混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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妖精の遊戯と精霊の宴 その5

 風の精霊の屋台で美味しくも楽しい体験をした後、私たちは次の屋台へと足を向けた。

 

 それは大地の精霊が営む屋台で、これまで甘味続きだった出し物とは一転、秋らしい物が並んでいる。

 

 丸太を削って作られた低い台の上には、土の中でじっくり育てられた根菜が並び、その中の一つ……紫色の芋は二つに割ると黄金色に輝いていた。

 

「これは、まさか……。もしかして、あの芋……なのか?」

 

「おイモ? でも、リルのしってるおイモ、こんないろしてないよ?」

 

「品種が違うからね。私も種が欲しくて、その昔、あちこち探し回ったものだが……」

 

 幼い頃、師匠が食べさせてくれたのを、未だに覚えている。

 野菜とは思えない甘さに、当時の私は大層驚いた。

 

 師匠の好物でもあり、秋頃になると毎日食べていた物から、街に行けば買えると思っていた。

 しかし実際は、そんなもの何処にもなかった。

 

 どうやら師匠は独自のルートで手に入れていたらしく、遥か遠方で手に入れた、としか教えてくれず、ひた隠しにされたという過去がある。

 

 時が過ぎ、また食べたいと思って探した事もあったが、結局……今の今まで、お目にする機会がなかった。

 

「なるほど、見つからない訳だ……。まさか精霊の産物だったとは……」

 

「スゴイの? おいしい?」

 

「昔のお母さんは感動したな……」

 

 何しろ、甘味が貴重な時代だ。

 最も糖度の高い物は、蜂蜜を除けば果実くらいで、それも基本的に金持ちの口にしか入らないものだった。

 

 それを芋から享受出来るというのは、想像の埒外というのもあって、それで感動したのだ。

 

「どれ、それじゃあ一つ……」

 

「リルも!」

 

「いいけど、そろそろお腹いっぱいだろう? 食べ過ぎはお腹を壊すから……、二人で半分こしような?」

 

「うん、それでもいいっ!」

 

 言った通りに店主から一つ受け取り、二つに割る。 

 それと同時に中から芳しい香りが立ち昇り、当時の記憶が蘇った。

 

 まだまだ、未熟だった自分――。

 失敗続きが当然だったあの頃――。

 魔術の勉強や、師匠の研究の助手をして――。

 

 脳裏によぎった景色を、努めて追い出して眼の前に集中する。

 リルは嬉しそうに頬張り、その美味しさに驚きの顔を見せていた。

 

 アロガも焼き芋を与えられ、匂いにつられ一舐めすると、バクバクと食べてあっという間に完食してしまった。

 

 私も一口かじると、甘さと温かさが同時に広がり、冷えた夜の身体を芯から温めてくれた。

 優しい味わいは当時、味わったその時のままだ。

 

「店主、ものは相談だが……。この種芋を一つ分けて貰えたりは……」

 

 しかし、大地の精霊は無言で首を横に振るばかりだ。

 これは彼らにとっても、特別な物だと察しが付く。

 

 無理な相談と思っていたが、やっぱり駄目だった。

 嘆きたい気持ちを抑えて息を吐くと、屋台の奥で別の売り物があるのに気がついた。

 

 大地の小精霊が土をこねて小さな置物を作っており、どうやらお守りとして持ち帰れるらしい。

 

「どうだ、リル? 今日の記念に一つ貰おうか」

 

「うん、ほしい! これ、カワイイよ!」

 

 置いてあるのは切り株であったり、変わった形の岩だったり、自然物を造形したものだった。

 リルは切り株を手に取って、私は岩の方を選んだ。

 

 お代は勿論、私の魔力だ。

 小精霊は飛び跳ねる様にして喜び、それからピョコンと頭を下げて礼をする。

 

 リルと私は手を振って屋台を離れ、互いに手を握って周囲を一望した。

 ……これで一通り、屋台を巡った事になる。

 

 一つ一つの屋台は個性に溢れていて、そのうえ人の社会では、まずお目に掛かれないものばかりだ。

 

 広場の中心では、未だに笑い声や音楽に包まれ、いつまでもこうしていたい気持ちにさせる。

 

 だが、その時だった。

 にわかに周囲が騒がしくなり始めた。

 

 明らかに何かを期待している様であり、これから起こる何かを待ちわびている様でもある。

 

 そうしてしばらく経った頃、軽やかな鈴の音が鳴り響いた。

 妖精の一人が音に反応して、声を大に周囲へ呼び掛ける。

 

「競技の時間だ!」

 

 その声を皮切りに、周囲がワッと盛り上がり、妖精と小精霊がワラワラと動き出した。

 どうやら、期待していた何かの正体とは、これの事だったらしい。

 

「お母さん、なにがあるの?」

 

