混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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収穫祭 その8

 モンティと踊りながらも、私の視線はラーシュの方へ向いていた。

 意識的というほど露骨ではないが、どうにも視界の端にチラチラと映る。

 

 そうして見ていると、踊りの輪の中から外れようとするラーシュを、ギルド受付嬢のオンブレッタが引き戻していた。

 

 そうして無理やり手を取ると、輪に戻って踊り出す。

 彼女は時に強引だが、こういう時は、むしろそうした強引さこそ必要だったのかもしれない。

 

 ラーシュは泣き顔を見られまいとしているが、両手を前に出す性質上、隠すも何もない。

 

 盛大に暴露してしまう形となり、オンブレッタはそれを見て爆笑していた。

 溢れる笑顔で何事かを言っていて、それをラーシュが負けん気で言い返している。

 

 これも彼女なりの配慮だろう。

 あのままではきっと、鬱々となりながら自棄酒を飲むしかなかった。

 

 本当にパッと忘れよう、という気持ちで飲むならともかく、実際はその真逆の結果となっていただろう。

 

 少し救われた気分になりながら、私は二人の騒々しい踊りから視線を切った。

 

 

  ※※※

 

 

 祭りにおける最後の催しは、松明リレーで終わる。

 

 踊りの中心にあった、巨大な篝火から火を移し、それを持って街中を一周する催しだ。

 

 ただし、これは単なるリレーではない。

 一年の命の火を、次の年へと託す祈りが込められている。

 

 一応は精霊信仰に端を発する神聖なリレーで、火の精霊へ供物を運ぶ儀式を元としていた。

 

 篝火の火は祭りの開始から着けられ、その時から今まで絶やすことなく燃やし続け、薪は街の人間がそれぞれ持ち寄ったものだ。

 

 そして、大麦の束や果樹の枝、古い道具の木片など、過ぎ去った一年を象徴するものが混ぜられる。

 走者は毎年、十二人。

 

 少年少女の中から、速さや力、あるいは知力や善行など、何か一つ秀でたものを持つ者が選ばれる。

 

 残念ながらモンティやミーナは選ばれず、また十二人の中に顔見知りはいなかった。

 

 選ばれるのは名誉なだけあって、その家族や縁者は盛り上がりを見せているが、関係ない私からすると、その盛り上がりにはついていけない。

 

 しかし、モンティとミーナは、街の一員として敬意の眼差しでそれを見つめていた。

 いよいよ最初の一人が松明を持って出発すると、見ている方は暇になる。

 

「ねぇ、お母さん。それで、リルたちどうしてたらいいの?」

 

「待つことしか出来ないからなぁ……。街の外周を大きく一周して来る筈だから、それまでずっとこのままだ」

 

「えぇ〜……? ずっと?」

 

「そう、一応は神聖な儀式だから、帰りを待って迎えてあげるのが、正しい礼儀なんだけど……」

 

 しかし、リルは不満そうだ。

 待っている間、何か別の催しがあって時間潰しが出来るならともかく、そうしたものは一切ないのだ。

 

 大人達は酒を飲んで、ただ盛り上がるだけで楽しいだろうが、子ども達にそうしたものはない。

 屋台は食材を全て捌いたものから片付け作業に入っていて、既にその半分が店じまいをしていた。

 

「走っている本人達には、色々なドラマがあったりするんだろうけど……」

 

「そうなの?」

 

「選ばれたからには、それを成し遂げないといけないからね。松明を落としたり、消してはいけないって決まりもあった筈だ。外周を走るから、足元が不安定だったり、急な傾斜なんかもあるだろう。風だって吹くから、火が揺れて気が気じゃない場面もあったりするだろうね」

 

 ただ走るだけとは、プレッシャーが違う。

 必ず火を絶やしてはならない、という気持ちが焦りを呼ぶこともある。

 

 何年かに一度は、火を消してしまう事故が実際に起こるから、楽観視できないのも心労の原因だろう。

 

