広場はしん、と気配がなく、唐突に終わった宴で、うら寂しさのみが残された。
リルもまた、がらんとした気配を寂しそうに見つめ、首に掛かった『燈火の宝玉』を握り締めている。
「ホントに、おわっちゃったね……」
「あぁ……、終わってしまったな……」
余りに唐突な終わり方で、少々面食らってしまったが、らしいと言えばらしいのかもしれない。
てっきり終会の挨拶とかあると思ったのだが、例の舞踏がそれを兼ねていたのだろう。
あの荘厳な催しは、それを感じさせるほど荘厳で、有終の美を飾るに相応しかった。
「さぁ……、帰ろうか」
「んぅ……」
名残惜しいのは分かる。
一夜限りの夢を見るかの様で、時間を忘れる楽しさだった。
しかし、興奮も収まり、緊張の糸が途切れたリルの瞼は、既に半分落ち掛けている。
「もう眠いだろう? 無理もない……」
「でも……」
時間は既に、深夜に差し掛かろうとしている。
リルでなくとも、私だって眠かった。
まだこの空気感に浸っていたい気持ちは同じだが、これ以上は身体に毒だ。
すっかり均され、広場となった畑に背を向けて、リルの背中をごく軽く押す。
すると、いよいよ観念したリルが、トボトボと歩き出した。
気落ちしている事だけが理由ではなく、一気に眠気が襲ってきたのもあるだろう。
「ほら、家はすぐそこだから……。歯を磨いて寝ような」
「んぅ……、ヤダぁぁ……。メンドくさぃぃ……」
「ダメダメ。甘い物を、沢山食べたからね。そういう日は特に、ちゃんと磨かないと駄目だ」
半分眠った格好のリルには辛いだろうが、そこはしっかりさせておかねばならない。
面倒だからという理由で怠けさせると、今後もそれを理由に怠けてしまう。
ここは母として、強く戒めなければならなかった。
「甘い物を食べたら、必ず歯を磨く。お母さんとの約束だろう?」
「ん、ぅ……」
返事は予想以上の生返事で、そろそろ本気で前後不覚に陥りそうだ。
下手をすると、アロガに寄り掛かったが最後、そのまま眠り兼ねなかった。
「ほらほら、リル。お母さんと一緒に歯磨きだ。お家に急ごう」
数歩、歩いたその先には、催しの最中に敷かれた花びらで、家までの小径が出来ていた。
精霊が気を利かせてくれたのだろうか。
足を踏みしめる度に花びらは淡く光り、微かな香りを立てた。
遠くからは、名残惜しむような竪琴の音が風に乗って届く。
大きな音ではなく、最後に奏でた、ほんの僅かな音だった。
その音は次第に遠ざかり、森の夜の音――虫の声、木々のざわめき、風に揺らぐ木の葉――が戻ってくる。
途中、何処にいたものやら、最後の妖精が挨拶に現れ、私達の周りをひと回りしてから夜空へ飛び去った。
リルはそれに、僅かな反応を示したのみだ。
普段ならもっと何かあるだろうに、どこまでも寝ぼけ眼だった。
その妖精さえも消えてしまうと、森は今度こそ、深い眠りに入ったように静まり返った。
幾らも歩くことなく、家の玄関が見えてくる。
私は扉を開け、リルが転びそうになる所を支えてやる。
その拍子に首元から零れた『燈火』を、そっと胸元に戻した。
リルは靴を脱ぐ間もなく、椅子に腰かけて目をこすり、満ち足りた笑顔のまま、すぐに眠りに落ちてしまう。
「あぁ、こらこら……。だから、眠っちゃ駄目だって……」
揺すっても起きないリルを横抱きにして持ち上げ、そのまま洗面所へ向かった。
何とか口を開けさせ、歯ブラシを突っ込んだものの、ろくに反応を返さない。
「ほら、リル。しっかり……! 歯を磨けば、後はぐっすり寝て良いから……!」
必死の呼び掛けで、リルは目こそ開けないが口を半開きにする程度の動きを見せた。
その隙に手早く磨き上げ、水も魔力を使って口に含ませると、そのまま洗浄した。
「下手に水を動かすと、窒息の危険があるから、慎重にやらないと……」
流石に反射的に飲み込むくらいはすると思うが、危険な真似はしたくない。
リルの顔を下に向けさせて、誤飲しないように注意しながら、口内の水を掻き乱す。
