混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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妖精の遊戯と精霊の宴 その4

 今や我が家の畑は踏み固められて、以前の面影は全くなかった。

 躍る為の広場の確保や、屋台を置くスペースの為に、そうなったのだろう。

 

 普通の農家ならば、ここまでされると激怒するのかも知れないが、私ならすぐ元に戻せるし、精霊達の協力があれば更に簡単だ。

 

 だからこそ、畑について好き勝手させたとも言えるが、それにしてもこの変貌振りには目を見張るしかない。

 

「スゴい! にぎやか! こんなにせーれー、いっぱい!」

 

 リルも喜んで周囲を見渡す。

 ある程度、腹に入れて満足したのか、興味はすっかり外に向いていた。

 

 甘露の入った木製マグを両手で持ち、アロガとナナもまた、その視線に合わせて顔を動かす。

 

 広場の周囲には、精霊たちがそれぞれの力を生かして開く屋台が並び、夜の森を虹のように彩っていた。

 

 まず目に飛び込んできたのは、火の精霊の屋台だ。

 出迎えの精霊とは別個体で、こちらは男性の姿をしていた。

 

 薪を使わず、宙に浮かぶ炎だけで煮炊きをしており、その炎は赤から橙、橙から金へと絶え間なく色を変えている。

 

 串に刺された茸や果実が、炎の上をくるくると回りながら焼かれ、甘く香ばしい匂いが漂う。

 

 リルの視線に気付いて、火の精霊は串焼きの一つを差し出して来た。

 リルが受け取りに立ち上がるまでもなく、火の小精霊が複数体で持って来る。

 

「わっ、ありがと~!」

 

 リルの分だけではなく、アロガやナナ、私の分までしっかりとあった。

 皿はないので、アロガの分はナナが手で持ってやっている。

 

 アロガが食い付くと、それに合わせて全員口に付ける。

 一口かじると、外は香ばしく、中は果汁が溢れた。

 

 リルの方を見ると、頬を押さえて笑っている。

 

「なんかスゴい! キノコじゃないみたい!」

 

「本当だね。精霊が料理上手とは知らなかった」

 

 素直に賞賛すると、火の精霊は得意げに炎をひときわ高く揺らし、まるで拍手のように光の火花を散らした。

 

 キノコと果実の串焼きは確かに美味しかったが、甘露も飲み干してしまい、何か他の飲みものが欲しかった。

 

 視線を横に移せば、その隣に水の精霊の屋台がある。

 やはり歓迎の時にいた精霊とは別個体で、こちらに微笑み掛けて手を広げた。

 

 その手元には透明な器が並んでいる。

 色とりどりの液体が小川のように流れ続けており、その中から好きな色を汲む様になっているようだ。

 

「スゴいね~! キレ~っ! あれ、のめるの?」

 

「そうだね、そういう屋台みたいだ。水の精霊だけあって、飲料店なんだろうね」

 

「のみたいっ!」

 

 目を輝かせて尻尾を振りながら立ち上がったリルに従い、私も立ち上がると、当然アロガとナナもその後に続いた。

 

 屋台の前に立ち、周囲をグルリと巡って流れる小川を眺める。

 見た目は綺麗だが、説明札の類いも無いので、どういう味かサッパリと分からなかった。

 

 それを察して、精霊の店主から一つ一つ、指を差して説明が入る。

 

「青は冷んやりとした甘露、緑は草原のように爽やかな香り、薄桃色は春の花の蜜の味。どれもオススメ」

 

 感情が乗ってないせいで、どこか棒読みに聞こえる説明が不安を煽るが……。

 リルはそんな事を気にせず、真剣な顔で選んでいた。

 

「んぅ……、どれにしようかなぁ」

 

「甘いもの続きだったから、お母さんはサッパリしたものにしようかな」

 

「じゃあリルはね、モモいろ!」

 

「また甘いもの?」

 

「あまいものは、ベツバラなの!」

 

「どこから憶えてきたんだろうね、そういう言葉……」

 

 得意気に言うリルの頭を撫でながら、ちろりとナナを睨み付けた。

 

「……お前が教えたのか?」

 

「違うわよ。精霊がそんな俗なこと、言ったりするものですか」

 

「だが、私は教えてないし……そうか、学校か……」

 

 むしろ、真っ先に思い付くべきだった。

 友達同士の気兼ねない会話から、そういう言葉を覚えて来そうなものだ。

 

 ナナには謝って、リルの頭を揉むように撫でる。

 何を飲むのも自由なので、リルには注文通り薄桃色の飲み物を手渡し、私は緑の飲み物を受け取った。

 

 口に含むと舌に涼しさが広がり、森の奥で深呼吸したような清々しさが胸に満ちる。

 私は肩の力が抜けるような安らぎを覚えた。

 

「もしも商売が出来たら、とんでもない人気商品になりそうだ……」

 

 もう一口飲んで、深々と溜め息をつく。

 隣のリルを見ると、蕩ける様な笑みを浮かべていた。

 

「どうだったか、聞くまでもないって感じだな。気に入った?」

 

「うん、さっきのより、リルすき! まいにち、のみたい!」

 

「残念ながら、そうはいかないよ。精霊の気紛れみたいなものさ。こういう宴とか、特別な機会でもないと、その腕を振るってはくれないよ」

 

「えぇ~……っ!」

 

 恐らく今この状態も、彼らにとっては相当無理してやっている事だ。

 本来は精霊界で饗することを、今は外界の森でやっているのだから。

 

 私への義理であったり、恩を返すならリルにするのが一番だと知っているから、こうしてリルも楽しめている。

 