「見ているより、実際はずっと大変だろうな。……こういうの、モンティは憧れとかあるのか?」

 

「いやぁ、どうだろ……。凄くめーよなことだけど、キンチョーの方が強いと思うなぁ」

 

「モンティでも、そうなんだ?」

 

 ミーナから嘲りではない、純粋な疑問が飛んで来て、大儀そうに腕を組んで頷いた。

 

「自分より、親の方がタイヘンって聞いたりするな。待ってる間、シンパイで堪らないんだって」

 

「帰って来た時、火がちゃんと着いてるかどうか、祈りながら待っているだろうな」

 

 松明の再点火は許されない。

 そして、外周にもそれぞれ、人の目はある。

 

 だから密かに自分で火を付ける事が出来ないし、報告も必ずなされる。

 火が消えた松明を持って帰って来たら、誰が消してしまったのか、そこが一つの争点になるだろう。

 

 ならば最初からもう一度、とは出来ないので、一年の無事な継続が保障されなくなった、と取られる。

 また来年まで、針の筵と言った心境で過ごさねばならないのは、確かに辛いだろうと思われた。

 

「リルも、ずっとまってなきゃダメ? どのくらい?」

 

「さぁて……。何しろ、子どもの足で走る訳だから……。一時間は最低でも掛かるか」

 

「んぇぇ……」

 

 げんなりと息を吐くリルに、私は広場のひときわ静かな一角を指差す。

 

「なら、少し時間を潰していようか?」

 

「うんっ! ねぇ……あれ、なに?」

 

 指差した先にあるのは小さな布張りのテントで、入り口には紫の垂れ幕が揺れ、金糸で名前が縫われていた。

 

 ――《星見の館》。

 語るは時、聞くは命――。

 

「占いの店みたいだな。中々、謎めいた文言で気を引こうとしてるが、あまり客足には貢献してないらしい」

 

 ただし、今はタイミングが悪いだけ、と見ることも出来る。

 

 若いカップルなどが主な客層だけあって、そうした者達は既に、早い時間に済ませてしまっているのもあるだろう。

 

「あれ……、去年もあった気がする」

 

 ミーナが呟く様に言って、モンティは眉を顰めて言った。

 

「でもな、怪しいもんだよな」

 

「けっこう当たるみたい。隣のお姉ちゃん、"ひと夏の恋がある"って去年言われて、実際に当たったんだよ」

 

「へぇ~……! じゃあ、ケッコー当たるんだな!」

 

 モンティは期待を込めた瞳でテントを見つめた。

 だが、その程度の事なら誰でも言えるし、仮に実らなくても“恋があった”事にはなる。

 

 長続きしなくても、“ひと夏”で終わるという意味にも取れ、だから当たったと言えなくもない。

 そうした、どうとでも取れる言い方で占うのは、むしろ基礎的な技術だ。

 

「行ってみようぜ!」

 

 モンティが先陣を切ると、ミーナも後を追い、それからリルも付いて行った。

 そうなると私も行かない訳にはいかず、実際に入口に辿り着くと、手で触れる間もなく布が捲れて開いた。

 

「お、おぅ……」

 

 モンティはそれだけで及び腰になり、最初の勢いはどこへやら、その場で足踏みしてしまう。

 中は薄暗く、明かりとなる物は殆どない。

 

 金色の瞳を持つ、白い髪をした老婆が椅子に座って待っていて、中は香の匂いが漂い、薄明かりの中で水晶球が揺れていた。

 

 明らかに怯んだ様子のモンティは、誰か先に行くのを期待している。

 それで仕方なくミーナが先に入り、対面の椅子にそっと座った。

 

 一人が中に入っている間は、他の誰も入れない様で、自動的に布が落ちて閉まる。

 内と外を隔てるものだが、所詮は布一枚。

 

 耳をすませば、話の内容は聞こえて来る。

 