自分で『クチュクチュ、ペッ』、出来ないので、どうしても簡易的だ。
とりあえず、何とか歯磨きは終わらせたので、再び横抱きにして二階に上がった。
階段を上がる時も、それなりに揺れるだろうに、今も幸せそうな笑みのまま眠っている。
「仕方のない子だ……」
私までその笑顔に誘われて、笑みが零れた。
幸せは伝播すると言うし、リルの笑顔はいつでも私を幸福感で満たしてくれる。
着替えさせるとベッドの上に横たえ、その上からシーツを被せた。
しっかり首元まで覆ってやって、胸の辺りをポンポンと叩く。
それから、ふと窓の外へ視線を移し、そうして窓辺に立つ。
森の奥にはまだ淡い光が漂っていて、宴の余韻を未だ残していた。
私は一度だけ深く息を吸い、扉を閉めた。
また来年、あの花びらの道を二人で歩く日のことを、心に描きながら――。
※※※
翌朝、家の窓から射し込む強めの日差しで、私は目を覚ました。
日はすっかり上がり切って、もう昼近い。
身体を起こすと、それと同時にリルも目覚めた。
昨夜の祭りの余韻がまだ身体の奥に残っているのか、目をこすりながらも頬はほのかに赤く、未だに夢心地といった様子だ。
「おはよう、リル。いや、もうお昼だから、おそよう、かな」
「おはよう、お母さん……。なんか、ボーッとする……」
「色々と特別な一日だったものな。無理もないさ」
私がベッドから降りると、リルもまた飛び降り、胸元の宝珠をぎゅっと握る。
ほのかな光るその珠は、陽の光を受けてきらりと光り、昨日の演舞や火の精霊の姿を思い出させた。
「ねぇ、お母さん、みてみて! まだあったかくて、スゴくキレー!」
「うん、綺麗だね。アクセサリー代わりも良いけど、寒くなる前には暖炉に入れてくれないと困るぞ」
「えぇ~……。みんなに、じまんしたかったのに……」
「それくらいなら、別に良いよ。別に今すぐって話じゃないから。でも、いつまで経っても、家の中が寒いのは嫌だろう?」
「んぅ……、イヤ……」
記念品として、いつでも眺めていたい気持ちは分かる。
それを通して、昨日の思い出を振り返りたいだろう。
しかし、我が家では大事な暖の元だ。
望めばもう一個、という訳にはいかないので、どうしても諦めて貰わなければならなった。
「まぁ、しばらくは好きにすると良い。ただし、精霊から貰った、とは言わない方がいいな。別の街で買った、とか言えばいい」
「うんっ!」
リルは笑顔で頷き、アロガを伴い一階へ駆け下りて行った。
私もそのすぐ後ろを追うと、台所で昼食の支度をしていたシルケに突撃している所だった。
シルケはすぐに振り返り、リルのはしゃぐ声に笑みを浮かべて迎える。
「おはよ、シルケ! ね、みてみて!」
昼食の間ずっと、リルは息つく間もなく昨日の出来事を話し続けた。
花びら追いで何枚も捕まえたこと、光玉運びでゴールできたこと、月影かくれんぼで妖精を見つけた瞬間の興奮――。
私とシルケはその一つ一つを頷きながら聞き、シルケはまるで、自分も宴を歩いているかのような表情になっていた。
食後、リルは裏庭へ飛び出した。
まだ残暑の厳しい中にあって、草の上でくるりと回り、両手を広げて舞踏の真似をする。
リルの小さな足が草を踏む度、その葉先が揺れ、あるいは散った。
それはまるで、昨夜の星屑の残り火のようだった。
「らいねんも、またやってね!」
リルが空に向かってそう叫ぶと、どこかで小さな鈴のような音が返ってきた気がした。
それはきっと風に揺れた花の音だったが、リルとしては――妖精に声が届いたのだと信じているだろう。
それは、今も見せる笑顔を見れば、余りにも明らかだ。
一緒に付いて来ていたアロガとナナと、共に手を取り踊り出す。
ナナはともかく、アロガは非常に迷惑そうだった。
無理やり立たせて、擬似的な二足歩行を強要し、踊りとも言えない踊りをして笑っている。
私は戸口に立ち、そんなリル達をしばらく眺めていた。
昨日の光景が彼女の中で“思い出”ではなく“力”となり、これからも成長を支えていく――その確信が胸に灯ったからだった。