風の精霊の屋台で美味しくも楽しい体験をした後、私たちは次の屋台へと足を向けた。
それは大地の精霊が営む屋台で、これまで甘味続きだった出し物とは一転、秋らしい物が並んでいる。
丸太を削って作られた低い台の上には、土の中でじっくり育てられた根菜が並び、その中の一つ……紫色の芋は二つに割ると黄金色に輝いていた。
「これは、まさか……。もしかして、あの芋……なのか?」
「おイモ? でも、リルのしってるおイモ、こんないろしてないよ?」
「品種が違うからね。私も種が欲しくて、その昔、あちこち探し回ったものだが……」
幼い頃、師匠が食べさせてくれたのを、未だに覚えている。
野菜とは思えない甘さに、当時の私は大層驚いた。
師匠の好物でもあり、秋頃になると毎日食べていた物から、街に行けば買えると思っていた。
しかし実際は、そんなもの何処にもなかった。
どうやら師匠は独自のルートで手に入れていたらしく、遥か遠方で手に入れた、としか教えてくれず、ひた隠しにされたという過去がある。
時が過ぎ、また食べたいと思って探した事もあったが、結局……今の今まで、お目にする機会がなかった。
「なるほど、見つからない訳だ……。まさか精霊の産物だったとは……」
「スゴイの? おいしい?」
「昔のお母さんは感動したな……」
何しろ、甘味が貴重な時代だ。
最も糖度の高い物は、蜂蜜を除けば果実くらいで、それも基本的に金持ちの口にしか入らないものだった。
それを芋から享受出来るというのは、想像の埒外というのもあって、それで感動したのだ。
「どれ、それじゃあ一つ……」
「リルも!」
「いいけど、そろそろお腹いっぱいだろう? 食べ過ぎはお腹を壊すから……、二人で半分こしような?」
「うん、それでもいいっ!」
言った通りに店主から一つ受け取り、二つに割る。
それと同時に中から芳しい香りが立ち昇り、当時の記憶が蘇った。
まだまだ、未熟だった自分――。
失敗続きが当然だったあの頃――。
魔術の勉強や、師匠の研究の助手をして――。
脳裏によぎった景色を、努めて追い出して眼の前に集中する。
リルは嬉しそうに頬張り、その美味しさに驚きの顔を見せていた。
アロガも焼き芋を与えられ、匂いにつられ一舐めすると、バクバクと食べてあっという間に完食してしまった。
私も一口かじると、甘さと温かさが同時に広がり、冷えた夜の身体を芯から温めてくれた。
優しい味わいは当時、味わったその時のままだ。
「店主、ものは相談だが……。この種芋を一つ分けて貰えたりは……」
しかし、大地の精霊は無言で首を横に振るばかりだ。
これは彼らにとっても、特別な物だと察しが付く。
無理な相談と思っていたが、やっぱり駄目だった。
嘆きたい気持ちを抑えて息を吐くと、屋台の奥で別の売り物があるのに気がついた。
大地の小精霊が土をこねて小さな置物を作っており、どうやらお守りとして持ち帰れるらしい。
「どうだ、リル? 今日の記念に一つ貰おうか」
「うん、ほしい! これ、カワイイよ!」
置いてあるのは切り株であったり、変わった形の岩だったり、自然物を造形したものだった。
リルは切り株を手に取って、私は岩の方を選んだ。
お代は勿論、私の魔力だ。
小精霊は飛び跳ねる様にして喜び、それからピョコンと頭を下げて礼をする。
リルと私は手を振って屋台を離れ、互いに手を握って周囲を一望した。
……これで一通り、屋台を巡った事になる。
一つ一つの屋台は個性に溢れていて、そのうえ人の社会では、まずお目に掛かれないものばかりだ。
広場の中心では、未だに笑い声や音楽に包まれ、いつまでもこうしていたい気持ちにさせる。
だが、その時だった。
にわかに周囲が騒がしくなり始めた。
明らかに何かを期待している様であり、これから起こる何かを待ちわびている様でもある。
そうしてしばらく経った頃、軽やかな鈴の音が鳴り響いた。
妖精の一人が音に反応して、声を大に周囲へ呼び掛ける。
「競技の時間だ!」
その声を皮切りに、周囲がワッと盛り上がり、妖精と小精霊がワラワラと動き出した。
どうやら、期待していた何かの正体とは、これの事だったらしい。
「お母さん、なにがあるの?」
