混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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妖精の遊戯と精霊の宴 その3

「ごめんなさいね。あの子ったら、愛想がないの」

 

 最初にそう詫びて、火の中位精霊は困ったように笑った。

 

「でも、嫌っている訳ではないのよ。何だかんだと言って、しっかり宝玉を渡していたのが、その証拠みたいなものだし……」

 

「そうなんだ、よかった」

 

 リルが笑うと、その笑みにつられて、精霊も同じように笑った。

 

「何れにしても、妖精と精霊の祝祭に、ヒト種を歓迎する意は伝わったと思うわ。……私からもコレを」

 

 そう言って、手の平の上に燈火(ともしび)を作り出した。

 ふわりと浮かんで、リルの頭を中心として一周する。

 

 次には私の方へとやって来て、その肩に止まった。

 明かりも強すぎず、また熱くもない。

 じんわりと暖める、優しい熱だった。

 

「お母さん、それなに? おみずキレーにするみたいに、なにかあるの?」

 

「勿論、あるとも。これを持ち帰って家の炉に灯すとね、その火は冬が終わるまで、ずっと続くんだよ」

 

「そうなんだ、スゴいね!」

 

「去年も、一昨年も、ずっと我が家を暖めてくれた火だ。感謝なさい」

 

「うん、ありがとうっ!」

 

 精霊に笑顔で頭を下げると、向こうも喜んでこれを受け入れる。

 その頭を存分に撫でまわし、そしてそれに満足して手を離した辺りで、顔を上げたリルは首を傾げた。

 

「でもリル、だんろにせーれーが、すんでるとおもってた。だから、あったかいんだって……」

 

「それも間違いじゃないけどね。小精霊にとって、あの火は心地好いんだ。だから大抵、暖炉に集まって、それで彼らが火を熾しているように見える」

 

「ほぇ~……」

 

「そんな事より、ほら……。どうやら、踊りが始まるぞ」

 

 それまで掛かっていた曲は、既に鳴りを潜めていた。

 華やかな歓迎の曲は終わり、次なる一曲を始めようと、妖精達は楽器を構え直している。

 

「あら、本当……。それじゃあ、私も役目を終えた事だし、この辺でね。リル、今日の宴、楽しんでいって」

 

 手を振って背を向けると、そのまま宙に浮く。

 十分に距離が離れた所で身体がボッと燃え上がり、夜空の中へと消えていった。

 

 それを合図とするように、楽曲がより華やかに、踊りに合ったアップテンポなものが奏でられた。

 

 妖精達はその全てが奏者ではなく、この時を待ってましたと言わんばかりに、畑の中心へと飛び出して行く者も多く居た。

 

 踊りは二人一組で輪になって踊るもので、腕を組んだり、あるいは互いに手を取ったりと、その踊りにまとまりはない。

 

 しかし、誰もが楽しそうに踊っているのは共通していて、決まった型でないのは、敢えてそうしているからだろう。

 

「実に()()()踊りだな。楽しいのが一番っていう、妖精らしさが出てる。もっとちゃんとした儀式めいたものなら、きちんと踊るはずだが……」

 

「ねっ、楽しそう! お母さん、リルたちもおどろっ!」

 

「――あら、今日は私を優先してくれる約束よね?」

 

 これまで存在感が全くなかったナナが、リルの背後から現れた。

 確か家を出る間では一緒だったと思うのだが、一体どうしていたのだろう。

 

 同じ事は、リルも考えていた様だ。

 背後を振り返って尋ねる。

 

「ナナ、どこにいたの? ずっとこえもしなかったし……」

 

「まぁ、精霊同士にも色々あるの」

 

「いろいろって?」

 

「一つは単純に苦手ってこと。もう一つは格の違いね。同じ中位精霊だけど、あっちの方が長く存在している分、偉かったりするのよ。姿を見せると、ご高説賜ったりしてさ……」

 

「ごこーせつ……」

 

「お説教よ、つまり。私は中位精霊としては、色々と軽すぎるらしいから」

 

 それは事実だろう。

 中位精霊ともなれば、中には敬われる存在もいて、そしてそれは、決して珍しい事ではない。

 

 もっと威厳を、と言われたら、ナナとしても素直に頷くしかない部分だ。

 

「面倒な話は、今日だけは無しにしよう。さあ、踊るんだろう? あっちに混ざって、踊っておいで」

 

「お母さんは?」

 

「ここで待ってるよ」

 

 手を振って送り出すと、笑顔で頷き、ナナと手を取り合って踊りの輪に加わった。

 

 二人の踊りは、街の収穫祭で踊った、あの踊りだ。

 あのとき踊れなかった時間を、取り戻そうとでもするように、ナナも踊りを楽しんでいた。

 

 リルとナナの笑い声が、星空に溶ける。

 妖精達が奏でる音に合わせ、小精霊が歌い、踊りの輪は更に盛り上がりを見せた。

 

 踊る妖精達の手には、いつの間にやら花弁を握って踊っており、この時ばかりは皆一様に同じ踊りになった。

 

 リルは踊り方が分からず困惑していたが、ナナは良く理解していてリードしている。

 

 そして長く続く曲調も、遂に最後の盛り上がりを見せ始めた。

 ナナのリードは確かで、リルも踊り易そうだ。

 

 今では困惑も身を潜め、元通りの笑顔を取り戻している。

 いつの間にやら、リル達の手にも花弁が握られているから、何らかの魔法で干渉しているらしい。

 

