勢で歩調を合わせて踊っていた。
「リル、そろそろ飽きてこないか?」
「ん~んっ! たのしい! ずっとでもいいよ!」
子どもらしい爛漫な返事で、輝かんばかりの笑顔で言う。
しかし、正直それは私の方が遠慮したかった。
リルの笑顔を見られるのは嬉しいし、楽しんでいる所を見るのは素直な喜びだ。
しかし、それはそれとして、子どもの元気に付き合い続けるのは、中々に大変なのだった。
「楽しんでくれているのは、よく分かるけど……。お母さん、少し疲れてきちゃったな」
「ダ~メっ! もっと! もっとやるの!」
「やれやれ……」
子どもの体力は底なしだ。
というより、使い果たすまで動けてしまう。
ある時突然、いきなり倒れて眠るまで、楽しさに身を任せて遊び続けるのだろう。
リルは特に体力が多いから、他の子ども達より長く動きそうだ。
どうやら本日は、それに付き合う他なさそうだった。
今も楽しそうに踊るリルの手を取り、その笑顔に癒やされながら前後に動く。
「リルは踊るの好きか?」
「ん~……、うんとね! たのしいっ!」
「そうか」
私は微笑みを返しながら思う。
今は好きか嫌いかより、ただ踊るのが楽しいようだ。
「今度、ナナと一緒に踊ってみたらどうだ?」
「ナナと? ……うん、たのしそう! ナナもおどりたいって!」
「うん、今度また、別の機会で踊るといい」
リルに楽しみを提供した形だが、何も二人の仲睦まじい姿を見たいから、そう言った訳ではなかった。
これも一つの訓練で、二人の息が合う事は、そのまま強さに繋がっていく。
特に魔法の扱いは、その影響を強く受ける筈だ。
互いが何を考えているか、一挙手一投足やりたいことが分かると、その分だけ素早く攻撃を繰り出せるようになる。
それこそが精霊魔法の強みであり、……そして弱みだ。
互いの信頼なくして完成しない魔法だから、遣い手の数が次第に減っていったのは、ある意味仕方のないことだったかもしれない。
――いや、いま考えることではないか。
今も笑顔を弾けさせ、リズムに乗って踊るリルに意識を戻す。
時折、ステップにはないジャンプを挟むものだから、頭の祭り帽子が取れそうになっていた。
曲の終わりと共に一度踊りが止まり、そのタイミングで帽子を手直ししてやる。
「楽しいのは良いけど、あまりはしゃぎ過ぎない様になさいね」
「うんっ!」
そしてまた、僅かな間を置いて、次の踊りが始まる。
次のお相手はモンティ――かと思えば、いつの間に割り込んだのか、そこにはラーシュが立っていた。
「ん……? 何でお前が……」
「まぁまぁ、良いじゃないか。今日は祭りだ、年に一度の楽しい収穫祭だぜ。ただの男女が踊るのに、何の問題がある?」
「問題はないが……」
言っている間に、周囲が踊り始めた。
その流れに押されて、ラーシュの伸ばした手を取ってしまう。
私達だけ踊らないでいる訳にもいかず、音楽に合わせてステップを踏んだ。
「どうせ踊りにさそうなら、もっと脈がありそうな相手を選べば良いものを……」
「いやいや、普段ご縁のない相手と踊れるのも、こうした祭りの醍醐味だろ?」
それは全くの荒唐無稽という訳でもなかったので、否定仕切れず苦笑いを浮かべた。
「あぁ言えば、こう言う奴だ」
「まぁまぁ……、良いじゃないか。今は祭りを楽しもうぜ」
確かに、しかめっ面で踊りに参加するのは、誰に対しても失礼だった。
一曲が終わるまで、大体
今はその十分を楽しめば良い。
気持ちを持ち直したところで、ラーシュが何とも言えない複雑な表情で言ってきた。
「機嫌を直してくれて良かったがよ……。リルちゃん相手に……いや、子ども達相手にしている時とは、えらい違いだな。俺にも笑顔をくれよ。しかめっ面じゃなくて……」
「なんだ、見ていたのか」
「そりゃあ目立つからな、お前さんは。これを機にお近付きに……、って考える野郎は多いぜ? まぁ同時に、若衆の牽制でスゴスゴと引き返すまでが、セットではあるんだが……」
視界の端で、エルトークス商会の若いのが、チラチラ動いているのは分かっていた。
そして彼らは、しっかりと仕事をしてくれていたらしい。
これは後で、しっかりと感謝と礼をしなくてはなるまい。
そう思う傍らで、私はステップを踏みながら、意地悪げな笑みを浮かべる。
「しかし、お前は若衆を突破して、ここまで来られたんだな」
「まぁ、俺の場合、他の奴らとはちっと事情が違うしな。元々、親しい相手まで、排除しようとはしねぇのよ」
親しい、という部分を強調して言うラーシュに、私は無言で冷ややかな視線を送った。
「……何か言ってくれよ。気まずくなるだろ……」
「言って欲しいのか?」
ならばと続けて口にしようとした時、何かしらの勘を発揮して、ラーシュは制止してきた。
「いや、いい。いいよ、言わなくて。……でもよ、ほら、アレだ。俺って本当に脈ないのか? 言っちゃ何だが、俺って結構、悪くない物件だと思うんだが……」
「そうだな……。ギルドマスターは高給取りだし、実際に戦う冒険者と違って、危険は殆どないものな」
「だろ……!? それに安定収入だし、社会的地位もそこそこ……! 顔だって悪くない」
「そこは、諸説ある」
そう言って、私はクスリと笑った。
醜男でないのは確かだが、自慢できるものであるかは疑問な所だ。
だがいずれにせよ、個人の好みによる部分が大きいので、とやかく言うことではないのだろう。
それに、何もラーシュと縁を深めたくない理由は、彼個人を憎らしく思うからではない。
私が私である限り、伴侶を得ることは避けられないのだ。
「残念ながら、お前と一緒には……」
「リルちゃんにも優しくするぜ? ちゃんと我が子同様に接する。誓うよ。……それでも?」
「お前が原因で断る訳じゃないから。お前よりもっと高収入で、もっと地位の高い男でも……それでもやはり、私は断るだろう」
「そうか……。やっぱ、前の旦那が忘れられないか? 操を立てるっつーか……」
盛大な勘違いをさせているが、そう思わせていた方が楽なので、取り合えず頷く。
「そんな所さ……。義理堅いんだ、私は」
「……ま、確かに義理は重んじる感じだな」
眉を八の字に曲げて、大きな大きな溜め息をつくと、ラーシュはガックリと肩を落とした。
「そうか、駄目か……。悪かった、長々と付きまとっちまって……」
「悪いなんてことはない。でも、お前を想う相手はきっといるから、そちらに目を向けてやれ」
「気休めは止してくれ。俺は今日、失恋記念に浴びるほど飲む! 祭りだ、祭りなんだ、騒がしいくらいじゃないとな……!」
そう言ったタイミングで、曲が終わって互いのポーズを取る。
私は帽子の縁に手を当てて、珍しく礼をした時には、ラーシュは身体を震わせて去って行く所だった。
その背を見つめていると、目の前にモンティがやって来て、期待に目を輝かせて手を伸ばした所だった。
私が腰を屈めて手を取ると、再び新たな曲が始まった。