混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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街での騒動と母の怒り その4

 私が最初に取り出したのは、鈍色の中に輝く光が見える鉱石だった。

 角度に寄っても色が変わり、真珠にも似た色合いを見せる。

 

 魔力の通いが良く、剛性にも優れるミスリル銀だった。

 

 どの様な金属にも付呪は出来るが、魔力抵抗の大きな金属は、やはり強力な付呪に不向きとされる。

 

 そうした金属は防具であったり、防衛施設に使われる金属として重宝されるが、付呪品に使われない傾向が強かった。

 

 魔力を通し易い性質上、ミスリル銀もやはり防具には向かない。

 

 しかし、例えばアミュレットや指輪、そして何より武器に付呪する素材として、一級品と評される鉱石だった。

 

 バルミーロはそれを見るなり、よしよし、と人の悪そうな笑みを浮かべた。

 

 だが、元が悪いバルミーロだから、単に嬉しい笑顔でもそう見える。

 単純に、外見で損をするタイプだ。

 

「そいつを待ってたぜぇ……。最近、近くの鉱山じゃ、タチの悪い魔物が棲み着いたとかでよ」

 

「へぇ……? だから、そんなに機嫌が悪かったのか」

 

「冒険者に依頼を掛けて討伐に当たらせたってのに、一月以上も経って進展ねぇと来た……! まったく、何やってやがんだか……!」

 

 バルミーロが元より機嫌が悪い理由は、それで分かった。

 

 元より希少性の高い鉱石だし、ミスリル銀が発掘できる場所は、マナの濃い場所というのが通説でもある。

 

 そして、マナの濃い場所というのは、魔物もマナにあやかりたいので、巣窟となりやすい。

 

 しかし、その為に鉱山には兵を置いて武力を保有しておくものだし、有事の際には冒険者を駆り出させる。

 

 ミスリル銀の採掘は国家としても有益で、率先して守護する部分だ。

 長く採掘できないとなれば、それこそ国から突き上げを喰らうだろう。

 

 一月以上経過しても解決していない、というのは異常に思えた。

 

「ミスリル関係で割りを食ってんのは、儂たちみたいな一級の鍛冶師ばかりよ。これまで臍を噛む思いをしてた奴らは、ここぞとばかりに異銀を押し出してよ……! 詐欺まがいのことまでする始末よ! 全く、情けねぇ……!」

 

 ミスリル銀の製鉄や加工には、多大な労力と技術がいる。

 ドワーフであろうとも、材料さえあれば誰でも手を出せる、という代物ではなかった。

 

 そして、だからそれとよく似た材質を使って、ミスリルと偽って売る者もいる。

 よく似た光沢を持ち、そして実際、鉄製武器より強固なものだ。

 

 しかし、魔力のノリが悪く、使う者が使えばすぐに分かる。

 

 魔力をろくに使えない、半端な剣士ならば、むしろ使うに便利な武器だから、全くの粗悪な武器でもない。

 

 ただし、それは自分の腕と才覚を売りにしているバルミーロからすれば、酷く粗末な出来だし、それが何より我慢ならないのだろう。

 

「別に異銀を使う事ぁ、悪いとは言わねぇよ。それ単独で見りゃあ、悪い材質じゃねぇしな。しかし、だからって、ミスリル銀を扱える職人が、そこに甘んじたって仕方ねぇだろう。誇りってモンはねぇのかね」

 

「誇りで飯は食えないさ。一月(ひとつき)も流通が止まったのなら、別の何かで代用するしかないだろう」

 

「だからって、わざわざ異銀を選ぶかね? あれを普段、何て呼んでた? 偽銀に騙し銀だの、散々馬鹿にしてたもんじゃがな……!」

 

 バルミーロは鼻息荒くそう言って、憤然と腕を組んだ。

 私は職人魂など持ち合わせていないから、彼の矜持に興味はない。

 

 出すもの出して、売るもの売るだけだ。

 バルミーロは取り出した鉱石の一つを手に取って、目の前まで持ってきてまじまじと見つめる。

 

「……うむ、確かに質の良い物みてぇじゃな。量はいつもと同じか?」

 

「あぁ、後で倉庫に定量置いて行く。確認してくれ」

 

「そりゃ有り難い。しかし、いつも何処で仕入れて来るんじゃ? 前にも一度、鉱山が枯れそうだって話が出た時さえ、変わらぬ量を持って来ておったろう」

 

 例の鉱山お第一、第三坑道から、ミスリル銀の採掘量が減った時があった。

 当時はどこも相当、慌てたものだ。

 

 新たに発見された坑道から、大量に見つかったことで事なきを得たが、その発見される直前まで、鉱石高騰は天井知らずの有り様だった。

 

「……ま、良いオンナには、それだけ多くの引き出しがあるのさ。モノが手に入るんなら、お前にとってはどうでも良いだろ」

 

「だったら、もっと定期的に来てくれんか。いつ来るとも知れぬお主を待つのは、どうにも胃に来るんじゃが……」

 

「カネ儲けがしたくて、やってるんじゃないからな……」

 

 バルミーロは私の答えに不満そうな顔をした。

 只でさえの顰めっ面が、更に歪んで苦虫を潰す。

 

「大体、儲けを考えない方が、お前だって有り難いだろ? 足元見て、値段を吊り上げて欲しいか?」

 

