混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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妖精の遊戯と精霊の宴 その1

 街の収穫祭が終わってから数日、リルは未だに祭りの余韻の中にいた。

 あの日が相当楽しかったと見え、ことある毎にその日の感動を口にしている。

 

 それ故に、だろう。

 妖精達の嫉妬は、凄まじいものがあった。

 

 本来、翌日には妖精達による、森の収穫祭が行われる予定だったのに、急遽取り止めになった程だ。

 

 しかしそれは、決してへそを曲げたとか、そうした理由からではない。

 ――対抗心が燃え上がったから、だった。

 

 街の収穫祭を褒めちぎるリルを見て、生半なものは出せない、と思ったらしい。

 彼らにも、彼らなりの自負がある。

 

 終わった後で、やっぱり街の方が楽しかった、などと言われたら、彼らのプライドはズタズタだ。

 

 なまじ、事前に妖精達の祭りの方が凄い、などと自信満々に言っていたのも拙かった。

 

 最早、後には引けなくなっている。

 これでは、一体いつになったら開催されるのか、分かったものではなかった。

 

「ねぇ、お母さん。まだ? まだ、はじまらない?」

 

「そうだね……、そろそろだと思うけど……」

 

 リルは夜になると、決まって私に尋ねてくる。

 祭りは楽しいものだと分かったから、あの興奮と感動をもう一度、味わいたいと思っているのだ。

 

 リルは窓から身を乗り出して、畑の方を見ながら言う。

 

「はたけにちかづいちゃ、ダメっていうし……」

 

「驚かせたいんだよ。どういうものか事前に知れたら、驚きも半減してしまうだろう?」

 

「お母さんは、どういうのか、しってる?」

 

「いいや、知らないよ」

 

 そもそもとして、こちらで用意する筈の料理さえ、今回はその量を減らした。

 全てではないものの、多くは向こう側で用意するつもりらしい。

 

 そんな事は初めてのことで、だからどういう催しを計画しているのか、本当に分からなかった。

 

 畑を占有している事についても、既に全ての農作物は刈り入れてあるので、何かの邪魔になることもない。

 

 だから、近付くことすら禁止されている現在でも、大した不便は感じていなかった。

 

 しかし、そうは言っても不満は溜まる。

 待つのが苦手なリルともなれば、それは尚更だった。

 

「んぅ……。リルもう、まち……、びれたよ」

 

「待ちくたびれた、ね。……うん、ちょっと言いにくいな。練習してみよう」

 

 私は同じく窓辺に立って、リルの髪の毛を整えつつ促す。

 

「ほら、まちくた、びれた。言ってごらん」

 

「び、れ、た。まち、くた、びれた」

 

「そう、よく言えました」

 

 素直に褒めて髪の毛を指で漉くと、リルはくすぐったそうに笑った。

 ――その時だ。

 

 妖精がすいっと窓辺に飛んできて、リルの目の前で止まると、尊大にも見えるポーズを取って言い放つ。

 

「リル、喜べ! 遂に準備が終わりそうだぞ!」

 

「ホント!?」

 

 リルは喜び勇んで、窓辺から身体を離し、駆け出そうとする。

 しかし、それを私が横から受け止めるのと同時、妖精もまた、焦った声音で呼び止めた。

 

「リル、ちょっと落ち着きなさい」

 

「そうだぞ、リル! それに、今すぐ開催とは言ってない!」

 

「んえぇ……? そうなの?」

 

 リルはげんなりと息を吐いて、肩を落とした。

 身体から力が抜けたのを感じて、私も手を離す。

 

「準備が終わった、とは言ってなかったろ。リルが楽しみにしてたの知ってるから、一足早く教えてやろうと思ったんだよ」

 

「なぁんだ……。じゃあ、いつ? いつやるの?」

 

「明日」

 

「あした!? ホント!?」

 

「ホントもホント。じゃ、そういう事で」

 

 妖精は自信をもって頷き、その場から去ろうとした。

 手を振って、身体を翻したところで、その背にリルの声が掛かる。

 

「ね、ね、なんじから? おひる?」

 

「ん? ……いやいや、そんなに早いもんか」

 

 妖精は動きを止め、わざわざリルの鼻先までやって来て、ご高説を披露し始めた。

 

「いいか、リル? 妖精の祭りはな、日が暮れてからと決まってるんだ。どんなに早くても、夕陽が沈む頃合いから……、昔っからそう決まってるんだな」

 

「……そうなの?」

 

 リルから不満そうに聞かれて、私は頷く。

 

「まぁ、そうだね。人に見つからない為だとか、色々理由はあるけれど……。夜、森の奥でひっそりと行われるのが基本だな」

 

「ま、この森じゃさ。見つかる、見つからないを気にする必要ないけどな。でも、古くからそうなんだから、今回もそうだって話なんだよ」

 

「ふぅ~ン……」

 

 リルは未だに不満そうではあったが、私と妖精、二人からの説明で、ゴネても早まらないと悟ったらしい。

 

「んぅ……、わかった! じゃあ、あしたね! あした、ぜったいよ!」

 

「あぁ、任せとけ。日が沈む頃にこっち来な。驚かせてやるぜ! 人間の祭りなんて、所詮お遊びだって教えてやる!」

 

 捨て台詞の様な啖呵を切ると、妖精はリルの頭の周りをぐるりと飛んでから、部屋から去って行った。

 

 それまでの、どこか慌ただしかった雰囲気も霧散し、部屋に静寂が訪れる。

 しかし、それも一瞬のことで、リルは両手を振り回して喜んだ。

 

