街の収穫祭が終わってから数日、リルは未だに祭りの余韻の中にいた。
あの日が相当楽しかったと見え、ことある毎にその日の感動を口にしている。
それ故に、だろう。
妖精達の嫉妬は、凄まじいものがあった。
本来、翌日には妖精達による、森の収穫祭が行われる予定だったのに、急遽取り止めになった程だ。
しかしそれは、決してへそを曲げたとか、そうした理由からではない。
――対抗心が燃え上がったから、だった。
街の収穫祭を褒めちぎるリルを見て、生半なものは出せない、と思ったらしい。
彼らにも、彼らなりの自負がある。
終わった後で、やっぱり街の方が楽しかった、などと言われたら、彼らのプライドはズタズタだ。
なまじ、事前に妖精達の祭りの方が凄い、などと自信満々に言っていたのも拙かった。
最早、後には引けなくなっている。
これでは、一体いつになったら開催されるのか、分かったものではなかった。
「ねぇ、お母さん。まだ? まだ、はじまらない?」
「そうだね……、そろそろだと思うけど……」
リルは夜になると、決まって私に尋ねてくる。
祭りは楽しいものだと分かったから、あの興奮と感動をもう一度、味わいたいと思っているのだ。
リルは窓から身を乗り出して、畑の方を見ながら言う。
「はたけにちかづいちゃ、ダメっていうし……」
「驚かせたいんだよ。どういうものか事前に知れたら、驚きも半減してしまうだろう?」
「お母さんは、どういうのか、しってる?」
「いいや、知らないよ」
そもそもとして、こちらで用意する筈の料理さえ、今回はその量を減らした。
全てではないものの、多くは向こう側で用意するつもりらしい。
そんな事は初めてのことで、だからどういう催しを計画しているのか、本当に分からなかった。
畑を占有している事についても、既に全ての農作物は刈り入れてあるので、何かの邪魔になることもない。
だから、近付くことすら禁止されている現在でも、大した不便は感じていなかった。
しかし、そうは言っても不満は溜まる。
待つのが苦手なリルともなれば、それは尚更だった。
「んぅ……。リルもう、まち……、びれたよ」
「待ちくたびれた、ね。……うん、ちょっと言いにくいな。練習してみよう」
私は同じく窓辺に立って、リルの髪の毛を整えつつ促す。
「ほら、まちくた、びれた。言ってごらん」
「び、れ、た。まち、くた、びれた」
「そう、よく言えました」
素直に褒めて髪の毛を指で漉くと、リルはくすぐったそうに笑った。
――その時だ。
妖精がすいっと窓辺に飛んできて、リルの目の前で止まると、尊大にも見えるポーズを取って言い放つ。
「リル、喜べ! 遂に準備が終わりそうだぞ!」
「ホント!?」
リルは喜び勇んで、窓辺から身体を離し、駆け出そうとする。
しかし、それを私が横から受け止めるのと同時、妖精もまた、焦った声音で呼び止めた。
「リル、ちょっと落ち着きなさい」
「そうだぞ、リル! それに、今すぐ開催とは言ってない!」
「んえぇ……? そうなの?」
リルはげんなりと息を吐いて、肩を落とした。
身体から力が抜けたのを感じて、私も手を離す。
「準備が終わった、とは言ってなかったろ。リルが楽しみにしてたの知ってるから、一足早く教えてやろうと思ったんだよ」
「なぁんだ……。じゃあ、いつ? いつやるの?」
「明日」
「あした!? ホント!?」
「ホントもホント。じゃ、そういう事で」
妖精は自信をもって頷き、その場から去ろうとした。
手を振って、身体を翻したところで、その背にリルの声が掛かる。
「ね、ね、なんじから? おひる?」
「ん? ……いやいや、そんなに早いもんか」
妖精は動きを止め、わざわざリルの鼻先までやって来て、ご高説を披露し始めた。
「いいか、リル? 妖精の祭りはな、日が暮れてからと決まってるんだ。どんなに早くても、夕陽が沈む頃合いから……、昔っからそう決まってるんだな」
「……そうなの?」
リルから不満そうに聞かれて、私は頷く。
「まぁ、そうだね。人に見つからない為だとか、色々理由はあるけれど……。夜、森の奥でひっそりと行われるのが基本だな」
「ま、この森じゃさ。見つかる、見つからないを気にする必要ないけどな。でも、古くからそうなんだから、今回もそうだって話なんだよ」
「ふぅ~ン……」
リルは未だに不満そうではあったが、私と妖精、二人からの説明で、ゴネても早まらないと悟ったらしい。
「んぅ……、わかった! じゃあ、あしたね! あした、ぜったいよ!」
「あぁ、任せとけ。日が沈む頃にこっち来な。驚かせてやるぜ! 人間の祭りなんて、所詮お遊びだって教えてやる!」
捨て台詞の様な啖呵を切ると、妖精はリルの頭の周りをぐるりと飛んでから、部屋から去って行った。
それまでの、どこか慌ただしかった雰囲気も霧散し、部屋に静寂が訪れる。
