「ごめんなさいね。あの子ったら、愛想がないの」
最初にそう詫びて、火の中位精霊は困ったように笑った。
「でも、嫌っている訳ではないのよ。何だかんだと言って、しっかり宝玉を渡していたのが、その証拠みたいなものだし……」
「そうなんだ、よかった」
リルが笑うと、その笑みにつられて、精霊も同じように笑った。
「何れにしても、妖精と精霊の祝祭に、ヒト種を歓迎する意は伝わったと思うわ。……私からもコレを」
そう言って、手の平の上に
ふわりと浮かんで、リルの頭を中心として一周する。
次には私の方へとやって来て、その肩に止まった。
明かりも強すぎず、また熱くもない。
じんわりと暖める、優しい熱だった。
「お母さん、それなに? おみずキレーにするみたいに、なにかあるの?」
「勿論、あるとも。これを持ち帰って家の炉に灯すとね、その火は冬が終わるまで、ずっと続くんだよ」
「そうなんだ、スゴいね!」
「去年も、一昨年も、ずっと我が家を暖めてくれた火だ。感謝なさい」
「うん、ありがとうっ!」
精霊に笑顔で頭を下げると、向こうも喜んでこれを受け入れる。
その頭を存分に撫でまわし、そしてそれに満足して手を離した辺りで、顔を上げたリルは首を傾げた。
「でもリル、だんろにせーれーが、すんでるとおもってた。だから、あったかいんだって……」
「それも間違いじゃないけどね。小精霊にとって、あの火は心地好いんだ。だから大抵、暖炉に集まって、それで彼らが火を熾しているように見える」
「ほぇ~……」
「そんな事より、ほら……。どうやら、踊りが始まるぞ」
それまで掛かっていた曲は、既に鳴りを潜めていた。
華やかな歓迎の曲は終わり、次なる一曲を始めようと、妖精達は楽器を構え直している。
「あら、本当……。それじゃあ、私も役目を終えた事だし、この辺でね。リル、今日の宴、楽しんでいって」
手を振って背を向けると、そのまま宙に浮く。
十分に距離が離れた所で身体がボッと燃え上がり、夜空の中へと消えていった。
それを合図とするように、楽曲がより華やかに、踊りに合ったアップテンポなものが奏でられた。
妖精達はその全てが奏者ではなく、この時を待ってましたと言わんばかりに、畑の中心へと飛び出して行く者も多く居た。
踊りは二人一組で輪になって踊るもので、腕を組んだり、あるいは互いに手を取ったりと、その踊りにまとまりはない。
しかし、誰もが楽しそうに踊っているのは共通していて、決まった型でないのは、敢えてそうしているからだろう。
「実に
「ねっ、楽しそう! お母さん、リルたちもおどろっ!」
「――あら、今日は私を優先してくれる約束よね?」
これまで存在感が全くなかったナナが、リルの背後から現れた。
確か家を出る間では一緒だったと思うのだが、一体どうしていたのだろう。
同じ事は、リルも考えていた様だ。
背後を振り返って尋ねる。
「ナナ、どこにいたの? ずっとこえもしなかったし……」
「まぁ、精霊同士にも色々あるの」
「いろいろって?」
「一つは単純に苦手ってこと。もう一つは格の違いね。同じ中位精霊だけど、あっちの方が長く存在している分、偉かったりするのよ。姿を見せると、ご高説賜ったりしてさ……」
「ごこーせつ……」
「お説教よ、つまり。私は中位精霊としては、色々と軽すぎるらしいから」
それは事実だろう。
中位精霊ともなれば、中には敬われる存在もいて、そしてそれは、決して珍しい事ではない。
もっと威厳を、と言われたら、ナナとしても素直に頷くしかない部分だ。
「面倒な話は、今日だけは無しにしよう。さあ、踊るんだろう? あっちに混ざって、踊っておいで」
「お母さんは?」
「ここで待ってるよ」
手を振って送り出すと、笑顔で頷き、ナナと手を取り合って踊りの輪に加わった。
二人の踊りは、街の収穫祭で踊った、あの踊りだ。
あのとき踊れなかった時間を、取り戻そうとでもするように、ナナも踊りを楽しんでいた。
リルとナナの笑い声が、星空に溶ける。
妖精達が奏でる音に合わせ、小精霊が歌い、踊りの輪は更に盛り上がりを見せた。
踊る妖精達の手には、いつの間にやら花弁を握って踊っており、この時ばかりは皆一様に同じ踊りになった。
リルは踊り方が分からず困惑していたが、ナナは良く理解していてリードしている。
そして長く続く曲調も、遂に最後の盛り上がりを見せ始めた。
ナナのリードは確かで、リルも踊り易そうだ。
今では困惑も身を潜め、元通りの笑顔を取り戻している。
いつの間にやら、リル達の手にも花弁が握られているから、何らかの魔法で干渉しているらしい。
