混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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妖精の遊戯と精霊の宴 その7

 広場はしん、と気配がなく、唐突に終わった宴で、うら寂しさのみが残された。

 

 リルもまた、がらんとした気配を寂しそうに見つめ、首に掛かった『燈火の宝玉』を握り締めている。

 

「ホントに、おわっちゃったね……」

 

「あぁ……、終わってしまったな……」

 

 余りに唐突な終わり方で、少々面食らってしまったが、らしいと言えばらしいのかもしれない。

 

 てっきり終会の挨拶とかあると思ったのだが、例の舞踏がそれを兼ねていたのだろう。

 

 あの荘厳な催しは、それを感じさせるほど荘厳で、有終の美を飾るに相応しかった。

 

「さぁ……、帰ろうか」

 

「んぅ……」

 

 名残惜しいのは分かる。

 一夜限りの夢を見るかの様で、時間を忘れる楽しさだった。

 

 しかし、興奮も収まり、緊張の糸が途切れたリルの瞼は、既に半分落ち掛けている。

 

「もう眠いだろう? 無理もない……」

 

「でも……」

 

 時間は既に、深夜に差し掛かろうとしている。

 リルでなくとも、私だって眠かった。

 

 まだこの空気感に浸っていたい気持ちは同じだが、これ以上は身体に毒だ。

 すっかり均され、広場となった畑に背を向けて、リルの背中をごく軽く押す。

 

 すると、いよいよ観念したリルが、トボトボと歩き出した。

 気落ちしている事だけが理由ではなく、一気に眠気が襲ってきたのもあるだろう。

 

「ほら、家はすぐそこだから……。歯を磨いて寝ような」

 

「んぅ……、ヤダぁぁ……。メンドくさぃぃ……」

 

「ダメダメ。甘い物を、沢山食べたからね。そういう日は特に、ちゃんと磨かないと駄目だ」

 

 半分眠った格好のリルには辛いだろうが、そこはしっかりさせておかねばならない。

 面倒だからという理由で怠けさせると、今後もそれを理由に怠けてしまう。

 

 ここは母として、強く戒めなければならなかった。

 

「甘い物を食べたら、必ず歯を磨く。お母さんとの約束だろう?」

 

「ん、ぅ……」

 

 返事は予想以上の生返事で、そろそろ本気で前後不覚に陥りそうだ。

 下手をすると、アロガに寄り掛かったが最後、そのまま眠り兼ねなかった。

 

「ほらほら、リル。お母さんと一緒に歯磨きだ。お家に急ごう」

 

 数歩、歩いたその先には、催しの最中に敷かれた花びらで、家までの小径が出来ていた。

 

 精霊が気を利かせてくれたのだろうか。

 足を踏みしめる度に花びらは淡く光り、微かな香りを立てた。

 

 遠くからは、名残惜しむような竪琴の音が風に乗って届く。

 大きな音ではなく、最後に奏でた、ほんの僅かな音だった。

 

 その音は次第に遠ざかり、森の夜の音――虫の声、木々のざわめき、風に揺らぐ木の葉――が戻ってくる。

 

 途中、何処にいたものやら、最後の妖精が挨拶に現れ、私達の周りをひと回りしてから夜空へ飛び去った。

 

 リルはそれに、僅かな反応を示したのみだ。

 普段ならもっと何かあるだろうに、どこまでも寝ぼけ眼だった。

 

 その妖精さえも消えてしまうと、森は今度こそ、深い眠りに入ったように静まり返った。

 

 幾らも歩くことなく、家の玄関が見えてくる。

 

 私は扉を開け、リルが転びそうになる所を支えてやる。

 その拍子に首元から零れた『燈火』を、そっと胸元に戻した。

 

 リルは靴を脱ぐ間もなく、椅子に腰かけて目をこすり、満ち足りた笑顔のまま、すぐに眠りに落ちてしまう。

 

「あぁ、こらこら……。だから、眠っちゃ駄目だって……」

 

 揺すっても起きないリルを横抱きにして持ち上げ、そのまま洗面所へ向かった。

 何とか口を開けさせ、歯ブラシを突っ込んだものの、ろくに反応を返さない。

 

「ほら、リル。しっかり……! 歯を磨けば、後はぐっすり寝て良いから……!」

 

 必死の呼び掛けで、リルは目こそ開けないが口を半開きにする程度の動きを見せた。

 その隙に手早く磨き上げ、水も魔力を使って口に含ませると、そのまま洗浄した。

 

「下手に水を動かすと、窒息の危険があるから、慎重にやらないと……」

 

 流石に反射的に飲み込むくらいはすると思うが、危険な真似はしたくない。

 

 リルの顔を下に向けさせて、誤飲しないように注意しながら、口内の水を掻き乱す。

 