しかし、それも一瞬のことで、リルは両手を振り回して喜んだ。
「あしただって! あした! なに、やるのかな?」
「さぁて……。お母さん、見たことはあっても、参加したことはないしなぁ」
「そうなの?」
「妖精は、妖精同士で遊ぶものだからね。それに今回は、どうやら精霊達まで協力させているみたいだし、そうなるといよいよ、何が起こるか予想が付かない」
「せーれーも?」
我が家には多数の精霊が住まうが、どれも自我の薄い小精霊ばかりだ。
どこか特定の位置に留まり、起きているのか寝ているのか、分からない状況の事も多い。
リルにとって、ナナだけが特別で、それ以外の精霊は全てその様なものだと思っているから、祭りで何かをするなど想像付かないのだった。
「ダイジョーブなのかなぁ? おまつりのあいだ、ずっとねてたりして……」
「多分、リルが思うような事にはならないわよ」
そう言ってリルの背後から透けるように姿を現したナナは、そのまま小さな肩を抱く。
「ここに居る精霊は、リルが知らないだけで、結構多いのよ」
「……そうなの?」
「そうなの。普通はね、精霊って格が高くなるほど、姿を隠すものだから……」
「
後ろを向いて尋ねるリルに、ナナは少し考え込んでから答えた。
「偉い……っていうのも、ちょっと違うけど……。長く生きて、マナを取り込んだりして、存在自体が強くなると、自然と上がるもの……って感じかしら」
「ふぅ~ん……。ナナは? ナナはエラい?」
純粋な疑問から生じた問いだが、精霊に対しては少々、不躾な質問だった。
しかし、ナナは苦笑するに留めて答える。
「わたしはね、中くらいよ。中位精霊って知ってるでしょ?」
「ナナの強さも、ちゅうくらい?」
「それは、ん~……。そうね……」
ナナは顎をリルの頭に乗せて、左右に揺らしながら考え込んだ。
「中の上って感じだと思う。まだ成り立ての中位精霊だけど、ここの環境が良いのよね。リルの力を合わせれば、そのぐらいになると思う」
「ふ~ん……」
「ふ~ん、ってあなたね……。これって凄い事なのよ!? 他の精霊ならね、もっとずっと時間かかるんだから!」
ナナは憤りにも近い、強い感情を顕わにしたが、それでもリルの反応は淡白だった。
「でも、お母さんにかったことない」
「ンな……っ!?」
ナナは絶句して固まる。
これまでリルに魔法を教えるに当たって、実演演習をしてみたことがあった。
その都度、ナナが放って私が防ぎ、それが続くと時たま反撃したりもした。
その都度、ナナは防ぐ事を諦め、逃げ回っていたものだ。
「あのね、リル。あなたの母親は、普通に考えちゃいけない相手なの! 中位精霊相手にね、普通……それも力だけなら上位にも迫ろうって相手を、片手間にあしらったり出来ないのよ!」
「お母さんが、スゴいってこと?」
「凄いとかじゃないの! なんかもう、おかしいの! 存在自体がこぅ……」
熱弁に力が入り過ぎているナナは、私が背後に立った事に気付かなかった。
その頭を優しく掴み、ごく軽く揺らす。
「ん? 私が何だって……?」
「い、いやぁ……。何って言うか……、素敵な母親を持てて、リルが羨ましいって話をね……」
「そうは聞こえなかったが……」
「ね、ねぇ~、リル? お母さん、素敵よねぇ~?」
「うんっ、お母さん、いつもカッコイイ!」
リルからお褒めの言葉を貰えたので、ナナからそっと手を離した。
あからさまな、あまりに露骨すぎる質問だったが、リルからの言葉はいつだって嘘がない。
だから、その言葉を受け取ると、心が温かになった。
「そ、それはともかく……! 明日がお祭りみたいだから、楽しみにしていましょ!」
言うだけ言うと、誤魔化しにもなってない台詞を吐いて、ナナはその姿をリルの中へと消した。
責める相手がいなくなって、私もリルをベッドに運ぶ。
「ナナの言う通りだ。明日を楽しみにしつつ、今日はもう寝よう。そろそろ、いい時間だ」
「えぇぇぇ……? ねれないよぉ……!」
「目を瞑っていればすぐさ。そしたら、すぐ明日だ。お祭りが近付くよ」
「でも、でもね……!」
リルはベッドから飛びおり、窓辺に近付こうとする。
しかし、ベッドのすぐ脇はアロガの寝る定位置だ。
当然そこには彼がいて、尻尾を踏まれて迷惑そうにしていた。
「あ、ごめん、アロガ!」
一応謝りつつ、それでも窓辺へ駆け寄ろうとするのは止めない。
私は手を伸ばしてリルを掴み、魔力で浮かせてベッドに戻した。
「いいから、寝なさい。良い子は寝る時間だ」
それでもベッドから降りようとするリルを宥めすかし、何とか寝かし付ける頃には、既に一時間近くが経っていた。
私は疲労で瞼が重くなるのを感じながら、ここ数年の事を思う。
「いつまで経っても、寝かし付けるのが大変な子だ……」
そうして……。
お腹の辺りをごく軽く、ポンポンと叩くと、私もようやく眠りに入った。