「あしただって! あした! なに、やるのかな?」

 

「さぁて……。お母さん、見たことはあっても、参加したことはないしなぁ」

 

「そうなの?」

 

「妖精は、妖精同士で遊ぶものだからね。それに今回は、どうやら精霊達まで協力させているみたいだし、そうなるといよいよ、何が起こるか予想が付かない」

 

「せーれーも?」

 

 我が家には多数の精霊が住まうが、どれも自我の薄い小精霊ばかりだ。

 

 どこか特定の位置に留まり、起きているのか寝ているのか、分からない状況の事も多い。

 

 リルにとって、ナナだけが特別で、それ以外の精霊は全てその様なものだと思っているから、祭りで何かをするなど想像付かないのだった。

 

「ダイジョーブなのかなぁ? おまつりのあいだ、ずっとねてたりして……」

 

「多分、リルが思うような事にはならないわよ」

 

 そう言ってリルの背後から透けるように姿を現したナナは、そのまま小さな肩を抱く。

 

「ここに居る精霊は、リルが知らないだけで、結構多いのよ」

 

「……そうなの?」

 

「そうなの。普通はね、精霊って格が高くなるほど、姿を隠すものだから……」

 

()()って?」

 

 後ろを向いて尋ねるリルに、ナナは少し考え込んでから答えた。

 

「偉い……っていうのも、ちょっと違うけど……。長く生きて、マナを取り込んだりして、存在自体が強くなると、自然と上がるもの……って感じかしら」

 

「ふぅ~ん……。ナナは? ナナはエラい?」

 

 純粋な疑問から生じた問いだが、精霊に対しては少々、不躾な質問だった。

 しかし、ナナは苦笑するに留めて答える。

 

「わたしはね、中くらいよ。中位精霊って知ってるでしょ?」

 

「ナナの強さも、ちゅうくらい?」

 

「それは、ん~……。そうね……」

 

 ナナは顎をリルの頭に乗せて、左右に揺らしながら考え込んだ。

 

「中の上って感じだと思う。まだ成り立ての中位精霊だけど、ここの環境が良いのよね。リルの力を合わせれば、そのぐらいになると思う」

 

「ふ~ん……」

 

「ふ~ん、ってあなたね……。これって凄い事なのよ!? 他の精霊ならね、もっとずっと時間かかるんだから!」

 

 ナナは憤りにも近い、強い感情を顕わにしたが、それでもリルの反応は淡白だった。

 

「でも、お母さんにかったことない」

 

「ンな……っ!?」

 

 ナナは絶句して固まる。

 これまでリルに魔法を教えるに当たって、実演演習をしてみたことがあった。

 

 その都度、ナナが放って私が防ぎ、それが続くと時たま反撃したりもした。

 その都度、ナナは防ぐ事を諦め、逃げ回っていたものだ。

 

「あのね、リル。あなたの母親は、普通に考えちゃいけない相手なの! 中位精霊相手にね、普通……それも力だけなら上位にも迫ろうって相手を、片手間にあしらったり出来ないのよ!」

 

「お母さんが、スゴいってこと?」

 

「凄いとかじゃないの! なんかもう、おかしいの! 存在自体がこぅ……」

 

 熱弁に力が入り過ぎているナナは、私が背後に立った事に気付かなかった。

 その頭を優しく掴み、ごく軽く揺らす。

 

「ん? 私が何だって……?」

 

「い、いやぁ……。何って言うか……、素敵な母親を持てて、リルが羨ましいって話をね……」

 

「そうは聞こえなかったが……」

 

「ね、ねぇ~、リル? お母さん、素敵よねぇ~?」

 

「うんっ、お母さん、いつもカッコイイ!」

 

 リルからお褒めの言葉を貰えたので、ナナからそっと手を離した。

 あからさまな、あまりに露骨すぎる質問だったが、リルからの言葉はいつだって嘘がない。

 

 だから、その言葉を受け取ると、心が温かになった。

 

「そ、それはともかく……! 明日がお祭りみたいだから、楽しみにしていましょ!」

 

 言うだけ言うと、誤魔化しにもなってない台詞を吐いて、ナナはその姿をリルの中へと消した。

 責める相手がいなくなって、私もリルをベッドに運ぶ。

 

「ナナの言う通りだ。明日を楽しみにしつつ、今日はもう寝よう。そろそろ、いい時間だ」

 

「えぇぇぇ……? ねれないよぉ……!」

 

「目を瞑っていればすぐさ。そしたら、すぐ明日だ。お祭りが近付くよ」

 

「でも、でもね……!」

 

 リルはベッドから飛びおり、窓辺に近付こうとする。

 しかし、ベッドのすぐ脇はアロガの寝る定位置だ。

 

 当然そこには彼がいて、尻尾を踏まれて迷惑そうにしていた。

 

「あ、ごめん、アロガ!」

 

 一応謝りつつ、それでも窓辺へ駆け寄ろうとするのは止めない。

 私は手を伸ばしてリルを掴み、魔力で浮かせてベッドに戻した。

 

「いいから、寝なさい。良い子は寝る時間だ」

 

 それでもベッドから降りようとするリルを宥めすかし、何とか寝かし付ける頃には、既に一時間近くが経っていた。

 私は疲労で瞼が重くなるのを感じながら、ここ数年の事を思う。

 

「いつまで経っても、寝かし付けるのが大変な子だ……」

 

 そうして……。

 お腹の辺りをごく軽く、ポンポンと叩くと、私もようやく眠りに入った。

 

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