モンティと踊りながらも、私の視線はラーシュの方へ向いていた。
意識的というほど露骨ではないが、どうにも視界の端にチラチラと映る。
そうして見ていると、踊りの輪の中から外れようとするラーシュを、ギルド受付嬢のオンブレッタが引き戻していた。
そうして無理やり手を取ると、輪に戻って踊り出す。
彼女は時に強引だが、こういう時は、むしろそうした強引さこそ必要だったのかもしれない。
ラーシュは泣き顔を見られまいとしているが、両手を前に出す性質上、隠すも何もない。
盛大に暴露してしまう形となり、オンブレッタはそれを見て爆笑していた。
溢れる笑顔で何事かを言っていて、それをラーシュが負けん気で言い返している。
これも彼女なりの配慮だろう。
あのままではきっと、鬱々となりながら自棄酒を飲むしかなかった。
本当にパッと忘れよう、という気持ちで飲むならともかく、実際はその真逆の結果となっていただろう。
少し救われた気分になりながら、私は二人の騒々しい踊りから視線を切った。
※※※
祭りにおける最後の催しは、松明リレーで終わる。
踊りの中心にあった、巨大な篝火から火を移し、それを持って街中を一周する催しだ。
ただし、これは単なるリレーではない。
一年の命の火を、次の年へと託す祈りが込められている。
一応は精霊信仰に端を発する神聖なリレーで、火の精霊へ供物を運ぶ儀式を元としていた。
篝火の火は祭りの開始から着けられ、その時から今まで絶やすことなく燃やし続け、薪は街の人間がそれぞれ持ち寄ったものだ。
そして、大麦の束や果樹の枝、古い道具の木片など、過ぎ去った一年を象徴するものが混ぜられる。
走者は毎年、十二人。
少年少女の中から、速さや力、あるいは知力や善行など、何か一つ秀でたものを持つ者が選ばれる。
残念ながらモンティやミーナは選ばれず、また十二人の中に顔見知りはいなかった。
選ばれるのは名誉なだけあって、その家族や縁者は盛り上がりを見せているが、関係ない私からすると、その盛り上がりにはついていけない。
しかし、モンティとミーナは、街の一員として敬意の眼差しでそれを見つめていた。
いよいよ最初の一人が松明を持って出発すると、見ている方は暇になる。
「ねぇ、お母さん。それで、リルたちどうしてたらいいの?」
「待つことしか出来ないからなぁ……。街の外周を大きく一周して来る筈だから、それまでずっとこのままだ」
「えぇ〜……? ずっと?」
「そう、一応は神聖な儀式だから、帰りを待って迎えてあげるのが、正しい礼儀なんだけど……」
しかし、リルは不満そうだ。
待っている間、何か別の催しがあって時間潰しが出来るならともかく、そうしたものは一切ないのだ。
大人達は酒を飲んで、ただ盛り上がるだけで楽しいだろうが、子ども達にそうしたものはない。
屋台は食材を全て捌いたものから片付け作業に入っていて、既にその半分が店じまいをしていた。
「走っている本人達には、色々なドラマがあったりするんだろうけど……」
「そうなの?」
「選ばれたからには、それを成し遂げないといけないからね。松明を落としたり、消してはいけないって決まりもあった筈だ。外周を走るから、足元が不安定だったり、急な傾斜なんかもあるだろう。風だって吹くから、火が揺れて気が気じゃない場面もあったりするだろうね」
ただ走るだけとは、プレッシャーが違う。
必ず火を絶やしてはならない、という気持ちが焦りを呼ぶこともある。
何年かに一度は、火を消してしまう事故が実際に起こるから、楽観視できないのも心労の原因だろう。
「見ているより、実際はずっと大変だろうな。……こういうの、モンティは憧れとかあるのか?」
「いやぁ、どうだろ……。凄くめーよなことだけど、キンチョーの方が強いと思うなぁ」
「モンティでも、そうなんだ?」
ミーナから嘲りではない、純粋な疑問が飛んで来て、大儀そうに腕を組んで頷いた。
「自分より、親の方がタイヘンって聞いたりするな。待ってる間、シンパイで堪らないんだって」
「帰って来た時、火がちゃんと着いてるかどうか、祈りながら待っているだろうな」
松明の再点火は許されない。
そして、外周にもそれぞれ、人の目はある。
だから密かに自分で火を付ける事が出来ないし、報告も必ずなされる。
火が消えた松明を持って帰って来たら、誰が消してしまったのか、そこが一つの争点になるだろう。
ならば最初からもう一度、とは出来ないので、一年の無事な継続が保障されなくなった、と取られる。
また来年まで、針の筵と言った心境で過ごさねばならないのは、確かに辛いだろうと思われた。
「リルも、ずっとまってなきゃダメ? どのくらい?」
「さぁて……。何しろ、子どもの足で走る訳だから……。一時間は最低でも掛かるか」
「んぇぇ……」
げんなりと息を吐くリルに、私は広場のひときわ静かな一角を指差す。
「なら、少し時間を潰していようか?」
「うんっ! ねぇ……あれ、なに?」
指差した先にあるのは小さな布張りのテントで、入り口には紫の垂れ幕が揺れ、金糸で名前が縫われていた。
――《星見の館》。
語るは時、聞くは命――。
「占いの店みたいだな。中々、謎めいた文言で気を引こうとしてるが、あまり客足には貢献してないらしい」