「うぅん……、お母さんにも分からないな」
「ナナはしってる?」
リルが顔を向けると、ナナはしっかりと頷いたものの、返答は避けた。
「見てれば分かるわ。それに、どうせ参加する事になるし」
「期待するべきか、不安になるべきか迷ってしまうところだな。楽しい何かであれば良いが……。どれ、もっと近くに寄ってみようか」
「うんっ!」
屋台周辺に散らばっていた妖精達も、先程の声を聞いて広場の中心へと戻っている。
競技というからには、何かを競う催しなのだろうし、それほど危険はないだろう。
私はリルの手を取って、その囲いとなっている中心へ向かった。
※※※
最初に始まったのは、『花びら追い』と呼ばれるものだった。
その名の通り、色とりどりの花びらを追う競技だ。
ただし、風の精霊が空へ撒いているので、その軌道は不規則かつ、ふわふわと舞いながら逃げ回る。
この花びらを、どれだけ多く獲得出来るか、それがこの競技の目的らしい。
妖精たちは羽音を立て、まるで蝶のように追いかけては、小さな手で花びらを掴む。
リルも参加して、嬉しそうに飛び跳ねて掴み、次々とその手に収めて行く。
「とった! お母さん、みて! たくさん、とれた!」
「凄いぞ、リル。どうせなら、もっと沢山取って、一番を目指すんだ」
「うんっ!」
飛んでいる妖精や精霊の方が有利に思えるものの、彼らは風の影響を受けて流される手前、全くの有利という訳でもなかった。
揺れては逃げる花びらと、思うように追えないもどかしさで苦戦している。
元より飛べる者に対する競技だけあって、リルの様な参加者は想定外で、最終的にはリルの手では掴み取れない程の量を獲得した。
「お母さん、みてみて! たくさん! いっぱい、とった!」
「凄いよ、リル。良くやったなぁ……!」
両手が塞がっているだけでなく、胸に抱き込む様に花びらを持っているので、今は頭を撫でるので精一杯だ。
抱き締めたい気持ちを抑えている時、花びらはふっと光になり、小さな音を立てて弾ける。
その瞬間、甘い香りがふわりと広がった。
「あっ……、なくなっちゃった……」
しかし、その直後には、その代わりと言わんばかりに妖精達が殺到する。
リルを揉みくちゃに撫でて、その勝利を祝った。
「よくもやってくれたな、リル!」
「おめでとう、リル! でも、何度もこうは行かないぞ!」
「次は簡単に勝たせないんだからっ!」
祝勝と激励を受けると同時、宣戦布告も受け取って、リルは俄然やる気を出す。
ぷすぷす、と鼻から息を吐き出しつつ、胸の前で拳を握った。
だが、そうこうしている間に、また別の競技が始まる。
内容は、『光玉運び』競争。
精霊の魔力によって作られた小さな発光玉を、一方はスプーンの上に乗せて運び、もう一方は風を起こして妨害する。
勿論、この妨害は妖精の遊び心が発揮された結果だ。
ただ運ぶだけでは、彼らにとって物足りないらしい。
妖精達の多くは魔法を使えないが、羽根を動かして風を送るくらいは出来るから、妨害側が有利になり過ぎない、良い按配だった。
「あ~っ、やぁ~っ! やめてぇ~!」
「止めないよ~! これはそういうものなのさ~!」
リルの光玉がふらりと揺れた瞬間、近くの妖精が笑いながら追い風を送る。
だが、リルも負けじと踏ん張り、ゴールの苔の台座まで光玉を運び切った。
私は少し離れたところで見守りながら、リルの真剣な顔と、笑い転げる妖精たちの姿に目を細めた。
最後の競技は夜空の下で行われる、『月影かくれんぼ』だ。
森の影と夜の光が入り混じる中、妖精たちは小さくなったり、花に化けたりして隠れる。
参加者は、月の光を頼りに探さなければならなかった。
それまで火の精霊が灯してくれていた明かりは、この時だけ薄らと足元を照らすものに変わる。
これぐらいの僅かな明かりでは、見つける手助けにはならない。
月の明かりを頼りにせねばならなかった。
前二つの競技でリルが勝ったからか、今回こそは負かそうという気持ちが見えた。
妖精達からしても、一度くらいリルを負かしたいだろう。
それ故に、リルには不利そうに思える。
だが、いざ始まってみると、リルは一つの花へ無造作に近付き、指を差して声を上げた。