 妖精達は花弁を一斉に、空へと放り投げた。

 一拍遅れて、リルも手を振り上げ、宙に投げる。

 

 花びらの半分は地に落ちて畑を埋め、もう半分は宙で溶けるように散った。

 後には、金粉のような光が夜気に漂った。

 

「うわぁ~……っ!」

 

 感嘆の声が漏れ、私もまた同じ気持ちで夜空を見つめていた。

 まるで星々が、目の前に落ちてきた様な光景だった。

 

「いい宴だな……」

 

「そうでしょう?」

 

 気付けばすぐ隣に、先程の火の精霊が浮かんでいた。

 キラキラと地面に落ちては溶けていく、金色の光を見つめながら続ける。

 

「どうかしら? またすぐ、次の曲が始まるわ。ご一緒にどう?」

 

「そうだな……」

 

 リルもまた、次の曲が始まるとナナから聞いて喜び、その場で飛び跳ねている。

 飽きるまで続行しそうだし、その間ずっと待ち続けるのも暇だ。

 

「そうだな、一曲お願いしようか」

 

「そうこなくちゃ!」

 

「――ちょっと待てよ。魔女とは俺が踊るんだ!」

 

 突然、妖精が会話に割り込んで、声だけでなく身体まで二人の間に入れてくる。

 

「今日のホストは俺たち妖精だぜ! しっかり、リードしないとな!」

 

「それはそうだが……。しかし、身長差があり過ぎないか」

 

 火の精霊方は、その体格も成人女性と変わりなく、私と踊るのに何も問題はない。

 しかし、妖精は子どもの頭程度のサイズだ。

 

 リルと踊るのさえ簡単ではないだろうが、私相手だと更に難しそうだった。

 

「何でもまず、やって試してみるもんさ! 案外と行けるかもしれないだろ?」

 

 その言い方では、失敗が確約されていそうなものだ。

 しかし、妖精のやる気を削ぐのも忍びない。

 

 私は手を差し出してくる妖精の手を、少し躊躇ったものの……結局、握る事にした。

 

「すまないが、そういうことだから、まずこちらと踊って来る」

 

「えぇ、どうぞ楽しんできて」

 

 嫌味ではない、純粋な態度で送り出され、私は輪の中に参加する。

 

 踊りの方は意外な程スムーズで、飛んでいるお陰からか、体格差は然程気にならなかった。

 

 リル達と隣り合わせで踊り、一曲の間に妖精達とは代わる代わる踊る。

 

 楽しく踊れて一つの曲が終わると、次は精霊の番だ。

 こちらは何も不安に感じることなく、思うまま軽やかにステップを刻んだ。

 

 精霊は浮いていることの多い存在だが、この時ばかりはしっかり地に足を着け踊る。

 やはり最後に花弁を空に撒くと、私達の踊りは終幕となった。

 

 

  ※※※

 

 

 歌と楽曲、そして踊りの輪は、私達が離れた後も続いていた。

 

 しかし、この宴には他にも魅力的な出し物が待っている。

 出店の種類も幾つかあり、小精霊たちは、収穫した木の実や果実を抱え、苔むした卓へと並べていた。

 

 水の精霊は泉から甘露を生み出し、杯へと満たした物を用意したようだ。

 額に汗して踊ったリルは、私の手を引いて出店の方へと向かう。

 

「お母さん、ノドかわいた!」

 

「あぁ、そうだね。丁度良いのがあるし、頂こうか」

 

 私は精霊たちが用意した長い卓へと、逆に手を引いて連れて行った。

 

 そしてアロガはと言うと、踊りの最中は周囲をウロウロするしかなかっただけに、今はリルの傍にべったりだ。

 

 向かった卓も趣向が凝らされていて、倒木を森から運んで来たのか、その曲線に沿うように作られており、表面には自然に浮き出た木目が見事だった。

 

 席に座ると、木の器に盛られた果実、蜜で照り輝く木の実のパイ、香ばしく焼かれた茸の串、花弁のような形をした干し果物が並べられる。

 

「これ、たべていいの!?」 

 

「そのつもりで持って来たんだろうからね」

 

「でも、おカネは?」

 

 収穫祭で飲み食いした時の経験を思い出して、そう言ったのだろう。

 しかし、ヒト社会の常識は、ここで同じようには通用しない。

 

「妖精や精霊は、お金を欲しがったりしないよ。自分の魔力を分けてごらん」

 

「どうやって……?」

 

 そういえば、リルはまだそこまで出来なかった。

 ナナと共有しているようなものだし、慣れたら出来ると思うのだが、やってない事をいきなり出来るようにはならない。

 

「今はお母さんが払っておくよ。好きにお食べ」

 

 甘露の満ちた杯が傍に置かれると、リルは大きな瞳を輝かせ、指先でつまんだ果実を口に入れる。

 

 ぷちり、と弾ける音が聞こえると、リルの目尻がトロンと落ちる。

 私も同じ果実を口に入れると、蜜のような甘さが広がり、花の香りが喉の奥まで満ちた。

 

「森の奥、人の足では険しい場所に群生する、メシネの実だね。地形を物ともしない、妖精だから採れた実だ」

 

「おいしーね!」

 

「妖精達の、とっておきだろう」

 

 互いに笑い合い、今度は甘露と一緒に口に入れて、私達は異なる味を楽しんだ。

 

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