ただし、今はタイミングが悪いだけ、と見ることも出来る。
若いカップルなどが主な客層だけあって、そうした者達は既に、早い時間に済ませてしまっているのもあるだろう。
「あれ……、去年もあった気がする」
ミーナが呟く様に言って、モンティは眉を顰めて言った。
「でもな、怪しいもんだよな」
「けっこう当たるみたい。隣のお姉ちゃん、"ひと夏の恋がある"って去年言われて、実際に当たったんだよ」
「へぇ~……! じゃあ、ケッコー当たるんだな!」
モンティは期待を込めた瞳でテントを見つめた。
だが、その程度の事なら誰でも言えるし、仮に実らなくても“恋があった”事にはなる。
長続きしなくても、“ひと夏”で終わるという意味にも取れ、だから当たったと言えなくもない。
そうした、どうとでも取れる言い方で占うのは、むしろ基礎的な技術だ。
「行ってみようぜ!」
モンティが先陣を切ると、ミーナも後を追い、それからリルも付いて行った。
そうなると私も行かない訳にはいかず、実際に入口に辿り着くと、手で触れる間もなく布が捲れて開いた。
「お、おぅ……」
モンティはそれだけで及び腰になり、最初の勢いはどこへやら、その場で足踏みしてしまう。
中は薄暗く、明かりとなる物は殆どない。
金色の瞳を持つ、白い髪をした老婆が椅子に座って待っていて、中は香の匂いが漂い、薄明かりの中で水晶球が揺れていた。
明らかに怯んだ様子のモンティは、誰か先に行くのを期待している。
それで仕方なくミーナが先に入り、対面の椅子にそっと座った。
一人が中に入っている間は、他の誰も入れない様で、自動的に布が落ちて閉まる。
内と外を隔てるものだが、所詮は布一枚。
耳をすませば、話の内容は聞こえて来る。
「ようこそ、夢の迷い人。私はリューシェ婆……。あんたの心、今夜だけは言葉にしてあげよう」
老人特有のしゃがれた声が聞こえた。
声音は優しく、また笑みを含んでいる。
しばしの沈黙があって、ミーナは緊張した声音で、恐る恐る問いかけた。
「あたし……、いつか外の世界へ出られますか?」
「ふぅむ……」
勿体ぶった息を吐き、しばし沈黙が訪れる。
もしかすると、水晶玉に手を向け、そこから何かを読み取ろうとしているのかもしれない。
「風に乗り……あんたの足は、一度村を離れる。でも、帰る場所を忘れなければ、外の世界はちゃんと微笑むだろう」
「そうなんですか……! ありがとうございます」
ミーナは明らかに安堵した声音で礼を言い、それから幾らもせず出て来て、そのすぐ後をモンティに譲った。
出て来たミーナをリルは出迎え、その手を握って顔を覗き込む。
「ミーナちゃん、ダイジョーブだった?」
「うん、ゼンゼン平気。水晶玉がボーっと光ってね、ちょっとキレイだった」
「へぇ……!」
リルが感動の声を出している間に、モンティの質問が始まる。
やはり彼もそれなりに緊張している様で、その声音は固かった。
「オレ、でっかくなれる? ……その、英雄とか」
リューシャ婆は笑って答えた。
「英雄になりたい者の目は、もっと空っぽだよ。あんたの目は……誰かを守りたい目だ。そういう者には、剣よりもっと別の物が似合うだろうね」
「それってつまり……、なれないってこと?」
「自分で思うほど、それを望んじゃいないって話さ。力の渇望を強く持つような者が、いずれ英雄なんて呼ばれる様になる。最初から望んではいない」
「そういうもんか……」
「まずは、身近な誰かを守れるようになってから。それ以上の力を求めるのは、その大事な人をどう思うかだね」
「べ、べつにいねぇよ、大事な人とか……!」
モンティは逃げるように外へ出て来て、頬を紅潮させた。
ミーナからは意図して視線を逸らし、リルに次行け、と指示する。
言われた通り、最後にリルが入って、私は布一枚隔てたすぐ近くで待った。
そうすると、暫しの沈黙の後、リルが質問するより前に真面目な声が発せられた。
「……あんたは、まだ夢を持つのが怖いようだね」
「そうなのかな……。よく、わかんない……」
それには二つの意味があるように思われた。
私は黙って話を聞く。
「けれど、この先の未来、火の中に立つあんたの姿が見えるよ」
「ひ……? なんで?」
「さて……。だが、それが必ず、怖いことって訳じゃない。夢はいつだって、火の形をしてるんだ」
「そこから、リルのゆめがきまるの?」
「あるいは、やりたい事がね。熱く焦がす何かが、あんたを突き動かすのさ」
「そうなんだ。ありがと!」
そう言うと、リルはすぐにテントから出て来た。
子ども達三人は広場の片隅に集まると、夜風に吹かれながら、占いの余韻を分かち合っていた。
「……なあ」
モンティがぽつりと言った。
「来年も、こうして三人で来ような」
リルはにっこりと笑い、ミーナは小さく頷いた。
リレーの走者が帰って来て、無事に松明の火を篝火に戻している。
焚き火は燃え尽きようとしていたが、子どもたちの心には、それぞれの新たな熱が灯っている様に見えた。
※※※
その夜、村は眠らなかった。
星空の下、踊りと歌は続き、老いも若きも、ただ今という時を生きていた。
——それが、この街の秋の収穫祭。
何百年もの間、変わらずに続いてきた、命の祝祭だった。