 自分で『クチュクチュ、ペッ』、出来ないので、どうしても簡易的だ。

 とりあえず、何とか歯磨きは終わらせたので、再び横抱きにして二階に上がった。

 

 階段を上がる時も、それなりに揺れるだろうに、今も幸せそうな笑みのまま眠っている。

 

「仕方のない子だ……」

 

 私までその笑顔に誘われて、笑みが零れた。

 幸せは伝播すると言うし、リルの笑顔はいつでも私を幸福感で満たしてくれる。

 

 着替えさせるとベッドの上に横たえ、その上からシーツを被せた。

 しっかり首元まで覆ってやって、胸の辺りをポンポンと叩く。

 

 それから、ふと窓の外へ視線を移し、そうして窓辺に立つ。

 森の奥にはまだ淡い光が漂っていて、宴の余韻を未だ残していた。

 

 私は一度だけ深く息を吸い、扉を閉めた。

 また来年、あの花びらの道を二人で歩く日のことを、心に描きながら――。

 

 

  ※※※

 

 

 翌朝、家の窓から射し込む強めの日差しで、私は目を覚ました。

 日はすっかり上がり切って、もう昼近い。

 

 身体を起こすと、それと同時にリルも目覚めた。

 昨夜の祭りの余韻がまだ身体の奥に残っているのか、目をこすりながらも頬はほのかに赤く、未だに夢心地といった様子だ。

 

「おはよう、リル。いや、もうお昼だから、おそよう、かな」

 

「おはよう、お母さん……。なんか、ボーッとする……」

 

「色々と特別な一日だったものな。無理もないさ」

 

 私がベッドから降りると、リルもまた飛び降り、胸元の宝珠をぎゅっと握る。

 ほのかな光るその珠は、陽の光を受けてきらりと光り、昨日の演舞や火の精霊の姿を思い出させた。

 

「ねぇ、お母さん、みてみて!  まだあったかくて、スゴくキレー!」

 

「うん、綺麗だね。アクセサリー代わりも良いけど、寒くなる前には暖炉に入れてくれないと困るぞ」

 

「えぇ~……。みんなに、じまんしたかったのに……」

 

「それくらいなら、別に良いよ。別に今すぐって話じゃないから。でも、いつまで経っても、家の中が寒いのは嫌だろう?」

 

「んぅ……、イヤ……」

 

 記念品として、いつでも眺めていたい気持ちは分かる。

 それを通して、昨日の思い出を振り返りたいだろう。

 

 しかし、我が家では大事な暖の元だ。

 望めばもう一個、という訳にはいかないので、どうしても諦めて貰わなければならなった。

 

「まぁ、しばらくは好きにすると良い。ただし、精霊から貰った、とは言わない方がいいな。別の街で買った、とか言えばいい」

 

「うんっ!」

 

 リルは笑顔で頷き、アロガを伴い一階へ駆け下りて行った。

 私もそのすぐ後ろを追うと、台所で昼食の支度をしていたシルケに突撃している所だった。

 

 シルケはすぐに振り返り、リルのはしゃぐ声に笑みを浮かべて迎える。

 

「おはよ、シルケ! ね、みてみて!」

 

 昼食の間ずっと、リルは息つく間もなく昨日の出来事を話し続けた。

 

 花びら追いで何枚も捕まえたこと、光玉運びでゴールできたこと、月影かくれんぼで妖精を見つけた瞬間の興奮――。

 

 私とシルケはその一つ一つを頷きながら聞き、シルケはまるで、自分も宴を歩いているかのような表情になっていた。

 

 食後、リルは裏庭へ飛び出した。

 まだ残暑の厳しい中にあって、草の上でくるりと回り、両手を広げて舞踏の真似をする。

 

 リルの小さな足が草を踏む度、その葉先が揺れ、あるいは散った。

 それはまるで、昨夜の星屑の残り火のようだった。

 

「らいねんも、またやってね!」

 

 リルが空に向かってそう叫ぶと、どこかで小さな鈴のような音が返ってきた気がした。

 それはきっと風に揺れた花の音だったが、リルとしては――妖精に声が届いたのだと信じているだろう。

 

 それは、今も見せる笑顔を見れば、余りにも明らかだ。

 一緒に付いて来ていたアロガとナナと、共に手を取り踊り出す。

 

 ナナはともかく、アロガは非常に迷惑そうだった。

 無理やり立たせて、擬似的な二足歩行を強要し、踊りとも言えない踊りをして笑っている。

 

 私は戸口に立ち、そんなリル達をしばらく眺めていた。

 

 昨日の光景が彼女の中で“思い出”ではなく“力”となり、これからも成長を支えていく――その確信が胸に灯ったからだった。

 

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