「ようこそ、夢の迷い人。私はリューシェ婆……。あんたの心、今夜だけは言葉にしてあげよう」

 

 老人特有のしゃがれた声が聞こえた。

 声音は優しく、また笑みを含んでいる。

 

 しばしの沈黙があって、ミーナは緊張した声音で、恐る恐る問いかけた。

 

「あたし……、いつか外の世界へ出られますか?」

 

「ふぅむ……」

 

 勿体ぶった息を吐き、しばし沈黙が訪れる。

 もしかすると、水晶玉に手を向け、そこから何かを読み取ろうとしているのかもしれない。

 

「風に乗り……あんたの足は、一度村を離れる。でも、帰る場所を忘れなければ、外の世界はちゃんと微笑むだろう」

 

「そうなんですか……! ありがとうございます」

 

 ミーナは明らかに安堵した声音で礼を言い、それから幾らもせず出て来て、そのすぐ後をモンティに譲った。

 出て来たミーナをリルは出迎え、その手を握って顔を覗き込む。

 

「ミーナちゃん、ダイジョーブだった?」

 

「うん、ゼンゼン平気。水晶玉がボーっと光ってね、ちょっとキレイだった」

 

「へぇ……!」

 

 リルが感動の声を出している間に、モンティの質問が始まる。

 やはり彼もそれなりに緊張している様で、その声音は固かった。

 

「オレ、でっかくなれる? ……その、英雄とか」

 

 リューシャ婆は笑って答えた。

 

「英雄になりたい者の目は、もっと空っぽだよ。あんたの目は……誰かを守りたい目だ。そういう者には、剣よりもっと別の物が似合うだろうね」

 

「それってつまり……、なれないってこと?」

 

「自分で思うほど、それを望んじゃいないって話さ。力の渇望を強く持つような者が、いずれ英雄なんて呼ばれる様になる。最初から望んではいない」

 

「そういうもんか……」

 

「まずは、身近な誰かを守れるようになってから。それ以上の力を求めるのは、その大事な人をどう思うかだね」

 

「べ、べつにいねぇよ、大事な人とか……!」

 

 モンティは逃げるように外へ出て来て、頬を紅潮させた。

 ミーナからは意図して視線を逸らし、リルに次行け、と指示する。

 

 言われた通り、最後にリルが入って、私は布一枚隔てたすぐ近くで待った。

 そうすると、暫しの沈黙の後、リルが質問するより前に真面目な声が発せられた。

 

「……あんたは、まだ夢を持つのが怖いようだね」

 

「そうなのかな……。よく、わかんない……」

 

 それには二つの意味があるように思われた。

 私は黙って話を聞く。

 

「けれど、この先の未来、火の中に立つあんたの姿が見えるよ」

 

「ひ……? なんで?」

 

「さて……。だが、それが必ず、怖いことって訳じゃない。夢はいつだって、火の形をしてるんだ」

 

「そこから、リルのゆめがきまるの?」

 

「あるいは、やりたい事がね。熱く焦がす何かが、あんたを突き動かすのさ」

 

「そうなんだ。ありがと!」

 

 そう言うと、リルはすぐにテントから出て来た。

 子ども達三人は広場の片隅に集まると、夜風に吹かれながら、占いの余韻を分かち合っていた。

 

「……なあ」

 

 モンティがぽつりと言った。

 

「来年も、こうして三人で来ような」

 

 リルはにっこりと笑い、ミーナは小さく頷いた。

 リレーの走者が帰って来て、無事に松明の火を篝火に戻している。

 

 焚き火は燃え尽きようとしていたが、子どもたちの心には、それぞれの新たな熱が灯っている様に見えた。

 

 

  ※※※

 

 

 その夜、村は眠らなかった。

 星空の下、踊りと歌は続き、老いも若きも、ただ今という時を生きていた。

 

 ——それが、この街の秋の収穫祭。

 何百年もの間、変わらずに続いてきた、命の祝祭だった。

 

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