「まぁ、そうじゃな……! あちらが立てば、こちらが……か。全く、痛し痒しじゃわい! いっそお主が、鉱山の魔物を退治してくれたら……」

 

「やらんよ。何のために、冒険者みたいな荒事の専門家がいると思うんだ。やりたい奴がやれば良いんだ」

 

 私が素気なく断ると、バルミーロは苦笑いして頷いた。

 

「……そうよな。カネを稼ぎたいなら、それこそお主は冒険者にでもなって、高ランク依頼をバシバシ片付けておるか」

 

「それに、活動拠点を王都にでも変えてるんじゃないか。さっきの鉱山の件、早期解決出来ないのも、多分それが理由だろう?」

 

 腕に覚えのある者、より稼ぎたいと思う者は、拠点を王都に持ちがちだ。

 

 流通であったり、仕事の量であったり――食品に限らず良い店が揃っているから、どうしても利便性で居を移す。

 

 遊べる場所も多いし、歓楽街なんてものは、この街の比ではない。

 稼げる者にとって、地方は魅力的な土地ではないのだ。

 

 バルミーロが作る武具であったり、他の職人達が作る質の良い道具は魅力的だが、それこそ買い替え時期などに立ち寄れば済む話だ。

 

 職人にとっては切磋琢磨できる土地柄で、魅力的ではあるのだろうが、冒険者にとっては必ずしもそうではない。

 

 この街に高ランク冒険者が居ない理由は、正にそこだった。

 

「全く、ギルドは何をしとるんじゃか……。この街のギルドは、ほんに頼りにならん」

 

「……そんな事より、商談の続きだ」

 

「うむ。今回も鉱石と一緒に、例の粉末を?」

 

 私は返事をする代わりに、鞄から瓶詰めにされた粉末を十個取り出す。

 深緑色の粉末で、掌より僅かな大きなサイズの瓶に、八分目の量が入っている。

 

 ずっしりと重く、同量の鉄より更に重い。

 

 バルミーロは一つ手に取り、その重さを確かめ、更に少量掌に落とすと、指先で僅かに舐め取った。

 

 口の中で舌を動かし、その味と質を確認してから十秒程、ようやく満足気な息を吐いた。

 

「……ありがたい。これも買わせて貰おう。今回は全部で幾つじゃ?」

 

「三十程だ。それも倉庫に置いて行くから、後で確認してくれ」

 

「そうさせて貰うが……。これだけの竜粉、どこから手に入れて来た? 鉱石といい、これといい……お主の販路が気になって仕方ないわ」

 

 竜粉とは、竜の鱗を細かく砕いて砂粒状にしたものを言う。

 ただし、これは通説の類で、本当は竜の鱗だとは誰も信じていない。

 

 錬金術で作り出した合成物質で、かつて竜の鱗を砕いて挽いて出来たものが、同じ効果を発揮した事から、こうした名が付いている。

 

「さっきも言ったろ、知らなくていい。お互い、商売の領分を侵さないのが鉄則じゃないか」

 

 私が肩を竦めながら言うと、バルミーロも口元を歪めながら頷いた。

 

「謎の多い女じゃな。だが、鍛冶師にとって必要なのは、確かに優れた素材が手に入るかどうかじゃ。安値であれば、なお好ましい」

 

 バルミーロは一度はテーブルに置いた竜粉を、手に取って小さく掲げた。

 

「ミスリル銀と混ぜ合わせて作ったインゴットは、他とは違う魔力耐性を持ち、柔性も併せ持つ。儂が一目も二目も置かれる理由だ。……それを教えてくれたのも、お主じゃったな」

 

「そうだったか?」

 

「そうじゃったとも。それまで儂は、この街で数ある職人の一人でしかなかった。表通りに店を持てず、うだつの上がらない鍛冶職人……。それが今じゃ、敢えて表に店を持たない、名工扱いよ」

 

 フッと笑って、鱗をテーブルの上に置く。

 私もまた、別の鱗を手に取って、指先の上でくるくると回しながら口を開いた。

 

「別に卑下する事もないと思うけどな。知っているから出来る、って事でもなし……。腕がついて来なければ、ミスリル銀を扱えたりも出来ないだろう」

 

「その扱いを教えてくれたのも、お主じゃった。最適な温度の見極め方や、槌を叩く時のコツなんかもな……」

 

「そうだったか……」

 

「そうじゃったとも」

 

 凶相に笑顔を乗せると、バルミーロは遠くを見つめながら言った。

 

「お主は一体、何者なんじゃろうなぁ……。出会ってから、もう三十年ほどか。おぬしはそれでも、変わらず美しい」

 

 私はそれに答えない。

 答えられる言葉を、持ち合わせていなかった。

 黙っていると、バルミーロの方から頭を下げる。

 

「いや、すまんかった。詮索するつもりはなく……、ただふと思ってしまっただけじゃ」

 

「うん。まぁ、私にも色々ある。だが、一つ言える事があるとするなら……」

 

「あるとするなら?」

 

「今はリルの母だ。ただ、それだけなんだ」

 

「なるほど、……うむ。母親の顔じゃな」

 

 バルミーロは正面から見つめて、凶相からは信じられない、優しげな笑みを浮かべる。

 

 私はそれに自慢げな笑みを返して、瓶の一つをテーブルの上へと放り投げた。

 

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