妖精達は花弁を一斉に、空へと放り投げた。
一拍遅れて、リルも手を振り上げ、宙に投げる。
花びらの半分は地に落ちて畑を埋め、もう半分は宙で溶けるように散った。
後には、金粉のような光が夜気に漂った。
「うわぁ~……っ!」
感嘆の声が漏れ、私もまた同じ気持ちで夜空を見つめていた。
まるで星々が、目の前に落ちてきた様な光景だった。
「いい宴だな……」
「そうでしょう?」
気付けばすぐ隣に、先程の火の精霊が浮かんでいた。
キラキラと地面に落ちては溶けていく、金色の光を見つめながら続ける。
「どうかしら? またすぐ、次の曲が始まるわ。ご一緒にどう?」
「そうだな……」
リルもまた、次の曲が始まるとナナから聞いて喜び、その場で飛び跳ねている。
飽きるまで続行しそうだし、その間ずっと待ち続けるのも暇だ。
「そうだな、一曲お願いしようか」
「そうこなくちゃ!」
「――ちょっと待てよ。魔女とは俺が踊るんだ!」
突然、妖精が会話に割り込んで、声だけでなく身体まで二人の間に入れてくる。
「今日のホストは俺たち妖精だぜ! しっかり、リードしないとな!」
「それはそうだが……。しかし、身長差があり過ぎないか」
火の精霊方は、その体格も成人女性と変わりなく、私と踊るのに何も問題はない。
しかし、妖精は子どもの頭程度のサイズだ。
リルと踊るのさえ簡単ではないだろうが、私相手だと更に難しそうだった。
「何でもまず、やって試してみるもんさ! 案外と行けるかもしれないだろ?」
その言い方では、失敗が確約されていそうなものだ。
しかし、妖精のやる気を削ぐのも忍びない。
私は手を差し出してくる妖精の手を、少し躊躇ったものの……結局、握る事にした。
「すまないが、そういうことだから、まずこちらと踊って来る」
「えぇ、どうぞ楽しんできて」
嫌味ではない、純粋な態度で送り出され、私は輪の中に参加する。
踊りの方は意外な程スムーズで、飛んでいるお陰からか、体格差は然程気にならなかった。
リル達と隣り合わせで踊り、一曲の間に妖精達とは代わる代わる踊る。
楽しく踊れて一つの曲が終わると、次は精霊の番だ。
こちらは何も不安に感じることなく、思うまま軽やかにステップを刻んだ。
精霊は浮いていることの多い存在だが、この時ばかりはしっかり地に足を着け踊る。
やはり最後に花弁を空に撒くと、私達の踊りは終幕となった。
※※※
歌と楽曲、そして踊りの輪は、私達が離れた後も続いていた。
しかし、この宴には他にも魅力的な出し物が待っている。
出店の種類も幾つかあり、小精霊たちは、収穫した木の実や果実を抱え、苔むした卓へと並べていた。
水の精霊は泉から甘露を生み出し、杯へと満たした物を用意したようだ。
額に汗して踊ったリルは、私の手を引いて出店の方へと向かう。
「お母さん、ノドかわいた!」
「あぁ、そうだね。丁度良いのがあるし、頂こうか」
私は精霊たちが用意した長い卓へと、逆に手を引いて連れて行った。
そしてアロガはと言うと、踊りの最中は周囲をウロウロするしかなかっただけに、今はリルの傍にべったりだ。
向かった卓も趣向が凝らされていて、倒木を森から運んで来たのか、その曲線に沿うように作られており、表面には自然に浮き出た木目が見事だった。
席に座ると、木の器に盛られた果実、蜜で照り輝く木の実のパイ、香ばしく焼かれた茸の串、花弁のような形をした干し果物が並べられる。
「これ、たべていいの!?」
「そのつもりで持って来たんだろうからね」
「でも、おカネは?」
収穫祭で飲み食いした時の経験を思い出して、そう言ったのだろう。
しかし、ヒト社会の常識は、ここで同じようには通用しない。
「妖精や精霊は、お金を欲しがったりしないよ。自分の魔力を分けてごらん」
「どうやって……?」
そういえば、リルはまだそこまで出来なかった。
ナナと共有しているようなものだし、慣れたら出来ると思うのだが、やってない事をいきなり出来るようにはならない。
「今はお母さんが払っておくよ。好きにお食べ」
甘露の満ちた杯が傍に置かれると、リルは大きな瞳を輝かせ、指先でつまんだ果実を口に入れる。
ぷちり、と弾ける音が聞こえると、リルの目尻がトロンと落ちる。
私も同じ果実を口に入れると、蜜のような甘さが広がり、花の香りが喉の奥まで満ちた。
「森の奥、人の足では険しい場所に群生する、メシネの実だね。地形を物ともしない、妖精だから採れた実だ」
「おいしーね!」
「妖精達の、とっておきだろう」
互いに笑い合い、今度は甘露と一緒に口に入れて、私達は異なる味を楽しんだ。