 だから、家では普通の要求も、ここでは過度なものとなってしまう。

 

「精霊の贈り物だ。普通のヒトなら、一生に一度も縁がないものだし、王様が望んだって無理なんだぞ」

 

「……リルってじつは、スゴい?」

 

「うん、凄い体験をしているね。精霊達にも、しっかり感謝なさい。……さ、お礼を言って」

 

「うんっ! ありがとう、とってもおいしいですっ!」

 

「――どういたしまして」

 

 やはり抑揚がなく無表情での返事だったが、その口元には確かに笑みが浮かんでいた。

 

 

  ※※※

 

 

 それぞれ手に飲み物を持ちながら、屋台巡りを再開した。

 少し先には、風の精霊の屋台が立っている。

 

 店主は羽のように軽い布を纏い、屋台そのものもまた、宙にふわふわと浮いている。

 そこで売られているのは“雲の綿菓子”だった。

 

 ほんのり銀色の糸が風に揺れ、丸く形作られた物が木の串に刺さっている。

 これにリルが食い付かない訳もなく、尻尾を振り回して駆けていった。

 

「あまいにおい! これなに? ふわふわ!」

 

「雲の菓子だよ。食べると口の中で溶ける、妖精達にも人気の逸品さ」

 

 今度の精霊は表情豊か――というより、ごく普通の接客だった。

 その返答と同じくして、それを証明する様に妖精達が群がって来る。

 

 リルの頭や肩に乗ったり、周囲を飛び回って、あっと言う間に揉みくちゃにされてしまう。

 

「見てたよ、リルぅ~。楽しそうに躍ってたじゃんか!」

 

「それより食べ過ぎを心配なさいよ! あんなにいっぱい……! リルが破裂しちゃうわ!」

 

「馬鹿だなぁ、身体の作りが違うんだから、リルには全然、平気なのさ」

 

「それより、雲菓子たべようぜ~!」

 

 好き勝手に言い合って、今度は屋台に並ぶ菓子に興味が移った。

 菓子に群がる妖精は遠慮と言うものを知らず、次々に食らい付いていく。

 

 頭から雲の中に突き入れて中身から食べるという、豪胆さに輪を掛けた食べ方だった。

 

「おい、お前ら! リルのも残してやれよ~!」

 

「分かってるよ~」

 

「魔女の分は?」

 

「それは別にいいだろ! だって、魔女だぜ」

 

 散々な言われようだが、今のところ私は甘い物を望んでいなかった。

 お好きにどうぞ、と手を差し伸べれば、歓喜の声を上げて、より一層雲菓子に飛び付く。

 

「あぁ~んっ、リルの! リルのぶんも~!」

 

 妖精達が邪魔して、リルは雲菓子に辿り着けない。

 そこにナナが少し高めに浮遊して、上からひょいと手付かずの一本を取ると、リルに手渡した。

 

「ありがと、ナナ!」

 

 早速、口に含むと、リルは驚いた顔をして、それから楽しそうに笑った。

 

「ホントに、くもみたい! ふわって、とけるの!」

 

 その感動を表現しようと、身振り手振りでこちらに伝えようとする。

 しかし、私が苦笑するばかりなのを見て、リルは雲菓子を突き出した。

 

「ホントだから! ホントに、くもだよ! たべてみて!」

 

「おや、いいのかい? リルの分が減ってしまうよ」

 

「いいよ! お母さんだけ、たべられないの、かわいそうだもんっ!」

 

「優しい子だ……」

 

 愛おしくその頭を撫で、突き出された雲菓子を僅かに食べる。

 

 口に含むと瞬く間に溶け、ほのかな甘みと共に、頬をなでるような微風が残った。

 ――なるほど、これは確かに雲の菓子だ。

 

 単なる綿菓子をそれらしく見せているだけ、と思ったのは、大変な失礼だった。

 満足した笑顔をリルに向け、頭の耳を畳むように撫でる。

 

「本当だ、これは雲だね。しかも、美味しい」

 

「ねっ! スゴいよね!」

 

 リルは大変ご満悦で、更にもう一口食べる。

 その時だ。リルの外見に明かな変化が現れたのは。

 

 静電気を帯びた様に髪が逆立ち、実際少しだけ帯電している。

 

「リル、それ……」

 

「わっ、かみのけ! ヘンなの!」

 

 指差してやると自分の頭に手を置き、その変化にはしゃいだ。

 妖精達はクスクスと笑い、中には指差して爆笑している者までいる。

 

 しかし、その当人の髪もまた、静電気を帯びて逆立っているのには気付いていない。

 

「これは店主の悪戯か?」

 

「まさかまさか……! 雲を食べたんだから、そうなるのは当たり前なんだよ。だって、雲なんだから」

 

 分かるような分からない理屈で熱弁し、煙に巻くつもりのようだ。

 しかし、そんなものが私に通用しると思ったら大間違いだ。

 

「お母さんっ! カガミ! カガミだして!」

 

 店主に詰め寄ろうとした矢先、リルから声が掛かって動きを止めた。

 私にとって優先すべきはいつもリルなので、店主から身体を背け、魔術の鏡を作り出した。

 

「なかなか凄いことになってるよ」

 

「ホントだ! ヘンなの! でも、おもしろい!」

 

 リルは飽きることなく鏡を見つめ、その度にきゃらきゃらと笑う。

 ……まぁ、楽しんでいるなら、何よりか。

 

 私は店主への仕置きはなかったことにして、アロガやナナに見せては楽しむリルを、目で追って微笑んだ。

 

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