「うぅん……、お母さんにも分からないな」

 

「ナナはしってる?」

 

 リルが顔を向けると、ナナはしっかりと頷いたものの、返答は避けた。

 

「見てれば分かるわ。それに、どうせ参加する事になるし」

 

「期待するべきか、不安になるべきか迷ってしまうところだな。楽しい何かであれば良いが……。どれ、もっと近くに寄ってみようか」

 

「うんっ!」

 

 屋台周辺に散らばっていた妖精達も、先程の声を聞いて広場の中心へと戻っている。

 競技というからには、何かを競う催しなのだろうし、それほど危険はないだろう。

 

 私はリルの手を取って、その囲いとなっている中心へ向かった。

 

 

  ※※※

 

 

 最初に始まったのは、『花びら追い』と呼ばれるものだった。

 その名の通り、色とりどりの花びらを追う競技だ。

 

 ただし、風の精霊が空へ撒いているので、その軌道は不規則かつ、ふわふわと舞いながら逃げ回る。

 

 この花びらを、どれだけ多く獲得出来るか、それがこの競技の目的らしい。

 

 妖精たちは羽音を立て、まるで蝶のように追いかけては、小さな手で花びらを掴む。

 リルも参加して、嬉しそうに飛び跳ねて掴み、次々とその手に収めて行く。

 

「とった! お母さん、みて! たくさん、とれた!」

 

「凄いぞ、リル。どうせなら、もっと沢山取って、一番を目指すんだ」

 

「うんっ!」

 

 飛んでいる妖精や精霊の方が有利に思えるものの、彼らは風の影響を受けて流される手前、全くの有利という訳でもなかった。

 

 揺れては逃げる花びらと、思うように追えないもどかしさで苦戦している。

 元より飛べる者に対する競技だけあって、リルの様な参加者は想定外で、最終的にはリルの手では掴み取れない程の量を獲得した。

 

「お母さん、みてみて! たくさん! いっぱい、とった!」

 

「凄いよ、リル。良くやったなぁ……!」

 

 両手が塞がっているだけでなく、胸に抱き込む様に花びらを持っているので、今は頭を撫でるので精一杯だ。

 

 抱き締めたい気持ちを抑えている時、花びらはふっと光になり、小さな音を立てて弾ける。

 その瞬間、甘い香りがふわりと広がった。

 

「あっ……、なくなっちゃった……」

 

 しかし、その直後には、その代わりと言わんばかりに妖精達が殺到する。

 リルを揉みくちゃに撫でて、その勝利を祝った。

 

「よくもやってくれたな、リル!」

 

「おめでとう、リル! でも、何度もこうは行かないぞ!」

 

「次は簡単に勝たせないんだからっ!」

 

 祝勝と激励を受けると同時、宣戦布告も受け取って、リルは俄然やる気を出す。

 ぷすぷす、と鼻から息を吐き出しつつ、胸の前で拳を握った。

 

 だが、そうこうしている間に、また別の競技が始まる。

 内容は、『光玉運び』競争。

 

 精霊の魔力によって作られた小さな発光玉を、一方はスプーンの上に乗せて運び、もう一方は風を起こして妨害する。

 

 勿論、この妨害は妖精の遊び心が発揮された結果だ。

 ただ運ぶだけでは、彼らにとって物足りないらしい。

 

 妖精達の多くは魔法を使えないが、羽根を動かして風を送るくらいは出来るから、妨害側が有利になり過ぎない、良い按配だった。

 

「あ~っ、やぁ~っ! やめてぇ~!」

 

「止めないよ~! これはそういうものなのさ~!」

 

 リルの光玉がふらりと揺れた瞬間、近くの妖精が笑いながら追い風を送る。

 だが、リルも負けじと踏ん張り、ゴールの苔の台座まで光玉を運び切った。

 

 私は少し離れたところで見守りながら、リルの真剣な顔と、笑い転げる妖精たちの姿に目を細めた。

 

 最後の競技は夜空の下で行われる、『月影かくれんぼ』だ。

 森の影と夜の光が入り混じる中、妖精たちは小さくなったり、花に化けたりして隠れる。

 

 参加者は、月の光を頼りに探さなければならなかった。

 それまで火の精霊が灯してくれていた明かりは、この時だけ薄らと足元を照らすものに変わる。

 

 これぐらいの僅かな明かりでは、見つける手助けにはならない。

 月の明かりを頼りにせねばならなかった。

 

 前二つの競技でリルが勝ったからか、今回こそは負かそうという気持ちが見えた。

 妖精達からしても、一度くらいリルを負かしたいだろう。

 

 それ故に、リルには不利そうに思える。

 だが、いざ始まってみると、リルは一つの花へ無造作に近付き、指を差して声を上げた。

 

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